中国ライセンス―海外からの視点


最終更新日: 2021/04/24

新製品を生み出す為に必要とされる基礎技術がより広範に、そして、より高度になってきており、これら全ての基礎技術を自社で開発・獲得し、単独で新製品の創出をしていくことは、非常に難しい時代になってきています。そこで、世界的な潮流として、オープン・イノベーションという概念が形成されています。中国は、「世界の工場」としての地位を基盤に、「世界における重要な商品・サービス市場」としての位置づけの認識が深まり、今後は、「世界の研究開発基地」としての飛躍が期待されているところです。そういった環境下、中国でも、他の会社・組織と連携しつつ新製品の創出を図る、オープン・イノベーションを積極的に図っていく必要性があると言われています。

このオープン・イノベーションを進めていく上でのリーガル・ツールの一つが、「技術契約」です。特許・ノウハウ等に関するライセンス契約、共同研究開発契約等がこれに含まれます。中国企業・組織がオープン・イノベーションを推進するに当たって、相手方は、国内企業に限定されず、今後は、海外企業との研究・開発分野での連携が非常に重要になってくると思われます。海外の企業との合作に当たって、よく中国の“特殊性”が語られますが、特殊であるといって逃げるのではなく、中国企業・組織がここまで発展してきている土台となっている今の社会の土壌・枠組みを海外の企業にキッチリと説明して、理解を求めていくことが重要であると思います。そうすることにより、早い段階で海外の企業・組織との間で信頼感を樹立していくことが可能になるからです。特にオープン・イノベーションは、研究開発行為の一環である以上時間が勝負となりますので、不信感を解決せずに蓄積していくことは禁物です。

本稿では、オープン・イノベーションのリーガル・ツールとしての「技術契約」を海外の企業と締結していく上で、外国人にとって分かりにくい中国の法構造・制度、取引・金銭感覚等について、新技術の特許に関する「ライセンス契約」を例に挙げて説明していきたいと思います。中国側として、海外企業が分かりにくい所を予め理解していれば、自分が提示する契約条件を主張する際に、より説得性のある説明が出来ることに繋がります。

1. 中国におけるライセンス契約の「感覚」

1-1) 技術の対価の額の相場感

製品の取引であれば、基本は、製品を譲渡した時に対価が一括払いされることが基本ですが、技術の取引の場合には、ライセンス契約の締結後、技術を引き渡し、ライセンシーが開発をし、商品化の上、製造販売という流れを辿ることから、国際間の取引に於いては多くの場合、例えば、契約時のアップフロント、開発段階のマイルストーン、製造販売段階の毎年のロイヤルティー支払いの構造を取ることになります。所謂、ライセンシーの実績ベースによる分割・延払い方式です。
ライセンシーにしてみれば、技術の供与を受けても開発段階は利潤を生まず、開発費の負担を強いられることから、販売開始前の開発等の段階で対価を支払うことについて理解しづらい、というのが多くの中国側の思いだと思います。
一方で、海外の企業は、長期の継続的な研究開発の投資によって得られた果実としての技術ですから、その技術の使用許諾を約するライセンス契約の締結時に相当額のアップフロントが支払われるのは当然であると考えている場合も多々あります。
時間が勝負という意味で、取引価格を早期に合意に持ち込むためには、海外の企業が中国の理解を深める必要があることは言うまでもありませんが、中国側も、中国企業が巨大な中国市場をバックにしているのですから、発売後に海外の企業(ライセンサー)に支払われるロイヤルティーの額に期待が出来る等、中国側の考え方を相手方に説明すると同時に、海外の相手方の考え方もより深く理解する努力をするといった精神がとても重要だと思われます。

1-2) 長期契約の履行

技術に関する特許ライセンスの場合、そもそも特許の期間が20年ですから、長期の継続的な契約となります。中国は、世界でも稀な広大な地域と膨大な人口を抱えた多様性に富んだ社会であり、そのような長期契約を守る企業もあれば、中にはそうでない企業もあり、千差万別。海外企業の視点に立てば、もし契約を守ってくれない中国企業に遭遇した場合、果たして自分たちの権利は保証されることになるのであろうか、そこの危惧が出発点となっています。
中国では、国家による枠組みの整備は、他国に類を見ない程変化が早く強力であって、それは、知的財産の重視、それは、中国特許庁(SIPO)の体制の整備、知的財産権裁判所の強化、法治主義の徹底の運動の推進等に現れています。そういった社会の動きを海外の交渉相手の企業に説明し、長期契約がカバーする期間中における中国社会の方向性を説明していくことが重要だと思います。契約交渉はどのような場合であっても、そもそも双方の疑念が原点にありますが、相手方の疑念を払拭する為に、機会あるごとに、このような中国社会の方向性を説明していくようにすれば、海外企業との合意形成がより円滑にすすむと思われます。

2. ライセンス契約を取り巻く法構造・制度:

