中国の医薬品業界は、コロナ・ウイルスの常態化に伴って社会の関心も高く、給料面でも高水準をキープしています。他業界と比較した医薬品業界の業界環境ですが、特徴点はスクラップ・アンド・ビルドの進行であって、二点あげられます。まずはジェネリック企業の淘汰・生産設備過剰の解消、そしてイノベーションの推進です。かかる背景の下、新薬、バイテク、受託業界(CRO, CMO, CSO)が注目されています。

そういったホットな環境下、医薬品業界内で転職する場合には、転職時の給料は20%アップ以上が一応の目安になっているようです。

給料の上昇率(2019年~2021年)

給料の上昇率

特にコロナ問題が発生した2020年の第一四半期以降、給料の上昇率は増加しており、2021年第一四半期には20%近い増加率となっています。

転職時の給料上昇率

北上深(北京、上海、深セン)では、転職時の給料上昇率が40%を超えており、それ以下、都市別のGDPランクとほぼ同じ順位となっています。

従業員の新規募集の際の給料等 / 都市比較

求人数は上海が群を抜いており、また給料の額についても北上深の3地域がトップ3を占めています。ただ先進国の医薬品業界の企業の給料と比較するといまだにかなり見劣り感があります。医薬品産業は今後の発展が見込まれていることから、従業員の給料も長期にわたって上昇を続けるであろうと見込まれています。なお、中国の新薬R&D・ビジネスは欧米の多国籍企業等での職務経験を経て中国に戻ってくるreturnee(海亀)が核となっていますが、彼らの給与水準は上記のレートとは別建てとなっています。returneeは、個人(米国時代の同僚等)ルートによる紹介、多国間を繫ぐ専門のリクルート会社を経由して、北上深の医薬品企業等に就職されています。今後、日本のエキスパートが中国で働かれるようになる日も近いと感じています。

2015年からの中国の薬事制度改革で、すでに上市されているジェネリック薬も含めて品質面で先発品との同等性を示すデータの再提出を求める等の措置が断行されて、中国のジェネリック薬は、「品質面」で大きな進歩を見せました。そして、2018年に主要都市(4+7の11都市)にて一部の医薬品で始まった購入量保証付きの一括購入制度が全国に広がりを見せています。政府が購入量を企業に対して保証する見返りとして、大幅な薬価の引下げを求める政策が浸透しています。それに伴って、「製造コスト面」でも構造改革が進んでいます。

このような制度の大改革の中で、中国の医薬品企業(ジェネリック企業)は大変貌を遂げており、品質向上、生産コストの圧縮、そして国際化の道を走っています。ちょうど今、中国では新薬の研究開発推進のための知財保護政策の具体化が進んでいます。政策の中心である「特許期間の延長」、「Patent Linkage」、「データ保護制度」は先発の新薬の開拓者利益と後発のジェネリック薬の廉価な薬剤提供に対する利益配分をどうやってバランスさせるかの課題でもあることから、中国の新薬の知財制度の理解のためにも、中国ジェネリック薬の動向については目を離せません。

ジェネリック薬の開発期間

ジェネリック薬は原薬・製剤の開発からBE試験(臨床試験)を経て上市申請に至りますが、その開発・試験期間は2年半前後とされています。先発の新薬が10数年の研究開発期間が必要と言われているのに比較しますと、ジェネリックの開発コストは格段に低く抑えることができます。

3、4類のジェネリック薬の開発ステージ 期間
準備期2か月
製剤開発9-10か月
原料開発5-8か月
安定性試験、BE試験12か月
合計28-32か月
3、4類のジェネリック薬の開発周期

ジェネリック薬の市場占有率 / 米国との比較

米国では、ジェネリック薬の市場占有率は、数量比で90%、金額費で10%を占めています。これに対して中国では、数量比で90%以上、金額費で70%以上とされています。将来的には、ジェネリック薬の比率は低下を続け、2025年には、その金額比率で50%程度になると予測されています。

中国、アメリカのジェネリック薬、新薬(特許満了薬、特許新薬)の販売高の占有率比較

ジェネリック薬(低分子薬)業界の発展の趨勢

2015年の中国の薬事制度改革によって、ジェネリック業界が淘汰の時期に突入しました。2015年の6千社から翌年には4千社にまで減少しました。しかしながら、中国にはまだ4千社のジェネリック企業(原薬の製造企業、製剤企業)がひしめいています。

中国の原薬メーカー、製剤品メーカー等の企業数

そして、2018年に始まった購入量保証付き一括購入により平均薬価が50%引下げられました。従来、総販売高の40%を占めていた販売経費が一気に吹き飛んでしまったことを意味します。この不透明な金の流れに対して、一括購入制度の対象とする医薬品の品目的、地域的な広がりに加えて、刑事事件が絡む腐敗撲滅運動も並行して進んでいます。そういった中で、ジェネリック企業の収益を生む隙間は、製造コストの低減にしか見当たらなくなってしまいました。製剤企業が製薬(API製造)企業を買収して集約化する動きも見られます。

ジェネリック薬の間の競争 / 最初に市場に出るジェネリック薬

米国で新薬の価格は、特許が満了してジェネリック薬が出現することにより、1年後の下げ率は51%に達します。また、最初に市場に出たジェネリック薬の価格は、特許満了後の新薬の価格に対して94%の価格であるのに対して、2番目のジェネリック薬は52%、そして20番目は6%にまで下がります。

中国ではパテントリンケージ制度の導入によって、最初のジェネリック薬に1年間の独占期間(この間、2番目以降のジェネリック薬は上市承認がされない)が付与されることが予定されています。この最初のジェネリック薬の特典を獲得すべく、中国の優良とされる代表的なジェネリック企業、例えば、恒瑞医药(Hengrui Medicine)、豪森薬業(Hansoh Pharma)、信立泰薬業(Salubris Pharma)、正大天晴薬業( Chiatai Tianqing )、華東医薬(HuaDong Medicine)等が競っており、これらの企業は、すでに病院・臨床家から広く支持を得ており、ジェネリック薬の中でのブランドを確立しています。

中国国産のジェネリック薬の「国際化」と「双循環」

上記の通り政策誘導により企業淘汰が進んだ結果として、中国のジェネリック薬は、品質面・価格面で国際的な競争力を獲得しています。中国企業による米国でのジェネリックの上市承認の為の申請(ANDA)の数は下記の通り、2018年にジャンプしています。

2009-2019年中国企業の米国ANDA申請数

特に、華東医薬(HuaDong Medicie)の海外展開は目覚ましく、2015-2019年に米国で80件のANDAを申請。このような海外展開をベースに中国の本土市場に回帰するという戦略で、中国国内における集中買付の環境下においても品質と価格優位性を武器に優位な立場を占めつつあります。2019年には、双成薬業(Shuangcheng)、正大天晴薬業(Chiatai Tianqing)、博雅生物製薬(Boya)等が米国ANDAの申請数で躍進しています。

このように、中国企業の国際化は、まず原材料である「医薬品の中間体」の製造・輸出から始まって、その後「API原薬」の製造・輸出に発展し、今日では「最終の製剤品」の製造・輸出に大きく踏み出している段階にあります。中国の医薬品を取り巻く政策の大改革を踏まえて、品質向上、コスト圧縮を果たした中国のジェネリック薬は、海外への輸出と同時に国内での集中買付での入札・落札の「双循環」の流れに向かっています。

世界でインターネットテクノロジーが既存のビジネス/流通チャネルに大きな変革をもたらしていますが、医療の世界もその例にもれず大変革の渦中にあります。

特に中国ではどの分野であれ、新しいビジネスチャンスがあると言われる領域には多くの企業が一気に参入し、巨額の資金が集中的に投入されます。そして、参入した企業の熾烈な競争の混乱期を経て、淘汰が起こり、生き残った企業が徐々に市場を押さえて安定化に向かうといったパターンです。(ECモールのタオバオ、QRコード決済のAlipay、配車サービスのDiDiなど)

中国のネット医療は、今が混乱期~淘汰の時期にあるようです。

2020年、コロナで人々が引きこもりを余儀なくされた時は、医療ITサービスに参加した人が激増しました。ところが、コロナが中国では沈静化した今、転換期を迎えています。

数年前から各社乱入とも言える状況で新医療ITビジネスの立ち上げがありましたが、その多くが淘汰され、現在生き残りつつあるのはネット巨大企業のアリババや京東が運営するプラットフォーム、有名な薬局チェーン、医薬品の製造・流通企業のそれです。但し、ビジネスモデルも含めて、未だ混沌とした状況が続いています。

