新薬データ保護期間の新法案と動向のまとめ

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最終更新日: 2021/04/24

2018年5月に非臨床・臨床の試験データの保護制度に関する法案が公表されています(cFDAより)。新薬の開発が終わって販売承認がおりた後、ある一定期間中、当該新薬の開発・承認取得者に対し市場独占の権利を享受させる制度としては、先ず、特許制度が挙げられますが、それ以外にも薬事制度の下でも保護制度が構築されています。先ず、中国に於ける新薬販売の独占期間を担保する制度の全体像を探り、その上で、データ保護制度(案)の内容を検討します。

1.中国の市場独占性と法制度の整備動向

「新薬の研究開発投資の促進」と「ジェネリック薬の適時の市場参入」の両面での政策目的の実現を図りつつ、その両者の利害を調整する為に、中国では、ここ1-2年の間に、「新薬の独占販売期間」の設定に関し、特許法及び薬事法を中心に様々な制度整備が図られています。

1)特許法

(1)「特許侵害の抑止」

先発の新薬をカバーする特許の有効期間中にジェネリック薬が市場参入した場合には、特許侵害問題が発生します。中国では、今、知財保護の強化の観点から、特許侵害行為の発生を抑止する為の諸規定を盛り込んだ特許法の改正(第4次改正)作業が進んでいます。

(2)特許期間の延長

更には、医薬品の特許保護期間(20年)を延長する為の新制度の導入についても具体的な検討がされています。(関連記事

2)薬事法

(1)「再審査期間」

日本の新薬に関する再審査期間に該当するのが、中国では、「監測期間」と呼ばれているものです。先発品としての新薬が承認された後、この期間中は、ジェネリックに対して承認が与えられない制度です。従来から各分類毎に、例えば新薬(新規薬効成分NCE)について5年、その他新製剤・新投与ルートについても夫々の期間が付与されていました。2016年3月に「低分子化合物医薬の分類改正」が行われ、NCE、新製剤・新投与ルート等の類を組み換えた上、夫々の類別に承認日から3〜5年の期間を設定し、その間、ジェネリックの承認が付与されないという制度が敷かれています。

(2)「Patent Linkage」

Patent Linkageの制度導入が検討されています。即ち、① 新薬の販売承認の申請者に当該新薬をカバーする特許情報の提出を求め、cFDAが当該特許情報を公開することを前提に、ジェネリック申請者が、当該特許が無効である等の理由がある場合には、当該事情を説明・表明することにより、特許の有効期間中であってもジェネリック申請が可能となり(「特許チャレンジ薬」の申請)、② 当該説明・声明がなされた場合、特許権者に回覧され、特許権者に対して裁判所に特許侵害訴訟を提起する機会が与えられ、他方、訴訟が提起されない等の場合には、ジェネリックに承認が付与されるとの新制度の導入検討がされています。検討中の案については、2017年5月のcFDAからの通知によって概要が示されています。

(3)「データ保護」

新薬の販売承認の申請者が自分で実施した試験から取得した臨床・非臨床の試験データについては、これを承認申請時に提出した範囲で、当該データの第三者による使用が禁止されるという「データ保護」制度の具体化が検討されています。

新薬の開発者は上記の特許法上及び薬事法上の保護制度を重層的に活用して、より長い市場独占を図ることが必要となってきます。

2.データ保護制度

現行の薬事関連法(「薬品管理実施条例」及び、「薬品登録管理弁法」)には、非臨床・臨床の試験データ保護に関する規定が存在していますが、その具体的な実施に関する細則が制定されていなかったことから、法律上はデータ保護がうたわれているにも拘らず、実際には試験データに対して保護が付与されていませんでした。日本では馴染みのない制度ですが、中国がWTOに加盟するに際して、TRIPS協定を順守する必要があり、その39条3項に、加盟国は新規化合物を含有する医薬品に対して販売承認申請に用いられたデータを保護の為の施策をとる必要があると規定されていることから、中国が、上記の薬事関連法に盛り込んだ経緯があります。

従来、データ保護は、絵に描いた餅の状態だったのですが、昨年(2017年)10月に中国の党中央・国務院が「医薬品・医療機器の承認申請制度の改革の強化及びイノベーションの推進に関する政策」を公表し、その中でデータ保護制度の構築(第18条)が宣言されたことを踏まえ、今年(2018年)5月にcFDAが「薬品試験データ保護の実施弁法(暫定)」(「データ保護弁法(案)」)として草案を公表し、パブリックコメントを求めました。その内容に基づき、近い将来、正式に細則が定められ、実質的に具体的なデータ保護が与えられることになるとされています。未だ、案の段階ですが、次にその概要を見て行きたいと思います。

1)保護の対象となる「医薬品」及び「試験データ」(「データ保護弁法(案)」§3、4)

新薬(NCE)、バイオ新薬、オーファンドラック、小児用薬及び「特許チャレンジ薬」について、自己が実施した試験によって取得した臨床・非臨床の試験データであって、承認申請にあたって申請データとして用いられた有効性等に関する未公開データに対して保護が与えられます。尚、安全性に関するデータについては、保護対象外とされています。