2-1) 中国の制度
中国法制度の下では、契約法(合同法)の中で、「ライセンス契約」(技术转让合同)が典型契約の一つとして挙げられており、ライセンサーの負うべき保証義務等に関し、数々の規定が置かれています。そして、技術契約に関する司法解釈(注、「技術契約紛争事件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈」)の中で、契約が無効となる契約条件、即ち、違法な技術独占等に該当する契約条件が列挙されています。海外の企業から技術導入する際には、更に、「対外貿易法」、「技術輸出入管理条例」が適用され、そこには、ライセンサーとライセンシーの夫々が負うべき義務等について、更に詳細に定められています。その上で、これらの条件を満たした契約書を当局に登録することが義務付けられており、特に、ライセンス契約の下で、アップフロント等の対価を海外企業に海外送金する為には、この登録が必須となっています。その際、ライセンス契約の中国語版(原本が外国語の場合には中国語の翻訳文)の提出が求められます。一般に、海外の企業で、中国語を理解できる社員を抱えているところは多いとは言えず、また、国際間のライセンス契約で中国語が正本となることは稀ですから、契約書の翻訳文の提出は、海外企業にとってみれば、多くの負担とならざるを得ません。

2-2) 海外の視点と対応
他方、米国、日本を含め、現在の技術の輸出国において中国の契約法に該当する法律では、「契約自由の原則」が深く貫かれており、また、ライセンス契約を典型契約として、こと細かな規制をしている国は稀であります。従って、外国の企業は、前記のような中国の法律構造、更には、ライセンス契約の政府部門への登録の必要性等に先ず、戸惑いを覚えることになります。このような法律制度を取っている目的の一つとして、ライセンシーとしての中国企業を保護するといった背景もあるわけです。従って、外国企業との契約交渉に当たっては、外国企業が提示する契約条件は、中国法に違反するから、そのような契約条件は受け入れられないというような主張よりも、寧ろ、一企業(ライセンシー)の立場として、ライセンス対象となる技術を中国市場でビジネス化し、双方の利益を極大化する為には、海外企業の要求する契約条件は、これこれの理由で受けられない、合理的でないと説明の上、対案を提示していけば、海外企業の理解がより得やすくなるように思われます。その際に、中国法が求めているライセンサーの負うべき義務等の規定を勘案しながら対案を提示すれば、自ずと、自己の権益が守られることに繋がるわけです。

2-3) 独禁法(反垄断法)
上記の契約法を含めた中国の法制度の下で規制されている中で、特に、違法な技術独占行為等は、他の技術の輸出国では、独禁法の下で規制されています。そして、その独禁法の下で、各国ともガイドラインが公表されており、また、それに基づいて判決・審決等が重ねられており、ライセンス契約当事者が契約条件を策定する際の指針となっています。一方、中国では、独禁法の下で、上記のガイドラインに対応する規定(知的財産権の濫用、競争の排除・制限行為の禁止に関する規定)が公布(2015年4月7日)されたばかりであり、その運用の積み重ねがないのが現状です。昨今、海外企業も含め、中国の独禁法の下での、中国当局による摘発強化に注目されていますが、特許権の権利行使の一形態である、ライセンス許諾に関する契約を締結するに当たって、当該契約が締結後、中国の独禁法の下で、将来どのような取り扱いを受けることになるのか、不透明であると言え、この点、懸念が残っています。然しながら、公表された規定を見る限りは、ライセンス契約については、契約法、対外貿易法の枠組みを大きく超えるものではないので、海外企業に対して、積極的にその旨、説明していく必要があると思われます。

3. おわりに
新製品の創出に繋がる研究開発は時間が勝負であります。それを実現する為のオープン・イノベーションのリーガル・ツールとしての技術契約を如何に早く、実効性ある内容で合意に持ち込めるか、それは、中国企業と海外企業の間で、契約交渉の早期の段階で、相互の信頼感を如何に形成していくかにかかっていると思います。中国企業が海外企業との技術契約交渉に当たって、海外企業の持っているある種の不安感を払拭していくことが非常に重要であり、上記の説明した諸点を勘案の上、積極的に説明責任を果たしていくことが求められていると思います。

Author Profile

川本 敬二
弁理士 (川本バイオビジネス弁理士事務所(日本)所長、大邦律師事務所(上海)高級顧問)

藤沢薬品(現アステラス製薬)で知財の権利化・侵害問題処理、国際ビジネス法務分野で25年間(この間、3年の米国駐在)勤務。2005年に独立し、川本バイオビジネス弁理士事務所を開設(東京)。バイオベンチャーの知財政策の立案、ビジネス交渉代理(ビジネススキームの構築、契約条件交渉、契約書等の起案を含む)を主業務。また3社の社外役員として経営にも参画。2012年より、上海大邦律師事務所の高級顧問。現在、日中間のライフサイエンス分野でのビジネスの構築・交渉代理を専門。仕事・生活のベースは中国が主体、日本には年間2-3か月滞在。
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