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最近、トランプが医薬品(ジェネリック等を含む)輸入の中国への過度な依存を問題視している。彼は、国内製造に回帰すべきだと主張しています。一説には、ペニシリン系の抗生物質であるアモキシシリンの原料の80%を中国が抑えているといった報道も見られます。それでは、「中国での実態」は一体どのようなものなのでしょうか?

中国では1990年代以後、医薬製造の地図が大きく変わりました。3~40年前までは、 「ハルビン医薬」(現HAPHARM GROUP)が代表する黒竜江省、「石薬(CSPC)」が代表する河北省、「斉魯製薬(QILU PHARMACEUTICA)」が代表する山東省、「白雲山製薬」が代表する広東省、「上海医薬」が代表する上海市が他省を引き離していました。しかし、今、トップを引っ張っているのは江蘇省です。

最近、発表された統計年鑑2024から、2023年の医薬品製造企業(売上高4億円以上/漢方薬、西洋薬のAPI、製剤品等の全てを含む)の状況が明らかになりました。当該規模の医薬品製造企業は9,500軒を超え、売上高合計で50兆円を突破しました。そのうち江蘇省が6兆5千億円と、全国の12.88%を占めています。第二位以下は、山東省が5兆7千億円(2,832億元)、浙江省が4兆円(2,012億元)、広東省が4兆円(1,988億元)、北京市3兆3千億円(1,641億元)の順でした。

近年、医薬品製造における地域的な勢力図の変動は、それぞれの地域の経済力の変化を物語っています。更には、従前のジェネリック薬onlyの製造から、新薬開発が盛んになってきたことにより、そこからの脱皮がされつつあることが大きく反映していると言えます。

江蘇省は新しい製薬会社が立ち上がっているだけでなく、以前のジェネリック・メーカーも新薬開発にいち早く転換しました。代表的な例としては、今、中国で最大の製薬会社である「恒瑞医薬(Hengrui)」です。江蘇省では、低分子医薬のAPIから製剤品まで、そして生物学製剤の製造もされています。

最近、米国は原料薬をはじめとする医薬品分野においても中国依存度が非常に高いことが話題になっています。この原料薬や中間体に強いのが、江蘇省の北に隣接している山東省です。さらに、山東省と西北に隣接する河北省も昔からの製薬大省です。江蘇省の南に隣接している浙江省は、改革開放後に、民間企業が続々立ち上がりました。ジェネリック・メーカーとして、従来のAPI(原薬)のみならず、いち早く製剤品を米国向けに輸出した「華海製薬」やステロイド薬が専門の「仙居(王へんがある)製薬」、他の会社に先駆けて自社の研究開発による抗がん剤を世に出した「貝達薬業」などが有名です。

このように、今の中国の医薬品製造は、江蘇省をはじめとする沿海地方が多くのシェアを占めています。これも中国企業による近年のグローバル化、海外への輸出の波に同調しているように見えます。最近、トランプ関税が象徴するように「逆グローバル化」の流れになってきています。この大きな流れは、世界最大の医薬品製造国の一つである中国の立ち位置にも影響が出てくると思われます。さて、この潮流の中で、中国の医薬品製造の未来地図がどのように描き換えられるのでしょうか。

中国では6剤の新型コロナワクチンが販売承認を得ています。不活化ワクチンが4剤、組み換えたんぱくワクチンが1剤、アデノウイルスベクターワクチンが1剤です。しかしながら、ファイザーとBioNtechが2020年末に世に出したようなmRNAワクチンは、中国ではいまだに上市されていません(复星(Fosun)が販売権を取得)。しかし、中国企業が自主開発しているmRNAの臨床開発は着々と進んでいます。下記がプロジェクトのリストです(IND許可取得の順に掲載)

開発企業プロジェクト名称IND承認時期開発段階
艾博生物(Abogen)
沃森生物(Walvax)
軍医学研究院
ARCoVax2020年6月Ph III終了(データ整理中)
斯微生物(Stemirna)SW01232021年1月
2022年4月
Ph I
艾美ワクチン(AIM)LVRNA0092021年3月Ph II/III
鋭博生物(RiboBio)
阿格納生物(広州呼吸疾病研究所)
2021年11月Ph I
石薬集団(CSPC)SYS60062022年4月Ph I
康希諾生物(CanSinoBIO)2022年4月Ph I/II