そういった混沌とした環境を代表しているのが、「叮当快药」です。大手のOTC企業が、2015年にオンラインプラットフォームを立ち上げ、アプリ上で薬剤師の説明、医薬品の注文、購入者への宅配を中心としたビジネスを展開しています。過去400億円相当の資金をベースにビジネスが急拡大してきましたが、過当競争の中、赤字から脱却できず、株主の大きな入れ替えも行われてきました。それが、この6月8日の投資ラウンドで220億円を集めました。ただ、下記の通りネット巨大企業が同じようなサービスに参入し始めたこの市場で特徴点を打ち出していくのは並大抵のことではありません。

平安好医生

中国の巨大な保険会社の平安グループの平安健康が運営する「平安好医者」(中国語で「好医生」は、良い、立派 な医者という意味)のネット医療ビジネスも動乱の最中にあります。サービスとしては、直接医者とチャットで医療相談ができるサービス、医者や病院の口コミ、病院の予約、薬の購入などです。

2015年以降連続6年の赤字決算(累積で800億円)、黒字化の目処が立たず、昨年5月にトップ総入れ替えの人事が断行されました。保険ビジネスによる患者・医者の情報をベースに新サービスをどのように創出するかが問われています。

阿里健康、京東健康

平安好医生に比べて、巨大ネットビジネス企業であるアリババ(阿里巴巴)や京東をバックとする「阿里健康」、「京東健康」は医薬品および健康関連商品のネット販売をコア ビジネスに据えて、その周囲の医療IT等のサービスを徐々に提供していることから経営は比較的順調に推移しているようです。「阿里健康」は2020年に黒字化、「京東健康」は増益基調が続いています。

微医(WeDoctor)

上記の「平安健康」、「阿里健康」、「京東健康」と共にネット医療の四天王の地位を占めるのが「微医」です。前三社は、既存のビジネスをベースに商品販売を主力にしているのに対して、「微医」は毛色が異なっています。医療ITの先駆者として2010年に創業。2015年にはオンライン病院を開業して、 オンライン診療・処方、医療保険適用処理等のサービスを提供してきました。売上高は急増していますが、赤字からは脱却できていません。そのことから、前三社が果たしているIPOについても2021年4月の時点で香港に申請しているものの結果はまだ出ていません。

通信販売の対象となっている医薬品の範囲は広がっていますが、処方薬の取扱いについては、規制が十分に追いついていません。ネット上の診断と処方薬のネット上の販売に不透明な部分も存在する所から、今後その面での規範化を高めていく必要があると言われています。

 平安好医者阿里健康京東健康 微医
特徴ネット医療で患者―病院・医師の繋がりカバー範囲が最大市場価値が最大であるネット医療企業  最大のネット医療プラットフォームによる最大の通信販売ドラッグストアオンライン診療
利用者数登録者:3.7億人
アクティブ:6700万人(MAU)
アクティブ:2.8億人(YAU)アクティブ:7300万人(YAU)登録者数:2.2億人
優位性健康保険サービスを拡張する形で、ネット医療サービスを提供アリババの通販プラットフォーム(タオバオ)を利用し顧客獲得コストが低い京東の通販・物流システムを利用オンライン診療の裏で社会保険のシステムに接続されている
カバー率3000病院、9万薬局、5万人の医者と連携商品の提供は7-24時間内、120都市をカバー、医薬品企業の90%をカバー物流・倉庫システムに秀でており、200都市をカバー

今から18年も前の話になるが、投資会社でコンサルタントをしていた私は、上海のベンチャー企業の訪問を受けた。当時の手帳にWuxi Pharm Ge Liとだけあって特に注記はない。そのGe Li氏は今や中国発グローバル企業に成長したWuXi AppTechの創業者である。米コロンビア大学で化学のPhDを取得して中国に帰って起業したと知り、驚いたというより感心したものである。当時の中国に対する日本の見方はその程度で、その後の躍進は思いもよらなかった。今や中国は科学技術分野のどの指標をとっても米国に次ぐ位置を占め、日本は遠く及ばない。医薬産業統計を見てみると、その成長は2010年頃から始まって、ここ数年は正にうなぎ登りで、それを裏付ける中国の急速な経済発展と1980〜1990年の米国留学ブームによるGe Liさんのような海亀族*1 の活躍がある。翻って、日本の医薬品産業の過去を思い返してみると高成長の端緒は1960年の国民皆保険制度の発足で、それまでの輸入医薬品の販売から自社製品の研究開発に舵を切って大きく収益力を上げた。以降1970年頃から、日本独自の医薬品が相次いで世界市場に投入され、1990年半ばには米に次ぐ世界第二位の座を占めることになる。以来20年余を経て両国の状況は一変した。
中国の医薬品産業のここ数年の急成長はかつてのJAPAN as No.1を思わせ、2019年には初めてのグローバル製品であるBTK阻害薬を世界市場に投入した*2。実は2003年に世界に先駆けて中国発の遺伝子治療薬Gendicineを開発したが当時は大きな話題にならなかった。但し、これが技術基盤となって最近話題のCAR-T細胞療法の開発が活況を呈している。一方、これまで製薬産業を牽引してきた新規低分子医薬品(NCE;New Chemical Entity)の開発は国内市場中心であり必ずしも世界的レベルにあるとは言えない。つまり創薬イノベーションに関しては発展途上ということである。今や抗体医薬や細胞治療、遺伝子治療等、様々な治療モダリティの開発が盛んで、抗体医薬に限ってもブロックバスターの半数を占めるようになった。とはいえNCEは製薬産業のコメであり製薬企業がその研究開発から手を引くことはあり得ない。それでは、なぜ大躍進中の中国で創薬イノベーションが少ないのだろうか。創薬という言葉は日本の命名で、西欧ではクスリのタネ探しの難しさを「藁の中に針を探す」と表現するが日本では総力を挙げて「創り上げる」ものだと捉える。コンピュータ科学を駆使したタネ探しの技術は飛躍的に発展したが、タネを医薬品に育てるには企業での経験に基づいた医薬化学が必須である。中国では伝承医薬の歴史が長く、いわゆる西洋医薬の導入が遅れたため未だ創薬技術の発展段階にあると言える。但し海亀族に代表される人材の豊富さは世界的にも類を見ず、近い将来、世界の創薬エンジンになることは疑いがない。創薬技術に長い経験と実績を持つ日本と豊富な人材と世界を牽引する経済力を誇る中国との組み合わせが今後の世界の医薬品産業にインパクトを与えることは、20年前とは異なり、容易に想像できる。

*1 「海亀族」:海外の有名大学で学び、優秀な学術上・事業上の成績を残した後中国に帰国する人材のこと。留学から帰国した人を「海帰(ハイグイ)」と呼ぶが、この発音が海亀の発音と同じなのでそう呼ぶようになった。

*2 この画期的新薬については「BEIGENEの新薬が中国発の抗がん剤では初めてFDA画期的治療薬に」を参照

中国の国家統計局から2020年の業界別の全国平均賃金が発表されました(5月19日)。賃金に何が含まれているか、さらには物価も違いますので、日本のそれと金額を単純に比較するのは難しいと思います。また、中国の方々の収入は上と下の格差が非常に大きいので、そもそも平均値の代表性については日本ほど高くはないのかもしれません。例えば、「上海・北京・深圳」の給料と「瀋陽・武漢・ウルムチ」の給料の間には大きな地域差があります。ただし、中国国内の業界、職位別でその差がどうなっているかの理解の一助にはなると思い紹介します。

会社勤務者の全国平均年収(2020年)は、主要9業種で10万元(180万円)、前年比7.6%増でした。

トップ3は下記の業種です。

1.IT・通信関係:          18万元(300万円)

2.科学研究企業:           14万元(240万円)

3.金融関係:                  13万元(220万)

以前は長らく金融関係が年収トップを保っていましたが、2016年にIT・通信に、2019年に科学研究企業にそれぞれ抜かれて、現在3位に後退しています。 金融の内、証券は良いとして、銀行が苦戦の様相です。ちなみに、農水林牧に関連する業種の年収は、4.8万元(82万)とトップのIT系年収の27%相当です。 

また、上記の数字は全国平均収入ですので、例えば上海等の賃金の高い地域であれば、大卒の初任給に該当するかもしれません。IT・通信分野で言えば、中国ではアリババ(阿里巴巴)、テンセント(騰讯)が両巨頭ですが、そこの新卒で初任給は30万元(510万円)位だそうです。

