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以前紹介した「医薬品の特許紛争の早期解決システムの実施規則(药品专利纠纷早期解决机制实施办法)(試行)」の最終版が公表され、7月4日に施行されました。続いて、それに関連する裁判所、特許庁の細則も7月5日に公表されて施行され本格的に動き出すことになりました。

パテントリンケージ制度の全体像

従来、ジェネリック企業があるジェネリック薬の上市の承認申請をした場合、中国の薬事当局はその審査段階においてジェネリック薬が医薬品として必要な基準を満たしているか否かの審査をするだけではなく、特許に関連する問題も判断していました。つまり、当該ジェネリック薬の製造・販売が対応の新薬(先発品)をカバーする新薬特許を侵害するか否かについてもある程度のレベルで判断がされていて、問題がないと判断されてはじめてそのジェネリック薬に対して上市の承認が付与されていました。そこには外部の様々な利害関係者からの圧力がかかっていたであろうことは想像に難くありません。そして今回のパテントリンケージ制度では、特許問題の判断にあたっては薬事当局がジェネリック薬の承認審査段階で単独で行うのでなく、裁判所特許局とも緊密な連携を取って早期に解決しようというものです。

したがって特許法76条に定められているパテントリンケージ制度については、上記の3つの機関がそれぞれ下記の通り細則・弁法等を公表した上で施行されています。

 これらの弁法・規定を引用しながら、下記の全体像に従って説明を進めて行きます。

特許情報プラットフォームの開設

中国の薬事当局である医薬品監督管理局(NMPA)の審査センター(CDE)がパテントリンケージ制度の肝となる、新薬とそれにリンクした特許を収録した特許情報プラットフォームhttps://zldj.cde.org.cn/home)を開設しその管理責任を負います(パテントリンケージシステムの実施弁法 §2,3)。特許情報プラットフォームはアメリカのオレンジブックの中国版と言えます。

パテントリンケージ制度でのプロセスは以下の通りです。

①新薬の特許情報の提供

②ジェネリック申請の際の声明

③裁判所・特許局への訴え

④ 待機期間(化学医薬品)

パテントリンケージシステムの実施弁法§8

1)待機期間の内容

特許権者・利害関係人は化学医薬品ジェネリック申請の際に提出された声明IVに異議がある場合に、裁判所または特許庁に訴え出ることができます(前述③を参照)。特許権者等が45日以内に訴え出た場合、NMPA(医薬品監督管理局)はジェネリック申請に対して9ヶ月の待機期間を設けて、その間はジェネリック申請に対して承認を付与しないことになります。  特許権者等が45日以内に訴え出なかった場合、NMPAは通常の審査プロセスを経て薬事要件を満たしていれば、ジェネリック申請に対して上市承認を付与します。 なお待機期間の起算日は裁判所又は特許庁が特許権者等から訴えを受理した日です。また待機期間は一回のみ設定されます。

この待機期間の性格ですが、この間であってもCDE(NMPAの審査部門)はジェネリック申請に対して審査は継続されますが、上記の通りたとえジェネリック申請が薬事要件を満たしていたとしてもその間は上市の承認は付与されないことになります。

2)米国との比較

米国のMarket ExclusivityおよびPatent Linkage制度の下では、ジェネリック企業は先発の新薬が承認されてから4年経過後にジェネリック申請(ANDA)をする事ができ、その際Paragraph IV(中国の声明IVに該当)の声明を提出している場合に特許権者等は訴訟の提起が可能となり、そのときの待機期間は2年半となっています。したがって先発の新薬は、訴訟の提起を前提として少なくとも4+2年半=6年半は独占権を保証されており、この間にジェネリック薬が上市されることはありません。これに対して、中国はMarket Exclusivityに該当するデータ保護制度の導入は検討されている段階です。したがって現段階では先発の新薬が承認されれば、ルール上いつでもジェネリック申請が可能であって、声明IVが付されていた場合に特許権者が訴え出たとしても9ヵ月間しかexclusivityが保証されていないということになります。いずれにしてもデータ保護制度の導入を待っている段階です。

