中国/新薬の薬価収載(2025年度薬価交渉)の結果および今後の影響


最終更新日: 2025/12/23

中国/ 新薬の薬価収載(薬価交渉/2025年度)の結果および今後の影響

2025年12月7日、中国国家医療保険局(NHSA)は「2025年度国家医保薬品目録(NRDL)」(保険適用リスト/薬価収載)の決定を正式に発表しました。

今年の薬価交渉は、革新的な新薬(創新薬)に対する収載が過去最高レベルとなり、薬価申請に対する収載の成功率も過去7年間で最高の88%を記録しました。

全体概況

今回の収載決定により、医保目録(保険適用リスト)の総数は3,253種に拡大しました。

  • 交渉成功率: 88%(前年の76%から大幅上昇、過去7年で最高)
  • 新規の追加数: 114種類(うち50種類が「国家1類新薬」=完全な新薬)
  • 実施時期: 2026年1月1日より全国で執行
  • 価格低減: 交渉により値下げ率は平均して63%、過去数年の平均60-62%よりやや拡大。

特徴

  • 創新薬への過去最大の収載

新規に採用された114種のうち、111種が過去5年以内に発売された新薬です。特に、臨床的価値が高いとされるADC(抗体薬物複合体)、二重特異性抗体、siRNA(小分子干渉RNA)などの先端治療法に関わる新薬が多数含まれました。

  • 初の「商保(商業保険)の創新薬目録」の発表

今回、公的保険(基本医保/NRDL)を補完するものとして、初めて「商業健康保険創新薬目録」が併せて発表されました。

  • 公的保険の予算枠(「信封価格」)ではカバーしきれなかった高額な希少疾患治療薬や高付加価値薬など、19種類がこのリストに掲載されました。これにより、公的保険と民間保険の連携・相互補完が強化されました。
  • 主要な疾患領域のカバー拡大

>がん治療: 肺がん、リンパ腫などの最新治療薬が追加。

>希少疾患: 脊髄性筋萎縮症(SMA)などの高額治療薬の適用がさらに充実。

>慢性疾患: 糖尿病、心血管疾患の最新世代薬が含まれました。

  • スピード: 承認から保険適用までの期間がさらに短縮されました。
  • 予測可能性: 薬価算定のルール(薬剤経済学的な評価)の透明性が高まり、企業側が予測可能性を持って開発・交渉に臨める環境が整いつつあります。

主要企業の採択状況(抜粋)

国内・外資ともに、革新的なパイプラインを持つ企業が大きな成果を上げました。

企業名主な動向
恒瑞医薬 (Hengrui)11種類の新薬が新たに採用され、最多クラスの採択数となりました。
アストラゼネカ (AZ)外資系企業の中で最多となる4種類の新薬が採用されました。
信達生物 (Innovent)IBI363(双抗)など、主力製品の適応症拡大や新薬の採用。
百済神州 (Beigene)既存のPD-1抗体などの適応症が維持・拡大。

日系製薬会社の採択・更新状況

今回、日系企業は特に「神経変性疾患」や「希少疾患」といった高付加価値領域の新薬で大きな成果を上げました。

企業名採択/更新された主な品目領域備考
エーザイ (Eisai)レケンビ (Leqembi)アルツハイマー病商業保険目録に採択。公的保険に先駆けアクセス拡大。
武田薬品 (Takeda)Livmarli (Maralixibat)希少肝疾患アラジール症候群等の治療薬として新規採択。
アストラゼネカ※イミフィンジ 等腫瘍 (肺がん等)外資最多の4品目採択(日欧共同開発品を含む)。