新薬の研究開発企業、いわゆるバイテク企業は、科学研究企業に属します。そのバイテク企業の内、科創板(NASDQに相当。以前の記事に詳しく解説)に上場している7社(研究開発要員数100~240人)の平均年収は18万元(300万円)とされ、最高額の企業が25万元(425万円)、最低が10万元(170万)です。ちなみにこの7社の研究開発要員の学歴は下記の通りです。社員は20台、30台前半が中心です。(硕士:修士、 本科:学士)

魔医药方より引用

2年前の少し古い数字ですが、2018年の医薬品業界(上記のバイテク企業のみならず、ジェネリック企業も含む)の職位別の全国の給料は下記の通りです。

1.総経理(社長):中央値110万元(1800万円)

2.R&Dトップ: 中央値78万元(1300万円)

3.  臨床開発マネージャー:中央値36万元(610万円)

4.合成・メドケム部長:中央値36万元(610万円)

5.製剤研究員:中央値11万元(180万円)

6.生物系トップ:中央値79万元(1300万円)

7.営業管理トップ:中央値72万元(1200万円)

8.営業部マネージャー:中央値30万元(510万)

中国医薬品企業の営業職は一般的に歩合制を取っており、頑張れば収入が高いとされています。従って、男性の国内の薬学卒の若手は営業指向が強かったと言われていました。ただし、党・政府が指揮する研究開発重視の政策の趨勢から、上記の9つの業界の平均収入のランクに変化が出ているように、今後は医薬品業界内部でも、職種別の収入面で変化が起きてくると思います。中国は全ての分野で格差が大きく、収入もしかり。平均値を取ると、人口の裾野、地域的な広がりが膨大ですので、日本的には金額が少し低めの印象があるかも知れません。しかしながら、新薬の研究開発に関する職種では、先端的な会社であれば研究開発要員の5%前後が海外からのreturneeが占めており、returneeの場合は前職の米国のMNCを含めた製薬企業の給料が指標になって来ますので、上記の平均値よりかなり高い水準を行っており、その意味でも大きな格差が存在していると言えます。  

中国企業が活性化して大きく変化、そして国際化しており、IT産業、電気自動車産業のみならず、医薬品産業も同じ傾向です。特に中国企業の研究開発部門は、日本人のプロフェッショナルな方々の職場になるという時代がやってくるに違いない、経験豊富で意欲の高い日本の方々が活気あふれる中国企業の研究開発部門で仕事をするようなケースも増えてくると思います。その場合は、海外からのreturneeと同じような扱いを受けて、中国で頑張られることになるのだと思います。

中国では現在、4種の国産の「コロナ・ワクチン」が承認され、既に3億5千万回以上の接種が行われているとの事(2021年5月12日)。筆者も、中国で近々接種予定です。接種しましたら、中国ワクチン事情としてレポートする予定です。

一方、抗癌剤は当面、予定がありませんので、今回レポートします。今、ホットなPD-1癌免チェックポイント阻害剤(抗癌剤)、中国は自主R&Dによる新薬が、下記の通り4製品既に承認・上市済です。

 中国企業上市時期
先を切ったのは、 君実生物(Junshi Bio/上海) 2018年末
その10日後信達生物(Innovent/蘇州)同上
翌年に恒瑞医薬(HengRui/江蘇省・連雲港)2019年5月
そして、百済神州(BeiGene/北京)2019年末

ポイントになる保険適用ですが、今年(2021)年3月から適用の医療保険リストには、これら4製品の全てが収載されています。従来は、新薬の承認が下りれば、まず病院に納入され、患者は自己負担で使用します。そして実績を作ってから、その数年後にやっと医療保険リストに収載され、保険償還されていました。日本では新薬の承認と薬価収載はセットでされますが、中国では、近年やっと承認後、短期間で新薬に保険が適用される時代が到来しました。これによって、薬価は大幅に引き下げられましたが、新薬の市場は大きく拡大すると言われています。 

さて、中国発の国産PR-1の売上高、直近四半期(2021年1Q)の数字は、下記の通りです

中国企業4社2021年1Q売上高前年同期比
君実生物(Junshi Bio/上海) 60億円40倍
信達生物(Innovent/蘇州) 120憶円1.8倍
恒瑞医薬(HengRui/江蘇省・連雲港) 400億円2.3倍
百済神州(BeiGene/北京) 50億2.3倍

各製品とも、昨年が発売直後だったことを鑑みても、どれも驚異的な伸びを示しています。

トップのHengRui(恒瑞)は、今年2021年通年の売上高を1500億円~1700憶円とはじいており、中国のPD-1市場(BMS、MSD等の外資を含む)の25%を占めるとしています。HengRui製品の医療保険の年額治療費は85万円とされていますが、昨年実績によると、医療保険適用の病院機構の一括購入が占める割合は低く、大部分が院外での取引で納入されています。

医療保険リストに収載されたにもかかわらず、実態として当該新薬の使用がされない、または保険償還されない医薬品が多数存在しており、それを打破するために、病院、薬局の「双通道」を保険機構と結びつける制度改革が2021年5月に公表されています(次回レポートを参照)。この政策がさらに、国産PD-1の市場を拡大して行くことになると言われています。

そういった中で4社の競争は熾烈を極め、トップのHengRuiはPD-1製品にMR2000人を投入、その他3社もMRを増強しています。最初に市場参入したJunshiは、アストラゼネカとの連携により活路を見出そうとしています。

4製品の医療保険適用後の薬剤費が平均100万円(年間)とした場合、PD-1の市場は5,000億円強にまで拡大するとしています。しかし、将来、薬剤費の切り下げに見舞われ、薬剤費は半額にまでカットされることも想定されています。その意味で、各社にとって、病院市場で如何に早く浸透させるかが非常に重要になって来ています。

その拡大路線を走る為には、PD-1の自社品の適応症の追加承認をいかに先行させるかが決め手となっています。肺癌、胃癌、肝癌、食道癌が4大固形癌ですが、現に、各社は適応症の追加承認を相次いで受けつつあります。

上記4社が先行し着々と地固めをしている中、後続の国内発PD-1は適応症で新機軸を打ち出してunmet medical needsを満たす特別の戦略が必要とされています。

今から遡ること50年、1970年代の日本の製薬産業は新薬のR&Dの本格的な勃興期、多くの企業は未だ海外からの導入品が各社の稼ぎ頭だった時代に、各社が自社研究を拡大する為に中央研究所を建設しました。それから30年経過後の21世紀に入っても中国では各社の稼ぎ頭はジェネリック品、それを巨大な工場で生産していました。その頃から新薬研究所の種蒔きが始まり、それから20年経過した今、新薬研究開発に火が着いています。

ただし、今の中国は日本の50-40年前とは火の着き方が多少違っています。日本で火の着いたころは、大手の製薬企業が欧米から上市済の新薬をライセンスイン(導入)しながら、並行して自社で自社品のR&Dを実行していくのが主流でした。これに対して中国の今は、世界の潮流が変わり、ベンチャー・キャピタルの投資マネーが駆動となって、小規模の小回りの利くバイオベンチャーが自社の研究所を立ち上げています。それと並行して、欧米から新薬のプロジェクトをライセンスIN(導入)しています。 

ところが、欧米の大手は既に中国に販売部門を有していますので、昔の日本企業がそうしたように中国のベンチャーが欧米で上市済の製品を導入することは至難の業です。確かに数年前までは、中国企業は開発リスクを取る余裕がなかったので、海外承認済・上市済の新薬の導入に固執していました。しかしながら今は、早期の開発段階の新薬プロジェクトにまで食指を伸ばして、自分で開発リスクを取ってライセンスインして、中国で臨床試験等を進めています。そして、そのような中国企業に対して、欧米のベンチャーが熱心に売り込みをかけて来ています。

そういった中で、過去5年間(2015年以降)のライセンスインの数字が公表されています。それによりますと、中国の62社が導入しています。その内、導入件数のトップ5は下記の通りです。