3)待機期間=化学医薬品に対してのみ設定

この待機期間は、化学医薬品についてのみ設定されています。したがってバイオ医薬品、漢方薬については待機期間はなく、ジェネリックが申請された場合には通常の審査プロセスを経て承認されます。ジェネリック薬の上市後に通常の侵害訴訟によって特許問題を解決して行くことになります。  

⑤ 裁判所・特許庁の判断結果と薬事審査プロセスの関係(化学医薬品)

パテントリンケージシステムの実施弁法§9

化学医薬品のジェネリック申請で声明IVが提出され、これに対して特許権者等が異議ありとして裁判所・特許庁に訴え出た場合、上記の通り9カ月の待機期間が設定されます。この待機期間中に裁判所・特許庁から判断(裁判所=判決、特許庁=裁定)が下りた場合、特許権者等は当該判断(判決・裁定)を10日以内にCDEに通知する必要があります。CDEはジェネリック申請に対して下記の通り審査・処理します。

1)判決・裁定が下記①、⑤の内容の場合⇒新薬特許の満了を待って、CDEはジェネリック申請の承認手続きに入る。

① ジェネリック薬は新薬特許の範囲内に入る。

⑤ 待機期間を経過後であっても、ジェネリック申請の上市承認の付与前に、ジェネリック薬は新薬特許の範囲内に入るとの判決・裁定が下りた場合。

ただし上記の場合であったとしても、その後下記の事象が発生した場合、ジェネリック申請の企業はNMPAに対してジェネリック薬の上市承認を付与するよう請求することができる。そのような場合には、NMPAは承認を付与するか否かを決定することができる。

① 判決・裁定が次の裁判手続きで覆った場合

② ジェネリック企業と特許権者等の間で和解が成立した場合

③ 新薬特許が無効との判断が下りた場合、または、

④ 特許権者等が訴訟・裁定請求を取り下げた場合

2)判決・判定が下記②~④の場合⇒新薬特許の満了を待たずにCDEはジェネリック申請の承認手続きに入る。

② ジェネリック薬は新薬特許の範囲に入らない。

③ 新薬特許は無効

④ 9ヶ月の待機期間内に、判決・裁定が下りない。

⑥ 声明IV以外のジェネリック申請(声明I, II、III)の取り扱い(化学医薬品)

パテントリンケージシステムの実施弁法§10

②ジェネリック申請の際の声明」で列挙した声明I(特許情報プラットフォームに関連する特許は存在しない)または声明II(特許情報プラットフォームに関連する特許は存在するが、すでに特許満了している、もしくは特許無効宣言されている)が提出されている場合、NMPAは当該ジェネリック申請に対して技術的な審査の結果を踏まえて上市の承認をするか否かの判断を下します。

また声明III(特許情報プラットフォームに関連する特許は存在するが、ジェネリック企業はジェネリック薬が承認されたとしても当該特許が満了するまではジェネリック薬を上市しない)が提出されている場合、NMPAは、同様な方式で判断を下します。但し承認が付与されたとしても、当該ジェネリック薬は、特許期間の満了を待って、上市が可能となります。当該ジェネリック申請より前に申請していたジェネリック薬が声明IVを提出し、それが認められて、後記の通り市場独占期間が付与されている場合には、当該独占期間の満了後に、当該ジェネリック申請に上市承認が付与されます。

⑦ チャレンジした最初のジェネリック薬⇒市場独占期間の付与(化学医薬品)

パテントリンケージシステムの実施弁法§11

ジェネリック企業が声明IVを出してジェネリック薬をカバーする新薬特許が存在することは認めつつも新薬特許に挑戦(チャレンジ)してその主張が認められ、さらにNMPAがジェネリック申請に対して上市承認を付与した場合には、最初の承認対象となったジェネリック薬に対して1年間の市場独占期間が与えられます。