※ 武田薬品の短腸症候群治療薬 Gattex (teduglutide) も、前年のNRDL交渉見送りから一転、今回の商業保険目録への掲載が注目されていました。

NRDL(公的保険)への収載を見送った主な新薬

特に単価が高く、大幅な値下げが困難な最先端治療薬がこのカテゴリーに入ります。

  • レケンビ (Lecanemab / エーザイ・渤健)
    • 状況: アルツハイマー病治療薬として非常に期待されていましたが、公的保険(NRDL)の枠組みには入らず、「商業健康保険イノベーション薬目録」への収載となりました。
    • 理由: 公的保険が求める大幅な薬価引き下げ(通常60%前後)を受け入れるよりも、民間保険を活用して一定の価格水準を維持しつつ、支払能力のある層や都市部から普及させる戦略をとったとみられます。
  • キサンラ (Donanemab / イーライリリー)
    • 状況: レケンビの競合となるアルツハイマー病治療薬ですが、今回のNRDL交渉での収載は確認されていません。レケンビ同様、高額な薬剤費が公的基金の負担能力と合致しなかった可能性があります。
  • CAR-T細胞療法(各社)
    • 状況: 復星凱特(Fosun Kite)の「奕凱達」や薬明巨諾(JW Therapeutics)の「倍諾達」など、1回あたり100万元(約2,000万円)を超える超高額治療薬は、今年もNRDL(公的保険)への収載は見送られました。
    • 理由: 国家医保局は「1回あたりの支払額が30万元(約600万円)を超える薬は収載が困難」という暗黙の基準を維持しており、これらの薬は「商業保険目録」や地方自治体独自の「恵民保」でのカバーが主戦場となっています。
  • ガテックス (Gattex / 武田薬品)
    • 状況: 短腸症候群(SBS)治療薬。希少疾患薬ですが、昨年に続き公的保険のメインリストには入らず、商業保険等の補完的枠組みでの展開を模索しています。

「商業健康保険イノベーション薬目録」の運用詳細

2025年に初めて導入されたこの制度は、公的保険(基本医保)では賄いきれない高額な新薬に対し、民間保険(商業保険)を活用して支払いを行うための新しい仕組みです。

運用のポイント

  • 掲載数と対象: 今回、19種類の薬が選定されました。CAR-T療法、高額な希少疾患薬、アルツハイマー治療薬など、臨床価値は極めて高い一方で「公的基金の予算枠(信封価格)」を超えてしまうものが対象です。
  • 強制力のない「推奨リスト」: 公的保険(NRDL)に入ると全国で一律に償還されますが、商業保険目録は「保険会社への推奨」という位置づけです。民間保険各社はこのリストに基づき、自社の保険商品にこれらの薬剤を組み込むか、給付率をどう設定するかを個別に決定することになります。
  • デュアル・アプリケーション(二重申請): 製薬企業は、NRDL(基本保険)と商業保険目録への同時申請が可能になりました。これにより、「公的保険で大幅な値下げによりアクセス性を高め、幅広い患者層への普及を図る」か、「民間保険で適正な高価格を維持しつつ特定の層へ届ける」のか二つの方式から、自社製品の最適な方針を選択(または併用)出来るようになりました。

今後の影響と市場へのインパクト

今回の改革により、中国の医療保障制度は「一階建て(公的のみ)」から「二階建て(公的+民間保険)」への構造変化が明確になりました。

  • 日系企業へのメリット: 高度な技術を要する新薬や、適正な薬価の維持が求められる希少疾患薬を持つ日系企業にとって、本制度は、極端な値下げを回避しつつ中国市場で収益機会を確保するための新たな選択肢となり得ます。
  • 患者のアクセス: 従来「全額自己負担」か「保険適用(=極端な値下げが必要)」の二者択一でしたが、今後は「恵民保(都市型の民間医療保険)」などの手頃な民間保険を通じて、最新治療を受けられる患者層が広がることが期待されます。

参考URL

国家医保局 人力资源社会保障部

关于印发《国家基本医疗保险、生育保险和工伤保险药品目录》以及《商业健康保险创新药品目录》(2025年)的通知 医保发〔2025〕33号 【国家医疗保障局】

投稿者プロフィール

呉 晨
呉 晨
中国の大手製薬メーカーの白雲山製薬(広州)勤務後、日本の大学院に留学。ケアネット社で数年勤務後、中国子会社の社長として2012年上海赴任。その後、上海のCRO会社副社長兼CMC研究所長を経て、康祺生物科技有限公司社長に就任。日中両国間の医薬品の生産、研究開発、学術プロモーション等の分野に精通。
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