火石创造数据から引用

トップを切っているのは、再鼎医药(Zai Lab)です。14件の新薬プロジェクトを導入して、そのうち3製品が承認を取得して中国で上市済です。Zai Labは、2014年に上海で起業したベンチャーです。そこの名物社長のSamantha女史を始め複数のキー・メンバーは、元々中国の老舗ベンチャー和記黄埔(HutchMed)の出身です。このHutchMedは香港マネーを湯水の如く注ぎ込んで自社研究を進め、薬草成分も含めた新薬の開発を推進していました。Samantha女史は、そこのトップを辞して、米国のベンチャー・キャピタルと組んで、上海にZaiLabを立ち上げました。そして、自社研究ではなく、海外から新薬のプロジェクトを導入するビジネス・モデルで大成功しています。5~6年前はガレージ・ベンチャーだったZaiが、今は上海の浦東に大きなビルを構えており、中国の経済的な大躍進を体現している観があります。この間Zaiは、2017年に米国ナスダックで、2020年香港でIPOを果たしています。

次にライセンスインされている新薬プロジェクトの適応症ですが、下記の通りで、「癌」がダントツの状況です。

火石创造数据から引用

件数の多さに少し驚かれるかもしれませんが、2019年から2年間のライセンスイン実績リストは下記の通りです。

火石创造数据から引用

上記は中国企業がライセンスインした過去2年のリストです。5年を遡るとさらに膨大な数の新薬プロジェクトを「中国企業」が「海外のベンチャー企業等」からライセンスインしています。しかしながら、これらの新薬プロジェクトを中国側に導出した海外のライセンサーの顔ぶれを見てみますと欧米のベンチャー等がほとんどです。残念ながら、日本企業は影が非常に薄いのが現状です。日本人が何らかのマジックに掛かっているとしか言いようがないように思えます。

前回の記事では、中国におけるCROの発展について紹介しました。そして中国のCRO(受託で試験研究を行う会社)・CDMO(受託で化合物・治験薬等を製造する会社)各社の2020年度業績が公表されました。公表されている29社の売上高の総額は、前年比35%伸びています。

中国では、このCRO・CDMOは一般に下記のカテゴリーに分けられます。

  1. 新薬の前臨床試験を広く受託する総合型CRO・CDMO
  2. ジェネリックの試験を受託する総合型CRO・CDMO
  3. 低分子化合物等のCDMO
  4. バイオ系のCRO・CDMO
  5. 薬理・毒性に特化した試験を受託するCRO
  6. 臨床試験を受託するCRO(clinical CRO)

この中で特筆すべきは、上記の1及び4に分類される药明康德(WuXi AppTec / ウーシーアップテック)です。WuXiは傘下にWuXiバイオ(薬明生物技術)を有しますが、この一社で、中国で上場しているCRO・CDMO社の総売上高の25%を占める圧倒的な地位を築いています。今年の売上高の見込(2021年1Qに基づく)は約5000億円に上ります。アステラス・第一三共の年間R&D費用はそれぞれ総額2000億円前後、その内、8割前後は臨床以降の開発コストでしょうから、前臨床段階の研究開発費に限定してみますと、WuXiの規模の大きさが想像できると思います。

このWuXiは、外資、MNCからの受託によりノウハウを獲得し、圧倒的な人材の分厚さと高い専門性を誇っています。また、WuXiはいつから製薬企業に変身するのかと言われていましたが、数年前から米国、中国のバイテク等への投資を活発化しており、その投資残高は1400億円(2021年1Q)にまで上っております。

「新薬の総合型CRO」では、WuXiに続いて、二番手以下、業界内でも歴史ある康龍化成(Pharmaron / 北京)、昨年度は少し足踏み(売上増11%)した睿智化学(ChemPartner / 上海)、売上は48%増と順調な美達西(Medicilon/上海)が続いています。

次いで、上記2の「ジェネリックの総合型CRO・CDMO」ですが、過去、中国政府が承認済みの薬剤について、BE同一性試験等の再実施・データを各社に提出を求めたことから、試験を受託するCROは活況に沸いた時期もありました。しかしながら、近時ジェネリック業界は、政府による集中買付政策の影響が大きいことから、その受託試験CROも難しい時期に入って来ています。各社の規模は大きくないものの、その売上高は、マイナス成長の华威社は別としても各社(新領先/Leading Pharm、博済/Boji等·)6%〜15%増と厳しい結果となっています。

上記3の「低分子化合物等のCDMO」では、各社大きな売上高増(30-50%増)を遂げています。グローバルなサプライチェーンで重要な一角を占めつつあると言えます。博騰(Porton Pharma / 重慶)、九州(JiuZhou / 台州-浙江省)、凱莱英(AsymChem / 天津)等の企業群が挙げられます。

上記4の「バイオ系のCRO・CDMO」も、大きな売り上げ増を達成(40%-700%)。前記のWuXiバイオに加えて、金斯瑞(GenScript / 南京)、義翘神州(Sino Biological / 北京)等が躍進しています。

上記5の「薬理・毒性に特化した試験を受託するCRO」では、昭衍(JoInn / 北京)が最大規模を誇っています(売上増68%)。

上記6の「臨床試験を受託するCRO」では、泰格医薬(TigerMed / 杭州)が巨頭です。これは別途、機会を設けて説明したいと思います。

過去5年間(2016年~2020年)の中国のCRO・CDMO 29社(上場企業)の業績推移ですが、売上高は年平均30%増、従業員数は年平均23%増で成長してきました。 特にコロナの影響を受けた2020年には、海外からの受託増等の背景もあり、売上高35%増、従業員数26%増と非常に大きな躍進を見せています。

上記の29社は上場企業ですが、中国にはそれ以外に数百のブティック的なCROが存在し、それぞれが例えば、どういった薬理vivo試験に強い・優位性があるか等の特徴を有しています。中国内資の新薬研究開発型の企業にとってみれば、そのような何百というCROの中から複数のCROを選択して、如何に有効活用して、R&Dのスピード・質を向上させていくかが非常に重要です。その意味で、自社のR&D推進の為に中国のCRO網を組み入れているということは、当該企業の一種のノウハウとも言えます。

日本企業は試験を外注する際、どうしても中国の著名CROへとアクセス先が限られているようです。今後は、中国の内資企業との連携により、CROも含めた中国のエコシステムの活用が課題になって来ると思われます。

新薬の研究開発は時間勝負。同じdrug targetについて数十、数百の研究グループが追いかけたとしても、各国の薬事政策の下で世に出てビジネスになるのは最初にゴールを切った数社だけ。そういった中で、2020年は某国が発信と言われるコロナ・ウイルスにより欧米がまず打撃を受け、日本も後追いの形で苦しんでおります。海外(中国から見た)の新薬業界では在宅勤務が主流となっており、どの企業も昨年(2020年)は長期間にわたって新薬研究所の閉鎖も余儀なくされました。しかしながら、グローバルの研究開発競争は停止しませんので、世界各社の研究所は競って、外注、CROに研究の実行を委託という道をひた走りました。

他方、いち早くコロナ問題から脱出した中国は、国内での新薬の研究開発が依然として旺盛に展開されており、中国特色あるエコ・システムを形成しているCROに、継続的に外注が続いています。それに加えて中国のCROは、海外企業・研究所機関からの外注が活況に沸き、2020年はどこも目を見張るような業績を達成しました。

中国のCROは、元々ジェネリック薬の合成・CMC等の受託研究をする機関でした。それが、2000年初頭、药明康德(WuXi)に代表されるような新薬研究の受託CROが勃興しました。それらのCROは、欧米のMNC(多国籍企業)から新薬に関連する非臨床研究(合成、毒性、薬理等)を受託するというビジネス・モデルで、上海を始め各地で旗を上げました。そして、あるCROは特定のMNC向けに代謝研究等を行う専用ビルを建設するなど、グローバル基準に則った試験の実行体制が整えられました。今では、グローバルに見て、中国のCROを抜きにした新薬研究の遂行は語れない時代に入って来ています。このように、中国のCROはMNCに育てられたと言ってもいいと思います。 

潮目が変わってきたのが、10年弱前からです。それまでは、中国の大手CRO(化合物・治験薬等の製造をするCDMOを含む)は欧米を中心とした医薬品企業・研究機関からの受注でした。それが、中国内資の新薬企業からの受注が増えて来て、今では、大手の中で内資からの受注が半数以上というCROも増えてきています。内資の新薬研究の膨張に従って、中国CROが更に発展してきている図式です。

そして、2020年の各社CRO(CDMOを含む)の業績が公表されました。公表されている29社の売上高の総額は、35%の伸びを達成しました。

次の記事ではCRO・CDMO各社を6つのカテゴリーに分け、2020年度の業績、および活用について紹介します。

2020年、中国の医薬バイオテクノロジー投資はが大活況でした。中国が国策として新技術R&Dを強力に推進していた、その流れの中でコロナ・パンデミックがあり、医療に関わる新技術への注目度がさらに高まっていることが医薬バイテクへの投資傾斜を加速しています。 

