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中国バイオ・医薬品イノベーションの再構築

人工知能(Artificial Intelligence)は、かつてない力であらゆる産業に浸透し、再構築を進めている。人類の健康に関わるバイオ・医薬品分野も例外ではなく、AIが駆動する深い変革の真只中にある。

急成長する医療AI市場

世界的に見ても、医療AI市場は急成長を続けている。Grand View Researchのデータによれば、2024年の医療AI市場規模は約192億米ドルに達し、約38.5%の年間平均成長率(CAGR)で拡大を続け、2030年には数千億ドル規模に達すると予測されている。この潮流の核心的な推進力の一つは、創薬プロセスの加速、研究開発効率の向上、失敗リスクの低減においてAIが示す巨大な潜在能力である。

中国におけるAI創薬の台頭

中国に焦点を当てると、AI創薬分野のスタートは相対的に遅れたものの、「膨大な人口データ」という優位性、国によるAI技術と革新的医薬品開発の双方に対する政策的な後押し、AI分野の急速な発展、そして資本市場・投資家の継続的な関心により、市場は徐々に開拓されつつある。将来的には50億人民元(約100億円)を突破する可能性がある。蒸気機関が最初に発明されたのは米国ではない。しかし米国は、産業・人材・資本における優位性を活かし、蒸気機関技術を産業生産に最大限に応用した結果、20世紀の奇跡を創造した。

AI技術が世界を変える力は、個別企業の収益を増やすことだけにとどまらない。その真の力は、AI技術が様々な産業と密接に結びつくことにある。中国には、AIを大規模に活用する上で最も重要な強みとなる、非常に完備された産業基盤が存在する。

恒瑞医薬(Hengrui Medicine)などの国内大手製薬企業は既にAI活用を評価体系に組み込み、雲南白薬(Yunnan Baiyao)、復星医薬(Fosun Pharma)なども相次いで参入しており、業界がAIによる変革を積極的に受け入れている姿勢を示している。

I.AI技術:創薬プロセス全般を貫く「スーパーエンジン」

従来の創薬プロセスは長い時間と困難性を伴い、平均で10年以上の歳月と巨額の資金を要する上、成功率は極めて低い。AI技術の深い関与は、この歴史ある研究開発産業の各主要プロセスにおいて、かつてない推進力と効率化をもたらす「スーパーエンジン」として機能している。それは、初期探索から臨床開発に至る全プロセスに影響を及ぼしている。

ターゲット同定と検証

創薬の出発点は、疾患に関連する生物学的ターゲットの同定と検証にある。従来の手法は大量の実験スクリーニングや手作業による文献調査に依存しており、効率が悪く見落としも発生しやすい。AI、特に機械学習と自然言語処理(NLP)技術は、強力な情報統合・分析能力を発揮する。膨大な生物医学文献、ゲノミクスデータ、タンパク質構造情報、臨床データなど、多様なソースからなる異種情報を迅速に学習、理解、関連付けることで、  新規かつ有望な創薬ターゲットを効率的に同定し、その創薬適性(drugability)についても初期的な知能評価を行う。複雑な遺伝子発現ネットワークと疾患状態の関連性を分析することで、特定のタンパク質が薬物標的として有効かつ安全であるかを予測できる。

リード化合物の探索と設計

ドラッグ・ターゲットが確立・選定された後、それと効果的に結合し期待される生物学的効果を生み出す「リード化合物」を探索することが創薬の中核的なステップとなる。  仮想スクリーニング(Virtual Screening)は、深層学習モデルを用いて低分子と標的タンパク質との結合親和性や結合様式を予測し、数百万から数十億もの化合物を含む仮想化学ライブラリーを高速でスクリーニングすることで、実験スクリーニングの時間とコストを大幅に削減する。  創発的創薬設計(de novo Drug Design)は生成AIモデルを活用し、既存の化合物ライブラリーの制約から脱却、全く新しい化学骨格を持ち、理想的な薬理特性と良好な創薬適性(最適化されたADMET特性など)を備えた分子構造を直接生成し、革新的な医薬品発見の新たな道を開く。

