以前紹介した「医薬品の特許紛争の早期解決システムの実施規則(药品专利纠纷早期解决机制实施办法)(試行)」の最終版が公表され、7月4日に施行されました。続いて、それに関連する裁判所、特許庁の細則も7月5日に公表されて施行され本格的に動き出すことになりました。

パテントリンケージ制度の全体像

従来、ジェネリック企業があるジェネリック薬の上市の承認申請をした場合、中国の薬事当局はその審査段階においてジェネリック薬が医薬品として必要な基準を満たしているか否かの審査をするだけではなく、特許に関連する問題も判断していました。つまり、当該ジェネリック薬の製造・販売が対応の新薬(先発品)をカバーする新薬特許を侵害するか否かについてもある程度のレベルで判断がされていて、問題がないと判断されてはじめてそのジェネリック薬に対して上市の承認が付与されていました。そこには外部の様々な利害関係者からの圧力がかかっていたであろうことは想像に難くありません。そして今回のパテントリンケージ制度では、特許問題の判断にあたっては薬事当局がジェネリック薬の承認審査段階で単独で行うのでなく、裁判所特許局とも緊密な連携を取って早期に解決しようというものです。

したがって特許法76条に定められているパテントリンケージ制度については、上記の3つの機関がそれぞれ下記の通り細則・弁法等を公表した上で施行されています。

 これらの弁法・規定を引用しながら、下記の全体像に従って説明を進めて行きます。

特許情報プラットフォームの開設

中国の薬事当局である医薬品監督管理局(NMPA)の審査センター(CDE)がパテントリンケージ制度の肝となる、新薬とそれにリンクした特許を収録した特許情報プラットフォームhttps://zldj.cde.org.cn/home)を開設しその管理責任を負います(パテントリンケージシステムの実施弁法 §2,3)。特許情報プラットフォームはアメリカのオレンジブックの中国版と言えます。

パテントリンケージ制度でのプロセスは以下の通りです。

①新薬の特許情報の提供

②ジェネリック申請の際の声明

③裁判所・特許局への訴え

④ 待機期間(化学医薬品)

パテントリンケージシステムの実施弁法§8

1)待機期間の内容

特許権者・利害関係人は化学医薬品ジェネリック申請の際に提出された声明IVに異議がある場合に、裁判所または特許庁に訴え出ることができます(前述③を参照)。特許権者等が45日以内に訴え出た場合、NMPA(医薬品監督管理局)はジェネリック申請に対して9ヶ月の待機期間を設けて、その間はジェネリック申請に対して承認を付与しないことになります。  特許権者等が45日以内に訴え出なかった場合、NMPAは通常の審査プロセスを経て薬事要件を満たしていれば、ジェネリック申請に対して上市承認を付与します。 なお待機期間の起算日は裁判所又は特許庁が特許権者等から訴えを受理した日です。また待機期間は一回のみ設定されます。

この待機期間の性格ですが、この間であってもCDE(NMPAの審査部門)はジェネリック申請に対して審査は継続されますが、上記の通りたとえジェネリック申請が薬事要件を満たしていたとしてもその間は上市の承認は付与されないことになります。

2)米国との比較

米国のMarket ExclusivityおよびPatent Linkage制度の下では、ジェネリック企業は先発の新薬が承認されてから4年経過後にジェネリック申請(ANDA)をする事ができ、その際Paragraph IV(中国の声明IVに該当)の声明を提出している場合に特許権者等は訴訟の提起が可能となり、そのときの待機期間は2年半となっています。したがって先発の新薬は、訴訟の提起を前提として少なくとも4+2年半=6年半は独占権を保証されており、この間にジェネリック薬が上市されることはありません。これに対して、中国はMarket Exclusivityに該当するデータ保護制度の導入は検討されている段階です。したがって現段階では先発の新薬が承認されれば、ルール上いつでもジェネリック申請が可能であって、声明IVが付されていた場合に特許権者が訴え出たとしても9ヵ月間しかexclusivityが保証されていないということになります。いずれにしてもデータ保護制度の導入を待っている段階です。

3)待機期間=化学医薬品に対してのみ設定

この待機期間は、化学医薬品についてのみ設定されています。したがってバイオ医薬品、漢方薬については待機期間はなく、ジェネリックが申請された場合には通常の審査プロセスを経て承認されます。ジェネリック薬の上市後に通常の侵害訴訟によって特許問題を解決して行くことになります。  

⑤ 裁判所・特許庁の判断結果と薬事審査プロセスの関係(化学医薬品)

パテントリンケージシステムの実施弁法§9

化学医薬品のジェネリック申請で声明IVが提出され、これに対して特許権者等が異議ありとして裁判所・特許庁に訴え出た場合、上記の通り9カ月の待機期間が設定されます。この待機期間中に裁判所・特許庁から判断(裁判所=判決、特許庁=裁定)が下りた場合、特許権者等は当該判断(判決・裁定)を10日以内にCDEに通知する必要があります。CDEはジェネリック申請に対して下記の通り審査・処理します。

1)判決・裁定が下記①、⑤の内容の場合⇒新薬特許の満了を待って、CDEはジェネリック申請の承認手続きに入る。

① ジェネリック薬は新薬特許の範囲内に入る。

⑤ 待機期間を経過後であっても、ジェネリック申請の上市承認の付与前に、ジェネリック薬は新薬特許の範囲内に入るとの判決・裁定が下りた場合。

ただし上記の場合であったとしても、その後下記の事象が発生した場合、ジェネリック申請の企業はNMPAに対してジェネリック薬の上市承認を付与するよう請求することができる。そのような場合には、NMPAは承認を付与するか否かを決定することができる。

① 判決・裁定が次の裁判手続きで覆った場合

② ジェネリック企業と特許権者等の間で和解が成立した場合

③ 新薬特許が無効との判断が下りた場合、または、

④ 特許権者等が訴訟・裁定請求を取り下げた場合

2)判決・判定が下記②~④の場合⇒新薬特許の満了を待たずにCDEはジェネリック申請の承認手続きに入る。

② ジェネリック薬は新薬特許の範囲に入らない。

③ 新薬特許は無効

④ 9ヶ月の待機期間内に、判決・裁定が下りない。

⑥ 声明IV以外のジェネリック申請(声明I, II、III)の取り扱い(化学医薬品)

パテントリンケージシステムの実施弁法§10

②ジェネリック申請の際の声明」で列挙した声明I(特許情報プラットフォームに関連する特許は存在しない)または声明II(特許情報プラットフォームに関連する特許は存在するが、すでに特許満了している、もしくは特許無効宣言されている)が提出されている場合、NMPAは当該ジェネリック申請に対して技術的な審査の結果を踏まえて上市の承認をするか否かの判断を下します。

また声明III(特許情報プラットフォームに関連する特許は存在するが、ジェネリック企業はジェネリック薬が承認されたとしても当該特許が満了するまではジェネリック薬を上市しない)が提出されている場合、NMPAは、同様な方式で判断を下します。但し承認が付与されたとしても、当該ジェネリック薬は、特許期間の満了を待って、上市が可能となります。当該ジェネリック申請より前に申請していたジェネリック薬が声明IVを提出し、それが認められて、後記の通り市場独占期間が付与されている場合には、当該独占期間の満了後に、当該ジェネリック申請に上市承認が付与されます。

⑦ チャレンジした最初のジェネリック薬⇒市場独占期間の付与(化学医薬品)

パテントリンケージシステムの実施弁法§11

ジェネリック企業が声明IVを出してジェネリック薬をカバーする新薬特許が存在することは認めつつも新薬特許に挑戦(チャレンジ)してその主張が認められ、さらにNMPAがジェネリック申請に対して上市承認を付与した場合には、最初の承認対象となったジェネリック薬に対して1年間の市場独占期間が与えられます。

つまり新薬特許にチャレンジしたジェネリック企業に褒美を挙げるという趣旨で、このあと1年間は2番目以降のジェネリック薬の上市承認を与えませんので、最初の1番目のジェネリック薬にはジェネリック薬市場での1年間の独占期間が与えられることになります。ただしこの1年間の市場独占期間は新薬特許の有効期間を越えては付与されません。

ここで新薬特許にチャンレンジが認められるとは、ジェネリック申請が声明IVを提出しており、かつジェネリック申請者が特許庁に対して新薬特許の無効審判を請求し、審査の結果無効の判断がされ、最終的にNMPAによってジェネリック申請が上市承認されることを言います。

前述の待機期間と同様、最初のジェネリック薬に付与される1年間の市場独占期間中であっても2番目以降の他のジェネリック申請に対してはCDEは技術審査を継続することができます。したがって他のジェネリック申請は市場独占期間が満了すれば承認付与のプロセスに入ります。

米国の制度の下では最初のジェネリック薬に180日間の独占期間が付与されるのに対して、中国では1年間です。中国の場合ジェネリック薬が承認されたとしても市場に浸透するまでに時間がかかることが一つの理由として挙げられています。

⑧ 化学医薬品以外(バイオ医薬、漢方)の取り扱い

パテントリンケージシステムの実施弁法§12、13

バイオ医薬と漢方については新薬承認取得者による新薬特許情報プラットフォームへの登録(パテントリンケージシステムの実施弁法§2, 3, 4)および新薬特許権者側による裁判所・特許庁への訴え(パテントリンケージシステムの実施弁法§7)が適用されます。 しかしながら同実施弁法§8の適用がないことから、裁判所・特許庁に訴え出ても待機期間は設定されない事になります。バイオ医薬と漢方について新薬特許情報プラットフォームに登録できる特許の類型は化学医薬品と異なっています(前述①参照)。

バイオ医薬と漢方薬のジェネリック薬(バイオシミラー等)の上市申請が出された場合、NMPAは技術審査を実施後に要件を満たしていれば承認の決定を下します。ただし裁判所・特許庁が当該ジェネリック薬が新薬特許の範囲内に入るとの決定を下した場合には当該ジェネリック薬は新薬特許の有効期間の満了後に上市が可能となります。

⑨ ジェネリック薬の上市後の特許侵害訴訟

パテントリンケージシステムの実施弁法§14

ジェネリック薬(化学医薬品、バイオ医薬、漢方)が上市承認された後に特許権者等が当該ジェネリック薬は新薬特許を侵害していると判断する場合には、特許法等の下で特許侵害訴訟の提起等によって紛争を解決することが可能です。ただしその場合であってもジェネリック薬に付与された上市承認の取消等の効果は発生しません。

⑩ 法的責任:虚偽情報等の提出

パテントリンケージシステムの実施弁法§15、最高裁規定§8、9、特許庁弁法§20、21

ジェネリック企業がジェネリック申請の際に提出する声明の内容に虚偽がある場合、もしくは特許権者が故意に新薬特許情報プラットフォームに無関係の特許等を登録する等の行為によって相手方当事者に損害が発生した場合、さらには裁判所・特許庁に提出した証拠等に虚偽がある場合、または相手方の秘密情報を漏洩した場合等、法的な責任を負うことになります。

以上、中国のパテントリンケージ制度の概観です。今後の実務等を通じで不明点が解消されて行くことになると思います。一定期間を置いて更に解説をする予定です。

以前紹介した「医薬品の特許紛争の早期解決システムの実施規則(药品专利纠纷早期解决机制实施办法)(試行)」の最終版が公表され、7月4日に施行されました。続いて、それに関連する裁判所、特許庁の細則も7月5日に公表されて施行され本格的に動き出すことになりました。

パテントリンケージ制度の全体像

従来、ジェネリック企業があるジェネリック薬の上市の承認申請をした場合、中国の薬事当局はその審査段階においてジェネリック薬が医薬品として必要な基準を満たしているか否かの審査をするだけではなく、特許に関連する問題も判断していました。つまり、当該ジェネリック薬の製造・販売が対応の新薬(先発品)をカバーする新薬特許を侵害するか否かについてもある程度のレベルで判断がされていて、問題がないと判断されてはじめてそのジェネリック薬に対して上市の承認が付与されていました。そこには外部の様々な利害関係者からの圧力がかかっていたであろうことは想像に難くありません。そして今回のパテントリンケージ制度では、特許問題の判断にあたっては薬事当局がジェネリック薬の承認審査段階で単独で行うのでなく、裁判所特許局とも緊密な連携を取って早期に解決しようというものです。

したがって特許法76条に定められているパテントリンケージ制度については、上記の3つの機関がそれぞれ下記の通り細則・弁法等を公表した上で施行されています。

 これらの弁法・規定を引用しながら、下記の全体像に従って説明を進めて行きます。

特許情報プラットフォームの開設

中国の薬事当局である医薬品監督管理局(NMPA)の審査センター(CDE)がパテントリンケージ制度の肝となる、新薬とそれにリンクした特許を収録した特許情報プラットフォームhttps://zldj.cde.org.cn/home)を開設しその管理責任を負います(パテントリンケージシステムの実施弁法 §2,3)。特許情報プラットフォームはアメリカのオレンジブックの中国版と言えます。

パテントリンケージ制度でのプロセスは以下の通りです。

①新薬の特許情報の提供

新薬の特許情報の登録

新薬を開発した企業はNMPAに上市承認の申請をし審査を受けた結果として承認を取得した場合には、当該新薬をカバーする特許(新薬特許)を特許情報プラットフォームに入力します。この入力は新薬の上市承認を取得した者(新薬承認取得者)が承認取得後30日以内に行う必要があります。登録すべき事項には下記が含まれます。

新薬の名称、剤型、規格、新薬承認取得者、関連特許番号、特許名称、特許権者、ライセンシー、特許成立日、特許満了日、成立状態、特許の類型(物質、用途、製剤等)、承認対象の新薬と当該新薬をカバーする特許クレーム(新薬特許クレーム)との関係、連絡先・その住所、連絡方法等。

パテントリンケージシステムの実施弁法 §4

前述の通り、特許情報プラットフォームの管理責任はCDEが負いますが、登録された情報の正確性や完全性等は申請人の新薬承認取得者が責任を負いますパテントリンケージシステムの実施弁法 §4)。内容に変更があった場合には30日以内に特許情報プラットフォームに登録しなければなりませんパテントリンケージシステムの実施弁法 §4)。

このように登録された情報は、公衆に公開されます。 

登録・公開された情報について第三者は下記の点で異議を申し立てることができ、新薬承認取得者は必要に応じて特許情報プラットフォームの情報を修正し、その修正理由についても公表する必要があります。

特許情報プラットフォーム掲載された情報と特許簿、特許公報、販売承認書の情報の不一致

新薬特許に含まれる用途特許と新薬承認対象の能書の適用症が不一致

新薬特許クレームが上市承認対象の新薬の対応技術をカバーしていない

パテントリンケージシステムの実施弁法 §4

対象となる新薬特許の類型(パテントリンケージシステムの実施弁法 §5,12)

中国のパテントリンケージ制度の対象となる新薬の特許の類型は下記の通りです。

  • 低分子医薬:物質特許、製剤特許、医薬用途特許
  • バイオ医薬:配列特許、医薬用途特許
  • 漢方薬:組成物・製剤特許、抽出物特許、用途特許

したがって本パテントリンケージ制度の下で審理の対象になるのは、新薬について上記の類型の特許であり、特許情報プラットフォームに登録されている特許に基づいてなされる提訴・請求のみです(パテントリンケージシステムの実施弁法 §2、最高裁規定 §2、特許局弁法 §4(4))。

上記以外の特許の類型(例えば化合物の製造方法)はパテントリンケージ制度の対象特許とはなりません。ですから対象外の類型の特許に基づいてパテントリンケージ制度の下で提訴しても、裁判所はこれを却下します(特許法 §76)。認められていない類型の特許に基づくジェネリック薬に対する差し止め訴訟は、通常の侵害訴訟等の枠組みでの解決となります。

低分子医薬とそれ以外では対象として認められている類型の特許が異なるだけでなく、パテントリンケージ制度の下での取り扱いも異なるので(次号で説明)要注意です。

②ジェネリック申請の際の声明

特許で保護された新薬が承認され市場に出て時が経って、次はジェネリック薬の出番です。ジェネリック薬を販売するための承認を求めて薬事当局(NMPA)に申請(ジェネリック申請)する際、ジェネリック企業は当該ジェネリック薬に対応する特許情報プラットフォームに登録されている先発の新薬特許に関して声明を登録しなければなりません。それらの声明は、特許情報プラットフォームに登録されている新薬の特許が自己の申請するジェネリック薬とどのような関係にあるのかについての声明です。ジェネリック企業が提出することが求められている声明は下記の4種類です。(米国のPatent Linkage制度におけるParagraph IVの声明は、下記の声明IVに該当します。)

  • 声明I:特許情報プラットフォームに関連する特許は存在しない。
  • 声明II:特許情報プラットフォームに関連する特許は存在するが、すでに特許満了している、もしくは特許無効宣言されている。
  • 声明III:特許情報プラットフォームに関連する特許は存在するが、ジェネリック企業はジェネリック薬が承認されたとしても当該特許が満了するまではジェネリック薬を上市しない。
  • 声明IV:特許情報プラットフォームに関連する特許は存在するが、当該関連特許は特許無効が宣言されるべき、もしくはジェネリック薬は当該特許クレームの範囲には入らない。

ジェネリック企業が声明I~IIIを出した場合、申請に係るジェネリック薬に対応した新薬(先発品)をカバーする特許(新薬特許)が存在しないか、満了しているか、満了していなくても満了を待ってからジェネリック品を発売するということです。新薬の特許権者との間では特に特許の侵害問題は発生しません。

ところが、ジェネリック企業が声明IVを出した場合、ジェネリック薬をカバーする新薬特許が存在することは認めつつも新薬特許に挑戦(チャレンジ)するということです。これには新薬特許は無効だと主張する場合と、新薬特許がたとえ無効でなかったとしても(有効であったとしても)ジェネリック薬は新薬特許のクレームの範囲外にあると主張する場合が含まれます。もし声明IVが出されるような状況でNMPAがそのままジェネリック薬を承認して上市された場合には、上市後に特許侵害紛争が勃発するのは必至となります。かかる特許侵害紛争の勃発を事前に防ぐためにパテントリンケージ制度において、ジェネリック薬の申請段階で下記のメカニズムに従ってジェネリック薬の特許侵害問題の有無を判断し、もし発売したら特許侵害になるような場合には当該ジェネリック薬には上市の承認を付与しないというものです。