中国の医薬バイテクがIPOを狙うに当たっては、下記の4つの市場が対象になります。 

中国バイオテクノロジー企業の主なIPO先

1.上海証券取引所・科創板(The Science and Technology Innovation Board; STAR Market) 

2019年、ハイテク企業向けに上海で立ち上げられた。 

2.香港市場 

科創板の開設前から資金調達がされていた老舗市場。 

3.メインボード(主板) 

日本の東証一部に当たる、中国の伝統的な株式市場で、上海市場や深圳市場。医薬バイテクにはIPOのハードルが高い。 

4.米国証券取引市場 

NASDAQ等 

IPOを果たした中国の医薬バイテク企業を「数」で見ると、下記の通り、科創板の伸びが著しく、2020年は前年度比で2倍となっています。次いで、香港市場が50%増となっています。 

(PharmaInvest調べ) 

このようにIPOが活況を見る中、中国の医薬バイオベンチャーの起業、そしてIPOに向けた投資の継続に一段と熱が入っています。2020年の一年で、1660件の新規投資が成立しており、その一件当たりの投資額のサイズは40億円程度と、日本の感覚で言いますと桁外れに大きい印象です。 

2020年、投資額ランキングのトップ3は以下のようになっています。 

2020年、投資額ランキングのトップ3

1.联拓生物(LianBio) 

2020年の受け入れ投資額トップは、2020年8月に創業したばかりの「聯拓生物」の335億円です。 

聯拓生物は上海をベースとした医薬バイオベンチャーです。 

2.益方生物(InventisBio) 

次いで2013年創業の「益方生物」の150億円、こちらも上海をベースとした医薬バイオベンチャーです。 

3.创胜集团(Transcenta) 

創勝グループは腫瘍を中心とした十余のパイプラインを持つバイオテクノロジー企業グループ。12月に110億円の投資を集めました。 

これ以外にも、低分子医薬の創薬ベンチャーの雄、药捷安康(TransThera)も2020年に108憶円の投資を受けました。 

このように、中国では投資のワンロットが数十億円のレベルにあります。そして今、これらの新規投資をバックに中国ではR&Dが推進されていて、その成果としての実りが数年先に具体的に出てくると期待されています。日本の医薬品企業が新薬プロジェクトを中国から導入する方向に本格的に舵を切るのはもうすぐでしょう。 

8/6に「米国より中国を重視、5年後には主流か - 新薬承認で世界市場一変も」という題のブルームバーグの記事が公開されました。

記事の概要は、

  • アストラゼネカは貧血治療用新薬を中国で米国より1年ほど早く投入
  • イーライリリーも新薬を中国でまず上市予定
  • 今後5年で世界初上市に中国を含めることが主流になるかもしれないと予想

アストラゼネカの貧血治療薬

アストラゼネカがの言及した貧血治療薬は、FibroGen社の開発したロキサデュスタットです。日本ではアステラス製薬が第III相臨床試験を行なっており、中国ではアストラゼネカが同試験を行なっています。そしてアストラゼネカが米国と中国での開発販売権利を、アステラスが日本、欧州、中東、南アでの権利を有しています。
アストラゼネカは米国と中国のうち、中国においてまず販売するということですが、2013年のニュースリリースの中で、既にその方向で計画を進めていることを明らかにしています。

世界展開する新薬の初上市が中国というのはこれまでになかったことであり、今年年末の上市成功の際には中国で大いに話題になるに違いありません。

イーライリリーも中国でまず上市

イーライリリーは新薬開発の8割において世界同時開発を実施しています。しかしその中で抗がん剤 Fruquintinib は中国でまず上市の予定。Fruquintinib は和記黄埔医薬(ハッチソンメディファーマ、Hutchison、上海)の研究開発により見出されたもので、中国における結腸直腸がん、肺がん、胃がん適応についてはリリー社をパートナーとして進めています。既に蘇州に専門の製造工場も建設済みとのこと。

中国の医薬品市場規模は急速に拡大

医薬品市場規模において、中国は2013年に日本を超え世界第2位になりました。今後日本は緊縮政策により市場規模は横ばい、もしくは減少に転じる可能性もあります。
しかし中国は裏付けとなる経済の拡大、元々の人口が多いことや、急速に高齢化が進んでいること、関税の引き下げなどの要素により、規模は引き続き急速に拡大するとみています。また、毎年数百万人が自費で海外で治療を受けているといわれており、新薬承認の早まりによりこれらも中国市場に戻ってくることになります。
このように売上貢献度の高い国、地区で先ず発売することは当然の流れといえます。

先駆け審査指定制度が中国においても始動

日本では2014年、それまでのドラッグラグ解消を中心とする政策から、研究開発促進の政策に転換し始めたころ、先駆け審査指定制度がスタートしました。
中国においても優先審査の制度が2017年より開始され、また近い将来には、中国で臨床試験をした新薬についてデータ保護期間を最大3倍に伸ばす制度も始まる予定です。
こうした優先審査を考えると、中国における同時臨床試験の実施は今後増えていくものと予想されます。

中国における研究開発の急速な発達

リリー社の例のように、中国において研究開発された新薬の製品化が今後も増えていくと想定されきます。既に研究開発に関するニュースの発信源が中国であるのは珍しくなくなりました。
中国で研究開発された新薬ですから、米国等でなく中国にて先ず上市を計ることになります。

販売市場としての中国の発展だけではなく、研究開発拠点としての中国の存在感が増している結果、今回のように「世界初上市を中国で」、との流れができ始めています。

4月12日、国務院常務会議において李克強総理は抗がん剤の関税をなくすという発表を行ない、これは中国国民に大きな反響をもたらしました。
この発表の背景にあるものは何でしょうか。

国務院(内閣)常務会議における重要決定項目

2018年4月12日に開かれた国務院常務会議にて、医薬品に関連したいくつかの重要な政策が李克強(首相)により発表されました。
① 5月1日より、抗がん剤の輸入関税をなくす
② 抗がん剤を政府によって調達することにより、中間のコストをなくす
③ 輸入新薬の上市を早めるため、臨床試験開始のためのIND申請制度、および医薬品輸入手続き制度の改正
④ 新薬に最長6年のデータ保護期間、中国と海外で同時上市の新薬について、最長5年の特許保護期間の補充(関連記事はこちら
今回は項目①と②を取り上げます。

5月1日から抗がん剤の関税をゼロに

中国はWTOに加盟した2001年以降、医薬品に対する関税を徐々に低減させてきました。直近でも昨年12月より、抗がん剤の輸入関税を2%まで下げています。
現状2%という低水準の関税ですから、それが0%になったとしても経済上のインパクトはほとんどありません。しかし、「すべての医薬品で関税撤廃」というワードは十分なインパクトがあります。

輸入国産を問わず、消費税が大幅低減

4月12日の国務院常務会議において、関税撤廃と同時に、増値税(消費税に相当)も低減させるとの発言がありました。この時に税率には触れていません。
そして4月27日、財務部は「抗がん剤の増値税政策について(財税(2018) 47号)」という通知を出し、これまで17%だった増値税を3%に減税すると発表しました。こちらは販売価格に影響を与える減税額になっています。しかし、元々輸入抗がん剤は価格が非常に高いため、たとえ20%価格が安くなったとしても中国の庶民にとってはとても買える物ではありません。
そこで続く第三の政策、最も実効性の大きな政策に注目してみましょう。

抗がん剤の一括調達による中間コストの低減

4月の重要決定事項の2番目に挙げましたが、政府は一括調達、保険の適用リストの見直し、各企業との価格交渉、電子商取引の活用によって販売価格を低減させることを発表しました。
この一括調達、保険適用、価格交渉、電子商取引はそれぞれ密接な関係があります。
もし新薬が中国の保険適用になれば、一気に販売量が増えることになります。そこで政府は保険適用をするに際し、各企業と価格交渉をしたり入札を実施することによって、調達価格を圧縮します。2017年の実績で平均50%も値段を下げることができたとのことです。
一括して購入した新薬は、電子商取引によって全国に販売することになります。
2017年の実績では、価格交渉で700億円、保険適用を含めると1000億円以上も患者負担を減らせたとのことですから、この政策は最も効果的です。しかし諸外国にとってはあまり良いニュースではないため、これら3つの政策を一度に発表したようです。