リード化合物の最適化

リード化合物から開発候補となる有望な先導化合物への最適化プロセスにおいて、AIモデルは分子構造の微細な変化が生物学的活性、選択性、および吸収・分布・代謝・排泄・毒性(ADMET)などの重要な特性に及ぼす影響をより正確に予測する。これにより、創薬化学者がより効率的かつ方向性を持った構造修飾と最適化を行うことを可能にし、  先導化合物の反復最適化サイクルを大幅に加速  する。例えば、中国の  「騰邁医薬(TandemAI)」や「康邁迪森(CommedX)」は、そのプラットフォーム能力を活用し、世界的な製薬企業にこうした効率的な先導化合物最適化サービスを提供している。

有効性と安全性予測

大規模な構造-活性/毒性関係データを用いて訓練されたAIモデルは、従来の方法よりも信頼性が高く候補化合物のADMET特性、特に心毒性、肝毒性などの重要な安全性指標を予測できる。細胞株、オルガノイド、動物モデルなど多面的な実験データと組み合わせることで、AIは薬物が生体内で示す潜在的な有効性を予測するより複雑なモデルを構築することも可能である。さらに、AIは患者のマルチ・オミクスデータと薬物反応の関連性を分析する能力に優れており、  有効性予測や受益者集団のスクリーニングに用いるバイオマーカーの発見に貢献する。これは、その後の臨床試験の精密な設計と成功のための確固たる基盤を築く。

図1:中国におけるAI創薬関連企業

臨床開発の効率化と精度向上

臨床開発は創薬プロセスの中で最も投資規模が大きく、サイクルが長いプロセスであり、AI技術の応用価値がますます顕在化している重要領域、特に  試験効率と精度の向上  においてその真価を発揮する。AIは膨大な過去の臨床試験データとリアルワールドデータ(RWD)を分析し、  臨床試験プロトコルの知能的(インテリジェント)な最適化  を支援できる。例えば、より科学的な用量選択、エンドポイント設定、さらには仮想対照群のシミュレーションなどが可能となり、試験設計の科学性と成功確率を高める。患者募集という従来からの難題においては、NLP技術を用いて電子カルテ(EHR)などの臨床テキストデータを処理することで、AIは、複雑な選定基準に合致する潜在的な被験者を迅速かつ正確に識別し、募集期間を大幅に短縮する。これは特に希少疾患や特定の分子マーカーを必要とする腫瘍試験などで極めて価値が高い。試験過程では、AIはデータの自動処理・分析、  リスクのリアルタイムモニタリング、患者脱落の予測なども行える。さらに重要なのは、AIによって発見された予測的バイオマーカーに基づき、より精緻な患者層別化が実現可能となり、薬剤を最も恩恵を受ける可能性の高い集団に適用できることである。AIを駆動するCRO(受託研究機関)企業は、AIベースの臨床試験の最適化関連サービスを提供し、製薬企業の臨床開発効率向上に貢献している。同時に、AIは膨大なリアルワールドデータから価値あるリアルワールドエビデンス(RWE)を抽出し、医薬品の適応症拡大、治療ガイドラインの最適化、市販後調査を支援する。  こうした応用の有効性は、特に中国のような人口・患者数規模が大きく、特有の臨床実践特性を持つ市場では、高品質で深く統合されたローカライズされたリアルワールドデータに大きく依存している。 

AI駆動型データサービスの台頭

このような背景のもと、AI医療におけるデータの核心的価値を認識し、AI駆動型データサービスが台頭している。これは医療データの価値を掘り起こす「新たなインフラ」と言える。このビジネスモデルは、高品質な医療データセットの構築、ガバナンス、提供に特化し、AIモデルのトレーニングやバイオ医薬研究の基盤となる「燃料」を供給する。提供されるデータの種類は多岐にわたり、病院の日常診療記録に基づくリアルワールドデータ(RWD)、臨床情報と関連付けられた  ゲノミクス/マルチオミクスデータ(WES、WTSなど)、特定疾患を深く追跡した  専病コホートデータ、そして臨床、画像、病理、ゲノムなどの多次元情報を統合したマルチモーダルデータセットなどが含まれる。「医渡科技(Yidu Tech)」はこの分野の代表的な企業の一つであり、公衆衛生とリアルワールドビッグデータ構築に注力している。これとは異なり、「領再(LinZight)」のような新興勢力はより焦点を絞った戦略を採用し、特定の疾患領域(例:腫瘍)における中国人集団のデータ価値の掘り起こしに特化している。彼らは「全プロセス」の臨床経過をカバーし、マルチオミクスデータと「ゲノムマッチング」を実現した、深く統合されたマルチモーダルデータセットの構築に注力している。中国市場に特有のこうした深いデータ資産を、自社開発の700以上のAIエージェントを擁するインテリジェント分析プラットフォームと組み合わせることで、高度にターゲティングされた分析サービスとAIソリューションを提供し、製薬企業の中国市場における研究開発、臨床研究、精密医療の意思決定を直接支援することを目指している。このような特定集団・深層データに特化したサービスモデルは、バイオ医薬企業が求める高品質でローカライズされた洞察の需要に応える重要な存在となりつつあり、そのチームが支援した共同研究からは既に約100本のSCI論文が産出され、複数の多国籍企業(MNC)や国内有力製薬企業にサービスを提供している。