つまり新薬特許にチャレンジしたジェネリック企業に褒美を挙げるという趣旨で、このあと1年間は2番目以降のジェネリック薬の上市承認を与えませんので、最初の1番目のジェネリック薬にはジェネリック薬市場での1年間の独占期間が与えられることになります。ただしこの1年間の市場独占期間は新薬特許の有効期間を越えては付与されません。

ここで新薬特許にチャンレンジが認められるとは、ジェネリック申請が声明IVを提出しており、かつジェネリック申請者が特許庁に対して新薬特許の無効審判を請求し、審査の結果無効の判断がされ、最終的にNMPAによってジェネリック申請が上市承認されることを言います。

前述の待機期間と同様、最初のジェネリック薬に付与される1年間の市場独占期間中であっても2番目以降の他のジェネリック申請に対してはCDEは技術審査を継続することができます。したがって他のジェネリック申請は市場独占期間が満了すれば承認付与のプロセスに入ります。

米国の制度の下では最初のジェネリック薬に180日間の独占期間が付与されるのに対して、中国では1年間です。中国の場合ジェネリック薬が承認されたとしても市場に浸透するまでに時間がかかることが一つの理由として挙げられています。

⑧ 化学医薬品以外(バイオ医薬、漢方)の取り扱い

パテントリンケージシステムの実施弁法§12、13

バイオ医薬と漢方については新薬承認取得者による新薬特許情報プラットフォームへの登録(パテントリンケージシステムの実施弁法§2, 3, 4)および新薬特許権者側による裁判所・特許庁への訴え(パテントリンケージシステムの実施弁法§7)が適用されます。 しかしながら同実施弁法§8の適用がないことから、裁判所・特許庁に訴え出ても待機期間は設定されない事になります。バイオ医薬と漢方について新薬特許情報プラットフォームに登録できる特許の類型は化学医薬品と異なっています(前述①参照)。

バイオ医薬と漢方薬のジェネリック薬(バイオシミラー等)の上市申請が出された場合、NMPAは技術審査を実施後に要件を満たしていれば承認の決定を下します。ただし裁判所・特許庁が当該ジェネリック薬が新薬特許の範囲内に入るとの決定を下した場合には当該ジェネリック薬は新薬特許の有効期間の満了後に上市が可能となります。

⑨ ジェネリック薬の上市後の特許侵害訴訟

パテントリンケージシステムの実施弁法§14

ジェネリック薬(化学医薬品、バイオ医薬、漢方)が上市承認された後に特許権者等が当該ジェネリック薬は新薬特許を侵害していると判断する場合には、特許法等の下で特許侵害訴訟の提起等によって紛争を解決することが可能です。ただしその場合であってもジェネリック薬に付与された上市承認の取消等の効果は発生しません。

⑩ 法的責任:虚偽情報等の提出

パテントリンケージシステムの実施弁法§15、最高裁規定§8、9、特許庁弁法§20、21

ジェネリック企業がジェネリック申請の際に提出する声明の内容に虚偽がある場合、もしくは特許権者が故意に新薬特許情報プラットフォームに無関係の特許等を登録する等の行為によって相手方当事者に損害が発生した場合、さらには裁判所・特許庁に提出した証拠等に虚偽がある場合、または相手方の秘密情報を漏洩した場合等、法的な責任を負うことになります。

以上、中国のパテントリンケージ制度の概観です。今後の実務等を通じで不明点が解消されて行くことになると思います。一定期間を置いて更に解説をする予定です。

以前紹介した「医薬品の特許紛争の早期解決システムの実施規則(药品专利纠纷早期解决机制实施办法)(試行)」の最終版が公表され、7月4日に施行されました。続いて、それに関連する裁判所、特許庁の細則も7月5日に公表されて施行され本格的に動き出すことになりました。