この声明はジェネリック申請が受理されてから10日以内に特許情報プラットフォームで公開されます(パテントリンケージシステムの実施弁法 §6)。 

なお本制度の原案の段階では、ジェネリック企業が声明IVをNMPAに提出した際に対応する新薬承認取得者に対してこの声明IVの写しの送付を求めていませんでした。したがって新薬承認取得者はジェネリック申請を常にウォッチしておかなければならず、彼らの負担となることから問題視されていました。ところが今回の施行版では、ジェネリック企業は声明およびその根拠となる資料を新薬承認取得者に通知すること(その上で、新薬承認取得者が特許権者でない場合は新薬承認取得者は声明等を特許権者に通知すること)と規定されています。またジェネリック企業の声明が声明IVに該当する「ジェネリック薬は新薬特許クレームの範囲には入らない」である場合には、ジェネリック企業は声明の根拠となる資料としてジェネリック薬の技術と新薬特許のクレームの関係についての対比表、およびその関連資料の提出が必要となります(パテントリンケージシステムの実施弁法 §6)。

③裁判所・特許局への訴え

特許権者側によるジェネリック薬に対する45日以内の訴え提起

特許権者側はジェネリック企業が提出した声明IVの内容に異議がある場合、NMPAの審査部門(CDE)がジェネリック薬の申請がされたことを公示した日から45日以内に裁判所または特許庁に訴え出て、ジェネリック申請に含まれる技術内容(ジェネリック薬の物質、用途、製剤等の技術内容)が特許情報プラットフォームに掲載されている新薬特許クレームの範囲に入るか否かの判断を求めることができます(パテントリンケージシステムの実施弁法 §7)。

ここで訴え出ることができる特許権者側は特許権者に加えて利害関係人―当該特許権者から販売権等のライセンスを受けたライセンシーで、当該特許がカバーする新薬の上市の承認を取得している企業(新薬承認取得者) ― も同様に訴え出ることができます(最高裁規定 §2、特許庁弁法 §4(1))。

そして特許権者側は裁判所・特許庁が訴えを受理した日から15日以内にCDEとジェネリック薬の上市申請人に通知する必要があります(パテントリンケージシステムの実施弁法 §7)。

上記の期限内に裁判所・特許庁へ訴えが出されなかった場合CDEはジェネリック企業が提出した声明の内容に依拠して、ジェネリック薬の上市を承認するか否かを決定します(パテントリンケージシステムの実施弁法 §7)。

訴え出る先は裁判所か特許庁

訴え出る先が裁判所だけではなく、特許庁に対しても訴え出ることができることに違和感があるかもしれません。日本と違って中国の特許庁は特許侵害事件で侵害の行政裁定をする権限を有しています(特許法 §65、参照:特許行政 / 北京政府 VS 地方政府 知的財産権の侵害と行政救済)。一般の特許侵害訴訟で特許庁に訴え出る場合には当該特許局には地方政府の特許局も含まれますが、パテントリンケージ制度の下で訴え出ることができるのは国家知的財産局(北京の特許庁)です。特許庁は、担当部局として医薬品特許紛争早期解決システム行政裁決委員会を編成します(特許庁弁法 §2)。

裁判所に訴え出る場合は、北京の知的財産裁判所です(最高裁規定§1)。 

裁判所への訴え

裁判所は特許権者側が先に特許庁に訴え出ていたとしても、並行して裁判所に訴え出ることを許容しています(最高裁規則 §5)。さらに裁判所は新薬特許の無効審判の請求が特許庁で受理されていることを理由に訴訟の中断の申し立てがなされたとしても、原則これを認めないとしています(最高裁規則 §6)。 

また、裁判所において、被告のジェネリック企業が特許の無効を抗弁として主張はできませんが、被告が、①ジェネリック薬の技術は新薬特許の特許出願時に存在していた公知技術に含まれてる(公知技術の抗弁/特許法§67)又は、②ジネリック薬は新薬特許の出願時に既に事業化の準備等を進めていた(先使用権の抗弁/特許法§75②)との主張が認められ、裁判所は、かかる認定をした場合には、「ジェネリック薬は新薬特許のクレームに入らない」と判決を下すことが出来ます(最高裁規則 §7)。

特許権者等が保全の目的で、新薬特許の期間中、ジェネリック薬の製造・使用・販売・輸入の禁止を求めた場合、裁判所はかかる請求を審理の対象とするとしています。 然しながら、ジェネリック薬に関するNMPAへの申請行為・審査承認行為の禁止を求めたとしても、裁判所はこれを認めないとしています(最高裁規則 §10)。

尚、特許権者側が上記の45日以内に裁判所に訴え出なかった場合、ジェネリック申請者は、裁判所に対して「ジェネリック薬は、特許のクレームの範囲に入らない」ことの確認を求める訴訟を提起できます(最高裁規則§4)。

特許庁への訴え

特許庁に訴えることができるのは、特許権者、利害関係人(上記参照)、およびジェネリック薬の上市申請人です(特許庁弁法 §4(1))。

当事者がすでに裁判所に訴え出ている場合には特許庁への訴えは受理されません(特許庁弁法 §4(5),(6)、§10(9))。したがって裁判所と特許庁の両方に判断を仰ぐ場合には先に特許庁に裁定を求めていく必要があります。その後裁判所に訴え出ることは許容されています(裁判所規則 §5)。

また当事者が調停を望めば調停により解決を図ります。調停書が成立しない場合には特許庁は裁決に入ります(特許庁弁法 §15)。

裁決書にはジェネリック薬が新薬特許の保護範囲に入るか否かの認定、その理由・根拠が記載されます。そして裁決書はNMPAに回覧されると同時に公表されます(特許庁弁法 §18)。

当事者がかかる裁決に不服の場合には裁判所に訴えることが可能です(パテントリンケージシステムの実施弁法 §7、特許庁弁法 §19)。

その他

訴え出る際の必要な書類等についてですが、裁判所に訴える場合には最高裁規定§3に列挙、特許庁に訴える場合の書類は特許庁弁法§7,8に明示されています。もし書類不備等で不受理になった場合(特許庁弁法 §10)訴え出る45日の期限を過ぎてしまうと申し立ての機会を失うことになるので留意が必要です。特許庁で口頭審理がされる場合には5日前に場所・時間が通知されますが(特許庁弁法 §13)、短期間の事前通知なので対応の体制づくりが必要です。

特許権者側が特許庁と裁判所のどちらに訴え出るかは自由ですが、どちらが有利かそのプロス・コンスは別途に論じる予定です。

特許権者側が訴え出たとしてもCDAはジェネリック申請の審査を継続します。審査の結果技術的要件等を備えており承認できる状態になったとしても、訴え出た日からある一定期間ジェネリック承認が付与されません。この期間を待機期間と呼びます。次回はこの待機期間を中心に説明します。

④ 待機期間(化学医薬品)

⑤ 裁判所・特許庁の判断結果と薬事審査プロセスの関係(化学医薬品)

⑥ 声明IV以外のジェネリック申請(声明I, II、III)の取り扱い(化学医薬品)

⑦ チャレンジした最初のジェネリック薬⇒市場独占期間の付与(化学医薬品)

⑧ 化学医薬品以外(バイオ医薬、漢方)の取り扱い

⑨ ジェネリック薬の上市後の特許侵害訴訟

⑩ 法的責任:虚偽情報等の提出

6月1日から改正特許法が施行されました。中国の医薬品業界に大きな影響を与える二つの制度が盛り込まれています。「特許期間の延長」、および「パテントリンケージ」です。今回は特許期間の延長について解説します。 

  1. 延長制度改正の経緯・現状
  2. 特許延長の細則案
  3. 2021年6月1日より以前に上市承認済みの新薬の取り扱い

なお、もう一つの柱である「データ保護制度」については、2018年に中国の薬事当局(NMPA)が「薬品試験データ保護の実施弁法(暫定)」「データ保護弁法(案)」を公表して以来、具体的な検討状況等が公表されていません。(詳細は「新薬データ保護期間の新法案と動向のまとめ」を参照ください)

1.延長制度改正の経緯・現状

2017年に国務院が「医薬品等の承認審査制度の改革及び医薬品等のイノベーション推進に関する政策文書」(42号文書)において特許期間の延長制度の導入を発表してから制度設計の議論が本格化しました。

中国の医薬品市場の9割以上はジェネリック品が占めているため、ジェネリックの市場参入を遅らせることに繋がる特許期間延長の政策は中国国内の旧勢力から大きな抵抗にあいました。一方で、中国では国を挙げてイノベーション推進、ジェネリックから新薬への転換の大きな流れができあがっている中で、中国のベンチャーも含めた内資の新薬の研究開発に巨額の資本が積極投入されており、新薬に対する特許期間延長の制度を推進する国内勢力も台頭してきています。

そういった中で、米国のトランプ政権時代である2020年1月「米中貿易協議書」が成立し、中国は特許延長制度を導入し、新薬の物質、用途、製造方法の発明に関する特許を延長の対象にする旨、アメリカに対してコミットしました(経緯については「特許法の第四次改正」でくわしく解説しています)。

その後、2020年10月に特許法の改正が成立(2021年6月1日に施行)、新薬の特許期間は5年を限度に(但し、新薬の上市後14年を越えない)延長されることが確定しました。

その延長制度の細則案については、2020年11月に公表された「特許法実施細則改正案专利法实施细则修改建议》」の§85の4~8で公表されています。そして改正特許法が施行される6月1日までに上記の特許法実施細則が最終化され施行されることが期待されていましたが、結局調整つかずで、下記の暫定措置が発表されました。今の時点では、特許法実施細則は1か月~半年以内に最終化される予定です。

このように、特許法実施細則の最終化までの暫定措置について、特許局は5月24日に「改正特許法の施行に当たっての関連審査業務の暫定処理の弁法关于施行修改后专利法的相关审查业务处理暂行办法》」を公表しました(6月1日施行。以下「暫定弁法」)を公表しました。その§6で、新薬の上市承認を取得した者は「3か月以内に特許局に特許期間の延長を申請すること」、「当該申請に対する審査は上記の特許法実施細則が施行されてから開始する」としています。

2.特許延長の細則案

上記の通り、特許期間の延長の細則についてはまだ最終稿が確定してない段階ですが、現状では前記の特許法実施細則の改正作業の中で、下記を中心に検討がされています。なお、下記の説明のうち、特許法の規定を引用している場合は確定している内容です。

1)延長対象の特許 

・化学医薬品、バイオ医薬品、漢方薬であって、NMPAが新薬の上市承認を付与した新規活性成分に関連する「物質特許」、「製造法特許」、「用途特許」が延長の対象になります(特許法実施細則(案)§85-4)。  

・特許実施細則が最終化の過程で、結晶型特許等の取り扱いが明確化されると想定しています。

2)延長期間の計算式

・延長期間=「新薬の上市承認日」ー「特許の申請日」ー「5年」(特許法実施細則(案)§85-5)

・ただし、延長期間は「5年」を越えず、かつ延長後の期間は新薬の上市承認日から「14年」を越えない(特許法§42)。 

当初は、米国型の計算式が採用されると言われていましたが、それは特許法に盛り込まれた5年と14年のそれぞれの足切り制限のみで、計算式は欧州型のシンプルな計算式を採用しています。なお、特許法実施細則の最終化の過程で、上記の計算式に新たな条件の付加等の微調整がされる予定です。

3)延長される特許権の効力の範囲

・NMPAが上市を認めた新薬であって、承認の対象となった適応症の範囲に限定される(特許法実施細則(案)§85-6)。

4)延長される特許の数

・NMPAが上市を認めた新薬の対応特許が複数あったとしても、延長が認められるのは、「一件」の特許のみ。かつ、延長は「一回」のみ(特許法実施細則(案)§85-7)。

これは日本のように新薬承認に対して複数の特許を延長したり、追加の適応症の承認毎に何回でも延長したりできるわけではなく、欧米型で、一特許・一回のみです。なお、最初の適応症の新薬の上市承認に際して、ある特許、例えば物質特許が延長され、その延長された有効特許期間内に追加適応症の上市承認が得られた場合の取扱い等は、今後明らかにされる予定です。

・延長申請は、NMPAが新薬の上市承認をした日から3か月以内に特許局に対して行う必要があります(特許法実施細則(案)§85-7)。

5)延長申請の審査手続き、不服手続き

特許権者から延長請求があった場合は、特許局が審査して、拒絶の理由があれば却下決定。拒絶の理由がなければ、延長決定・登録・公告します。この決定に不服の場合、3か月以内に裁判所に訴えることができます(特許法実施細則(案)§85-8)。

3.2021年6月1日より以前に上市承認済みの新薬の取り扱い

改正特許法の施行日2021年6月1日以前に上市承認が付与されている新薬であって、それをカバーする特許が満了していない場合に、当該特許は期間延長の対象になるのか否かが議論を呼んでいました。その背景は下記の通りです。

1)外資の圧力

(1)2021年6月1日時点、中国で新薬をカバーする特許権者は下記の通り(アメリカのオレンジブック掲載の米国特許の中国対応特許をベース)とされています。新薬に関連する特許を5件以上所有している可能性がある企業14社の内、米国(美国)系が9社です。トランプが米中貿易協議のなかで、知財のアメリカ利権をあれだけ強調した背景が浮かび上がってきます。

(2)延長の対象となりえる適応症(外資)

癌の適応症が73件とトップです。次いで、神経系28件、CV系25件、皮膚25件、エイズ16件となっています。

(3)特許延長申請の対象となり得る新薬(外資)

特許延長の対象となりうる新薬を一番多く有しているのはメルク社で、エイズ薬・肝炎薬等(最大13品目)、次いでノバルティスが制癌剤を中心に最大11品目を有しているとされます。なお、帝人の開発したFabuxostatは中国ではアステラスが販売していますが、下記の表は、前記のようにオレンジブック・ベースでの中国へ情報移送しているため、武田と表示されています。

上記の外資の新薬は、6月1日の時点で有効な特許が存在し、その多くは中国で既に新薬の上市承認は取得済みです。

2)内資新薬の圧力(2020年以降の中国企業によるIND・新薬承認件数に注目)

中国内資企業のIND申請数は、2018年以降急激に伸び、2020年には386件に上っています。

上記のIND申請数の推移から、今後中国の内資企業による新薬の上市承認の件数はさらに増加することが想定されます。直近の具体的な新薬の上市承認の取得数ですが、中国企業は2020年に11件の上市承認、2021年第一四半期(3月まで)に19件の上市承認を取得しています。このように中国国内企業の新薬の上市承認の数も無視できない数になっており、これら新薬のほとんどは、改正特許法の施行日(2021年6月)には対象の特許が有効に存続しています。

3) 2021年6月1日より以前に上市承認済みの新薬は対象外

改正特許法の施行日前に既に新薬の上市承認を取得していた外資企業、及び内資企業から、当該上市済の新薬の特許も特許期間の延長対象として欲しい(即ち、6月1日に施行される特許延長の改正法を施行日より以前の上市承認の新薬に遡及)と、政府に対して大きな圧力をかけていました。内資企業が上市承認を取得し始めたのはここ数年の出来事であって、新薬をカバーする現存特許の多くはまだ10年前後の存続期間があるのに対し、外資の新薬に関する特許は、特許満了切れが真近なものも含まれていることから、過去の承認済の新薬に遡及するか否かは、内資、外資の両方に影響があるものの、後者にとってより危急の課題となっていました。

しかしながら、前記の「暫定弁法」を特許局が発表した際の、質疑応答の席において特許局担当官は、延長申請の対象は施行日(6月1日)以降に新薬承認が下りたものに限定すると答えたことから、一応、終止符が打たれたことになっています。 

今後、1か月~半年以内に特許法実施細則が最終化されることが想定されています。それを踏まえて、延長条件の詳細を説明の予定です。

中国が導入を予定しているパテントリンケージ制度をシリーズで説明します。<前回の記事はこちら
いまだ、制度の規則・弁法の最終化がされていない状況に鑑み、第二回目は、中国における制度導入前の新薬特許の無効問題について。

パテントリンケージ 制度 – 特許無効 / 新薬企業 vs ジェネリック企業、それぞれのアメ

パテントリンケージシステムは、研究開発により新薬を見出し最初の承認を取得し上市した「新薬企業」の立場に立てば下記の様なメリットがあります。

i) 新薬企業は、ジェネリック薬に対して薬事当局(NMPA)での上市の申請段階で当該ジェネリック薬が特許の権利範囲内に入ると判断する場合には、それを専門機関(裁判所又は特許庁)に申立てて、審理(ジェネリック申請段階の特許侵害審理)を求めることが可能となります。

ii) もしその申立てが認められれば、新薬特許が満了するまでジェネリック薬は上市の承認が与えられず、したがって市場に出現しません。

中国は新薬の研究開発を推進するための様々な施策を打っており、国内に新薬の研究開発型の企業が勃興しています。しかしながら、いまだにジェネリック薬が医薬品市場でガリバーの地位を占めています。ただし、ジェネリック薬市場の競争はますます激しくなり、淘汰の時代に入っており、ジェネリック企業の産業環境は厳しいものになって来ています。

そういった中で、 パテントリンケージ制度の導入にあたって、ジェネリック企業に対してアメを与えています。新薬の特許が満了する前に、当該新薬特許は無効であると主張してジェネリック薬の上市の承認を求める申請(ジェネリック申請)を行い、実際に上記の「ジェネリック申請段階の特許侵害審理」で特許無効の主張が認められ、かつNMPAでの審査でジェネリック申請が認められて「最初」の上市の許可が付与された場合、当該「最初」のジェネリック薬に対して、1年間の独占販売権が与えられます(2020年9月、NMPA及び特許庁の連名による「医薬品の特許紛争の早期解決システムの実施規則(パテントリンケージ システムの実施規則)(試行)」(案)§11)。したがって、この1年の独占期間中は新薬と最初に承認されたジェネリック薬の二剤のみしか市場に出ないことになり、最初のジェネリック薬に営業上大きなメリットをもたらします。この機会を求めて、中国のジェネリック企業は特許部門を強化して、熾烈なる競争に勝とうと動いています。

アメリカのPatent Linkage制度では、特許無効を主張してこれが認められた最初のジェネリック薬に対しては、半年の独占権が与えられます。これに対して、中国では1年の独占権が与えられることが予定されており、特にジェネリック薬も含めて政府による一括集中買付制度が進んでいる中で、最初の一社となって相当期間の独占権が与えられるのは、その一社にとっては大きなメリットとなりえます。

新薬特許の無効の申立 / 特許庁

前記の通りPatent Linkage制度の下では、新薬特許の有効期間中に当該新薬特許が無効である等の主張をして上市のための許可申請をし、それが認められた場合にはジェネリック薬が承認されるわけです。そこで、従来(Patent Linkage制度が導入される以前)の中国では、特許庁での審査によって付与された新薬特許に対してジェネリック企業が新薬特許の無効を特許庁・裁判所に申立てた場合に、どの程度無効と認定されたかを見てみたいと思います。