II.データの基盤的役割:AI創薬を駆動する「燃料」

創薬におけるAIの強力な能力は、無から生まれるものではない。それは  高品質で大規模かつ多様性のあるデータという「燃料」に高度に依存している。医療健康分野はデータの宝庫であり、生物医学文献(科学的知見)、生命の分子メカニズムを解き明かすマルチオミクスデータ(ゲノム、トランスクリプトーム、プロテオームなど)、化合物の特性と活性を記述する化学データ、医薬品の安全性・有効性を記録する臨床試験データ、実際の診療実態を反映するリアルワールドデータ(RWD)(電子カルテ、画像、検査、医療保険記録などに由来)、形態学的情報を提供する病理・画像データなど、膨大かつ多様なデータ資源が存在する。

マルチモーダルデータの統合と価値

  これらのマルチモーダルデータを効果的に統合・分析することが、AIの最大の潜在能力を引き出す鍵である。   例えば、患者のゲノム変異情報、トランスクリプトーム発現プロファイル、臨床治療記録、画像特徴を組み合わせることで、疾患をより包括的に捉えたビューを構築できる。これにより、疾患メカニズムをより精確に理解し、信頼性の高いバイオマーカーを発見し、個別化された治療反応を予測することが可能になる。国際的なリーダーであるTempus AIの成功は、臨床記録、深い遺伝子シーケンシングデータ(DNA+RNA)、画像などのマルチモーダルデータをいち早く大規模に統合し、それを基盤とした強力なデータサービスとAI応用エコシステムを構築したことに大きく起因している。

高品質データ取得の課題

データ資源が豊富であるにもかかわらず、  高品質な医療データの取得と利用は深刻な課題に直面している。これが現在、医療AIおよびAI創薬の発展を制約する中核的なボトルネックとなっている。  データサイロ化が一般的であり、情報は異なる機関やシステムに分散し、標準化が進んでおらず、効果的な統合が困難である。同時に、データ品質  はばらつきが大きく、特にRWDには欠損、誤り、大量の非構造化テキストが伴い、洗浄(クレンジング)、ガバナンス、アノテーション(データに意味づけ)に多大なリソースを要する。さらに厄介なのは  データプライバシーとセキュリティ・コンプライアンスの問題である。医療データの高度な機微性は、その処理プロセスが各国の法令規制(中国の『個人情報保護法』、『データ安全法』、特殊なヒト遺伝資源管理条例(HGRAC)など)を厳格に遵守することを要求し、コンプライアンス・コストは高く、プロセスも複雑である。加えて、信頼性の高いAIモデルをトレーニングするために利用可能な、適切にアノテーションされた高品質データセットを取得すること自体が、困難かつ高コストな作業である。    これらの課題を克服するには、革新的な技術手段と協業モデルが必要となる。例えば、先進的なAI技術(LinZightが開発したAIエージェントなど)を活用した自動データ抽出、品質管理(QC)、プライバシー保護、そして医療機関との深い信頼関係に基づく協力関係の構築を通じた、共同でのデータ・ガバナンスと標準化作業などが挙げられる。 

図2:LinZightデータセットインテリジェント分析SaaS

総括:AIと医療データの融合が拓く未来

AI技術はその比類ない能力により、バイオ・医薬業界、特に創薬分野に、かつてない深い変革と広範な影響をもたらしている。AIによる効率化とビジネスモデル革新の潜在能力は計り知れない。初期のターゲット発見の知能化から、臨床前研究におけるリスク予測、臨床開発段階での効率と精度の向上まで、AIの応用は新薬誕生という長い旅路の全般にわたって浸透している。しかしながら、この変革の基盤となるのは間違いなく、高品質で多次元、かつコンプライアンスを満たしたデータである。データの取得、ガバナンス、応用における数々の課題を効果的に克服し、強力なデータ駆動型AI分析能力を構築できるかどうかが、将来のバイオ医薬企業および関連する技術サービスプロバイダーが競争を勝ち抜くための核心要素となるだろう。技術の継続的な進歩、データの不断の蓄積、産業エコシステムの一層の成熟に伴い、AIとデータの深い融合は、精密医療の発展を継続的に推進し、最終的には世界中の患者により多く、より優れた革新的治療法をもたらすに違いない。