<石薬集団(CSPC)と康希諾生物(CanSinoBIO)については、https://www.kawamotobbp.jp/articles/1717 を参照>

1. 艾博生物(Abogen)・沃森生物(Walvax)/ ARCoVaX

中国国産のトップバッターはARCoVaXです。脂質ナノカプセル剤で、スパイク蛋白RBD領域をターゲットにして中和抗体を誘導します。艾博生物(Abogen)が軍医学研究院との共同研究によって創生したワクチンです。艾博生物(Abogen)は、2020年5月、沃森生物(Walvax)と共同ワクチン開発契約を締結しています。当該契約下で、沃森生物は契約金(アップフロント・マイルストーン・ロイヤルティ)を艾博生物に支払い、臨床開発・事業化の責任を負っています。

2020年6月に臨床試験の開始申請(IND)を当局(NMPA)が許可、その後、2021年7月に中国でPh IIIを開始、さらには同9月に国際共同治験(Ph III)が立ちあがっています。同11月には、沃森生物が製造許可を取得。そして、2022年3月に中国のPh IIIが終了し、現在データの収集中です。なお、2022年1月24日に、Ph Iの臨床試験の結果がLancet Microbeに公表されています。

艾博生物(Abogen)は、mRNAと脂質ナノ粒子(LNP)の技術をベースに2019年に設立されたベンチャーです。資金調達面でも突出しており、昨年一年間でB, C 及びC+シリーズの調達で計1300億円相当の資金を獲得しています。

2. 斯微生物(Stemirna)

二番目は、斯微生物が開発したSW0123(DF104B1)です。2021年1月に中国で臨床試験の開始申請(IND)が許可され、同3月にPh Iが開始。その後、変異株対応のワクチンを開発し、2022年4月に中国で臨床試験の開始申請(IND)を行っています。

斯微生物(Stemirna)はmRNA企業として、ナノ脂質DDS技術をベースに、2016年に上海で設立されたベンチャー企業です。

3. 艾美ワクチン(AIM)/ LVRNA009

三番目は、艾美ワクチン社が開発したLVRNA009で、2021年3月に中国で臨床試験の開始申請(IND)が認められ、現在Ph II/IIIを実施しています。

艾美ワクチン社は、2011年に設立された会社ですが、その後、ワクチン製造会社等の買収を重ねており、現在は各種ワクチン(肝炎、狂犬病等)を製造・販売するに至っています。

4. 鋭博生物(RiboBio)/ 阿格納生物

広州呼吸器疾病研究所の参画によって立ち上がったブロジェクトで、鋭博生物(RiboBio)/阿格納生物が2021年11月に中国で臨床試験の開始申請(IND)の許可を取得、2022年1月にPh Iが開始しました。

鋭博生物 (RiboBio) は2004年に核酸合成等のCDMOとして広州に設立され、遺伝子編集を含む各種のCROサービスも提供してきました。阿格納生物2021年に広州で設立されたRNA医薬の研究開発企業です。

5. 石薬集団(CSPC)/ SYS600

6. 康希諾生物(CanSinoBIO)

この他に、10の前臨床研究が進められています。

日本との関係

日本企業は、これまでベンチャーも含めてRNA医薬の研究開発に取り組んできましたが、mRNAコロナ・ワクチンについては開発の戦列に参加できていません。中国では、mRNAコロナ・ワクチンはPD-1抗体ほどのR&D大競争状態にはなっていませんが、少なからずの企業がその開発に向けて鞭を打っています。この技術蓄積によって、来るべき次のウイルスからの攻撃に対しR&D体制の準備が整いつつあると言えます。そういった意味で、今後日中間の技術連携の必要性が増してくるのではと思います。

4月上旬、中国の2社の自社技術開発による新型コロナに対するmRNAワクチンの臨床試験の開始申請(IND)が当局(NMPA)によって相次いで承認されました。

一つ目が石薬集団(CSPC)が自社開発したmRNAワクチン(SYS6006)です。安定性が良く、2-8度での長期保存が可能とされています。また変異株に対しての有効性も示しているとのこと。石薬集団は脂質ナノ粒子等のDDSプラとフォーム技術を有しており、これまでにもこの技術をベースに4剤の新薬を世に出しています。今回、このDDS技術を適用してコロナワクチンの開発を進めてきました。

二つ目は康希諾生物(CanSinoBIO・カンシノ)、同様に自社開発によるmRNAワクチンです。康希諾生物(CanSinoBIO)は、ヒトのアデノ・ウイルス5型をベースにしたワクチンベクターを用いた、COVID-19ワクチン(Ad5-nCoV)を2021年12月に中国で条件付き承認を取得しています。それに続くmRNAワクチンとなります。

なお、上記二社以外にも斯微生物(Stemirna) がmRNAワクチンのIND申請を準備中と言われています。斯微生物(Stemirna) は、mRNA企業として、ナノ脂質DDS技術をベースに、2016年に上海で設立されたベンチャー企業です。