パテントリンケージ制度の全体像

従来、ジェネリック企業があるジェネリック薬の上市の承認申請をした場合、中国の薬事当局はその審査段階においてジェネリック薬が医薬品として必要な基準を満たしているか否かの審査をするだけではなく、特許に関連する問題も判断していました。つまり、当該ジェネリック薬の製造・販売が対応の新薬(先発品)をカバーする新薬特許を侵害するか否かについてもある程度のレベルで判断がされていて、問題がないと判断されてはじめてそのジェネリック薬に対して上市の承認が付与されていました。そこには外部の様々な利害関係者からの圧力がかかっていたであろうことは想像に難くありません。そして今回のパテントリンケージ制度では、特許問題の判断にあたっては薬事当局がジェネリック薬の承認審査段階で単独で行うのでなく、裁判所特許局とも緊密な連携を取って早期に解決しようというものです。

したがって特許法76条に定められているパテントリンケージ制度については、上記の3つの機関がそれぞれ下記の通り細則・弁法等を公表した上で施行されています。

 これらの弁法・規定を引用しながら、下記の全体像に従って説明を進めて行きます。

特許情報プラットフォームの開設

中国の薬事当局である医薬品監督管理局(NMPA)の審査センター(CDE)がパテントリンケージ制度の肝となる、新薬とそれにリンクした特許を収録した特許情報プラットフォームhttps://zldj.cde.org.cn/home)を開設しその管理責任を負います(パテントリンケージシステムの実施弁法 §2,3)。特許情報プラットフォームはアメリカのオレンジブックの中国版と言えます。

パテントリンケージ制度でのプロセスは以下の通りです。

①新薬の特許情報の提供

新薬の特許情報の登録

新薬を開発した企業はNMPAに上市承認の申請をし審査を受けた結果として承認を取得した場合には、当該新薬をカバーする特許(新薬特許)を特許情報プラットフォームに入力します。この入力は新薬の上市承認を取得した者(新薬承認取得者)が承認取得後30日以内に行う必要があります。登録すべき事項には下記が含まれます。

新薬の名称、剤型、規格、新薬承認取得者、関連特許番号、特許名称、特許権者、ライセンシー、特許成立日、特許満了日、成立状態、特許の類型(物質、用途、製剤等)、承認対象の新薬と当該新薬をカバーする特許クレーム(新薬特許クレーム)との関係、連絡先・その住所、連絡方法等。

パテントリンケージシステムの実施弁法 §4

前述の通り、特許情報プラットフォームの管理責任はCDEが負いますが、登録された情報の正確性や完全性等は申請人の新薬承認取得者が責任を負いますパテントリンケージシステムの実施弁法 §4)。内容に変更があった場合には30日以内に特許情報プラットフォームに登録しなければなりませんパテントリンケージシステムの実施弁法 §4)。

このように登録された情報は、公衆に公開されます。 

登録・公開された情報について第三者は下記の点で異議を申し立てることができ、新薬承認取得者は必要に応じて特許情報プラットフォームの情報を修正し、その修正理由についても公表する必要があります。

特許情報プラットフォーム掲載された情報と特許簿、特許公報、販売承認書の情報の不一致

新薬特許に含まれる用途特許と新薬承認対象の能書の適用症が不一致

新薬特許クレームが上市承認対象の新薬の対応技術をカバーしていない

パテントリンケージシステムの実施弁法 §4

対象となる新薬特許の類型(パテントリンケージシステムの実施弁法 §5,12)

中国のパテントリンケージ制度の対象となる新薬の特許の類型は下記の通りです。

  • 低分子医薬:物質特許、製剤特許、医薬用途特許
  • バイオ医薬:配列特許、医薬用途特許
  • 漢方薬:組成物・製剤特許、抽出物特許、用途特許

したがって本パテントリンケージ制度の下で審理の対象になるのは、新薬について上記の類型の特許であり、特許情報プラットフォームに登録されている特許に基づいてなされる提訴・請求のみです(パテントリンケージシステムの実施弁法 §2、最高裁規定 §2、特許局弁法 §4(4))。