中国は、特に、膨大な患者数とそれに関連する莫大な量のデータ、豊富なAI技術者、そして急速に進展するAI裾野の技術プラットフォームを備えている。これに加えて、進境著しい中国の新薬R&D企業群との連携によって、将来、更なる革新的な創薬研究開発が進展することが期待されている。

最近、トランプが医薬品(ジェネリック等を含む)輸入の中国への過度な依存を問題視している。彼は、国内製造に回帰すべきだと主張しています。一説には、ペニシリン系の抗生物質であるアモキシシリンの原料の80%を中国が抑えているといった報道も見られます。それでは、「中国での実態」は一体どのようなものなのでしょうか?

中国では1990年代以後、医薬製造の地図が大きく変わりました。3~40年前までは、 「ハルビン医薬」(現HAPHARM GROUP)が代表する黒竜江省、「石薬(CSPC)」が代表する河北省、「斉魯製薬(QILU PHARMACEUTICA)」が代表する山東省、「白雲山製薬」が代表する広東省、「上海医薬」が代表する上海市が他省を引き離していました。しかし、今、トップを引っ張っているのは江蘇省です。

最近、発表された統計年鑑2024から、2023年の医薬品製造企業(売上高4億円以上/漢方薬、西洋薬のAPI、製剤品等の全てを含む)の状況が明らかになりました。当該規模の医薬品製造企業は9,500軒を超え、売上高合計で50兆円を突破しました。そのうち江蘇省が6兆5千億円と、全国の12.88%を占めています。第二位以下は、山東省が5兆7千億円(2,832億元)、浙江省が4兆円(2,012億元)、広東省が4兆円(1,988億元)、北京市3兆3千億円(1,641億元)の順でした。

近年、医薬品製造における地域的な勢力図の変動は、それぞれの地域の経済力の変化を物語っています。更には、従前のジェネリック薬onlyの製造から、新薬開発が盛んになってきたことにより、そこからの脱皮がされつつあることが大きく反映していると言えます。

江蘇省は新しい製薬会社が立ち上がっているだけでなく、以前のジェネリック・メーカーも新薬開発にいち早く転換しました。代表的な例としては、今、中国で最大の製薬会社である「恒瑞医薬(Hengrui)」です。江蘇省では、低分子医薬のAPIから製剤品まで、そして生物学製剤の製造もされています。

最近、米国は原料薬をはじめとする医薬品分野においても中国依存度が非常に高いことが話題になっています。この原料薬や中間体に強いのが、江蘇省の北に隣接している山東省です。さらに、山東省と西北に隣接する河北省も昔からの製薬大省です。江蘇省の南に隣接している浙江省は、改革開放後に、民間企業が続々立ち上がりました。ジェネリック・メーカーとして、従来のAPI(原薬)のみならず、いち早く製剤品を米国向けに輸出した「華海製薬」やステロイド薬が専門の「仙居(王へんがある)製薬」、他の会社に先駆けて自社の研究開発による抗がん剤を世に出した「貝達薬業」などが有名です。

このように、今の中国の医薬品製造は、江蘇省をはじめとする沿海地方が多くのシェアを占めています。これも中国企業による近年のグローバル化、海外への輸出の波に同調しているように見えます。最近、トランプ関税が象徴するように「逆グローバル化」の流れになってきています。この大きな流れは、世界最大の医薬品製造国の一つである中国の立ち位置にも影響が出てくると思われます。さて、この潮流の中で、中国の医薬品製造の未来地図がどのように描き換えられるのでしょうか。

全般状況

HengRui(恒瑞)の医薬ビジネスの二本柱である「ジェネリック」・「新薬」ビジネスの何れも収益面で難しい局面にある。前者の「ジェネリック」は、主要製品が集中買付の対象となったことから収入減となり、他方、「新薬」は、複数の製品が医療保険の対象となり薬価が下がったことと、更には、研究開発の拡大による費用の高騰を招いたこと、且つコロナ禍のコスト高により、2022年の上半期の決算は、営業収入、利益とも前期比減となった。上半期:営業収入:約2050億円(前期比.23%減)、経常利益:約400億円(前期比:24%減)。