多国籍企業(MNC)等を含む新薬企業が中国で新薬の臨床試験を終え、NMPAで新薬承認を取得して上市するまでには、その研究開始から10数年を経過しているのが一般的です。当該新薬をカバーしている特許(新薬特許)は、研究開始の数年後に特許出願を終えているので、当該新薬の中国での上市時にはすでに特許として成立しています。そのような新薬特許に対して、ジェネリック企業は特許満了日を睨みながらジェネリック薬の開発を始めて、先発の新薬とのBE同等性の臨床試験を終えてからジェネリック申請をします。 ただし、新薬特許を無効にすることができるような事由がある場合には、ジェネリック企業は自己のジェネリック申請に先立って新薬特許の無効を特許庁に申立てます(特許法§45)。特許が無効となれば、ジェネリック薬は特許侵害問題を起こさずに市場に出ることができるからです。なお、特許の無効の申立てはジェネリック企業に限らず、何人も申立てることができます(特許法§45)。

新薬特許の無効リスク

パテントリンケージ制度の導入前の数字を見てみましょう。2017年~2019年の間に中国のジェネリック企業が新薬特許の無効を特許庁に申立てた件数は、60件です。この60件は、36品目の新薬に対するもので、対応する特許権は53件です(一つの新薬をカバーしており係争になり得る特許は、物質、結晶型、用途等を含めて複数ありうる)。無効審判の対象になった特許に対応する新薬を疾患別に分類すると、そのトップ3は、下記の通りです。

・糖尿病薬:7品目の新薬

・抗ウイルス薬:5品目の新薬

・抗がん剤:5品目の新薬

そして、特許庁での無効審判の結果は、特許が全部無効と判断されたのが55%(33件)、部分無効が33%(20件)、特許の有効性を認める特許維持決定は7件です。年度別の統計は下記の通りです。

2017年~2019年の3年間の実績は下記の通りです。

かなりの高い確率で、新薬の特許が特許庁の段階で無効と判断されていると言えます。ただし、新薬企業は特許無効の判断が不服の場合は、裁判所(北京知財法院)に訴えることが可能です。そこで覆るケースも当然あります。無効とされた特許類型の内訳(物質、用途、結晶型、製剤等)については、上記の数字からは不明ですが、重要な物質特許については無効とされた特許の10%程度であり、多くは用途等の特許であるとされています。

特許無効の決定によるジェネリック参入の具体例

(1)ファイザー / 新薬 tofacitinib(JAK阻害剤/抗リウマチ薬)

中国のジェネリック企業2社、正大天晴と齐鲁は、2018年-2019年に新薬をカバーする2件の特許(物質特許及び結晶型特許)に対して無効の申立てをしました。特許庁は2018年8月に物質特許の無効、2019年11月には結晶型特許の無効を決定しました。その後、2019年後半にNMPAは、ジェネリック2社に対して上市の承認を付与しました。

(2)アステラス / 新薬 enzalutamide(癌免疫)

ジェネリック企業の2社、海納と复星は、新薬特許の無効を申立てました。海納は2018年3月に「特許明細書の開示が不十分・不明確」を理由に申立て。これに対し特許権者はクレームを修正することによって対抗し、特許庁はこれを認めて、2018年9月に「特許維持」が決定されました(無効の申立ては認められず)。

复星は2017年12月に「進歩性なし」を理由に申立て、特許庁はこれを認めて、2018年10月に全部無効の決定をしました。この新薬は中国へのNMPAへの申請が遅れたことから、先発品の新薬の上市の承認は、特許の無効の決定後の2019年になってからでした。

(3)アストラゼネカ / ticagrelor(血小板凝縮阻害剤)

アストラゼネカの新薬特許の3件は物質特許が2019年12月に満了、結晶型特許及び中間体特許が2021年5月に満了でした。2017-2018年、信立泰が特許庁に特許無効の申立てをします。特許庁はそれを認めて、3件とも全て無効との決定を下しました。アストラゼネカはこの無効の決定を不服として、一番目の特許については2018年1月に北京知財法院に提訴するも認められず。さらにこれを不服として2018年8月に第二審の北京高裁に訴え出て、アストラゼネカの主張(特許は有効)が認められ、特許庁に差し戻し判決を下しました。並行してアストラゼネカは、2番目の特許についての特許庁の無効の決定に対して、今最高裁で争っています。

(4) ノバルティス / imatinib /グリベック

ノバルティスは、画期的な白血病薬を2001年に米国において、翌2002年に中国において上市。中国ではこのグリベックのジェネリックをインドから輸入した患者家族が薬事法違反で摘発された事件が映画化(我不是药神(邦題:薬の神じゃない!))され、2018年に上映されて大ヒットしました。そして、中国のジェネリック薬の質向上、新薬の研究開発の推進の政策的推進の起爆剤となりました。このグリベックの中国の新薬特許は、物質特許が2013年に満了、その後数年にわたって用途特許が存続していました。この物質特許の満了時には、豪森、正大天晴、石薬等がジェネリック承認を取得。その時点で存続していた用途特許について、正大天春はノバルティスと和解しましたが、これを拒否した豪森は2014年9月に用途特許に対して無効の申立てをします。特許庁は当該用途特許は新規性の要件は満たしているが、進歩性がないことを理由に無効と判断。ノバルティスは北京の知財法院に訴えるも却下、更に2017年に北京高等法院に訴えるも特許庁の無効判断が維持されました。2016年以降8社が開発に参入しています。

新薬特許と日本企業の対応

新薬企業は研究段階で新薬の種が見つかると特許を世界各国に出願し、特許の成立を図りますが、その中でも実際に上市にまで辿り着ける新薬をカバーする特許はほんの一部です。しかしながら、たとえ上市に至る新薬をカバーする特許が成立したとしても、ジェネリックから特許無効の攻撃を受け、特許庁・裁判所で争った結果として当該特許は有効であるとの特許維持の審決・判決を獲得していくことは、そう並大抵のことではありません。アメリカでもPatent Linkage制度の下、ジェネリックに対するANDA訴訟やそれに伴う和解では、物質特許はまだしも、それ以外の結晶型、用途特許のジェネリック排除力は万全とは言えないのが現実です。 

中国では、一旦成立した物質特許ですら特許庁の審理(審判)で無効とされるケースも出てきています。その要因として、現状では中国の人口14億人の内、高薬価の新薬が処方されうる生活水準にあるのは一部の人達のみ(それが1億人以上はいらっしゃる?)で、大部分の人達には抗癌剤等の命に係わる薬剤についても手が出ないのが実情でした。したがって、ジェネリック業界が社会の中でいまだ無視できない力を有しているといった背景が影響していると言えます。

他方、新薬市場は従来から欧米が中心でしたから、当然の帰結として、新薬企業側は欧米での権利化、および訴訟防衛を最優先に考えて明細書等を構成し、権利化を図っていき、訴訟を追行していく社内体制にあると思います。特許関連の業務の専門家の方々は、日欧米の特許制度を熟知された上で、新薬特許の権利化のストーリーを描き英語で文書を作成し実務を進めて行くといった環境で仕事を進められているのが現場感覚だと思います。中国特許制度を熟知し、中国語の特許明細書を作成できる人材はまだまだ非常に少ないのが現状です。将来的に中国の新薬市場が世界の中で重要な一角を占めて行く中で、従来のように特許関連業務を欧米流、英語で進めて行くという仕事のやり方を見つめなおす必要があるのではないでしょうか。今後は、徐々に人材・言語も含めて専門的に中国対応ができる体制を作って行く必要があるように思われます。

このシリーズの次号は、中国のパテントリンケージ制度の具体的な規則・弁法等の最終案が公表され次第、解説する予定です。

中国が導入を予定しているpatent linkage制度をシリーズで説明します。第一回目は、背景、全体像の流れについて。

新薬特許とジェネリック参入 / パテントリンケージ制度の必要性

中国のサイエンス技術面での躍進は目を見張るものがあります。火星探索を可能にした宇宙技術、米国から圧力を受けるまでになっているHuawei等の技術力。中国では国家戦略として新技術開発を推進しており、火星・Huaweiに関連する「宇宙開発」、「AI/IT通信」を含む8つの重点領域が柱となっています。そして、「バイオ・新薬」の領域もその内の一つです。ところが、「バイオ・新薬」に関連して、中国の医薬品ビジネスでは過去にはジェネリックが圧倒的な市場支配力を持っていました。「バイオ・新薬」の新技術は海外で発展し、欧米の多国籍の医薬品企業(MNC)が中国で新薬市場を開拓してきた歴史があります。

MNCは自社で開発した新薬について中国で臨床試験を実施し、承認申請、中国の薬事当局(NMPA)の審査を経て、販売承認が付与され、そして上市へ。その後、時が経って当該新薬の特許が満了すれば、ジェネリック薬が場合によっては数十のジェネリックが一度に市場に参入していました。ただ、新薬をカバーする特許といっても様々な特許がありえて、物質特許に留まらず、用途、製剤、製法等々、そしてそれらが時の経過とともに五月雨式に満了して行きます。従来、中国の薬事法上は、先に承認を受けて市場に出ている先発新薬の特許満了後、ジェネリック薬に対して承認を付与するとのルールが存在していました。しかしながら、先発新薬の特許と言っても前記の通り、様々な類型の特許があり五月雨式に満了して行く、更には特許庁が誤って付与した特許(無効原因を含む特許)等もあります。そのような特許の満了が近づいてくると、申請されたジェネリック薬に対して上市の承認を付与するのか否か、そして、承認するとした場合にもいつ承認するのか、この点に対して、NMPAに様々な圧力がかかっていたのは想像に難くありません。MNCにとってはジェネリックが一旦出現すると新薬の利益に大きな影響を受けますし、ジェネリック企業は、新薬に対していち早く上市することができれば、大きな利益を手にすることができます。特にそれがブロックバスター新薬であれば、ジェネリック薬への承認の付与に対して、大きな注目が集まります、様々な類型の「特許」の満了日との関係においてもそうです。

中国でのパテントリンケージ制度の導入

そういった背景の下、先発の新薬をカバーする特許(一般に当該新薬を開発した企業が所有する特許:新薬特許)の満了後、NMPAはジェネリック薬に承認を与えるという原則の下、NMPAの審査・判断により透明性を持たせ、さらには「新薬特許」の特許権者、ジェネリック薬の申請者等の間で「新薬特許」の有効性、侵害・非侵害について争いのある場合に、どのようなルールの下で係争を処理するかについての制度設計が進んでいます。ジェネリックが承認され市場に出てくるまでに特許の侵害・非侵害の問題を早期に解決しようという趣旨です。侵害する(ジェネリック薬が新薬特許の権利範囲に含まれる)と判断された場合には承認がおりず、したがってジェネリック品は上市しないことになります。日本にはこのような明確な制度はないと言えますが、米国ではPatent Linkage制度の下でANDA訴訟により処理されています。

パテントリンケージ制度導入の経緯

「特許情報プラットフォーム」を利用した試行

中国で新薬の開発が終わり、NMPAに承認申請をする際、新薬の開発を行った企業(新薬企業)が当該新薬をカバーする特許(新薬特許)を特許情報プラットフォームに入力し、その特許情報が公衆に公開されます。そして、ジェネリック企業は「新薬特許」の満了日を睨みながらジェネリック薬の開発を進めることになります。しかしながら、ジェネリック企業は「新薬特許」の満了に先立って、「新薬特許」は無効であるとか、ジェネリック薬は新薬特許を侵害しないと主張(声明)し、NMPAに対してジェネリック薬を承認申請することが可能です。この「声明」も同時に「特許情報プラットフォーム」に掲載されます。

中国の国内情勢

patent linkage制度は、MNC等の欧米企業の圧力が契機となって、中国で制度設計が進められ、そして「米中貿易協議」において導入がコミットされました。他方中国では、「バイオ・新薬」領域の科学技術を重点領域として推進する政策の下、新薬の研究開発が大きな進歩を遂げてきています。従来は海外のMNC等が新薬を開発し、NMPAに新薬申請して上市するというのが全てであったのが、最近はそこに中国内資が自主技術で研究開発した新薬がNMPAに新薬申請され、上市という事例が増えてきました。このような情勢の下、新薬の知的財産保護については外資のMNCの利益だけでなく、研究開発を実施している中国内資の利益を守るという強い必要性も生まれてきています。このように米国からの外圧、更には中国国内の新薬の研究開発の趨勢等を背景に、今、制度が立ち上がろうとしています。

なお、patent linkage制度の具体的詳細は、上記の「医薬品の特許紛争の早期解決(Patent Linkage)システムの実施規則」(最終版)等の関連規則が最終化され次第、速報いたします。

1.医薬品の知財制度の改革の全体像

1)改革の背景

「過去の中国」では「化学工場」から出荷されたジェネリック品が「賄賂に満ちた流通網」を経て、病院、患者さんに届けられるという流れの中で、知財保護は出来るだけ狭く・弱くという考え方でした。中国の医薬品産業に対しては、日本の業界人の多くの方々の脳裏には、そういった過去の印象が深く刻印されているように思います。

日本的な感覚に立てば、我々の過去2‐30年の流れを振り返りますと、旧利権を壊して、新しい経済社会を作って行くというのは考えづらい事ですので、今、中国で、進んでいる変化を想像するのも容易ではないと言えるかもしれません。 一般論として、世界のサプライチェーンにおける中国のビジネスモデルは、外国企業が研究開発・設計した商品を中国で“製造”、そして海外へ“輸出”、国内の消費市場へ“販売”する、というモデルでした。しかしながら、それは、環境に負荷がかかり過ぎ、且つ、利幅の薄いビジネスでした。 

今、現在において、米中間で、通信・ITの先端技術の覇権が政治問題化していることから見て取れるように、中国は、重点産業分野において、「研究開発」による新技術の開拓・獲得、そういった方向への「舵切」が明確にされており、経済社会が大きく変革しています。そういった中で、医薬品の研究開発は重点分野の一つですが、今回のコロナウイスルで直面している状況が、中国による医薬品の「研究開発力」の強化への政策転換を更に、強く後押ししており、現に中国国内では新薬の研究開発型の企業が勃興してきており成果が上がりつつあります。かかる背景の下で、研究開発の促進の為の制度として、知財の強化が叫ばれています。

医薬品の分野が、米中間で政治問題化している通信・IT分野と異なっている所は、中国が医療分野で大きな国内問題を抱えていており、その制度改革と表裏一体の関係にあることです。医薬品の流通、薬価、保険、製品の品質等の問題がそれです。研究開発の成果はグローバルにインパクトを与えますし、その成果を保護する知財制度の整備は日本がかつて歩んできた道ですので、日本人にも分かりやすい筈ですが、研究開発の成果としての新薬の知財保護は、同時並行的にすすんでいる流通等の国内問題の解決の為の制度改革・法改正とも密接にかかわっていることから、問題が複雑化しており、分かりにくくなっていると思います。特に、これまで中国の医薬品産業のガリバーだったジェネリック企業が自己の存続をかけて利益主張をしている中、過去数年にわたる欧米から「外圧」が加わり、そして、今、米中協議の渦中にあればそれは尚更です。

上記では、医薬品の知財を「研究開発」の推進という発想で捉えましたが、新薬の研究開発型の企業の立場に立てば、自社が投資した成果として得られる新薬が市場に於いて安価なジェネリック薬からの攻撃に立ち向かっていくに際して、中国の知財制度は、どのように保護してくれるのか、といった視点で捉えていくことになると思います。

2)改革の方向性

(1) 外圧

過去、中国での医薬品の知財強化の進展は、自国内の医薬品企業の育成、強化という視点のみならず、中国で製造した消費財等の製品の巨大な輸出市場である欧米から、その反射として中国に対する圧力によって進められてきたと言ってもいいと思います。その典型例が、医薬品の物質特許制度の導入です。日本では1976年に導入されましたが、当時の日本は、日系の各社が中央研究所を設立し、自社研究を本格化していた時期に当たります。日本の医薬品産業の育成政策に合致するタイミングでの導入でした。他方、中国は、1992年の米国との知財保護に関する合意(米中知財保護忘備録)に基づき、同年に中国特許法が改正され、それ以前は不特許事由とされていた医薬品に初めて物質特許が認められるようになりました。ところが、この物質特許導入がされた1990年代当時、中国の国内企業で自前の新薬の研究所を持って研究開発をやっていた企業は皆無と言ってもよい時代でした。従って、当時の日米欧の外資が中国市場でジェネリック薬に対抗して新薬ビジネスの収益を上げることが出来るようにする為に物質特許が導入されたといってもよいかも知れません。中国で新薬の研究が本格的に立ち上がったのは、それから10年後の21世紀に入ってから、先ず、外資企業が上海等に研究所を設立、その後、中国の内資が追従する形で、今日に至っています。

今現在でも中国で製造した消費財等の製品の輸出先である欧米から中国に対して知財面での制度の改正圧力が続いており、今年1月に成立した米中貿易協議書の中に、後述するような中国の「医薬品」の知財制度の強化を求める条項が盛り込まれています。

(2) 医薬品の知財制度改正のポイント

そういった、背景の下で、今、新薬に関する中国の知財制度の改革は、主として次の3つのポイントに絞られています。

  1. 新薬の特許期間の延長
  2. パテントリンケージ(Patent linkage)
  3. 新薬データの保護

法律的には、上記(1)は、特許法の下で、特許庁の守備範囲、他方、上記(3)は、薬事法の下で薬事当局の守備範囲です。そして、上記(2)は、薬事当局、特許庁、裁判所の三者がlinkageによって繋がっています。

旧制度において医薬品の知財保護は、特許法の下での特許保護(出願から20年間の保護)、および薬事法の下での新薬に対する「監測期」の設定による保護でした。

特許による保護については、特許期間は現行では20年ですが、新制度の下では日米欧の制度に倣って特許期間を延長し、長い期間保護を与えるというものです。2020年7月6日に公表された「(第4次)特許法改正案」に該当条文が盛り込まれています。なお、patent linkageについても、同様に条文が新たに追加されました。