上記以外の特許の類型(例えば化合物の製造方法)はパテントリンケージ制度の対象特許とはなりません。ですから対象外の類型の特許に基づいてパテントリンケージ制度の下で提訴しても、裁判所はこれを却下します(特許法 §76)。認められていない類型の特許に基づくジェネリック薬に対する差し止め訴訟は、通常の侵害訴訟等の枠組みでの解決となります。

低分子医薬とそれ以外では対象として認められている類型の特許が異なるだけでなく、パテントリンケージ制度の下での取り扱いも異なるので(次号で説明)要注意です。

②ジェネリック申請の際の声明

特許で保護された新薬が承認され市場に出て時が経って、次はジェネリック薬の出番です。ジェネリック薬を販売するための承認を求めて薬事当局(NMPA)に申請(ジェネリック申請)する際、ジェネリック企業は当該ジェネリック薬に対応する特許情報プラットフォームに登録されている先発の新薬特許に関して声明を登録しなければなりません。それらの声明は、特許情報プラットフォームに登録されている新薬の特許が自己の申請するジェネリック薬とどのような関係にあるのかについての声明です。ジェネリック企業が提出することが求められている声明は下記の4種類です。(米国のPatent Linkage制度におけるParagraph IVの声明は、下記の声明IVに該当します。)

  • 声明I:特許情報プラットフォームに関連する特許は存在しない。
  • 声明II:特許情報プラットフォームに関連する特許は存在するが、すでに特許満了している、もしくは特許無効宣言されている。
  • 声明III:特許情報プラットフォームに関連する特許は存在するが、ジェネリック企業はジェネリック薬が承認されたとしても当該特許が満了するまではジェネリック薬を上市しない。
  • 声明IV:特許情報プラットフォームに関連する特許は存在するが、当該関連特許は特許無効が宣言されるべき、もしくはジェネリック薬は当該特許クレームの範囲には入らない。

ジェネリック企業が声明I~IIIを出した場合、申請に係るジェネリック薬に対応した新薬(先発品)をカバーする特許(新薬特許)が存在しないか、満了しているか、満了していなくても満了を待ってからジェネリック品を発売するということです。新薬の特許権者との間では特に特許の侵害問題は発生しません。

ところが、ジェネリック企業が声明IVを出した場合、ジェネリック薬をカバーする新薬特許が存在することは認めつつも新薬特許に挑戦(チャレンジ)するということです。これには新薬特許は無効だと主張する場合と、新薬特許がたとえ無効でなかったとしても(有効であったとしても)ジェネリック薬は新薬特許のクレームの範囲外にあると主張する場合が含まれます。もし声明IVが出されるような状況でNMPAがそのままジェネリック薬を承認して上市された場合には、上市後に特許侵害紛争が勃発するのは必至となります。かかる特許侵害紛争の勃発を事前に防ぐためにパテントリンケージ制度において、ジェネリック薬の申請段階で下記のメカニズムに従ってジェネリック薬の特許侵害問題の有無を判断し、もし発売したら特許侵害になるような場合には当該ジェネリック薬には上市の承認を付与しないというものです。

この声明はジェネリック申請が受理されてから10日以内に特許情報プラットフォームで公開されます(パテントリンケージシステムの実施弁法 §6)。 

なお本制度の原案の段階では、ジェネリック企業が声明IVをNMPAに提出した際に対応する新薬承認取得者に対してこの声明IVの写しの送付を求めていませんでした。したがって新薬承認取得者はジェネリック申請を常にウォッチしておかなければならず、彼らの負担となることから問題視されていました。ところが今回の施行版では、ジェネリック企業は声明およびその根拠となる資料を新薬承認取得者に通知すること(その上で、新薬承認取得者が特許権者でない場合は新薬承認取得者は声明等を特許権者に通知すること)と規定されています。またジェネリック企業の声明が声明IVに該当する「ジェネリック薬は新薬特許クレームの範囲には入らない」である場合には、ジェネリック企業は声明の根拠となる資料としてジェネリック薬の技術と新薬特許のクレームの関係についての対比表、およびその関連資料の提出が必要となります(パテントリンケージシステムの実施弁法 §6)。