新薬の承認と研究開発の進展

  • 2022年上半期の研究開発費は、約600億円(前期比13%)となり、営業収入の28%強を研究開発に投入。
  • 研究開発の成果としては、AR阻害剤(抗アンドロゲン/前立腺癌)がNMPA(中国薬事当局)により6月に承認された。mHSPC(転移性ホルモン感受性前立腺癌)AR阻害剤として、2018年、中国の国家計画(13次5年計画)下に重大新薬創出プロジェクトに選定され、開発が進められた経緯があり、この分野での中国国産新薬としては、初の承認。HengRuiとしては11品目目の新薬となった。
  • 新薬申請・審査段階にあるのは、4品目(癌(PD-L1阻害剤)、糖尿病、抗感染症、鎮痛が適応症)。
  • Ph III段階には、20プロジェクト、うち2件は国際共同治験の最終段階にある。
  • なお、開発が進展して新たにPh II、Ph Iに入ったプロジェクトは、Ph IIが10件, Ph Iが10件。
  • 今後はプラットフォーム技術の蓄積に注力し、Protac, 分子糊型分解薬、ADC、二(多)重特異性抗体、遺伝子治療分野での新薬開発を推進するとしている。

米国、欧州、中国の上市承認の件数と中国の躍進

コロナ禍にあって、2022年上半期はコロナワクチン、コロナ治療薬の開発および上市承認が進展をみましたが、他の疾患領域での上市承認も歩みを止めることはありませんでした。米国、欧州、中国の三極の薬事当局(FDA, EMA, NMPA)がこの期間中に上市承認を付与した新薬の疾患領域別の件数は、癌(肿瘤)がトップ、その次は感染症でした。癌領域では、三極の内、中国(NMPA)の上市承認の件数がトップ(下記グラフの黒色)となっています。下記のとおりです。

なお2022年上半期、新薬に対して世界で最初に上市承認を付与した薬事当局としては、FDAが14剤の新薬を承認しトップ。EMA(欧州)が5剤、NMPA(中国)は、自主研究開発の進展により7剤となっています。承認対象は、低分子化合物以外に抗体、細胞治療等が含まれています。

中国企業の中国での新薬承認リスト(2022年上半期)

NMPA(中国)が世界で最初に承認を付与した新薬は下記のリストの通りです(一部例外あり)。

承認日登録分類等適応症の概略企業名
1/10漢方1.2類肝細胞癌Shenogen (珅诺基)
1/26抗体 1類狂犬病North China Pharma (華北製薬)
3/1組換ワクチンコロナ・ワクチンZhife Biological (智飛生物)
4/13低分子1類逆流性食道炎Luoxin (罗欣薬業) ラクオリア創薬からのライセンス導入品
3/24PD1抗体Henlius (复宏汉霖)
6/29二重特異性抗体 (PD1/CTLA-4)Akeso (康方生物)
6/29AR阻害剤 1類前立腺癌HengRui (恒瑞医薬)

中国企業の新薬承認からみるR&D力

上記のリストの通り、漢方薬、狂犬病薬等は、中国の典型的なdomestic drugに該当します。また、アジアで開発が先行している薬剤も含まれています。ただ、中国企業はグローバル化を視点にR&Dを進めていますので、今後、中国企業の研究開発にかかる新薬が中国のNMPAでなく、FDAで先に上市承認されるケースも出てくると思われます。さて、我々日本企業はそのような新薬プロジェクトを先に掴みに行く(ライセンスを取得する)為のwatch体制を整備していく必要があります。

2022年5月18日、恒瑞医薬はR&D事業の国際化を推進することを目的として、「Luzsana」を子会社として設立すると発表しました。

恒瑞医薬の2021年海外R&D費用は約235億円であり、全体のR&D費用の20%弱を海外に投入していることになります。人員面では、海外R&D要員は170人、そのうち米国が104人、欧州が50人となっています。臨床開発中のプロジェクトとしては、自社開発の抗がん剤2品目のCamrelizumab(PD-1抗体)とApatinib(抗VEGFR2阻害剤)の併用に関する国際共同治験PhaseIIIが終了し、主要エンドポイントを達成したと公表(5月12日)。この国際共同治験には13か国、95センターが参加した恒瑞医薬の最初の本格的プロジェクトでした。中国では申請が受理され、米国では当局と折衝中とされています。。