薬事法による保護については、旧制度の下で、新薬に対して5年間の「監測期」が設定されて、その間はジェネリック薬に対して承認が与えられないというものでした。しかしながら、日本の再審査制度(8年間の保護)と比べて、当該期間中であっても、ある条件を満たせば、ジェネリックが承認されるという穴抜けがありました。それを新制度の下では、ジェネリックが出現しない期間としての「監測期間」の制度を撤廃し、新たに「データ保護」制度を設けて、薬事法の下で、ある一定期間、日本の再審査期間中と同様にジェネリック承認を与えないという制度の導入が予定されています。尚、昨年末に発効した「薬事法」及び7月1日の「医薬品登録管理弁法」には、旧法下にあった「ジェネリックが出現しない期間としての監測期間」の規定が削除されましたが、他方、「データ保護」に関する新しい規定は入っていません。この「データ保護」については、「薬事法」と「医薬品登録管理弁法」の中間に位置する「医薬品管理実施条例」を含むその他の法律で規定される方向で検討されています。

本稿では、先ず、「新薬の特許期間の延長」について、解説致します。

2.「新薬の特許期間の延長」

1)新薬の特許期間の延長制度の検討経緯

(1)2017年、政策文書

特許期間の延長制度の導入の方向性が正式に公表されたのは、2017年の国務院による「医薬品等の承認審査制度の改革及び医薬品等のイノベーション推進に関する政策文書」でした。その中で、新薬のイノベーション推進の為として、「データ保護」、「patent linkage」と並んで、「特許期間の延長」制度を導入するとしていました。概念が述べられているだけで、具体的な延長の条件・期間・手続き等については、言及されていませんでした。

(2)2019年1月、特許法改正案(「2019年特許法改正案」)

特許期間の延長制度の骨格が初めて具体化したのは、特許法改正案が2019年1月に公表された時でした。その中で、「中国の国内及び国外で同時期に上市の承認申請をするイノベーション薬をカバーする特許は、その特許期間が最長5年延長される。但し、上市後の特許の存続期間は14年を越えない。」と規定していました。この案については、下記の点が議論の対象となりました。

i)「中国の国内と国外で同時期にNDA申請」

中国では経済的に中間層が厚くなり、新薬へのアクセスに対する社会的な要求も膨らんでいるなか、所謂、ドラッグラグが社会的な問題となっていました。海外企業の開発にかかる新薬が欧米に比べて、中国への上市が大幅に遅れていて、中国国内の患者に新薬のアクセルが与えられない状況が続いていました。かかる状況を踏まえ、中国政府は、「外圧」に対して、海外企業の有する中国特許の延長を認める見返りとして、延長の対象となる新薬が、中国の国内及び国外で同時期に上市の承認申請(即ち、NDA申請)をするとの条件を付けました。
ところが、この要件は、中国の国内企業の立場に立った場合、国内に加えて、海外でもNDA申請する必要性が出てくるので、国際化の進んでいない中国企業にとって不公平である。また、海外企業の立場に立った場合、中国の特許延長が認められる為には、海外と同時期に中国での開発を進めて中国でNDA申請をせねばならず、かかる要件が課されていない欧米日韓等の諸外国の制度の下で中国企業が延長の利益を享受できるのと比べて、公平性に欠けると。

ii) 「上市後の存続期間の制限」

欧米とも延長期間は最長5年ということで同じであるが、上市後の存続期間の足切りは、米国は14年であるが、他方、欧州は15年であり、その点、再検討の余地があるのではないか。

尚、具体的な、延長期間の計算式は、特許法より下のレベルの細則等で処理されることになると思われますが、日本方式(特許成立日から新薬承認日までの期間)ではなく、米国方式(臨床試験期間×50%+承認審査期間)をベースに検討がされています。

(3)2020年1月、「米中貿易協議書」

その後、米中貿易協議書が今年の1月に発効となりました。協議書は、知的財産、農産物輸出、金融サービス問題が柱となっています。その第一章が知的財産に関するもので、営業機密保護、医薬品に関する知財問題が扱われています。医薬品に関する知財問題としては、具体的には、特許期間の延長、及びpatent linkageに関連する規定が盛り込まれています。

尚、この米中貿易協議書の規定と「2019年特許法改正案」との違いのポイントは次の通りです。
i)「2019年特許法改正案」で延長の条件とされていた「中国の国内及び国外の同時期のNDA申請」との要件が米中貿易協議書には盛り込まれていないこと。
ii)特許期間延長の対象となる発明の種類について、米中貿易協議書では、上市の承認の対象となった医薬品及びその使用方法に対応する物質、用途、製造方法の発明に関する特許が延長の対象になる、と明記されていること。

この米中貿易協議書では、米国は、中国に対して医薬品の知財保護の改正を求めると同時に、米国が自国内で既に与えている知財保護のレベルは、中国に求めているレベルと同等又はそれ以上であるとの宣言もされています。その意味で、中国が米国からの外圧をベースになされる改正については、米国の制度の下で与えられる知財保護レベルが中国で与えられる保護の上限になりうるとも言えます。

2)2020年7月の特許法改正法案

先週、公表された「2020年特許法改正案」では、前回の「2019年特許法改正案」から下記の点について修正が加えられました。
i) 特許期間の延長の対象となる医薬品の範囲が、「2019年特許法改正案」では、「イノベーション新薬」をカバーする特許が延長されるとしていたのに対し、今回の改正法案では、「新薬」をカバーする特許としており、延長対象の医薬品の範囲が拡大したこと。
ii)「2020年米中協議」での合意文言を踏まえて、特許期間延長の要件とされていた「中国の国内及び国外の同時期のNDA申請」との要件が外されたこと。

上記i)の変更点の背景として、中国での医薬品の分類(新薬、ジェネリック等)が、今回の「2020年特許法改正案」の公表に先立って、中国の薬事法の下で施行される「医薬品登録管理弁法」(7月1日)の改正によって、分類の編成替えがなされ、下記の通りとなりました。この分類の趣旨ですが、NDA承認申請の対象の医薬品がどの範疇に分類されるかによって、申請するに際して必要とされるデータ・資料の範囲が決定されます。

第1分類:イノベーション薬(国内外未上市の新薬)
第2分類:改良型新薬(新製剤、新適用症等の新薬)
第3分類:海外で上市されているが中国で未上市の医薬品のジェネリックを中国で製造する医薬品
第4分類:ジェネリック薬
第5分類:海外で上市されているが中国で未上市の医薬品のオリジナルメーカーが中国へ輸入若しくは中国で製造する医薬品。

上記i)の特許延長の対象となる医薬品の範囲が拡大したというのは、「2019年特許法改正案」では、第1分類の医薬品が対象であったのが、今回の「2020年特許法改正案」では、第2分類も明確にその範疇に入ったということです。なお、日本の医薬品企業が日本で上市済の製品を中国に導入する場合、日本での上市の承認取得前に中国でNDA申請すれば、第1分類となりますが、そうでない場合には、第5分類の範疇に入ってきます(尚、第5分類の場合、NDA申請時に必要とされるデータ・資料は少なくて済むようになる)。その場合に「医薬品登録管理弁法」上は「新薬」の扱いにはなりませんので、そのような医薬品が延長の対象になるか疑問が残ります。しかしながら、そもそも、「2019年特許法改正案」の延長要件とされていた「中国の国内及び国外の同時期のNDA申請」における「同時期」とは、海外で上市の承認がされてから1-2年内に中国でNDA申請することを意味するとされていたので、多少の余地がありそうな状況です。 尚、今後、特許法の下で、公表される細則等の中で、「新薬」の範囲が規定されて行くことになる見込みです。また、上記で述べた、延長の計算式、延長の対象となる発明の種類等についても同様です。

3) 日本企業の検討課題

新薬の中国特許の期間延長を得る為の要件として、「2020年特許法改正案」では、「2019年特許法改正案」で規定されていた「中国内及び国外の同時期のNDA申請」との要件が外されました。しかしながら「新薬」であるとの要件が残っており、その「新薬」の範疇に入る為に、前記のような形を変えた同様の「要件」が課されることが想定されます。

欧米の多国籍企業は、中国の医薬品市場の将来の規模拡大を見据えて、15年以上前から上海、北京等の主要都市に研究開発施設を開設し、数千人の研究開発要員を抱えているところもあります。それらの企業の多くは、自社の新薬の開発については、欧米との同時開発体制を既に敷いており、品目によっては欧米に先駆けて、中国で最初に上市の承認を取得する例も出て来ています。従って、そのような多国籍企業にとっては、たとえ、特許の延長が得られる要件に「中国の国内及び国外の同時期のNDA申請」が加わったとしても、彼らの現状のビジネス・開発モデルから大きく逸脱することにはならないとも言えます。

これに対して、日系の医薬品企業各社は、欧米の多国籍企業と比べると、将来の中国市場の成長に対する考え方が異なっているからだと思いますが、中国でのグローバル同時開発体制については、出遅れ感は否めないとも言えます。そういった現状を踏まえ、自社の中国での開発体制を整えるのと同時に、中国への巨額の開発投資(インフラ整備も含め)を短期間で実行に移すことが難しい場合には、開発の早期の段階から、信頼できる中国企業との連繫も視野に入れて行くべき時代に入ってきていると思います。

(つづく)

12月5日、李克強総理は国務院常務会議を司会、《中華人民共和国特許法改正案(草案)》(中国語:中华人民共和国专利法修正案)を可決し、草案を2018年12月23日〜29日に開催予定の全国人民代表大会常務委員会に提出することを決定しました。
改正案では、知的財産権の侵害に対する罰則強化に焦点を当てています。国際慣行に沿って、故意侵害・模倣に対する賠償・罰金を大幅に増やし、権利侵害のコストを大幅に増加させることで、違法行為の抑止を目指しています。
さらに、権利侵害者が関連する情報を提供する責任を明確にし、ネットワーク サービス プロバイダの共同責任も明確にしています。
また、職務発明に関し、発明者・設計者が職務上創出した発明によって生まれた利益を享受できる報奨体制を奨励し、特許を受ける権利の発明者から所属する企業への承継システムを改善しています。

今回国務院を通過したこの特許法改正案には3つの注目点があります。

  1. 特許侵害に対して懲罰的損害賠償制度を導入した。
  2. 関連資料を侵害者が提供する責任があることを明確にした。
  3. ネットワーク サービス プロバイダの共同責任を明確にした。

特許侵害に対する懲罰的損害賠償制度

懲罰的損害賠償は、知的財産権を故意に侵害した場合、得られた利益を賠償するだけでなく、その上にさらに2倍~3倍の懲罰を加えることにより、故意の侵害をなくすことを目指すのもです。

現行の特許法の損害賠償規定(§65)において、特許権の侵害に対する補償額は以下の優先順位で決定するとしています。

  1. 権利侵害によって被った特許権者の実際の損失に応じて決定されます。そして、特許権者の実際の損失が立証できない場合には、
  2. 侵害者によって得られた利益に応じて決定されます。そして、特許権者の損失、侵害者の利益のどちらも立証が困難である場合は、
  3. その特許の特許ライセンス料を勘案し、その倍数を合理的に決定するとしています。特許権者の損失、侵害者の利益、特許ライセンス料のいずれも決定が困難である場合、
  4. 裁判所は、特許権の種類・侵害の性質・状況に応じて、10,000元から100万元以下で賠償額(法定損害賠償額)を決定することになっています。

実際のケースにおいては、特許権者の製品等の売上の減少は多くの要因の影響を受けるため、権利侵害に絞った売り上げの喪失を計算することは非常に困難です。また、侵害者の利益の計算は、関連する販売数量のデータに依存しますが、その正確なデータを権利者側が立証することは非常に困難です。さらに、権利侵害に関わる特許について、特許権者が第三者にライセンスを提供していな場合には、合理的なライセンス料も論争の的になります。従って、中国における特許訴訟のほとんどは、法定損害賠償の範囲内で決定されています。この結果、特許権者はしばしば、訴訟に勝利しても金銭的には損失となり、受け取った賠償額では弁護士費用を支払うにも不十分というのが現状です。

また特許侵害の損害賠償は、主に損失補填を原則としています。そのため、賠償額は損失の補償または利益を吐き出させることに留まります。しかしこの原則では、結果として、侵害者の多くが利益を上げてしまう事態を招きます。即ち、最悪でも利益を取り上げられるだけですので、競合他社が最新の製品を売り出すと、特許侵害の有無などは考えず、直ちに追随し、訴えられても裁判を長引かせる作戦に出ます。そして特許訴訟が終了する頃には関係する商品はすでに次の代に換わっているのです。タオバオやアマゾンで次々に新しい商品が生み出されていますが、多くの企業はそのようなヒット商品をウォッチしており、すぐに模倣品を投入し、訴えられるまでに少しでも稼ごうとしています。

このような状況を変えるため、改正案では特許侵害に懲罰的損害賠償制度を導入し、侵害者は故意に特許を侵害した場合には、取得した利益を大きく超える賠償を払うことになります。この制度が導入されれば、現在の「窃盗的商法」は致命的な打撃を受けることになります。多くの特許権者が損害賠償の額を少しでも高額にしようとするでしょうから、侵害が故意であったと追求することになるでしょう。特に、特許権者が関連する特許について前もって警告等の注意喚起を促していた場合には、侵害者が通常の2〜3倍の損害賠償責任を負う可能性が高くなります。

侵害者の証拠提出責任

改正案では侵害者が関連する情報を提供する責任があることを明確にしました。現在、侵害者が関連する販売データを提供しようとしない場合、特許侵害による特許権者の補償額、侵害者の利益の額等の立証は非常に難しく、多くの場合に法定損害賠償額で決着しているのが実情です。改正後は侵害者が協力して関連する証拠を提供しなければ、自己にとって不利に働くことになりますので、侵害に対する抑止力となります。

ネットワーク サービス プロバイダの共同責任

現状の関連法規を整理しておきましょう。

《侵権責任法》第三十六条第二項の規定によれば、『ネットワーク利用者がネットワーク サービスを通じて権利侵害行為を行った場合、権利者はネットワーク サービス プロバイダにその旨を通知し、削除・遮断・切断など必要な措置を講じさせる権利を有する。ネットワーク サービス プロバイダが通知を受け取った後に必要な措置を取らなかった場合、損害が拡大した部分において、ネットワーク ユーザーと共同責任を負うものとする。』としています。 

これに対して、著作権侵害の処理の規定は比較的整備されているとも言えます。《情報ネットワーク伝達権保護条例》第十四条および第十五条によれば、『権利者は、何かの作品・パフォーマンス・音声・映像が自分の情報ネットワーク伝達権に関わっているか、削除・改変されたと判断した場合、情報保存領域・検索・リンクサービスのネットワーク サービス プロバイダに書面で通知、情報やリンクの削除を要求することができる。権利者からの通知を受けた後、ネットワーク サービス プロバイダは、著作権を侵害している作品・パフォーマンス・音声・映像情報を即座に削除するか、リンクを削除し、同時に権利者からの通知を送信者に転送しなければならない。送信者の住所が不明などで転送できない場合、それをインターネット上に表示する。』としています。

つまりネットワーク サービス プロバイダは侵害の存在を知った後すぐにリンクを削除することで、免責されることになり、実際には著作権の「抜け穴」となっています。商標権侵害の条項には同じような抜け穴はないものの、タオバオに関する裁判所の判例を見ると状況は基本的に同じです。ネットワーク サービス プロバイダが侵害通報窓口を設置していれば、商標権侵害の通報後すぐにリンクを削除することで、責任を逃れることができます。

通報・確認・削除プロセスには一定の時間がかかります。そして「Pinduoduo」のような共同購入サービスにおいては、短時間で一つの製品を大量に売り切ることができるようになりました。この場合、商標権を侵害している商品へのリンク削除は、すでに意味を持ちません。商標権でこの状況であれば、特許権侵害の処理はさらに複雑であり、共同購入サービス プラットフォームは権利を侵害した違法商品にとって最も良い販売方法となっています。

今回の特許法でも、ネットワーク サービス プロバイダの即時の措置がなければ連帯責任を負うことを明確にしており、措置が遅れることで拡大した部分に対して連帯責任を持たせるとしています 。言い換えれば、特許権者がプロバイダに通報して削除させることが容易にできるようになったと言えます。

2018年5月に非臨床・臨床の試験データの保護制度に関する法案が公表されています(cFDAより)。新薬の開発が終わって販売承認がおりた後、ある一定期間中、当該新薬の開発・承認取得者に対し市場独占の権利を享受させる制度としては、先ず、特許制度が挙げられますが、それ以外にも薬事制度の下でも保護制度が構築されています。先ず、中国に於ける新薬販売の独占期間を担保する制度の全体像を探り、その上で、データ保護制度(案)の内容を検討します。

1.中国の市場独占性と法制度の整備動向

「新薬の研究開発投資の促進」と「ジェネリック薬の適時の市場参入」の両面での政策目的の実現を図りつつ、その両者の利害を調整する為に、中国では、ここ1-2年の間に、「新薬の独占販売期間」の設定に関し、特許法及び薬事法を中心に様々な制度整備が図られています。

1)特許法

(1)「特許侵害の抑止」

先発の新薬をカバーする特許の有効期間中にジェネリック薬が市場参入した場合には、特許侵害問題が発生します。中国では、今、知財保護の強化の観点から、特許侵害行為の発生を抑止する為の諸規定を盛り込んだ特許法の改正(第4次改正)作業が進んでいます。

(2)特許期間の延長

更には、医薬品の特許保護期間(20年)を延長する為の新制度の導入についても具体的な検討がされています。(関連記事

2)薬事法

(1)「再審査期間」

日本の新薬に関する再審査期間に該当するのが、中国では、「監測期間」と呼ばれているものです。先発品としての新薬が承認された後、この期間中は、ジェネリックに対して承認が与えられない制度です。従来から各分類毎に、例えば新薬(新規薬効成分NCE)について5年、その他新製剤・新投与ルートについても夫々の期間が付与されていました。2016年3月に「低分子化合物医薬の分類改正」が行われ、NCE、新製剤・新投与ルート等の類を組み換えた上、夫々の類別に承認日から3〜5年の期間を設定し、その間、ジェネリックの承認が付与されないという制度が敷かれています。

(2)「Patent Linkage」

Patent Linkageの制度導入が検討されています。即ち、① 新薬の販売承認の申請者に当該新薬をカバーする特許情報の提出を求め、cFDAが当該特許情報を公開することを前提に、ジェネリック申請者が、当該特許が無効である等の理由がある場合には、当該事情を説明・表明することにより、特許の有効期間中であってもジェネリック申請が可能となり(「特許チャレンジ薬」の申請)、② 当該説明・声明がなされた場合、特許権者に回覧され、特許権者に対して裁判所に特許侵害訴訟を提起する機会が与えられ、他方、訴訟が提起されない等の場合には、ジェネリックに承認が付与されるとの新制度の導入検討がされています。検討中の案については、2017年5月のcFDAからの通知によって概要が示されています。