③裁判所・特許局への訴え

特許権者側によるジェネリック薬に対する45日以内の訴え提起

特許権者側はジェネリック企業が提出した声明IVの内容に異議がある場合、NMPAの審査部門(CDE)がジェネリック薬の申請がされたことを公示した日から45日以内に裁判所または特許庁に訴え出て、ジェネリック申請に含まれる技術内容(ジェネリック薬の物質、用途、製剤等の技術内容)が特許情報プラットフォームに掲載されている新薬特許クレームの範囲に入るか否かの判断を求めることができます(パテントリンケージシステムの実施弁法 §7)。

ここで訴え出ることができる特許権者側は特許権者に加えて利害関係人―当該特許権者から販売権等のライセンスを受けたライセンシーで、当該特許がカバーする新薬の上市の承認を取得している企業(新薬承認取得者) ― も同様に訴え出ることができます(最高裁規定 §2、特許庁弁法 §4(1))。

そして特許権者側は裁判所・特許庁が訴えを受理した日から15日以内にCDEとジェネリック薬の上市申請人に通知する必要があります(パテントリンケージシステムの実施弁法 §7)。

上記の期限内に裁判所・特許庁へ訴えが出されなかった場合CDEはジェネリック企業が提出した声明の内容に依拠して、ジェネリック薬の上市を承認するか否かを決定します(パテントリンケージシステムの実施弁法 §7)。

訴え出る先は裁判所か特許庁

訴え出る先が裁判所だけではなく、特許庁に対しても訴え出ることができることに違和感があるかもしれません。日本と違って中国の特許庁は特許侵害事件で侵害の行政裁定をする権限を有しています(特許法 §65、参照:特許行政 / 北京政府 VS 地方政府 知的財産権の侵害と行政救済)。一般の特許侵害訴訟で特許庁に訴え出る場合には当該特許局には地方政府の特許局も含まれますが、パテントリンケージ制度の下で訴え出ることができるのは国家知的財産局(北京の特許庁)です。特許庁は、担当部局として医薬品特許紛争早期解決システム行政裁決委員会を編成します(特許庁弁法 §2)。

裁判所に訴え出る場合は、北京の知的財産裁判所です(最高裁規定§1)。 

裁判所への訴え

裁判所は特許権者側が先に特許庁に訴え出ていたとしても、並行して裁判所に訴え出ることを許容しています(最高裁規則 §5)。さらに裁判所は新薬特許の無効審判の請求が特許庁で受理されていることを理由に訴訟の中断の申し立てがなされたとしても、原則これを認めないとしています(最高裁規則 §6)。 

また、裁判所において、被告のジェネリック企業が特許の無効を抗弁として主張はできませんが、被告が、①ジェネリック薬の技術は新薬特許の特許出願時に存在していた公知技術に含まれてる(公知技術の抗弁/特許法§67)又は、②ジネリック薬は新薬特許の出願時に既に事業化の準備等を進めていた(先使用権の抗弁/特許法§75②)との主張が認められ、裁判所は、かかる認定をした場合には、「ジェネリック薬は新薬特許のクレームに入らない」と判決を下すことが出来ます(最高裁規則 §7)。

特許権者等が保全の目的で、新薬特許の期間中、ジェネリック薬の製造・使用・販売・輸入の禁止を求めた場合、裁判所はかかる請求を審理の対象とするとしています。 然しながら、ジェネリック薬に関するNMPAへの申請行為・審査承認行為の禁止を求めたとしても、裁判所はこれを認めないとしています(最高裁規則 §10)。

尚、特許権者側が上記の45日以内に裁判所に訴え出なかった場合、ジェネリック申請者は、裁判所に対して「ジェネリック薬は、特許のクレームの範囲に入らない」ことの確認を求める訴訟を提起できます(最高裁規則§4)。