今回新設立されたLuzsana社は、11プロジェクト(うち8品目ががん領域)のグローバル開発の推進を担い、拠点としては、アメリカ・プリンストンに本社を、欧州(スイス)と東京にオフィスを構えるとしています。

中国の医薬品企業の研究開発部門の本格的な国際化、そして、日本への本格進出のための第一歩が記されたと言えます。

中国社会は、政府の号令下に各分野でイノベーション推進にうなされていると言ってもいいような状況にあります。新薬の研究開発分野もご多分に漏れず、ここ数年の間に大きな進展を見ています。

2021年、中国の内資企業の新薬(新規有効成分NCEを含む薬剤/一類)のNDA申請(上市の為の承認申請)件数は、16件でした。日本の内資企業の日本へのNDA申請件数、比較データがないのですが、中国企業の数字もそこそこの所に来ているといった印象です。

申請企業 / 癌適応症等

NDA申請がされた薬剤の適応症は、約半分が癌領域です。NDA申請をした企業別の癌適応症は、下記の通りです。

会社癌のdrug target(癌の適応症)
恒瑞医薬(Hengrui)CDK4/6(乳癌)
同上AR(前立腺癌)
倍而達薬業(Beta)EGFR-T790M(非小細胞肺癌)
璎黎药业(Yingli)PI3Kδ(リンパ腫)
銀珠医薬(Yinzhu)(非小細胞肺癌)
斉魯製薬(Qilu)ALK/ROS1(非小細胞肺癌)
奥賽康薬業(Aosaikang)EGFR-T790M(非小細胞肺癌)
2021年にNDA申請されたがん治療薬一覧

なお、癌領域以外では、申請対象の疾患領域は、消化器系(GI)、糖尿病、免疫、肝炎、貧血等です。

特徴

上記の表から見て取れる通り、大部分がme-betterの新薬であって、イノベーション・レベルは未だ低い水準にあると言えます。しかしながら、同じme-betterであっても日本企業に比べると開発のスピードが速いことから先行品との距離感は短くなっています。適応症では、非小細胞肺癌が多くなっていますが、癌の新薬開発のセオリーに従って、希少癌からの臨床開発を先行させています。

中国新薬R&Dの今後

新薬申請を行う中国企業の数は年を追って増えてきています。前述の通り、新薬といってもme-betterに分類され、いわゆるdomestic drug(自国内でしか承認・販売されていない薬剤)が多くを占めているのが現状です。研究段階では、中国企業もようやく高いレベルのイノベーションを追求するようになってきていることから、中国がグローバル品の新薬の産出基地になるのは、時間の問題と理解されています。

中国の医薬品業界のリーディング・カンパニーともいえる恒瑞医薬(Hengrui Medicine、600276.SHA)が2021年第三四半期(7月~9月)の決算を発表、純利益は2000年上場後としては初めての減少となりました。

2021年第三四半期の売上高は69億元(通期は202億元)で前年同期比14.84%減(同4.05%増)、純利益は15.4億元(同42.1億元)で前年同期比3.57%減(同1.21%減)となった。

多くの中国製薬企業と同様に恒瑞医薬もジェネリック・メーカーからスタート。いち早く新薬のR&Dを手掛け、今まで数多くの新薬を市場に送ってきた。ジェネリック薬から新薬への転換といった近年の大きな流れの中で恒瑞医薬は先駆的な役割を演じてきたことから中国製薬企業の模範ともされ、株式時価総額もトップとなっている。ここ数年、中国では医薬品の集中購買制度が実施され、この制度改革によって恒瑞医薬も例外とはならず大きな影響を受けた。2020年11月開始の第3期集中購買で六つの品目が対象となり、今年度の売上高にネガティブな影響を及ぼした。さらに新薬のPD-1抗体camrelizumab(SHR-1210)は医療保険の収載対象となるための価格交渉で85%も値引きされ、影響は更に拡大した。

これらの要因から、今年恒瑞医薬の株価も反落し、時価総額ベースで2021年10月29日現在3150億元となり、これは年初来高値の5929億元から47%ダウンの数字である。