(3)「データ保護」

新薬の販売承認の申請者が自分で実施した試験から取得した臨床・非臨床の試験データについては、これを承認申請時に提出した範囲で、当該データの第三者による使用が禁止されるという「データ保護」制度の具体化が検討されています。

新薬の開発者は上記の特許法上及び薬事法上の保護制度を重層的に活用して、より長い市場独占を図ることが必要となってきます。

2.データ保護制度

現行の薬事関連法(「薬品管理実施条例」及び、「薬品登録管理弁法」)には、非臨床・臨床の試験データ保護に関する規定が存在していますが、その具体的な実施に関する細則が制定されていなかったことから、法律上はデータ保護がうたわれているにも拘らず、実際には試験データに対して保護が付与されていませんでした。日本では馴染みのない制度ですが、中国がWTOに加盟するに際して、TRIPS協定を順守する必要があり、その39条3項に、加盟国は新規化合物を含有する医薬品に対して販売承認申請に用いられたデータを保護の為の施策をとる必要があると規定されていることから、中国が、上記の薬事関連法に盛り込んだ経緯があります。

従来、データ保護は、絵に描いた餅の状態だったのですが、昨年(2017年)10月に中国の党中央・国務院が「医薬品・医療機器の承認申請制度の改革の強化及びイノベーションの推進に関する政策」を公表し、その中でデータ保護制度の構築(第18条)が宣言されたことを踏まえ、今年(2018年)5月にcFDAが「薬品試験データ保護の実施弁法(暫定)」(「データ保護弁法(案)」)として草案を公表し、パブリックコメントを求めました。その内容に基づき、近い将来、正式に細則が定められ、実質的に具体的なデータ保護が与えられることになるとされています。未だ、案の段階ですが、次にその概要を見て行きたいと思います。

1)保護の対象となる「医薬品」及び「試験データ」(「データ保護弁法(案)」§3、4)

新薬(NCE)、バイオ新薬、オーファンドラック、小児用薬及び「特許チャレンジ薬」について、自己が実施した試験によって取得した臨床・非臨床の試験データであって、承認申請にあたって申請データとして用いられた有効性等に関する未公開データに対して保護が与えられます。尚、安全性に関するデータについては、保護対象外とされています。

尚、今後、データ保護制度の細則を決めて行く段階で詰めなければならない点としては、
① 医薬品の申請データに関し、日本の情報公開法、米国のFOI法の下で、政府当局による公表の対象外となっているCMCデータの一部を含む商業機密データに対する保護をどの範囲で与えて行くのか。
②「特許チャレンジ薬」については、前記の通り、ジェネリック申請者が、先発品の特許が有効期間中に、当該特許が無効である等の主張(チャレンジ)をして、これが認められて、販売承認が付与されるジェネリック薬ですが、特許無効が最終的に裁判所で認定される必要があるのか否かも含めて、その条件は、Patent Linkage制度に関する細則の制定とセットで処理されることになります。

2)データ保護の保護内容(「データ保護弁法(案)」§8)

データ保護を受けている事業者(先発品の先発企業)の事前の同意を得ずに第三者(ジェネリック・企業を含む)が保護対象となっている試験データを使用して申請した場合、cFDAは当該ジェネリック申請に対して、下記の「保護期間」中は承認を与えない、との趣旨で規定されていることから、その範囲で、試験データに対して保護が与えられることになります。ここでいう試験データに対する保護の意味ですが、比較の意味で、例えば、不正競争防止法の下では、価値ある秘密データに対して保護が与えられますが、具体的には、秘密データの保有者は、第三者に対して、その不正使用があった場合には、裁判所に訴訟を提起することによって、その差止を求め及び損害の賠償を請求できるということです。他方、薬事関連法の下では、保護が与えられた「試験データ」をジェネリック企業が勝手に使用して、「保護期間中」にジェネリック申請をした場合、当該申請は承認されないという意味での保護が与えられます。

3)保護期間(「データ保護弁法(案)」§5)

新規有効成分含有(NCE)の新薬に対しては、当該新薬の試験データに対して、販売承認日から6年間のデータ保護期間が与えらます。これも含め、リスト化すると下記の通りとなります。

類別 保護期間 条文番号
NCE新薬 6年 §5
バイオ新薬 以下の場合を除く 12年 §5
① 中国が参加した国際共同治験の試験データであって、中国での申請が他国より遅れた場合(6年以上遅延の場合、保護は与えられない) 1〜5年
② 中国で実施した臨床試験データを用いず、海外の試験データのみを用いて申請の場合 上記期間の1/4
③ 中国の臨床試験データを補充して申請の場合 上記期間の1/2
オーファンドラッグ 6年 §6
小児薬 6年 §6

尚、「特許チャレンジ薬」については、今回の法案では「保護期間」について明示されておらず、Patent Linkageの制度と並行して、その「保護期間」が検討されていると思われます。

4)データ保護を求める申請手続き(「データ保護弁法(案)」§9,10,11)

データ保護を求める為には、対象の医薬品の承認申請時に、同時に、当該医薬品の試験データについて保護を求める理由及び求める「保護期間」を記載の上、データ保護の申請をする必要があります。CDE(審査機関)は、対象医薬品の承認審査と並行して、データ保護の審査を実施し、承認の付与時に、データ保護についての結果を通知します。「保護期間」等の情報は、公示されます。

5)保護されるデータの公表(「データ保護弁法(案)」§17)

データ保護を認められた者(即ち、新薬等の承認取得者)は、自主的に、保護対象となったデータを公開する必要があるとされています。これは、公表させることによって、公衆の監督監視下に置き、データの捏造等の不正行為を未然に防ぐとともに、試験の重複実施による資源の浪費を回避するのが目的とされています。

6)第三者による「保護データ」の使用(「データ保護弁法(案)」§14、17)

「保護期間」中であっても、ジェネリック企業等の第三者は、自分で試験を実施して、データを取得した場合、又は、「データ保護」を受けている先発の企業から同意を得た場合は、当該データを用いて、承認申請することが出来ます。

第三者から当該申請があった場合には、cFDAは、「データ保護」を受けている先発の企業に通知をして、異議を申し立てる機会を与えます。尚、かかる紛争は、最終的に行政訴訟によって、解決されるとされています。

前記の通り、当局は、今年5月に上記の制度案を公表し、パブリック・コメントを求めました。各団体等から出された意見・コメントを踏まえて、当局が検討中と思われます。本件につき、動きがあり次第、報告の予定です。
以上

中国、薬の特許期間を延長 5年間、先進国並みに」とのタイトルで「中国が5月から医薬品の特許期間を今の20年から最長25年間に延長し、先進国と足並みをそろえた」との報道がありました。(日本経済新聞、5月15日)

医薬品業界にとりましては、インパクトのあるニュースですので、本件の関連情報も含めて状況を報告いたします。

 

国務院(内閣)常務会議における重要決定項目

2018年4月12日に開かれた国務院常務会議にて、医薬品に関連したいくつかの重要な政策が李克強(首相)により発表されました。
① 5月1日より、抗がん剤の輸入関税をなくす(関連記事はこちら
② 抗がん剤を政府によって調達することにより、中間のコストをなくす(関連記事はこちら
③ 輸入新薬の上市を早めるため、臨床試験開始のためのIND申請制度、および医薬品輸入手続き制度の改正
④ 新薬に最長6年のデータ保護期間、中国と海外で同時上市の新薬について、最長5年の特許保護期間の補充
今回は項目④を取り上げます。

 

新薬に最長6年のデータ保護期間

新薬の販売申請にあたり、申請人は当局に当該新薬について動物試験、CMC、臨床試験などの様々なデータを提出します。このデータの保護期間を最長6年間認めるとしており、この間、cFDAはジェネリック申請に対し、新薬のオリジネーターが提出したデータの引用を認めないというものです。従って当該期間中は、ジェネリック申請に対して承認が与えられないということになります。
この案は昨年5月および10月に出された国務院の意見書に既に示されており、今回はさらに具体化され発表されたものです。しかし施行に当たっては各法律を調整する必要があります。実際、4月25日に国家薬品監督管理局は「薬品試験データ保護に関する実施弁法」の法案を公開し、パブリックコメントを求めています。(関連記事

 

最長5年の特許保護期間の補充

新薬NDA申請、上市を中国の国内外で同時に行なう場合、当該新薬に対して最大5年間の特許保護期間を補充するとしています。
中国は従来、先進国と比較すると医薬品承認審査の時間が比較的長く、開発者にとって経済的損失がありましたが、これを補償するものとなります。
こちらも試行するにあたっては法整備が必要ですが、具体的な動きは確認できておりません。5月から実施されたと日本では報道されましたが、誤報と思われます。前述の4月の発表の冒頭に「5月1日から」とありますが、これは第一項にかかるものであり、他の項目はこの限りではありません。現在、特許法の年内改正に向けて作業が進んでいますが、当該改正法の中で特許期間の補充制度が盛り込まれると見込まれます。

 

考察

データ保護期間の延長も、特許保護期間の延長も、中国政府がジェネリック開発よりも新薬開発を協力に後押しするとの意図の現れです。
しかし、中国の医薬品開発はいまだにジェネリックが多くを占めているという現実があります。このように早いタイミングで知的財産権の保護強化を首相の立場から明言したのにはどのような理由があるのでしょうか。特に特許保護期間の延長はこれまで当局から言及はされていたものの、首相によりいきなりの発表となったのは、それなりの理由があります。

3月1日、トランプ大統領がアルミ輸入制限を発動すると表明して以来、中国とアメリカの間で貿易戦争が始まりそうな状況にありました。しかし中国は輸出に依存した経済であるため、貿易戦争が無用に拡大することは避けたいとの立場です。そこでアメリカをある程度納得させるため、国内事情的にはやや時期尚早な政策を打ち出したのでしょう。
しかしこれだけでは国民の不満が高まることになります。中国医薬品メーカーの開発対象はまだまだジェネリックの割合が高く、ジェネリックの上市時期が遅くなることは医療費の負担として国民にも影響があるからです。そのため、抗がん剤の関税撤廃(関連記事はこちら)や政府調達による薬価低減も同時に打ち出したとみられます。

確かに今回の報道は、各国関係者にサプライズをもって歓迎されました。今後新薬を最初に上市する国として、必ず中国を含めるという流れになっていくはずです。
またデータ保護の推進によって、中国における新薬開発を大きく後押しすることにもなります。この点は関連記事「新薬に最長6-12年のデータ保護期間を与える法案が公開(執筆中)」をご覧ください。

 

関連記事

1. 改正の方向性とその準備状況:

1-1) 改正の方向性 / 特許権の強化

昨年 2015 年 4 月に中国特許庁より公表され、パブリックコメントを募った改正法案に基づき、その改正の方向性について、中国特許法の第四次改正案(前半)にて説明致しました。近年、中国の政府及び国内企業が研究開発の投資を積極化していることを受けて、中国国内の研究機関に於いて、自主技術、自主知財の蓄積が大幅に進んでいます。更には、中国経済が「新常態」に入り、従来の労働・資源集約型の重厚長大産業を中心とした産業構造からの脱却、その為のイノベーションの推進政策に力点が移されています。そのような中国の経済環境の大きな変革の下、特許法の改正準備作業が進んでいると言えます。

このように中国の国内に於ける、自主イノベーション創出の能力が一定水準に達しつつあることから、前回の論説では、中国の国内で生まれたイノベーション・発明の保護を強化する必要性があるとして、主として、知財保護の強化策の具体的な改正の内容について説明致しました。従来、特に、特許の侵害訴訟の局面で、原告の特許権者にとっては、訴訟に時間とコストがかかり、また、侵害・損害の立証に多大なる重荷が背負わされているにも拘らず、裁判所で認定される損害賠償額が低いこと等の問題点がありました。そのような問題点があることから、特許の侵害行為が絶えないといった社会を形成してしまったとも言えることから、これらを改善し、特許の保護レベルを引き上げることにより特許権者の権益を守ることが大きな改正のポイントであるとされています。

1-2) 改正の準備状況

その後、前記のパブリックコメントを求めた法案に基づく議論を踏まえ、更に、修正が加えられ法案が 2015 年 12 年 2 日、再度、バプリックコメントにかけられ、改正法案成立の為の最終プロセスに入っています。尚、昨年末に公表された法案では、前回説明した法律改正の方向性については、大きな変更点はありません。

1-3) 改正の方向性 / 権利の濫用

さて、特許法の改正により特許権の強化が図られれば、イノベーションを促進する効果が期待されますが、他方、特許権の強化による負の効果として、特許権者による特許権の濫用行為が出現することにも備えていく必要があります。日本での事例ですが、筆者は、医薬品の先端技術について、米国企業が日本で有する特許権に基づき、日本企業に対し、特許権の濫用ともいえるライセンス・ビジネス行為が行ったことから、その対応に苦慮し、非常に苦い思いをした経験があります。これは、ある特定の技術分野に関し、日米間に技術格差が存在しており、その格差の実態に直面したことを意味するわけですが、中国と日米欧の間には、それを遥かに超えたレベルで広い範囲において格差が存在しており、特に、知的財産の蓄積の程度については、大きな隔たりがあるとも言えます。中国では、先端技術分野に於いて、多国籍企業がその圧倒的な優位性を生かして、特許権の濫用とも言える行為が過去から数多くあったとされています。それへの対応として、特許のすり抜け行為、重複する侵害行為がなされてきたという面も否定できないようにも思われます。また、前述の通り、中国の国内企業等のイノベーション力がある一定レベルに達し、知財保護強化が必要な社会情勢になっているという背景がある一方で、中国の国内企業同士による特許侵害の訴訟合戦も多発するようになりました。このことは、社会コストの浪費につながります。このような背景の下で、改正法案では、特許権者が特許権の濫用に該当する行為をなすことを禁止する規定が追加されました。

知財強化を図ると同時に、その負の側面としての特許権者による特許権の濫用に該当する行為を、特許法上、明確に禁止することにより、両者のバランスを図ろうとしていると言えると思います。

2. 特許権の濫用とは:

特許権の濫用とは、特許制度の趣旨、即ち、科学技術・イノベーションの推進という制度の趣旨を逸脱して、特許権に基づいて、特許権者が不公正な権利行使をすることです。一般論として言えば、例えば、本来は無効であるような特許権に基づいて特許権の権利行使をすること、パテントトロール(特許侵害訴訟を提起すると脅して、許諾料・ロイヤルティーを漁る行為)、自己は実施しないにも拘らず、第三者がライセンスの許諾を求めてきた時にこれを拒絶する行為、更には、ライセンス契約において、特許権者が優越的な地位をむさぼって、ライセンシーに不公正な契約条件を押し付けること(グラントバック、最低ロイヤルティー支払い義務等)、特許独占(基本特許をベースに広範な特許網を取得・買い漁る)行為等が挙げられます。

では、具体的にどのような要件を満たせば、特許権の濫用に該当して、その場合、どのような法的な効果をもたらすのかについて、先ず、日本の制度と比較しながら現行の中国の法律(特許法の改正前)の全体構成を見ていきたいと思います。

3. 特許権の濫用に関する中国の現行の法的枠組み:

特許権の濫用を規制している法律としては、契約法、独禁法、特許法がありますが、夫々、どの様な観点から規制しているのかを見ていきたいと思います。

3-1) 契約法

「不法に技術を独占し、技術の進歩を阻害- – – – – する技術契約は無効」(契約法§329)としており、具体的に、どのような契約条項が「不法に技術を独占し、技術の進歩を阻害する」に該当するのかは、「技術契約の紛争の審理に関する司法解釈」§10 に、六類型が挙げられており、グラントバック、競合技術の採用制限、不合理な生産量・価格等の制限、原料購入義務、不争義務等が含まれます。

特許権者がその優越的な地位を乱用して、特許ライセンス契約に前記のような不公正な条項を盛り込み、ライセンシーにその履行を求めることは、特許権の濫用の一形態として捉えられますが、そのような契約は無効であり、特許権者は当該ライセンス契約で取得したロイヤルティーの返還義務を負い、また、過失ある場合には、損害賠償の責めを負います(契約法§58)。

3-2) 独禁法

「知的財産権を濫用して、競争を排除・制限する行為には、独禁法が適用される」(独禁法§55)として、特許権の濫用については、濫用行為の内、競争を排除・制限に至る行為についてのみが、独禁法の適用対象に入ってくるとしています。具体的には、「独禁法ガイドライン」に、上記で説明した契約法の下で無効とされている契約条項、行為の類型以外に、ライセンス拒絶、抱き合わせ、競争を排除するパテントプール・技術標準等について、ある一定の要件を満たした場合には、該当行為にあたるとして、当局による、停止命令、罰金刑の処罰の対象になるとしています。(詳しくは、日中の視点 / 知的財産権法 No.10 参照)尚、日本でも独禁法のガイドラインの下で、これに相当する考え方が示されています。

3-3) 特許法
① 独占行為と強制実施権

独禁法の下で、特許権の濫用であって、独占行為の対象と認定された特許権については、中国の特許庁は、特許法の規定に従って、第三者の請求に基づいて、強制実施権を設定することが出来るとされています(中国特許法§49)。従って、上記の独禁法の項で述べたように、特許権を濫用し、そのことによって競争を排除・制限する行為の基礎となった特許権については、第三者は、特許庁に申し立てることにより、特許権者の意向に拘らず、合理的なロイヤルティーを支払う等を条件としてライセンスが許諾されることを求めることが出来ます。中国では、この規定に基づいて、強制実施権が特許庁によって発動された事例はないとされますが、特許権者による特許権の濫用行為に対する法的制裁措置が準備されていると言えます。尚、日本の特許法上には、このような規定はありません。

② 特許権の効力が及ばない範囲

中国特許法§69 には、特許権の効力が及ばない範囲が示されています。
例えば、特許権者が中国国外で販売した製品が中国国内に入って来た場合、当該製品(並行輸入品)に対しては、中国特許権の効力は及ばないと規定されています(中国特許法§69-1)。更には、試験研究行為、ジェネリック品の医薬品としての許認可を取得する為に開発行為に対しても同様に特許権の効力が及ばないとされています。概念的には、このような特許権の効力が及ばないとされる範囲に入っているにも拘らず、特許権者がそれに対して特許権を行使したような場合には、特許権の濫用行為に該当することになるとも言えます。尚、日本の特許法においても、特許権の効力が及ばない範囲についての規定があり、更には、最高裁の判例に基づいて、中国特許法に列挙される該当行為については、特許権の効力が及ばないとされています。