特許庁への訴え

特許庁に訴えることができるのは、特許権者、利害関係人(上記参照)、およびジェネリック薬の上市申請人です(特許庁弁法 §4(1))。

当事者がすでに裁判所に訴え出ている場合には特許庁への訴えは受理されません(特許庁弁法 §4(5),(6)、§10(9))。したがって裁判所と特許庁の両方に判断を仰ぐ場合には先に特許庁に裁定を求めていく必要があります。その後裁判所に訴え出ることは許容されています(裁判所規則 §5)。

また当事者が調停を望めば調停により解決を図ります。調停書が成立しない場合には特許庁は裁決に入ります(特許庁弁法 §15)。

裁決書にはジェネリック薬が新薬特許の保護範囲に入るか否かの認定、その理由・根拠が記載されます。そして裁決書はNMPAに回覧されると同時に公表されます(特許庁弁法 §18)。

当事者がかかる裁決に不服の場合には裁判所に訴えることが可能です(パテントリンケージシステムの実施弁法 §7、特許庁弁法 §19)。

その他

訴え出る際の必要な書類等についてですが、裁判所に訴える場合には最高裁規定§3に列挙、特許庁に訴える場合の書類は特許庁弁法§7,8に明示されています。もし書類不備等で不受理になった場合(特許庁弁法 §10)訴え出る45日の期限を過ぎてしまうと申し立ての機会を失うことになるので留意が必要です。特許庁で口頭審理がされる場合には5日前に場所・時間が通知されますが(特許庁弁法 §13)、短期間の事前通知なので対応の体制づくりが必要です。

特許権者側が特許庁と裁判所のどちらに訴え出るかは自由ですが、どちらが有利かそのプロス・コンスは別途に論じる予定です。

特許権者側が訴え出たとしてもCDAはジェネリック申請の審査を継続します。審査の結果技術的要件等を備えており承認できる状態になったとしても、訴え出た日からある一定期間ジェネリック承認が付与されません。この期間を待機期間と呼びます。次回はこの待機期間を中心に説明します。

④ 待機期間(化学医薬品)

⑤ 裁判所・特許庁の判断結果と薬事審査プロセスの関係(化学医薬品)

⑥ 声明IV以外のジェネリック申請(声明I, II、III)の取り扱い(化学医薬品)

⑦ チャレンジした最初のジェネリック薬⇒市場独占期間の付与(化学医薬品)

⑧ 化学医薬品以外(バイオ医薬、漢方)の取り扱い

⑨ ジェネリック薬の上市後の特許侵害訴訟

⑩ 法的責任:虚偽情報等の提出

2015年からの中国の薬事制度改革で、すでに上市されているジェネリック薬も含めて品質面で先発品との同等性を示すデータの再提出を求める等の措置が断行されて、中国のジェネリック薬は、「品質面」で大きな進歩を見せました。そして、2018年に主要都市(4+7の11都市)にて一部の医薬品で始まった購入量保証付きの一括購入制度が全国に広がりを見せています。政府が購入量を企業に対して保証する見返りとして、大幅な薬価の引下げを求める政策が浸透しています。それに伴って、「製造コスト面」でも構造改革が進んでいます。

このような制度の大改革の中で、中国の医薬品企業(ジェネリック企業)は大変貌を遂げており、品質向上、生産コストの圧縮、そして国際化の道を走っています。ちょうど今、中国では新薬の研究開発推進のための知財保護政策の具体化が進んでいます。政策の中心である「特許期間の延長」、「Patent Linkage」、「データ保護制度」は先発の新薬の開拓者利益と後発のジェネリック薬の廉価な薬剤提供に対する利益配分をどうやってバランスさせるかの課題でもあることから、中国の新薬の知財制度の理解のためにも、中国ジェネリック薬の動向については目を離せません。

ジェネリック薬の開発期間

ジェネリック薬は原薬・製剤の開発からBE試験(臨床試験)を経て上市申請に至りますが、その開発・試験期間は2年半前後とされています。先発の新薬が10数年の研究開発期間が必要と言われているのに比較しますと、ジェネリックの開発コストは格段に低く抑えることができます。