この困難な状況に対処するため、今年7月に創業者の孫飘揚氏が会長に復帰し、陣頭指揮を執ることになった。

今後の動向としては、将来を占うことになりうる研究開発費が今年度の第三四半期まで41.4億元であり、前年同期の33.4億元に比べて24%増となった。これに対して管理費は15.4億元であり、前年同期の18.8億元より減少となった。これからの業績に注目したい。

分析

PD-1新薬の医療保険の収載に伴った85%薬価ダウンですが、中国では後続に多数のPD-1抗体の開発が目白押しであり、政府はこれを受けて強気に出てきたという背景があります。広く一般に新薬がこのような扱いを受けるという事ではありません。医療保険の収載後の薬価ダウンを見越して、あえて上市承認取得後、高薬価で市場に参入するといった例も見受けられます。

中国の医薬品企業(株式公開の企業)のR&D費用の投入額トップ20(2020年度)リストが下記の通り公表されました(Insight社)。

画像元:Insight数据库

中国で研究開発型企業の横綱は、東が百済神州(Beigene)、西が恒瑞(Hengrui)です。トップのBeigeneは昨年度に約1440億円の研究開発費を投入、次いでHengruiは約830億円です。また、研究開発費の対営業収入の比率が100%を上回った企業は三社あり、再鼎(Zai)が450%、百済神州(Beigene)が420%、基石薬業(Cstone)が135%です。

更に、研究開発費の伸びは、信達生物(Innovent)、君実生物(Junshi)が前年比50%を超えています。

中国で臨床試験を開始するための中国企業によるINDの申請件数は、国の新薬奨励策の下で明らかな形で増加しています。化学医薬品のIND申請数は過去7年増加傾向にある中で、2017年以降さらに大きく増加してその年は66%増、その後2020年には1096品目となっています。また2020年の上市承認の件数は20品目です(いずれも中国内資の医薬品企業の数字)。

これらの変化は2015年に始まる国の薬事政策転換に起因しており、優先審査、品目登録分類、MAH(工場を所有せずとも上市承認取得が可能)等に関する新薬優遇政策により、新薬の研究開発、承認審査、製造、保険適用等の分野で新薬を取り巻くビジネス環境が目に見える形で改善されていることによります。そのことが、中国の新薬の研究開発能力の急速な底上げに繋がっています。

医薬品市場面から見ますと、市場の大部分を占めているのはジェネリック薬であり、新薬が占める比率(物量)は10%前後にしかすぎません。逆を言えば、将来の新薬市場の伸びしろは巨大とも言えます。今日の研究開発費の継続的な投入が将来の新薬市場の拡大の基礎になっているのです。ジェネリック薬から新薬へ、そして国内市場から国際市場へ、これが今後の流れの大きな方向性になっていくと思われます。

なお、中国ではあらゆる分野で番付をして公表するのが常態です。学校の成績しかり、各省のGDP番付しかり。しかしながらある中国企業がリストに掲載されているからといって、日本企業がその企業を相手として組む安心材料になるかと言えば必ずしもそうとも言えないことに留意する必要があります。中国はあらゆる分野で玉石混合の状態です。相手の名が通っているからと言ってそこと組むのがいいのか、日本的な感覚は通用しないことが多いので十分に考えてみる必要があります。

2015年からの中国の薬事制度改革で、すでに上市されているジェネリック薬も含めて品質面で先発品との同等性を示すデータの再提出を求める等の措置が断行されて、中国のジェネリック薬は、「品質面」で大きな進歩を見せました。そして、2018年に主要都市(4+7の11都市)にて一部の医薬品で始まった購入量保証付きの一括購入制度が全国に広がりを見せています。政府が購入量を企業に対して保証する見返りとして、大幅な薬価の引下げを求める政策が浸透しています。それに伴って、「製造コスト面」でも構造改革が進んでいます。

このような制度の大改革の中で、中国の医薬品企業(ジェネリック企業)は大変貌を遂げており、品質向上、生産コストの圧縮、そして国際化の道を走っています。ちょうど今、中国では新薬の研究開発推進のための知財保護政策の具体化が進んでいます。政策の中心である「特許期間の延長」、「Patent Linkage」、「データ保護制度」は先発の新薬の開拓者利益と後発のジェネリック薬の廉価な薬剤提供に対する利益配分をどうやってバランスさせるかの課題でもあることから、中国の新薬の知財制度の理解のためにも、中国ジェネリック薬の動向については目を離せません。