③ 無効の特許権に基づく権利行使

日本では、無効であることが明らかな特許権に基づいて、特許権者が第三者に対し特許侵害訴訟を提起するような場合、被告側の当該第三者は、裁判所で特許が無効である旨の抗弁を主張することが出来ます(日本特許法§104の三)。権利の濫用は許さないという考え方が基本にあります。一方、中国では、裁判所でそのような主張をすることは許されず、被告は特許庁に対して、特許の無効審判を申し立てする必要があります。そのような場合、裁判所では、特許庁での無効審判の結果が出るまで、裁判官の裁量で審理の中止の決定が可能です。尚、被告側は、特許権の無効を主張(例えば、当該特許の出願時に特許発明は既に公知であったとして特許の無効を主張)できない代わりに、自己の実施している技術が当該特許の出願時に既に公知であった技術であることを証明することによって、侵害の成立を免れることは可能です(中国特許法§62)。

また、ある特許権に基づいて、侵害訴訟を提起する等の権利行使がされ、その後、特許庁(最終的には裁判所)によって当該特許の無効が確定したような場合、特許権者に悪意がある場合には、特許権者は損害賠償義務を負わねばならないとされています(中国特許法§47)。

4. 特許権の濫用に関する特許法改正後の法的な枠組み

上記で述べた通り、特許権の濫用については、既に、契約法及び独占禁止の下で、要件は異なるものの、夫々、該当契約は無効であること及び濫用行為の停止命令等の対象になるとされています。他方、特許法には、特許権者が特許権の濫用に該当する行為をしたような場合には、特許庁が強制実施権を設定できる等の措置を講じることが出来ますが、直接的にこれを禁止する原則的な規定はありませんでした。

今回、特許法の改正法案の§14 には新設規定として、下記が盛り込まれています。

「特許の申請、特許権の権利行使は、信義誠実の原則に基づかねばならない。特許権を濫用し、公共の利益を損なうこと、または、不合理に競争を排除・制限してはならない。」

独占権としての特許権に基づいて特許権者が権利行使する場合には、たとえ、それが特許権の権利範囲に入っていたとしても、どの様な場合にも権利行使が出来るというわけではありません。自ずと、制限がかかります。改正法では、特許権の権利行使は、信義誠実の原則に基づかなければならない、そして、特許権を濫用することによって、公共の利益を損なう行為、更には、特許権を濫用することによって不合理に競争を排除・制限することは禁止すると、その大原則が規定されています。

法改正後は、例えば、特許侵害訴訟の場面に於いても、被告側は、侵害の成立を免れるために、§14 に基づく抗弁を主張することが可能となります。ここで、特許権の濫用であって、§14 の要件を満たす特許権者の行為とは、具体的にはどのような行為をさすのかが問題となります。少なくとも、上記3で説明した行為が含まれることになると思いますが、更にどの範囲まで拡張されうるのか、現時点では定かではありません。但し、ここで注意が必要なことは、この抗弁が成立する為には、「特許権の濫用」だけでは要件を満たさず、条文にある通り、「公共の利益を損なう」こと、または、「不合理に競争を排除・制限する」ことの要件を満たす必要があります。その意味では、被告が§14 に基づく抗弁が認められるためのハードルは低くはないとも言えます。

尚、昨年末、国務院は、「知的財産権の濫用に関する独禁法ガイドライン」(案)を公表して、パブリックコメントを求める手続きに入っています。このガイドライン(案)では、独禁法の観点で、知的財産権の濫用(特許権の濫用を含む)について、特に、競合関係にある企業間に於ける共同研究の実施・パテントプール、技術標準、及び競合関係にない企業間でのライセンス契約に含まれる不当な契約条件等(グラントバック、不争義務等)に関連しこのように、特許法の改正により、特許権の強化を図る為の政策が推進されている一方で、それに並行して、特許権の権利行使に対して、社会公共の利益を確保し、また、市場での各技術間の競争が損なわれないよう、特許権の濫用を防止する為の施策も打ち出されてきており、制度面で権利強化との間で両者間のバランスを図ろうとしていると言えます。

以上

1.実施行為(特許侵害)と研究開発行為

特許権者は特許発明を「実施」する権利を占有する、という日本特許法の規定(§68)、これをどう理解するのか、僕の特許の売り買いの仕事の中では、一番重要な事です。ここで、「実施」とは、ですが、特許発明が新規の医薬品であれば、その新規特許医薬品を製造、「使用」、販売、輸出・輸入—-することを指します(§2③)。この実施行為の一つに挙げられている「使用」とは、広い概念であって、新規特許医薬品を使用すること、即ち、新規医薬品を用いて研究すること、開発することが含まれています。一方で、特にアカデミア・サイドの研究を企業の特許の権利行使から保護する為に、特許法は、特許権の効力の及ばない範囲の規定の中に、特許権は試験研究の実施には及ばない、と盛り込んでいます(§69①)。即ち、原則、所謂、研究による「使用」は、非侵害行為とされます。

2.医薬品の臨床開発行為と特許侵害

次に、開発(臨床開発を含む)による「使用」ですが、例えば、ジェネリック企業が第三者の有する特許でカバーされる新規特許医薬品をその有効期間中に開発(実施)することは、特許権者の特許発明を「実施」する権利を侵害することになるのか? これについては、米国では、特許法271(e)(Bokar条項)により、非侵害行為、日本では、特許法に明文の規定はないものの最高裁の判例により非侵害行為と考えられています。 そして、この非侵害のコンセプトは、特許権者には一方的に不利に働くので、新医薬品の特許期間の延長(20年を25年間に延長)規定とセットで制度に導入された経緯があります。さて、中国では。

中国では、特許発明の「実施」行為の範囲については、専利法§11に規定されており、日本のそれと同じと考えて問題ないです。そして、日本と条文番号が全く同じなのですが、専利法§69に、特許権の効力が及ばない範囲の規定があり、非侵害行為が列挙されており、その(5)に、Bolar条項が盛り込まれています。即ち

「行政当局への承認申請の為に必要なデータを提出する目的で、特許医薬品–を製造、使用、輸入する行為、及び専ら、その為に特許医薬品–を製造し、輸入する行為は、特許権の侵害行為とはみなされない。」

後段の所で、特許医薬品の治験薬等の製造行為自体が非侵害行為であると明記していますので、製造受託企業(CMO)は、申請目的である限り、ジェネリック企業からの製造受託を請け負っても侵害問題は発生しないことになります。
前記の通り、米日では、このボーラー条項は特許期間の延長とセットで制度に組み込まれましたが、中国では、前者だけの導入であり、片手落ちの状況です。現時点では、新規医薬品の特許権者は殆どが外資ですが、今、中国の内資による特許出願が急速に膨張していますので、特許期間の延長制度がいつかは議論の俎上に挙がってきてもいいよう思います。ただ、日米と違って、ジェネリックがこれだけ市場を押さえている現状はそう早くは変わらないでしょうから、中国国内の両グループのせめぎ合い、日米とはまったく違った視点からの解決にならざるを得ないように思います。

日本ではこの7月に特許法の改正が公布されました。
会社の研究所等でその研究者によってなされた発明(職務発明)の権利帰属について、従来は「発明者である研究者に帰属する」としていたのを、改正法の下では、原則、直接「会社に帰属させる」ことになりました。目的は、イノベーションを推進する為とされています。
会社人にとりましては、当たり前の結果になったとも言えますが(私は会社時代が長かったので、強い遺伝子の刻印があります)、他方、新発明の創出にあたって、強烈な個による牽引が求められるような場合には、組織が個に大きく覆いかぶさる結果となる今回の改正は、様々な組織形態からなる日本全体のイノベーションの創出にどのような影響を与えるのか、我々が選択した方向性ですが、疑問を持たれる方もいらっしゃるかも知れません。

さて、一方中国ですが、今、第4次の特許法の改正に向けて議論が盛んです。

1. 特許法の改正:

前回の第3次の改正は、2009年になされました。その改正では、中国の特許の質、ひいては、発明の質を高めるべく、特許付与の為の要件のバーを引き上げました(新規性の要件を国際レベルにまで引き上げる)。加えて、中国の特殊性を主張するような改正、例えば、中国国内の遺伝資源を使った発明について中国の利権を主張する為の条項も盛り込まれました。
それから6年が経過し、この間、特許の出願数では世界一に躍り出たように、中国の企業・研究機関の発明の創出に向けた投資熱が高まりましたが、他方、新たに生まれた発明について、それを事業化にまで持って行く為には、更に、強力な後押しが必要な情勢です。既に中国で武器となる特許権を有し、中国国内で積極投資の上、事業活動をしている外資系の企業は、権利者として、特許権でカバーされた製品の市場での独占権を確実にするために、特許権を更に強化し、その適正な保護がなされること主張しています。
特許侵害訴訟の局面では、中国の内資同志の係争も増えておりますが、制度上の不備も指摘されています。中国で自主イノベーションの能力がある一定の水準に達しつつある今、イノベーションを軸に経済構造の展開を図らなければならない中国にとって、イノベーションを更に推進する為に特許制度の見直しが必須の情勢であるという社会的な背景があります。

2. 日本企業から見た中国特許法改正(オープン・イノベーションに関連する範囲で)

日本企業が中国企業とライセンス契約及び共同研究契約等に基づく提携関係に入る際には、日本側から様々な懸念点が挙げられます。
ライセンス形態による提携の場合、日本企業が中国で有する特許権がその商品の中国市場に於ける独占権を確保するに際して、侵害者に対し、どれだけ抑止力を有しているのか。これは、中国では知財の保護が十分でないといった印象が本質にあります。
共同研究による連携の場合でも、そもそも中国の企業の研究開発力は連携するにたるレベルにあるのか。そして、共同研究から生まれてくる発明の保護が日米欧では問題ないとしても、中国においてキッチリと権利化されるのか、権利化されたとして、前者の問題点同様、特許権の保護は十分に保障されるのか。そういった懸念点が挙げられています。

中国では、低コストでの製造からイノベーションを駆動とする経済構造への転換の必要性と同時に叫ばれているのが、人治から「法治社会」への転換です。特に、現政権がスタートしてから事あるごとに法治社会の構築の必要性が強調されています。
一度締結した契約を、中国企業が日本企業同様に、キッチリと履行するのであろうか?
万一、履行されない場合には、適正な解決を図れる仕組みが存在するのか?
更には、中国で付与された特許権は、適正な範囲で保護される(侵害者に対し、抑止力として働く)のか、即ち、特許侵害が発生した場合、特許侵害者を排除できる仕組みが適正に働くのであろうか?
そういった日本企業が抱く懸念点の払拭を目指すことにも繋がるのが、この「法治社会」への転換です。

上記の様な懸念点に関連して、今回の特許法の改正は、中国の研究開発レベルを上げること、特許権の質の向上、特許の保護レベルを上げること等について、制度改善が試みられています。

2-1) 特許の保護レベルの引き上げ

中国の特許侵害訴訟の局面において、特許権者にとっては、訴訟に時間とコストがかかるだけでなく、侵害・損害の立証に多大なる重荷が背負わされているにも拘らず、認定される賠償額が低いこと等、問題点が指摘されてきました。その結果として、特許の侵害行為が絶えないといった社会を形成してきたとも言えます。
今回の改正では、下記の制度を取ることにより、特許の保護レベルの引き上げを図るとしています。

① 損害額の立証の負担軽減:

特許権者が侵害者による侵害品の販売等の特許侵害の行為によって被った損害については、裁判で損害賠償を請求することになりますが、侵害品の販売高等の数字の立証が困難なために、損害額の認定が低く抑えられてしまう傾向にあります。そこで、特許侵害訴訟に於ける被告である侵害者に対し、裁判所がその帳簿・関連資料の提出を求めることが出来るようにするとしています。

② 懲罰的な賠償金額の認定:

モグラたたきという表現で説明されますが、例えば、一旦、終息したかに見えた侵害行為が、関連会社によって再開される等、繰り返し侵害行為が再開されるケースがあります。
そのような場合、故意侵害として、裁判で損害額として認定された額の2〜3倍の額を懲罰的な意味で、裁判所は侵害者に支払い命令することが出来るとしています。

③ 行政機関による救済システムの強化:

特許侵害の救済システムとして、日本では、裁判所に侵害行為の差止と損害賠償の請求をすることができますが、中国では、そのような裁判所への訴えに加えて、中国特有の制度として、行政機関に対し、同様の申し出をすることが出来ます。
行政機関は、企業等の事業に関する許認可権を含め、企業に対して日本の行政に比べ絶大な権力を握っていますが、特許権者がその行政機関に対し、第三者の特許侵害の際に救済を求めることが出来る制度です。今回の改正では、その行政機関に対し、更に強力な権限を与えるとしています。
行政機関が審理の上、特許侵害行為の差止(中止)の決定をした場合、従来、侵害者は一旦侵害行為を停止した場合であっても、ほとぼりがさめると侵害行為を再開するといったこともありました。それを封じるために、差止の決定に際して行政機関に対し、侵害品の製造の設備、原材料・工具等を没収する、更には罰金の支払い等の行政処罰を課す権限を与えるとしています。
従来、行政機関に対して特許権者が損害賠償の請求をする場合、行政機関は裁判所のように判決によって損害賠償の支払いを命令する権限はなく、特許権者と侵害者の間で損害賠償の支払いの話し合いの調停をする権限しか与えられていませんでした。従って、侵害者が調停で合意した損害額を支払わないような場合、特許権者は再度裁判所に訴えることが必要となっていました。このように調停の内容の拘束力が弱いといった問題点がありました。今回更にそれを改善すべく、損害賠償額についての行政の調停による決定について、裁判所で確認し、強制執行を可能とすることとしています。

④ インターネット販売業者の侵害責任の明確化:

中国では、日本の楽天等のようなインターネットによる販売システムが急速に広がっており、大都市では日本よりも普及度が高くなりつつあります。侵害品がインターネット販売のチャンネルで流通した場合、従来は、「侵害責任法」の下で救済が図られていましたが、侵害品の排除が十分ではないとされていました。特許法の改正により、そのようなインターネットの販売業者に対し、侵害品の製造業者と同様に侵害者として明確な責任を負わせることとしています。

<中国特許法の第四次改正(後半)-特許権の強化 vs 特許権の濫用>に続く

ある基本技術Xについて、日本企業(ライセンサー)が中国で基本特許を有しており、当該特許に基づき、中国企業(ライセンシー)に契約地域を中国としてライセンス許諾がされることを想定してみましょう。中国企業のR&D能力が強化されつつある現状では、基本技術Xが製品であれ製造方法であれ、ライセンシーの中国企業は中国での基本特許のライセンス許諾を受けた後に、技術Xそれ自身の商品化を行うことと並行して、技術Xの技術改良に努めることも十分にありうると想定しておかなければならないでしょう。
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新製品を生み出す為に必要とされる基礎技術がより広範に、そして、より高度になってきており、これら全ての基礎技術を自社で開発・獲得し、単独で新製品の創出をしていくことは、非常に難しい時代になってきています。そこで、世界的な潮流として、オープン・イノベーションという概念が形成されています。中国は、「世界の工場」としての地位を基盤に、「世界における重要な商品・サービス市場」としての位置づけの認識が深まり、今後は、「世界の研究開発基地」としての飛躍が期待されているところです。そういった環境下、中国でも、他の会社・組織と連携しつつ新製品の創出を図る、オープン・イノベーションを積極的に図っていく必要性があると言われています。
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1.プロローグ

昨年、西アフリカでエボラ出血熱が猛威を振るい、そこから遠くに位置するアジアもその脅威に巻き込まれました。特に中国は、経済的にアフリカとの繋がりが深く、そこには100万人の中国人が住んでいると言われており、また、中国南部の広州には多くのアフリカ貿易商人が出入りしていることから、万一の場合には、アジアでは真っ先に被害が及ぶ地域であったに違いありません。上海に住んでいる私は、当時、それなりの覚悟を迫られる心理状況でした。そして、特効薬があれば、生き残りの為に、どんなことがあっても、手に入れたい!