がん患者負担の社会問題

こうした決定の背景にあるのは、医療費に対する国民の不満が高まっているということです。
ここ数年「看病难」(診療を受けたくても受けられない)という言葉が流行しています。病院に行っても人が多く待ち時間が長い、専門の医者がいない、医療費が高い、ベッドが足りないというわけです。このうち医療費の問題は「看病贵」と言われ特に注目されています。
中国では年間429万人が新たにがんが見つかっており、日本の4倍です。しかし、抗がん剤の市場規模は2兆円を超えくらいで、この市場規模は日本の2倍程度でしかありません。多くの国民に抗がん剤は高すぎるのです。その結果、5年生存率は日本の半分しかありません。(癌の種類が異なることも関係していますが。)
今年になってがんにり患した子供を歩道橋から突き落として死なせた父親の事件が中国で話題になりました。また、高齢化社会が日本以上の速度で進み、毎年がんにり患する患者数も年10%で増え続けており、社会問題になっています。

考察

今回中国政府は、諸外国と国内世論の両面に歓迎される、とてもうまい組み合わせの政策を発表しました。
諸外国は中国の関税の不公平感を重く見ていますし、世界最大の市場として市場開放を強く望んでいます。特にトランプによる圧力が高まった4月、関税撤廃の発表は大きなインパクトがありました。アメリカとの正面対立を望んでいないことがわかります。
一方で一党体制とはいえ、安全保障上、国民の世論についても無視することはできません。あまりアメリカに対して弱腰な対応をしたとの印象を自国民に与えるわけにはいかないのです。
そこで今回、国民の「看病难」を解決するという名目のもと、貿易戦争を避ける絶妙な政策を送り出しました。

世界の抗がん剤開発企業にとってこれは千載一遇のチャンスですが、すでに対象になる医薬品のリストが公開されています。このリストの分析は別記事をご確認ください。

関連記事

関税が撤廃される抗がん剤一覧(執筆中)
医薬品特許保護期間を上市から5年認める、データ保護期間も延長
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1.始めに

中国の2015年は、「医薬品審査承認制度」の「改革元年」として位置づけられると思います。今年、下記のリストに示された重要な政府通知が発せられました。今回の中国医薬品ビジネス・レポートNo.2では、前回に引き続いて、「改革の方向性」、「承認申請の滞貨問題」及び「国際共同治験のガイドライン」に関するポイントを採り上げます。

公布日
組織名
文署名 主要な内容
2015.08.18
国務院
医薬品・医療機器の審査承認制度の改革方針
(国発国发〔2015〕44 号)
・新薬の定義の変更
・NCE 新薬の審査承認のスピード化
・販売承認制度への移行
・海外未承認薬について、中国国内での臨床試験の実施に関する承認システム
2015.07.31
CFDA
承認申請の滞貨問題の解決の為の政策意見
(140 号通知)
・ジェネリック薬の水準向上
・IND(臨床試験申請)の審査承認の最適化(届出制)
・臨床上、必要性が高い医薬品の承認
2015.01.30
CFDA
国際共同治験ガイドライン(試行)の通知
(2015 年第 2 号)
・国際共同治験について、総合的な実施要件
・規範性・科学性面での要件、登録申請の要件、プロトコール等の変更等に関する手続・管理面での要件

本論文では、2015 年に国務院及び CFDA が公布した重要な通達等の全体を俯瞰して、下記のようなテーマにて、将来の新しい審査承認制度の方向性を分析し、我々業界人のビジネスにどのような影響を与えることになるのかについて検討していきたいと思います。

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1.始めに

CFDA(中国の国家食品薬品監督管理総局)は、2015 年の年頭に、今年を医薬品審査承認制度の改革元年にするとして、業界内に風雲急を告げる年が始まりました。その後、ご承知の通り、次々と関連する文書・通知が発せられましたが、その重要なものは下記の通りです。

公布日
組織名
文署名 主要な内容
2015.08.18
国務院
医薬品・医療機器の審査承認制度の改革方針
(国発国发〔2015〕44 号)
・新薬の定義の変更
・NCE 新薬の審査承認のスピード化
・販売承認制度への移行
・海外未承認薬について、中国国内での臨床試験の実施に関する承認システム
2015.07.31
CFDA
承認申請の滞貨問題の解決の為の政策意見
(140 号通知)
・ジェネリック薬の水準向上
・IND(臨床試験申請)の審査承認の最適化(届出制)
・臨床上、必要性が高い医薬品の承認
2015.01.30
CFDA
国際共同治験ガイドライン(試行)の通知
(2015 年第 2 号)
・国際共同治験について、総合的な実施要件
・規範性・科学性面での要件、登録申請の要件、プロトコール等の変更等に関する手続・管理面での要件

本論文では、2015 年に国務院及び CFDA が公布した重要な通達等の全体を俯瞰して、下記のようなテーマにて、将来の新しい審査承認制度の方向性を分析し、我々業界人のビジネスにどのような影響を与えることになるのかについて検討していきたいと思います。

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ある基本技術Xについて、日本企業(ライセンサー)が中国で基本特許を有しており、当該特許に基づき、中国企業(ライセンシー)に契約地域を中国としてライセンス許諾がされることを想定してみましょう。中国企業のR&D能力が強化されつつある現状では、基本技術Xが製品であれ製造方法であれ、ライセンシーの中国企業は中国での基本特許のライセンス許諾を受けた後に、技術Xそれ自身の商品化を行うことと並行して、技術Xの技術改良に努めることも十分にありうると想定しておかなければならないでしょう。
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1.プロローグ

昨年、西アフリカでエボラ出血熱が猛威を振るい、そこから遠くに位置するアジアもその脅威に巻き込まれました。特に中国は、経済的にアフリカとの繋がりが深く、そこには100万人の中国人が住んでいると言われており、また、中国南部の広州には多くのアフリカ貿易商人が出入りしていることから、万一の場合には、アジアでは真っ先に被害が及ぶ地域であったに違いありません。上海に住んでいる私は、当時、それなりの覚悟を迫られる心理状況でした。そして、特効薬があれば、生き残りの為に、どんなことがあっても、手に入れたい!

そういった時期に日本の富山化学(富士フィルム・グループ)の開発したインフルエンザ薬の「アビガン」がエボラにも効くとの報道があり、欧州・アフリカで臨床試験がされ、今年になって、一部患者で効果が確認されつつあるとの報道が続きました。 他方で、中国では、4-5年前に中国の軍事医学科学院が見出したとされる抗エボラ・ウイルス薬JK-05について、四環医薬が技術移転を受け、同様に臨床試験の開始を予定しているとの発表がありました。その後、日本の「アビガン」と中国の「JK-05」が実は同一化学成分である可能性があり、もしそうであれば、当該成分に関して、日本の富山化学が中国で特許を有していることから、四環医薬はその特許権を侵害することになるとの報道がされました。

このような特許侵害の可能性についての報道が出た時、上海に住む一人の人間として、生命の危機に曝されるかも知れないというのに、なぜ、このようなレベルの違う話が出てくるのか、当時は、少し戸惑いました。幸い、2014年末に西アフリカのエボラ終息宣言が出され、その後、状況が安定化の方向に向かっている今、特許侵害問題を検討の上、今後の方向性について提言してみたいと思います。

2. 特許権の侵害問題

2-1) 日本での考え方:

特許権でカバーされている医薬品について、特許権者の同意を得ずに製造すれば、それは、特許侵害となります。然しながら、そのような製造が、当該特許医薬品を製造販売する為に厚労省の承認を取得する目的で開発行為の一環としてなされた場合には、原則、侵害行為には該当しないとされています。従って、開発行為の一環として臨床試験で投与される治験薬を製造する為に、第三者の特許でカバーされている医薬品(化合物)を合成・製造したとしても、それは侵害に該当しません。臨床試験が終わり、実際に当局から製造・販売承認を取得後、製造・販売を開始した時に始めて、具体的な特許権の侵害が発生します。

尚、このような考え方は、判例を積み重ねて米国で先ず法制度の整備がされましたが、それを受けて、日本でも同様の最高裁の判決がなされたことを踏まえての考え方です。

2-2) 中国での考え方:

中国では、米国同様、明確に法律に規定されています。特許法(第69条)に、特許権の効力が及ばない範囲に関する規定があり、そこには、特許権者の同意を得ずになした実施行為であったとしても、特許の侵害には当たらないとされる行為が列挙されています。その(5)に、臨床試験の実施行為についての関連条項が盛り込まれています。即ち,