尚、今後、データ保護制度の細則を決めて行く段階で詰めなければならない点としては、
① 医薬品の申請データに関し、日本の情報公開法、米国のFOI法の下で、政府当局による公表の対象外となっているCMCデータの一部を含む商業機密データに対する保護をどの範囲で与えて行くのか。
②「特許チャレンジ薬」については、前記の通り、ジェネリック申請者が、先発品の特許が有効期間中に、当該特許が無効である等の主張(チャレンジ)をして、これが認められて、販売承認が付与されるジェネリック薬ですが、特許無効が最終的に裁判所で認定される必要があるのか否かも含めて、その条件は、Patent Linkage制度に関する細則の制定とセットで処理されることになります。

2)データ保護の保護内容(「データ保護弁法(案)」§8)

データ保護を受けている事業者(先発品の先発企業)の事前の同意を得ずに第三者(ジェネリック・企業を含む)が保護対象となっている試験データを使用して申請した場合、cFDAは当該ジェネリック申請に対して、下記の「保護期間」中は承認を与えない、との趣旨で規定されていることから、その範囲で、試験データに対して保護が与えられることになります。ここでいう試験データに対する保護の意味ですが、比較の意味で、例えば、不正競争防止法の下では、価値ある秘密データに対して保護が与えられますが、具体的には、秘密データの保有者は、第三者に対して、その不正使用があった場合には、裁判所に訴訟を提起することによって、その差止を求め及び損害の賠償を請求できるということです。他方、薬事関連法の下では、保護が与えられた「試験データ」をジェネリック企業が勝手に使用して、「保護期間中」にジェネリック申請をした場合、当該申請は承認されないという意味での保護が与えられます。

3)保護期間(「データ保護弁法(案)」§5)

新規有効成分含有(NCE)の新薬に対しては、当該新薬の試験データに対して、販売承認日から6年間のデータ保護期間が与えらます。これも含め、リスト化すると下記の通りとなります。

類別 保護期間 条文番号
NCE新薬 6年 §5
バイオ新薬 以下の場合を除く 12年 §5
① 中国が参加した国際共同治験の試験データであって、中国での申請が他国より遅れた場合(6年以上遅延の場合、保護は与えられない) 1〜5年
② 中国で実施した臨床試験データを用いず、海外の試験データのみを用いて申請の場合 上記期間の1/4
③ 中国の臨床試験データを補充して申請の場合 上記期間の1/2
オーファンドラッグ 6年 §6
小児薬 6年 §6

尚、「特許チャレンジ薬」については、今回の法案では「保護期間」について明示されておらず、Patent Linkageの制度と並行して、その「保護期間」が検討されていると思われます。

4)データ保護を求める申請手続き(「データ保護弁法(案)」§9,10,11)

データ保護を求める為には、対象の医薬品の承認申請時に、同時に、当該医薬品の試験データについて保護を求める理由及び求める「保護期間」を記載の上、データ保護の申請をする必要があります。CDE(審査機関)は、対象医薬品の承認審査と並行して、データ保護の審査を実施し、承認の付与時に、データ保護についての結果を通知します。「保護期間」等の情報は、公示されます。

5)保護されるデータの公表(「データ保護弁法(案)」§17)

データ保護を認められた者(即ち、新薬等の承認取得者)は、自主的に、保護対象となったデータを公開する必要があるとされています。これは、公表させることによって、公衆の監督監視下に置き、データの捏造等の不正行為を未然に防ぐとともに、試験の重複実施による資源の浪費を回避するのが目的とされています。

6)第三者による「保護データ」の使用(「データ保護弁法(案)」§14、17)

「保護期間」中であっても、ジェネリック企業等の第三者は、自分で試験を実施して、データを取得した場合、又は、「データ保護」を受けている先発の企業から同意を得た場合は、当該データを用いて、承認申請することが出来ます。

第三者から当該申請があった場合には、cFDAは、「データ保護」を受けている先発の企業に通知をして、異議を申し立てる機会を与えます。尚、かかる紛争は、最終的に行政訴訟によって、解決されるとされています。

前記の通り、当局は、今年5月に上記の制度案を公表し、パブリック・コメントを求めました。各団体等から出された意見・コメントを踏まえて、当局が検討中と思われます。本件につき、動きがあり次第、報告の予定です。
以上

Author Profile

川本 敬二
弁理士 (川本バイオビジネス弁理士事務所(日本)所長、大邦律師事務所(上海)高級顧問)

藤沢薬品(現アステラス製薬)で知財の権利化・侵害問題処理、国際ビジネス法務分野で25年間(この間、3年の米国駐在)勤務。2005年に独立し、川本バイオビジネス弁理士事務所を開設(東京)。バイオベンチャーの知財政策の立案、ビジネス交渉代理(ビジネススキームの構築、契約条件交渉、契約書等の起案を含む)を主業務。また3社の社外役員として経営にも参画。2012年より、上海大邦律師事務所の高級顧問。現在、日中間のライフサイエンス分野でのビジネスの構築・交渉代理を専門。仕事・生活のベースは中国が主体、日本には年間2-3か月滞在。
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