そういった時期に日本の富山化学(富士フィルム・グループ)の開発したインフルエンザ薬の「アビガン」がエボラにも効くとの報道があり、欧州・アフリカで臨床試験がされ、今年になって、一部患者で効果が確認されつつあるとの報道が続きました。 他方で、中国では、4-5年前に中国の軍事医学科学院が見出したとされる抗エボラ・ウイルス薬JK-05について、四環医薬が技術移転を受け、同様に臨床試験の開始を予定しているとの発表がありました。その後、日本の「アビガン」と中国の「JK-05」が実は同一化学成分である可能性があり、もしそうであれば、当該成分に関して、日本の富山化学が中国で特許を有していることから、四環医薬はその特許権を侵害することになるとの報道がされました。

このような特許侵害の可能性についての報道が出た時、上海に住む一人の人間として、生命の危機に曝されるかも知れないというのに、なぜ、このようなレベルの違う話が出てくるのか、当時は、少し戸惑いました。幸い、2014年末に西アフリカのエボラ終息宣言が出され、その後、状況が安定化の方向に向かっている今、特許侵害問題を検討の上、今後の方向性について提言してみたいと思います。

2. 特許権の侵害問題

2-1) 日本での考え方:

特許権でカバーされている医薬品について、特許権者の同意を得ずに製造すれば、それは、特許侵害となります。然しながら、そのような製造が、当該特許医薬品を製造販売する為に厚労省の承認を取得する目的で開発行為の一環としてなされた場合には、原則、侵害行為には該当しないとされています。従って、開発行為の一環として臨床試験で投与される治験薬を製造する為に、第三者の特許でカバーされている医薬品(化合物)を合成・製造したとしても、それは侵害に該当しません。臨床試験が終わり、実際に当局から製造・販売承認を取得後、製造・販売を開始した時に始めて、具体的な特許権の侵害が発生します。

尚、このような考え方は、判例を積み重ねて米国で先ず法制度の整備がされましたが、それを受けて、日本でも同様の最高裁の判決がなされたことを踏まえての考え方です。

2-2) 中国での考え方:

中国では、米国同様、明確に法律に規定されています。特許法(第69条)に、特許権の効力が及ばない範囲に関する規定があり、そこには、特許権者の同意を得ずになした実施行為であったとしても、特許の侵害には当たらないとされる行為が列挙されています。その(5)に、臨床試験の実施行為についての関連条項が盛り込まれています。即ち,

「行政当局(cFDA)への承認申請の為に必要なデータを提出する目的で、特許医薬品–を製造、使用、輸入する行為、——–は、特許権の侵害行為とは見做されない。」

とされています(§69-(5))。従って、中国企業が、中国の行政当局(cFDA)から製造承認を取得する為の開発行為の一環として、エボラ薬を製造することは、上記の免責の範囲に入るので、たとえ、そのエボラ薬が日本企業の有する中国の特許権でカバーされていたとしても、特許権の侵害にはなりません。然しながら、中国企業がエボラ薬の開発に必要な範囲の量を超えて、将来の上市の準備として、在庫を積み上げる為にエボラ薬を製造した場合には、上記の免責の範囲を超えると考えられます。

3.特許権についての強制実施権の制度

中国企業がエボラ薬の事業化をすすめれば特許の侵害が不可避となる事態を迎えると考える場合には、富山化学に対して特許のライセンス許諾を求めることになると思われます。その際、富山化学がライセンスを許諾するか否かは、同社の経営判断の問題ですが、その際、下記の強制実施権の制度を念頭に入れておく必要があります。最悪、法律上、どのようになりうるかのボトム・ラインを押さえておく必要があるからです。

そこで、この強制実施権制度ですが、特許を含む知的財産権に関する国際条約である、パリ条約及び TRIPS 協定に基づいて、日本を含め加盟国の各国とも該当する制度を整えています。即ち、ある特定の状況が発生し、必要な条件が満たされる場合には、特許権者の同意を得ずに、政府が自己の判断で第三者に特許の実施権(ライセンス)を付与することが出来る制度です。この制度の下では、政府が強制的に第三者に実施権を付与することが出来ることから、「強制実施権」の制度と呼ばれています。

3-1)日本の「強制実施権」制度:

ある特許権についてビジネス化を希望する企業がその特許権を有する者にライセンス許諾を申し入れ、協議したけれども、不調に終わってしまったとしましょう。ここで、第三者にライセンスを許諾するか否かは特許権者の権限ですので、協議が不調になれば、原則、それで終わりということになります。然しながら、上記の条約上の要請もあり、日本でも、制度上、ある限られた場合にのみ、政府が介入して強制実施権が付与されうる枠組みが用意されています(未だ、発動はされていません)。

① 特許権者の不実施(特許法§83 条):

特許権者が特許成立から 3 年以内(出願から 4 年以内)に日本で特許を十分に実施しない場合。例えば、エボラ薬について、日本で厚労省から販売承認が得られていることを前提に、特許が成立しているにも関わらず、その後、3 年内に、特許権者が日本で製造・販売を開始しないような場合には、第三者が請求すれば、制度上、発動される可能性があります。

② 公共の利益の為(特許法§93 条):

公共の利益を優先する必要性がある場合。例えば、エボラが日本で流行し、日本社会が脅威に曝されているような状況であるにも拘らず、特許権者が十分な量のエボラ薬を製造し、日本社会に対して供給できないような場合に、上記と同様に、日本で日本特許権に対して強制実施権が発動される可能性があります。

③ 利用関係にある発明の実施(特許法§92 条):

二つの利用関係にある特許が異なる企業によって所有されており、一方の実施が他方の特許(日本特許)の侵害になってしまうような場合に、その実施を日本で実現させる必要性がある場合。例えば、A 社が、エボラ薬の化合物について日本で物質特許を有していたとしましょう。然しながら、製造コストが高く、医薬品として販売することができないような背景があると仮定し、その後、第三者がそのエボラ薬の革新的が製造方法を発明し、その製法発明について日本特許を取得の上、廉価で供給できるようになったような場合です。そのような場合、第三者がエボラ薬を製造しようとした場合、物質特許の侵害になりますので、製造はできない。他方、物質特許権者(A 社)は、商品化を実現する為にそのような画期的な製造方法を実施しようとしても、当該第三者の有する特許権の侵害になるので、実現できない。そのような事態を打開する為に、両者間で、協議不調の場合に、政府が強制的に実施を許諾し、製品の製造・供給を可能とする制度です。

3-2)中国の「強制実施権」制度:

中国でも上記の日本と同様の趣旨の制度が整備されています。これらの制度は、前述の通り、知的財産に関する国際条約の下で、制度の整備が許容されているという背景があります。中国国内では、未だ、強制実施権が発動されたケースはないようですが、それが将来、万一あるとすれば、医薬品分野、特に感染症治療薬は、その一つの候補になりうるであろうと考えられています。制度の概観を見た上で、エボラ薬について、どのように処理されることになるのか考えてみたいと思います。

① 不実施の場合(中国特許法§48-1):

中国で富山化学の特許が成立しているが、その成立後 3 年以内に十分な実施をしていないような場合に、中国企業が富山化学に対しライセンス許諾の申し入れをしたにも拘らず、協議が不調となってしまったような場合、中国特許庁に必要な書類を整えて申請すれば、制度上、当局は、強制実施権の許諾の判断をすることになりえます。ところが、エボラ薬を中国で販売する為には、中国国内で臨床試験を実施して、cFDA の承認を取得する必要があるので、そのような承認の取得に時間が掛かるような場合、特許成立後、3 年以内に製造・販売を開始することは不可能ですので、そのような場合には、3 年以内にそれがされていなかったとしても、直ぐに強制実施権の許諾をするという判断にはなりえないと考えられます。然しながら、エボラ薬を中国社会が必要としているような状況にあるにも拘らず、中国で cFDA の承認を取るために、それに向けた必要な臨床試験等の開発行為を始めていないような場合に、中国企業が中国特許庁に強制実施権の許諾を求めた場合、議論の俎上には、乗りうる状況になると思われます。

② 緊急・非常事態、公共の利益の場合(§49):

次に、「緊急・非常事態」の場合、又は「公共の利益」を目的として、強制実施権が付与される制度設計がされています。先ず、「緊急・非常事態」の典型例として、中国で 2003 年に SARS が流行し危機に陥った時の例が挙げられます(もっとも、当時、このことを理由として、特許薬に強制実施権が与えられたというわけではありません)。本件で言えば、例えば、将来、中国でエボラが大流行し、緊急事態を迎えた状況下、エボラに対し有効な他の薬剤がなく、富山化学のエボラ薬を投与すれば、エボラの流行を抑えることが出来るような場合には、中国政府の担当部門が中国特許庁に申請することにより、富山化学の特許権に対し、強制実施権の付与の可否が検討されうる状況になると考えられます。然しながら、現在のところ(2015 年 3 月)、WHO からエボラの終息宣言がなされた後、特に、状況が悪化しているといったようなこともなく、また、薬剤の有効性について、明確な実証が未だ得られていない状況では、「緊急・非常事態」の要件を満しているとは言えないと考えられます。従って、現状では、強制実施権の付与は難しい状況だと思われます。

次に、「公共の利益」ですが、エネルギーの効率的生産・利用、環境汚染の処理等に関する技術に特許が成立しているような場合に、強制実施権が付与される枠組みですが、それ以外にも、流行病の予防・治療に関する技術は対象の範疇に入ってくるとされています。これも、現状では、薬剤の有効性について明確な実証が得られていない状況では、発動は難しいように思われます。

③ 利用関係の場合(§51):

エボラ薬の製造販売を希望する中国企業がそのエボラ薬に関する何らかの発明について、中国で特許権を有しており、当該発明の価値が経済的な意味で、顕著・重大な技術的な効果を有するような場合に、利用関係の強制実施権が発動されえます。即ち、当該中国企業が富山化学の特許権がカバーするエボラ薬の製造・販売を希望し、該社に対しライセンスの協議を申し入れたにも拘らず、それが不調に終わってしまったような場合、中国特許庁への申請によって、強制実施権の付与の可否が当局にて検討されることになりえます。経済的に顕著な重大な進歩があるような発明とは、例えば、前記の日本での例で説明したように、富山のエボラ薬の製造が非常にコスト高であって、中国国内で広く薬剤を投与することが難しいような状況にあると仮定して、中国企業が画期的な製造方法を見出し、廉価で広く一般に供給できるようになるといった場合であって、中国企業が当該製法特許について中国で特許を取得しているにも拘らず、富山化学との協議が不調に終わり、当該特許権を実施できないような場合には、強制実施権の発動の可能性が検討されうる状況になります。製造方法に限らず、中国企業が、エボラ薬の製剤技術又はその用途の面で突出した技術革新をなし、且つ、特許を取得したような場合にも適用されえます。万一、法律上の要件を満たしているとして、富山化学の特許権に対して、中国企業に強制実施権が付与された場合には、富山化学は、中国企業のそのような突出した技術を利用することを希望する場合、中国企業からその製法等に関する特許権についてクロス・ライセンスを受けることができる仕組みになっています。

④ 特許医薬品の海外への輸出の為の製造ライセンス(§50):

中国特許法の下では、知的財産の国際条約 TRIPS 協定の 2003 年理事会決議(2007 年 TRIP 協定の修正議定書)に基づく、特許医薬品の海外への輸出の為の製造についての強制実施権の制度が整備されています。尚、日本は、この修正議定書を批准していないので、日本での認識は薄いので、注意が必要です。

この TRIPS 協定の制度の下では、医薬品の製造能力のある国が、製造能力のない国での流行病治療の為に、治療薬を製造し、当該国に輸出することが出来る強制実施権を付与することが可能となっています。中国は、上記の修正議定書を批准し、特許法の 2008 年改正時、かかる強制実施権に関する規定を盛り込んでいます。即ち、

「公共の健康維持の為に、中国で特許が付与されている医薬品について、中国特許庁は、当該特許薬を中国で製造し、TRIPS 協定の規定に従って、特定国に輸出する為の強制実施権を付与することが出来る」

とされています(中国特許法§50)。

TRIPS 協定上は、諸々の条件を満たすことを前提にして、同協定の加盟国の中国が、同協定の他の加盟国への輸出が可能であると、されています。然しながら、この制度を利用して、特許医薬品の輸入が必要な国は、TRIPS協定に参加出来ていないような開発途上国、最貧国であることから、中国では、人道的な見地から、同協定の趣旨に鑑み、輸出先は、TRIPS 協定に未加盟の国も含まれうる、との議論もされています。

そのような考え方に従うならば、更には、TRIPS 協定上その他の問題が発生しないのであれば、中国政府の監督の下、中国企業がエボラ薬を製造し、アフリカの国々(TRIPS 協定の未加盟国)に輸出する為に、富山化学の有する中国の特許権について、TRIPS 協定上の要求される様々な条件を付けた上で、中国企業に強制実施権を付与することが可能となりえます。また、富山化学がアフリカの対象となる国々においてエボラ薬の特許権を有しているような場合には、そのような国に中国で製造したエボラ薬を輸入して、当該国で使用することは、当該国の特許侵害となりえます。然しながら、上記の中国での「緊急・非常事態」の強制実施権に対応する当該国での同様の制度の下で、当該国のエボラ薬の特許に対して強制実施権が付与されれば、そのような問題も回避されうることになります。このように輸出国側(中国)と輸入国側(例えば、アフリカの国)の両方の特許権に対して、強制実施権の付与が可能となるシステム設計になっています。但し、ここでも、上記②で述べたのと同様の理由で、現時点(2015 年 3 月)では、強制実施権の発動し難い情勢と考えられます。

⑤ 独占禁止法上、問題となる行為(§48-2):

日中の視点・知財 No.10 で説明したように、特許権の権利行使が独占禁止法違反と認定された場合、請求人の申請に基づいて、中国特許庁は、当該特許権について強制実施権を付与することが出来るとされています(中国特許法§48(2))。この独占禁止法違反となりうる特許権の権利行使の一類型として、「ライセンス拒絶」が挙げられます。さて、中国企業が富山化学の特許権の侵害を回避する為に、富山化学に対しライセンス許諾の申し込みをしたにも拘らず、それが受け入れられず、ライセンスが成立しなかった場合、外形上、特許権者による「ライセンス拒絶」と見られ得るので、ここで、少し、押さえておく必要があります。

過去の日中の視点・知財で採りあげた通り、中国では、独禁法/知的財産のガイドラインが現在、起草(工商総局:2014 年 2 月に第五版が公表)中ですが、その第 17 条に「ライセンス拒絶」に関する独禁法上の基本的な考え方が述べられています。特許権者がライセンス拒絶することは、それに条件を付けずに、且つ第三者との関係で差別的でないような場合には、原則として、独禁法上、違反行為として認定されることはないとしています。然しながら、市場で支配的な地位にある特許権者が、非独占的に数社にライセンスをしておきながら、それを差別的に、ある特定の企業にのみライセンスを許諾しないような場合等については、問題となりうる行為であると位置づけしています。 尚、ここでは、特許権者の有する技術が業界の技術スタンダードに関するような技術であり、当該業界で少なからずの企業が事業を推進する際に関わりがある技術であることが前提となっています。

今回の中国のエボラ薬の場合は、対象となる特許権は、ある特定の医薬品をカバーする特許権であって、それに対して中国のある一社の企業がライセンスの申し出をする場合を想定しており、たとえ、両者間でライセンスが成立しなかったとしても、それは、上記で述べた、原則論の範疇に入る行為であって、問題となりうる「ライセンス拒絶」には該当しないと考えられます。

⑥ 強制実施権とロイヤルティー支払い義務(§57):

強制実施権制度の下で、万一、ライセンスが中国企業に付与されたような場合、当該企業は、特許権者に合理的なロイヤルティーを支払う必要があります(特許法§57)。このロイヤルティーの額は、両者が協議によって決めるのが原則ですが、合意に至らなかった場合には、中国特許庁が裁定した額とされています(同条上)。

4.方向性のまとめ:

地球上のどの国も、エボラのみならずインフルエンザ等の致死性の高いとされる感染症の脅威に曝されうることには例外がないと思います。然しながら、その脅威の最前線に曝されている国々の多くは発展途上国であって、医薬品の製造能力はない国が殆どです。中国は、SARS の事件、鳥インフルエンザの予兆等、自身が感染症の脅威の最前線にある一方で、エボラで問題となったアフリカ諸国とも非常に結びつきが強いといった特殊な立場にあります。その中国は、医薬品の製造・品質管理能力は先進諸国に近いレベルまで達しています。従って、感染症からの自国防衛の為に、更には、友好国から援助が求められた場合の対応の為に、必要な医薬品は自国で何時でも製造して準備できる技術的な意味での能力は備えていると言えます。

今回のエボラ薬については、報道によれば、日本の医薬品企業が中国で対応の特許権を有しているとされており、日本企業は営利企業である以上、過去のR&D 費用の回収、更には将来に向けた R&D の継続の為に、エボラ薬の中国ビジネスにおいても、最大限の利益を回収する為のビジネスの枠組みを作っていく必要があります。また、日本列島に住んでいる日本人の立場から言えば、中国大陸がアフリカとの関係で万一、エボラに浸食されたら、その隣国としての日本への波及は必至でありますので、中国との共同戦線を張ることが自国の防衛を図るための先手になるとも言えます。

他方、中国は、今、自国の医薬新産業の R&D 強化を国策にしています。その大前提として、法治による知財立国、その一つの方向性が特許権の強化です。上記の「強制実施権」制度は、中国も加盟している国際条約の下で整備されている制度ですが、それは特許権に風穴を開けることに繋がる、即ち、特許権を弱体化させるといった側面を有しています。中国に於いても、制度は準備されていても、過去、強制実施権が発動されたことはなく、また、実際に、特許の係争が発生したような場合には、日本と同様、先ずは、当事者による協議によって解決を最優先に考えるというスタンスをとっています。その意味からも、この時期に中国の「強制実施権」制度を検討するのは机上の空論に近いといってもいいかもしれません。

このような背景をベースに、一つは、エボラ薬という特殊性に鑑み、国の安全・公衆衛生にも関することであり、従って、国とのかかわりが強いビジネスであることから、中国に於いては、中国企業との連携によりビジネスを進めた方が、日本が見出した医薬品によって中国およびその関連諸国でより広範囲に貢献することが可能になると思わること。二つめは、中国企業と連携する場合の提携・ライセンス等の経済条件等については、上記の強制実施権の枠組みがボトム・ラインとなりえますが、その何れもが、現時点(2015 年 3 月)では、要件を満たしていないと言えることから、そのようなボトム・ラインに縛られない交渉が可能となりえるので、出来るだけ早く真剣な交渉を開始すべきこと。そして最後に、知財立国の先輩国としての日本の考え方を強く主張した上で、特に医薬品の R&D の将来の推進を強く視野に入れて、経済条件を含め、決着すべきと考えます。

尚、上記で挙げた要因以外に、成立した特許の有効性、特許の残存期間、中国企業による先使用権の成立性等、諸々の事項について検討の上、提携交渉がなされる必要があることを付言します。
以上

1.中国での特許侵害と裁判所

第三者が自社の特許(以下、実用新案権、意匠権も概念として含める)を侵害する製品を製造・販売している等の侵害行為をしている場合、その救済を求めるに当たり、中国では2つのルートがあることを2月度のメモで紹介致しました。特許侵害の救済については、日本では特許法第100条以下に定められていますが、中国では、特許法第60条以下に規定されています。この第60条の構成ですが、法は先ず、①当事者の協議による解決を求めています。①の協議を望まない、又は不成立の場合に、②司法ルート及び③行政ルートで救済を求めることが出来るとしています。②の司法ルートは、日本と同様の制度で、裁判所での解決を図る手法です。日本では、特許侵害事件については、東日本は東京地裁、西日本は大阪地裁が夫々管轄しています。一方、中国では、第一審は原則として、全国に70以上ある中級法院の管轄となりますが(省の数は22、自治区は5、直轄市は4)、訴額が大きい(30億円相当以上)場合には、第一審は高級人民法院となります。中国の特徴的なところとして、2審制が挙げられます。第一審の中級の判決に不服の場合は高級人民法院に、第一審が高級人民放任の場合は、最高人民法院(北京)に上訴し、其々、第二審でも事実審理がなされ、最終審となります。上海について言えば、2つの中級人民法院があり、例えば、被告として上海の浦東にあるハイテク・パーク(張江ハイテク・パーク)内の企業を訴える場合には、上海第一中級人民法院に訴え出ることができます。その判決に不服の場合、上海市高級人民法院に上訴し、そこが最終審となり、上海市内での裁判で完結することになります。裁判では、「侵害行為の差し止め(製造、販売の禁止)」、「損害賠償」の救済が得られますが、日本で認められる「信用回復」の措置(新聞紙上への謝罪広告等)(日本特許法106条)は認められません。