「行政当局(cFDA)への承認申請の為に必要なデータを提出する目的で、特許医薬品–を製造、使用、輸入する行為、——–は、特許権の侵害行為とは見做されない。」

とされています(§69-(5))。従って、中国企業が、中国の行政当局(cFDA)から製造承認を取得する為の開発行為の一環として、エボラ薬を製造することは、上記の免責の範囲に入るので、たとえ、そのエボラ薬が日本企業の有する中国の特許権でカバーされていたとしても、特許権の侵害にはなりません。然しながら、中国企業がエボラ薬の開発に必要な範囲の量を超えて、将来の上市の準備として、在庫を積み上げる為にエボラ薬を製造した場合には、上記の免責の範囲を超えると考えられます。

3.特許権についての強制実施権の制度

中国企業がエボラ薬の事業化をすすめれば特許の侵害が不可避となる事態を迎えると考える場合には、富山化学に対して特許のライセンス許諾を求めることになると思われます。その際、富山化学がライセンスを許諾するか否かは、同社の経営判断の問題ですが、その際、下記の強制実施権の制度を念頭に入れておく必要があります。最悪、法律上、どのようになりうるかのボトム・ラインを押さえておく必要があるからです。

そこで、この強制実施権制度ですが、特許を含む知的財産権に関する国際条約である、パリ条約及び TRIPS 協定に基づいて、日本を含め加盟国の各国とも該当する制度を整えています。即ち、ある特定の状況が発生し、必要な条件が満たされる場合には、特許権者の同意を得ずに、政府が自己の判断で第三者に特許の実施権(ライセンス)を付与することが出来る制度です。この制度の下では、政府が強制的に第三者に実施権を付与することが出来ることから、「強制実施権」の制度と呼ばれています。

3-1)日本の「強制実施権」制度:

ある特許権についてビジネス化を希望する企業がその特許権を有する者にライセンス許諾を申し入れ、協議したけれども、不調に終わってしまったとしましょう。ここで、第三者にライセンスを許諾するか否かは特許権者の権限ですので、協議が不調になれば、原則、それで終わりということになります。然しながら、上記の条約上の要請もあり、日本でも、制度上、ある限られた場合にのみ、政府が介入して強制実施権が付与されうる枠組みが用意されています(未だ、発動はされていません)。

① 特許権者の不実施(特許法§83 条):

特許権者が特許成立から 3 年以内(出願から 4 年以内)に日本で特許を十分に実施しない場合。例えば、エボラ薬について、日本で厚労省から販売承認が得られていることを前提に、特許が成立しているにも関わらず、その後、3 年内に、特許権者が日本で製造・販売を開始しないような場合には、第三者が請求すれば、制度上、発動される可能性があります。

② 公共の利益の為(特許法§93 条):

公共の利益を優先する必要性がある場合。例えば、エボラが日本で流行し、日本社会が脅威に曝されているような状況であるにも拘らず、特許権者が十分な量のエボラ薬を製造し、日本社会に対して供給できないような場合に、上記と同様に、日本で日本特許権に対して強制実施権が発動される可能性があります。

③ 利用関係にある発明の実施(特許法§92 条):

二つの利用関係にある特許が異なる企業によって所有されており、一方の実施が他方の特許(日本特許)の侵害になってしまうような場合に、その実施を日本で実現させる必要性がある場合。例えば、A 社が、エボラ薬の化合物について日本で物質特許を有していたとしましょう。然しながら、製造コストが高く、医薬品として販売することができないような背景があると仮定し、その後、第三者がそのエボラ薬の革新的が製造方法を発明し、その製法発明について日本特許を取得の上、廉価で供給できるようになったような場合です。そのような場合、第三者がエボラ薬を製造しようとした場合、物質特許の侵害になりますので、製造はできない。他方、物質特許権者(A 社)は、商品化を実現する為にそのような画期的な製造方法を実施しようとしても、当該第三者の有する特許権の侵害になるので、実現できない。そのような事態を打開する為に、両者間で、協議不調の場合に、政府が強制的に実施を許諾し、製品の製造・供給を可能とする制度です。

3-2)中国の「強制実施権」制度:

中国でも上記の日本と同様の趣旨の制度が整備されています。これらの制度は、前述の通り、知的財産に関する国際条約の下で、制度の整備が許容されているという背景があります。中国国内では、未だ、強制実施権が発動されたケースはないようですが、それが将来、万一あるとすれば、医薬品分野、特に感染症治療薬は、その一つの候補になりうるであろうと考えられています。制度の概観を見た上で、エボラ薬について、どのように処理されることになるのか考えてみたいと思います。

① 不実施の場合(中国特許法§48-1):

中国で富山化学の特許が成立しているが、その成立後 3 年以内に十分な実施をしていないような場合に、中国企業が富山化学に対しライセンス許諾の申し入れをしたにも拘らず、協議が不調となってしまったような場合、中国特許庁に必要な書類を整えて申請すれば、制度上、当局は、強制実施権の許諾の判断をすることになりえます。ところが、エボラ薬を中国で販売する為には、中国国内で臨床試験を実施して、cFDA の承認を取得する必要があるので、そのような承認の取得に時間が掛かるような場合、特許成立後、3 年以内に製造・販売を開始することは不可能ですので、そのような場合には、3 年以内にそれがされていなかったとしても、直ぐに強制実施権の許諾をするという判断にはなりえないと考えられます。然しながら、エボラ薬を中国社会が必要としているような状況にあるにも拘らず、中国で cFDA の承認を取るために、それに向けた必要な臨床試験等の開発行為を始めていないような場合に、中国企業が中国特許庁に強制実施権の許諾を求めた場合、議論の俎上には、乗りうる状況になると思われます。

② 緊急・非常事態、公共の利益の場合(§49):

次に、「緊急・非常事態」の場合、又は「公共の利益」を目的として、強制実施権が付与される制度設計がされています。先ず、「緊急・非常事態」の典型例として、中国で 2003 年に SARS が流行し危機に陥った時の例が挙げられます(もっとも、当時、このことを理由として、特許薬に強制実施権が与えられたというわけではありません)。本件で言えば、例えば、将来、中国でエボラが大流行し、緊急事態を迎えた状況下、エボラに対し有効な他の薬剤がなく、富山化学のエボラ薬を投与すれば、エボラの流行を抑えることが出来るような場合には、中国政府の担当部門が中国特許庁に申請することにより、富山化学の特許権に対し、強制実施権の付与の可否が検討されうる状況になると考えられます。然しながら、現在のところ(2015 年 3 月)、WHO からエボラの終息宣言がなされた後、特に、状況が悪化しているといったようなこともなく、また、薬剤の有効性について、明確な実証が未だ得られていない状況では、「緊急・非常事態」の要件を満しているとは言えないと考えられます。従って、現状では、強制実施権の付与は難しい状況だと思われます。

次に、「公共の利益」ですが、エネルギーの効率的生産・利用、環境汚染の処理等に関する技術に特許が成立しているような場合に、強制実施権が付与される枠組みですが、それ以外にも、流行病の予防・治療に関する技術は対象の範疇に入ってくるとされています。これも、現状では、薬剤の有効性について明確な実証が得られていない状況では、発動は難しいように思われます。

③ 利用関係の場合(§51):

エボラ薬の製造販売を希望する中国企業がそのエボラ薬に関する何らかの発明について、中国で特許権を有しており、当該発明の価値が経済的な意味で、顕著・重大な技術的な効果を有するような場合に、利用関係の強制実施権が発動されえます。即ち、当該中国企業が富山化学の特許権がカバーするエボラ薬の製造・販売を希望し、該社に対しライセンスの協議を申し入れたにも拘らず、それが不調に終わってしまったような場合、中国特許庁への申請によって、強制実施権の付与の可否が当局にて検討されることになりえます。経済的に顕著な重大な進歩があるような発明とは、例えば、前記の日本での例で説明したように、富山のエボラ薬の製造が非常にコスト高であって、中国国内で広く薬剤を投与することが難しいような状況にあると仮定して、中国企業が画期的な製造方法を見出し、廉価で広く一般に供給できるようになるといった場合であって、中国企業が当該製法特許について中国で特許を取得しているにも拘らず、富山化学との協議が不調に終わり、当該特許権を実施できないような場合には、強制実施権の発動の可能性が検討されうる状況になります。製造方法に限らず、中国企業が、エボラ薬の製剤技術又はその用途の面で突出した技術革新をなし、且つ、特許を取得したような場合にも適用されえます。万一、法律上の要件を満たしているとして、富山化学の特許権に対して、中国企業に強制実施権が付与された場合には、富山化学は、中国企業のそのような突出した技術を利用することを希望する場合、中国企業からその製法等に関する特許権についてクロス・ライセンスを受けることができる仕組みになっています。