ジェネリック薬の開発期間

ジェネリック薬は原薬・製剤の開発からBE試験(臨床試験)を経て上市申請に至りますが、その開発・試験期間は2年半前後とされています。先発の新薬が10数年の研究開発期間が必要と言われているのに比較しますと、ジェネリックの開発コストは格段に低く抑えることができます。

3、4類のジェネリック薬の開発ステージ 期間
準備期2か月
製剤開発9-10か月
原料開発5-8か月
安定性試験、BE試験12か月
合計28-32か月
3、4類のジェネリック薬の開発周期

ジェネリック薬の市場占有率 / 米国との比較

米国では、ジェネリック薬の市場占有率は、数量比で90%、金額費で10%を占めています。これに対して中国では、数量比で90%以上、金額費で70%以上とされています。将来的には、ジェネリック薬の比率は低下を続け、2025年には、その金額比率で50%程度になると予測されています。

中国、アメリカのジェネリック薬、新薬(特許満了薬、特許新薬)の販売高の占有率比較

ジェネリック薬(低分子薬)業界の発展の趨勢

2015年の中国の薬事制度改革によって、ジェネリック業界が淘汰の時期に突入しました。2015年の6千社から翌年には4千社にまで減少しました。しかしながら、中国にはまだ4千社のジェネリック企業(原薬の製造企業、製剤企業)がひしめいています。

中国の原薬メーカー、製剤品メーカー等の企業数

そして、2018年に始まった購入量保証付き一括購入により平均薬価が50%引下げられました。従来、総販売高の40%を占めていた販売経費が一気に吹き飛んでしまったことを意味します。この不透明な金の流れに対して、一括購入制度の対象とする医薬品の品目的、地域的な広がりに加えて、刑事事件が絡む腐敗撲滅運動も並行して進んでいます。そういった中で、ジェネリック企業の収益を生む隙間は、製造コストの低減にしか見当たらなくなってしまいました。製剤企業が製薬(API製造)企業を買収して集約化する動きも見られます。

ジェネリック薬の間の競争 / 最初に市場に出るジェネリック薬

米国で新薬の価格は、特許が満了してジェネリック薬が出現することにより、1年後の下げ率は51%に達します。また、最初に市場に出たジェネリック薬の価格は、特許満了後の新薬の価格に対して94%の価格であるのに対して、2番目のジェネリック薬は52%、そして20番目は6%にまで下がります。

中国ではパテントリンケージ制度の導入によって、最初のジェネリック薬に1年間の独占期間(この間、2番目以降のジェネリック薬は上市承認がされない)が付与されることが予定されています。この最初のジェネリック薬の特典を獲得すべく、中国の優良とされる代表的なジェネリック企業、例えば、恒瑞医药(Hengrui Medicine)、豪森薬業(Hansoh Pharma)、信立泰薬業(Salubris Pharma)、正大天晴薬業( Chiatai Tianqing )、華東医薬(HuaDong Medicine)等が競っており、これらの企業は、すでに病院・臨床家から広く支持を得ており、ジェネリック薬の中でのブランドを確立しています。

中国国産のジェネリック薬の「国際化」と「双循環」

上記の通り政策誘導により企業淘汰が進んだ結果として、中国のジェネリック薬は、品質面・価格面で国際的な競争力を獲得しています。中国企業による米国でのジェネリックの上市承認の為の申請(ANDA)の数は下記の通り、2018年にジャンプしています。

2009-2019年中国企業の米国ANDA申請数

特に、華東医薬(HuaDong Medicie)の海外展開は目覚ましく、2015-2019年に米国で80件のANDAを申請。このような海外展開をベースに中国の本土市場に回帰するという戦略で、中国国内における集中買付の環境下においても品質と価格優位性を武器に優位な立場を占めつつあります。2019年には、双成薬業(Shuangcheng)、正大天晴薬業(Chiatai Tianqing)、博雅生物製薬(Boya)等が米国ANDAの申請数で躍進しています。

このように、中国企業の国際化は、まず原材料である「医薬品の中間体」の製造・輸出から始まって、その後「API原薬」の製造・輸出に発展し、今日では「最終の製剤品」の製造・輸出に大きく踏み出している段階にあります。中国の医薬品を取り巻く政策の大改革を踏まえて、品質向上、コスト圧縮を果たした中国のジェネリック薬は、海外への輸出と同時に国内での集中買付での入札・落札の「双循環」の流れに向かっています。