2.特許侵害と行政救済

さて、中国の特徴的な制度として、③行政ルートがあります。2月号で説明したように、特許侵害行為を取り締まる権限を有する地方政府内の特許事務管理部門に対して、事件処理の申し立てをすることが出来る制度です。上海では、例えば、前期のハイテク・パーク内の企業を対象とする場合には、上海市内にある「上海市知的財産局」に申し立てることになります。当該地方の知的財産局は、事実認定を踏まえて、侵害が成立する場合には、製造・販売等の差し止めの命令を発することができます。当事者が当該処理判断に不服の場合は、人民法院に行政訴訟を提起することが出来ます、また、行政ルートでの解決が不十分な場合、別途、裁判所に侵害訴訟を提起することも可能です。損害賠償については、行政ルートでは、その判断・裁定がなされませんが、当事者の求めがあった場合、賠償額について両当事者間の同意を促す調停を行うことができます。当該調停が成立しない場合には、当事者は、民事訴訟を提起することが可能です。

商標の場合は、中国商標法第53条以下に侵害に関する規定が置かれています。全体のコンセプトとしては、上記の特許侵害事件と同様ですが、行政ルートのところが、少し、異なります。特許の場合は、地方政府の知的財産局に処理を求めますが、商標は、商工行政管理局が担当します。また、そこでの審理の結果、発せられる命令の内容として、侵害の停止命令に加えて、罰金を課すことが可能です。尚、損害賠償額の調停については、特許と同様です。

行政ルートについては、即効性、柔軟性の利点が挙げられます。展示会を例に挙げて説明しますと、上海にも巨大な国際展示場が複数あり、様々な展示会が行われ、賑わっていますが、例えば、その展示会場で他人の意匠(デザイン)を勝手に使用して宣伝している等、知的財産の侵害(販売の申し出)がなされていた場合、権利者は、上海の知的財産局に処理の申し立てをすることが出来ます。意匠、商標等、その侵害が比較的明らかなような案件の場合、柔軟な対応により短期間で差止の処分が行われうる等、即効性が期待できます。上海は、海外に開かれた大都市で海外の企業に対しても比較的に公平な判断がされうる土壌にあると言われていますが、これに対し、地方都市の場合は、地方保護主義の存在に注意する必要があります。侵害者の地元を管轄する政府は、地元企業を保護する傾向にあり、行政ルートでの侵害処理にも海外の権利者にとっては難しい面があると言われています。また、地方での裁判ルートも同様で、裁判官が当該地方の人民代表大会の常務委員会によって任命されることから、更には、二審制により、多くの場合、当該省内の裁判所で裁判が完結することから、地方政府、人脈の影響を受けやすく、地方保護主義の影響が強いと言われています。

※ この記事の内容は2015年現在の制度に基づいており、最新の状況は新しい記事をご確認ください。

<前回の記事>

日本では特許庁が特許の主管庁として出願を受理し、審査、特許権の付与の業務を行うと同時に、特許政策の立案を主導しています。一方で、知的財産権の侵害事件等は、裁判所での処理、即ち、侵害に対する停止、損害賠償の請求等の救済措置は裁判所で実現、解決を図っていく制度をとっています。

さて、中国ではどうでしょうか?日本の特許庁に該当する組織、国家知的財産局が北京にあります。そして、侵害問題は、裁判所で解決を図っていくことが勿論、可能です。中国特有な制度として、それに加えて、行政による救済です。日本でも、昔は、護送船団方式とかの呼び名で、政府が企業活動に口出しをしておりましたが、今の中国、行政が企業活動に対して強い影響力を行使していると言われています。企業の行為に問題がある場合には、行政機関として工業生産・商業、製品品質、食品・医薬品、環境、税務、関税、外貨管理、労務社会保障等を担当する政府の各行政部門が企業に対して調査・処罰権を有しています。そして、企業が知的財産権の侵害行為にかかわった場合も、行政機関が対応、関与してきます。

行政といった場合、日本では中央の行政のコントロールが強すぎるので、それを改めるといった議論がされますが、一方で、中国は、なにせ、13億の人口を抱え、日本の国土の25倍、多民族国家で、地域によって経済事情が異なっていることから、地域特有の対応をする必要性もあり、その意味で、地方政府もある意味で大きな力を握っています。ですので、中央政府に加えて、その地方政府も企業活動に様々なレベルで介入??してくる、といった多重構造になっています。特許面では、どうか?日本との違いは、先ず、中国特許法の§4に特許行政を司る政府部門として、中央政府の行政部門と地方政府の特許事務管理部門の其々の職務権限・範囲の概略が規定されていて、実施細則には、地方政府の特許事務管理部門の職務分掌が規定されています。実際の組織の名称としては、前者は、国家知的財産局、後者は、例えば、上海の場合、上海市知的財産局と呼ばれます。上海は、直轄市であり、地方としての各省に設けられているーー知的財産局と同列の組織です。

国家知的財産局は、前記の通り、日本の特許庁をイメージしていただくとして、さて、地方政府の上海市知的財産局の職務分掌は? 日本には明確に存在しない組織ですので、注意が必要です。その一つの役割が、上記で言及した侵害問題が発生した際の、侵害行為の停止命令の措置、及び損害賠償の調停をすることが出来る権限です。さて、その詳細は、次回に。

<次回の記事>

日本側の声として、中国企業とライセンス契約を締結して、特許・ノウハウ技術のライセンスを許諾したけれど、一向に契約通りに履行してくれない。ライセンス契約上、中国企業(ライセンシー)から支払われる契約金(upfront money)も日本側の銀行に入金されるまで、果たして支払ってくれるのか否か、読めない、そういった不審の念を抱かれている方も多いと思います。然しながら、そもそも、契約の締結に至るまでに、日本側から契約条件の一方的な押し付けといったようなことは無かったでしょうか? 中国の法制度をきちっと理解した上で、契約交渉がなされたでしょうか? それを知っていれば、同じ条件を別角度から契約に落とし込んでいったかも知れません。今回は、先ず、中国企業とのライセンス契約に適用される中国法の概観、及び、契約登録制度について説明した上で、次回以降のテーマに繋げて、中国企業がキッチリと履行できるような契約の締結する為の道筋を探っていきたいと思います。
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1.発明の場所と日本・米国特許法

日本国内の研究所等で生まれた発明は、どこの国で最初に特許出願をしようと、これは、出願人の勝手です。米国の企業が、日本にある研究機関に研究を委託して、そこから発明が生まれたと仮定しましょう。米国企業と日本の研究機関の両者間の契約で、当該委託研究から生まれた発明は米国企業に帰属すると合意していれば、米国企業は、当該発明を自己の名義で特許出願して権利化することができます。その際、米国企業は、最初の特許出願を、日本でするのか、それとも米国でするのか、自己の都合で、自由に決定することが出来ます。

一方で、米国国内で生まれた発明については、米国特許法の下で、先ず、米国での出願が求められます。それを望まず、海外(例えば日本)で先に出願したい場合には、米国特許庁に発明の内容を説明する書類を提出して、先に海外出願することの許可をとる必要があります。

2.中国国内で生まれた発明と中国特許法

では、中国国内で生まれた発明については、中国特許法の下では、どの様な取り扱いを受けるでしょうか? 米国の制度と同様です。中国で先ず、特許出願を済ませていれば、その後に海外(中国国外)に出願することができます。然しながら、海外で先に特許出願しようとする場合には、中国特許庁に秘密審査を請求し、事前の許可を得る必要があります(中国特許法§20)。中国国内で生まれた発明が武器等の国防に関わる発明、又は中国の国益に重大な影響を与える発明の場合には、中国の制度上、国防特許出願又は秘密特許出願と認定され、国益保護の為に出願は公開されません。当該発明に該当するか否かは、秘密審査という手続きを経て確認されます。ここで、もし、自由に海外出願を認めると、それによって申請された海外の出願が自動的に公開され、秘密が守られなくなってしまうことに繋がるので、このような制度をとっているとされています。もし、中国特許庁の事前許可を得ずに海外出願した場合、その後、当該海外出願に基づいて出願された対応の中国出願は、特許されませんし(§20④)、たとえ特許されたとしても無効となりえます(§45、実施細則§65)。

3.中国で生まれた発明への出願対応

さて、日本の企業が米国の研究機関と組むことによって米国国内の研究所等で生まれた発明については、米国特許法の要請に従って、米国で最初の特許出願をすることについては、あまり、抵抗感がないと思います。一方で、中国で生まれた発明については、最初に中国へ特許を出願するとなると、それは、中国語での出願となり、心理的な?抵抗もあるかもしれません。

一つの例ですが、日本企業が自社の新製品の特性についての試験データを取得する目的で中国の研究受託機関に試験を委託した場合を例にとって考えてみましょう。日本企業及び中国の研究受託機関の間で事前に委託契約を取り交わし、その中で、当該研究機関が試験の実施により生まれたデータの所有権は、研究費を負担している委託側(日本企業)に帰属させる、と定めていくのが、一般的な手法だと思います。その場合、当該日本企業が中国で生まれたデータをそれ以降に提出される特許出願の実施例に何らかの形で盛り込んで使用する場合、すこし、微妙な問題が含まれます。中国側に研究を委託する前に日本側で発明の構想が練られた上で、そのデータ取りのみを中国の研究機関の研究テクニシャンに依頼する場合、中国テクニシャンは発明者として認定されないでしょうから、そのデータは中国国内で完成した発明には該当せず、問題は起こりません。しかしながら、中国側の研究テクニシャンが発明者と認定され、日本側の研究者との共同発明が成立する場合はどうか、それは、貢献度の問題で、中国側の発明者の貢献度が比較して高ければ、中国国内で完成した発明とされます。その場合には、たとえ当事者間の契約によって、当該発明が日本側に帰属すると定められていたとしても、上記の§20に従った処理が必要となります。即ち、先に中国で特許出願をするか、それを望まない場合、中国で秘密審査を受けてから海外(日本)出願をせねばならないことになります。

日本企業が自己に関わる発明で、それが米国国内の研究機関等で生まれた発明を特許出願する場合には、米国の発明者と自己が指名する米国の特許専門家の間で直接、議論してもらった上で出願明細書を作成、日本側がその明細書の英文版をチェックした上で、米国特許庁に特許出願する、そういった仕事の仕方をすることになっているでしょう。さて、今後、日本企業にとって、自己に関わる発明で、それが中国の研究機関で生まれた発明、即ち、中国産の発明が多く生まれてくることが予想されます。その中国産の発明の特許出願をする場合を想定して、中国の研究者と中国の特許専門家の間で中国語の出願明細書を作成、それを日本側がチェックする、そういった体制を早く作っていくことを考える必要があると思います。日本には、中国人の特許専門家、少なからずいらっしゃいますが、中国には日本人の特許専門家、限られているといった印象です。いつやるの?今でしょ!

以上

1.特許を受ける権利と権利帰属

前回No.2では、職務発明の日中間の視点の違いを採り上げ、職務発明に関わる権利は、日本の特許法では発明者に帰属、一方、中国では発明者が所属する企業に帰属するとされていることに始まり(特許法§6)、発明者への報奨金等の支払いの考え方の説明をしました。ここで、職務発明に関わる権利と表現しましたが、この権利は、日本の特許法では「特許を受ける権利」と呼ばれています。会社で発明が生まれた場合、日本では、会社は、発明者から職務発明についての「特許を受ける権利」の譲渡を受けた上で、当該権利に基づいて、自己の名義にて、日本を含む各国に特許出願をします。会社は、「特許を受ける権利」を有する特許出願人として、各国特許庁で審査を受けます。 特許要件を満たしていると判断されれば、特許権が付与されて、会社は、特許出願人から特許権者へと立場が変わります。

このように「特許を受ける権利」は、発明者が発明を完成した時に生まれ、特許出願後、審査を経て、特許権が成立するまでを指す権利です。 さて、中国では、どうでしょうか?中国では、発明者が発明を完成した時に生まれる権利は「特許出願することが出来る権利」(申请专利的权利)です。 当該権利は、会社に原始的に帰属しますが、会社が特許出願をすれば、それ以降は、「特許出願権」(专利申请权)と呼ばれます。そして、特許が成立後は、日本同様、「特許権」です。 このように日本の「特許を受ける権利」は、中国では、二分した概念となり、前半の発明完成から特許出願までを「特許出願することが出来る権利」(特許法§6)、後半の、特許出願後、特許成立までを「特許出願権」(§10、§15)と呼びます。

発明は色々な枠組みから生まれますが、自社の研究所でなす自社研究、第三者との共同研究、第三者への委託研究(例えば、公的な研究機関、CRO等の研究受託企業への研究の委託)から生まれることが想定されます。其々の場合、法律上、当該発明の「特許を受ける権利」がどこに帰属することになるのか、を、我々は、押さえておくことが重要です。それが自社にとって不都合な場合に、相手方との契約によって、法律に従った帰属関係に修正を加えて、自己の有利なように、例えば、自社に帰属すると、契約で規定していくことが必要になってきます。

2.権利帰属 / 中国特許法

1)職務発明と権利帰属

中国法の下では、法律上、自社研究の場合(日系の中国子会社を含めた中国の企業が中国国内で研究する場合)、自社研究者の職務発明についての「特許出願することが出来る権利」は会社に帰属します(特許法§6)。 企業経営の視点に立てば、中国国内で自社研究を行う場合、職務発明である限りは、会社に帰属するので、権利の帰属については特段の問題なし。

2)共同研究と権利帰属

次に、中国で第三者と共同研究を実施する場合、法律上は、原則、両者の共有とされているものの、一方の会社の研究者のみが、発明の創造性(日本の進歩性の概念)の創出に寄与し、他方の会社の研究者の寄与がなく、ある一つの発明が完成した場合は、当該発明者を出している会社のみに権利が帰属するとされています(特許法§8、契約法§340)。 一方で、中国法には、当事者が共同研究契約等の中で、権利の帰属について規定したような場合には、当事者の合意が優先する旨、定められています(特許法§8)。従って、契約当事者の意向として、発明がどちら側の会社の研究員によって完成されようとも、特許権を両者の共有ということにしたいのであれば、若しくは自社で100%の権利を取得したいのであれば、その旨、両者間で合意し、契約で規定する必要があり、また、法律上も、当該合意が優先します。

3)研究委託と権利帰属

次に、中国で第三者の研究機関に研究を委託する場合、たとえ、委託者が研究費等の資金の全額を負担し、更には基礎となる関連情報・データを提供したとしても、受託者の研究者のみが発明者と認定されるような仕事をして新たに発明が完成されたような場合、法律上は、当該発明についての「特許出願することが出来る権利」は、発明を完成したもの、即ち、受託者に帰属することになります(特許法§8、契約法§339)。 しかしながら、当事者間にとって、それが不都合な場合、両者の契約によって、これと異なった権利帰属関係を約定することは、法律上、許されています。ですので、研究を中国の企業に委託する際、日本側が、中国の企業に対し当該研究をするに十分な資金を委託研究費として支払う場合には、日本側は、当然、「特許出願することが出来る権利」(特許を受ける権利)を含む成果物は日本側に100%帰属すると理解しているでしょうから、その旨、契約に明確に規定しておく必要があります。何も規定していなければ、発明をなした者、即ち、受託者の物となり、委託者は一切の権利を有しません。

中国では、1980年代以前は、全ての研究、発明は、国の計画経済に基づいて、国家が各研究機関に資金を提供し、一種の委託研究の形で、即ち、国が研究機関に研究を委託する形で、“全て”の研究がなされていました。もし、法律によって、研究の成果としての発明についての「特許出願することが出来る権利」は委託者に帰属する旨、定めてしまうと、全ての特許権が委託者としての国に帰属することになってしまします。それを避けるために、実際に発明をなした者、即ち、受託者に発明の権利を帰属させるとの原則が法律に明記されている、と、その歴史的な背景が説明されています。ただ、前記したように、これは、あくまでも、当事者間で、権利の帰属について契約で定めていなかった場合の話であり、契約で、権利は委託者に帰属すると定めてしまえば、当該当事者間の合意が優先します。

4)日中間の共同研究・研究委託契約に於ける権利帰属の規定

日本側が中国側に研究を委託する場合、様々な枠組みがあると思います。例えば、日本側で発明が完成しており、商品化に向けた実証データを取る(既に見出されて発明が完成している新規医薬化合物について、動物でのGLP毒性データを取る)といった場合、実証データは生まれても、発明が生まれることは、想定されていません。その場合、万一、発明が生まれたとしましょう。委託契約にその所有権の帰属について何ら定めがなければ、日本側が発明の創造性の創出に何ら寄与がない場合(日本側の研究者が発明者として認定されないような場合)、法律上、発明の「特許出願することが出来る権利」は、中国側に帰属することになります。 また、委託研究の目的となる当該データの帰属についても、契約に何ら約定がない場合、中国側が委託者と同等の使用権等を有することになります(契約法§341)。研究資金を全額、日本側が負担する場合であっても、何ら契約上の規定がない場合、中国側が当該発明の所有権を握り、且つ、データについては一定の使用権を有することになりますので、この点、留意して契約で、権利帰属・使用権について、明確に定めておく(日本側に帰属すると定める)必要があります。この点は、日本国内取引の実務でも当たり前のことだと思います。

尚、中国の企業・研究機関と日本企業間の委託研究契約、共同研究契約の準拠法が日本法の場合、上記の中国法の考え方の適用はないとも言えますが、中国企業・研究機関との契約の基本条件の枠組みの協議・ネゴ―シエーションに当たって、中国側の発想の出発点はどこにあるのかを知っておくことは、円滑に最終合意に持ち込む為にも非常に重要です。また、準拠法が契約交渉の最終段階で交渉の結果として、日本法でなく中国法が採用されるような場合も想定しておく必要があり、共同研究等の契約の1stドラフトの段階から、中国法の枠組を理解した上で、起案していくことが重要だと思います。また、共同研究契約を締結するにあたって、日本側から中国側への技術の導入が含まれている場合、更には共同研究の対象となる技術が中国政府が技術の導出入に規制をかけている特定の技術分野に関わるようなには、中国政府・商務局への届出が必要な場合もあるので、あらゆる場合を想定して、権利の帰属については、契約に明示的に規定しておくことが肝要です。

従来、日本企業は、日本・欧米の企業・研究機関のサイエンス・技術レベルの高さを反映して、共同研究の相手先は、日系、欧米系の企業であることが多く、共同研究契約の基本条件等の枠組みも、日本法、英米法の環境下に、思考していけば良かったように思います。然しながら、中国の企業・研究機関のサイエンス・技術面での台頭が予想される中、中国の企業・研究機関の存在も無視しえない時代が近づいてきており、中国法・規制、中国ビジネス環境下での制約等を視野に入れて考えていく時期に入ってきているように思われます。尚、共同研究の枠組み、更には、ライセンス契約下での研究開発活動の成果としての発明が日本側と中国側の共有、との合意がされることがありますが、特許権の共有について、日中間に考え方の違いがありますので、次回以降に説明したいと思います。