④ 特許医薬品の海外への輸出の為の製造ライセンス(§50):

中国特許法の下では、知的財産の国際条約 TRIPS 協定の 2003 年理事会決議(2007 年 TRIP 協定の修正議定書)に基づく、特許医薬品の海外への輸出の為の製造についての強制実施権の制度が整備されています。尚、日本は、この修正議定書を批准していないので、日本での認識は薄いので、注意が必要です。

この TRIPS 協定の制度の下では、医薬品の製造能力のある国が、製造能力のない国での流行病治療の為に、治療薬を製造し、当該国に輸出することが出来る強制実施権を付与することが可能となっています。中国は、上記の修正議定書を批准し、特許法の 2008 年改正時、かかる強制実施権に関する規定を盛り込んでいます。即ち、

「公共の健康維持の為に、中国で特許が付与されている医薬品について、中国特許庁は、当該特許薬を中国で製造し、TRIPS 協定の規定に従って、特定国に輸出する為の強制実施権を付与することが出来る」

とされています(中国特許法§50)。

TRIPS 協定上は、諸々の条件を満たすことを前提にして、同協定の加盟国の中国が、同協定の他の加盟国への輸出が可能であると、されています。然しながら、この制度を利用して、特許医薬品の輸入が必要な国は、TRIPS協定に参加出来ていないような開発途上国、最貧国であることから、中国では、人道的な見地から、同協定の趣旨に鑑み、輸出先は、TRIPS 協定に未加盟の国も含まれうる、との議論もされています。

そのような考え方に従うならば、更には、TRIPS 協定上その他の問題が発生しないのであれば、中国政府の監督の下、中国企業がエボラ薬を製造し、アフリカの国々(TRIPS 協定の未加盟国)に輸出する為に、富山化学の有する中国の特許権について、TRIPS 協定上の要求される様々な条件を付けた上で、中国企業に強制実施権を付与することが可能となりえます。また、富山化学がアフリカの対象となる国々においてエボラ薬の特許権を有しているような場合には、そのような国に中国で製造したエボラ薬を輸入して、当該国で使用することは、当該国の特許侵害となりえます。然しながら、上記の中国での「緊急・非常事態」の強制実施権に対応する当該国での同様の制度の下で、当該国のエボラ薬の特許に対して強制実施権が付与されれば、そのような問題も回避されうることになります。このように輸出国側(中国)と輸入国側(例えば、アフリカの国)の両方の特許権に対して、強制実施権の付与が可能となるシステム設計になっています。但し、ここでも、上記②で述べたのと同様の理由で、現時点(2015 年 3 月)では、強制実施権の発動し難い情勢と考えられます。

⑤ 独占禁止法上、問題となる行為(§48-2):

日中の視点・知財 No.10 で説明したように、特許権の権利行使が独占禁止法違反と認定された場合、請求人の申請に基づいて、中国特許庁は、当該特許権について強制実施権を付与することが出来るとされています(中国特許法§48(2))。この独占禁止法違反となりうる特許権の権利行使の一類型として、「ライセンス拒絶」が挙げられます。さて、中国企業が富山化学の特許権の侵害を回避する為に、富山化学に対しライセンス許諾の申し込みをしたにも拘らず、それが受け入れられず、ライセンスが成立しなかった場合、外形上、特許権者による「ライセンス拒絶」と見られ得るので、ここで、少し、押さえておく必要があります。

過去の日中の視点・知財で採りあげた通り、中国では、独禁法/知的財産のガイドラインが現在、起草(工商総局:2014 年 2 月に第五版が公表)中ですが、その第 17 条に「ライセンス拒絶」に関する独禁法上の基本的な考え方が述べられています。特許権者がライセンス拒絶することは、それに条件を付けずに、且つ第三者との関係で差別的でないような場合には、原則として、独禁法上、違反行為として認定されることはないとしています。然しながら、市場で支配的な地位にある特許権者が、非独占的に数社にライセンスをしておきながら、それを差別的に、ある特定の企業にのみライセンスを許諾しないような場合等については、問題となりうる行為であると位置づけしています。 尚、ここでは、特許権者の有する技術が業界の技術スタンダードに関するような技術であり、当該業界で少なからずの企業が事業を推進する際に関わりがある技術であることが前提となっています。

今回の中国のエボラ薬の場合は、対象となる特許権は、ある特定の医薬品をカバーする特許権であって、それに対して中国のある一社の企業がライセンスの申し出をする場合を想定しており、たとえ、両者間でライセンスが成立しなかったとしても、それは、上記で述べた、原則論の範疇に入る行為であって、問題となりうる「ライセンス拒絶」には該当しないと考えられます。

⑥ 強制実施権とロイヤルティー支払い義務(§57):

強制実施権制度の下で、万一、ライセンスが中国企業に付与されたような場合、当該企業は、特許権者に合理的なロイヤルティーを支払う必要があります(特許法§57)。このロイヤルティーの額は、両者が協議によって決めるのが原則ですが、合意に至らなかった場合には、中国特許庁が裁定した額とされています(同条上)。

4.方向性のまとめ:

地球上のどの国も、エボラのみならずインフルエンザ等の致死性の高いとされる感染症の脅威に曝されうることには例外がないと思います。然しながら、その脅威の最前線に曝されている国々の多くは発展途上国であって、医薬品の製造能力はない国が殆どです。中国は、SARS の事件、鳥インフルエンザの予兆等、自身が感染症の脅威の最前線にある一方で、エボラで問題となったアフリカ諸国とも非常に結びつきが強いといった特殊な立場にあります。その中国は、医薬品の製造・品質管理能力は先進諸国に近いレベルまで達しています。従って、感染症からの自国防衛の為に、更には、友好国から援助が求められた場合の対応の為に、必要な医薬品は自国で何時でも製造して準備できる技術的な意味での能力は備えていると言えます。

今回のエボラ薬については、報道によれば、日本の医薬品企業が中国で対応の特許権を有しているとされており、日本企業は営利企業である以上、過去のR&D 費用の回収、更には将来に向けた R&D の継続の為に、エボラ薬の中国ビジネスにおいても、最大限の利益を回収する為のビジネスの枠組みを作っていく必要があります。また、日本列島に住んでいる日本人の立場から言えば、中国大陸がアフリカとの関係で万一、エボラに浸食されたら、その隣国としての日本への波及は必至でありますので、中国との共同戦線を張ることが自国の防衛を図るための先手になるとも言えます。

他方、中国は、今、自国の医薬新産業の R&D 強化を国策にしています。その大前提として、法治による知財立国、その一つの方向性が特許権の強化です。上記の「強制実施権」制度は、中国も加盟している国際条約の下で整備されている制度ですが、それは特許権に風穴を開けることに繋がる、即ち、特許権を弱体化させるといった側面を有しています。中国に於いても、制度は準備されていても、過去、強制実施権が発動されたことはなく、また、実際に、特許の係争が発生したような場合には、日本と同様、先ずは、当事者による協議によって解決を最優先に考えるというスタンスをとっています。その意味からも、この時期に中国の「強制実施権」制度を検討するのは机上の空論に近いといってもいいかもしれません。

このような背景をベースに、一つは、エボラ薬という特殊性に鑑み、国の安全・公衆衛生にも関することであり、従って、国とのかかわりが強いビジネスであることから、中国に於いては、中国企業との連携によりビジネスを進めた方が、日本が見出した医薬品によって中国およびその関連諸国でより広範囲に貢献することが可能になると思わること。二つめは、中国企業と連携する場合の提携・ライセンス等の経済条件等については、上記の強制実施権の枠組みがボトム・ラインとなりえますが、その何れもが、現時点(2015 年 3 月)では、要件を満たしていないと言えることから、そのようなボトム・ラインに縛られない交渉が可能となりえるので、出来るだけ早く真剣な交渉を開始すべきこと。そして最後に、知財立国の先輩国としての日本の考え方を強く主張した上で、特に医薬品の R&D の将来の推進を強く視野に入れて、経済条件を含め、決着すべきと考えます。

尚、上記で挙げた要因以外に、成立した特許の有効性、特許の残存期間、中国企業による先使用権の成立性等、諸々の事項について検討の上、提携交渉がなされる必要があることを付言します。
以上