3、4類のジェネリック薬の開発ステージ 期間
準備期2か月
製剤開発9-10か月
原料開発5-8か月
安定性試験、BE試験12か月
合計28-32か月
3、4類のジェネリック薬の開発周期

ジェネリック薬の市場占有率 / 米国との比較

米国では、ジェネリック薬の市場占有率は、数量比で90%、金額費で10%を占めています。これに対して中国では、数量比で90%以上、金額費で70%以上とされています。将来的には、ジェネリック薬の比率は低下を続け、2025年には、その金額比率で50%程度になると予測されています。

中国、アメリカのジェネリック薬、新薬(特許満了薬、特許新薬)の販売高の占有率比較

ジェネリック薬(低分子薬)業界の発展の趨勢

2015年の中国の薬事制度改革によって、ジェネリック業界が淘汰の時期に突入しました。2015年の6千社から翌年には4千社にまで減少しました。しかしながら、中国にはまだ4千社のジェネリック企業(原薬の製造企業、製剤企業)がひしめいています。

中国の原薬メーカー、製剤品メーカー等の企業数

そして、2018年に始まった購入量保証付き一括購入により平均薬価が50%引下げられました。従来、総販売高の40%を占めていた販売経費が一気に吹き飛んでしまったことを意味します。この不透明な金の流れに対して、一括購入制度の対象とする医薬品の品目的、地域的な広がりに加えて、刑事事件が絡む腐敗撲滅運動も並行して進んでいます。そういった中で、ジェネリック企業の収益を生む隙間は、製造コストの低減にしか見当たらなくなってしまいました。製剤企業が製薬(API製造)企業を買収して集約化する動きも見られます。

ジェネリック薬の間の競争 / 最初に市場に出るジェネリック薬

米国で新薬の価格は、特許が満了してジェネリック薬が出現することにより、1年後の下げ率は51%に達します。また、最初に市場に出たジェネリック薬の価格は、特許満了後の新薬の価格に対して94%の価格であるのに対して、2番目のジェネリック薬は52%、そして20番目は6%にまで下がります。

中国ではパテントリンケージ制度の導入によって、最初のジェネリック薬に1年間の独占期間(この間、2番目以降のジェネリック薬は上市承認がされない)が付与されることが予定されています。この最初のジェネリック薬の特典を獲得すべく、中国の優良とされる代表的なジェネリック企業、例えば、恒瑞医药(Hengrui Medicine)、豪森薬業(Hansoh Pharma)、信立泰薬業(Salubris Pharma)、正大天晴薬業( Chiatai Tianqing )、華東医薬(HuaDong Medicine)等が競っており、これらの企業は、すでに病院・臨床家から広く支持を得ており、ジェネリック薬の中でのブランドを確立しています。

中国国産のジェネリック薬の「国際化」と「双循環」

上記の通り政策誘導により企業淘汰が進んだ結果として、中国のジェネリック薬は、品質面・価格面で国際的な競争力を獲得しています。中国企業による米国でのジェネリックの上市承認の為の申請(ANDA)の数は下記の通り、2018年にジャンプしています。

2009-2019年中国企業の米国ANDA申請数

特に、華東医薬(HuaDong Medicie)の海外展開は目覚ましく、2015-2019年に米国で80件のANDAを申請。このような海外展開をベースに中国の本土市場に回帰するという戦略で、中国国内における集中買付の環境下においても品質と価格優位性を武器に優位な立場を占めつつあります。2019年には、双成薬業(Shuangcheng)、正大天晴薬業(Chiatai Tianqing)、博雅生物製薬(Boya)等が米国ANDAの申請数で躍進しています。

このように、中国企業の国際化は、まず原材料である「医薬品の中間体」の製造・輸出から始まって、その後「API原薬」の製造・輸出に発展し、今日では「最終の製剤品」の製造・輸出に大きく踏み出している段階にあります。中国の医薬品を取り巻く政策の大改革を踏まえて、品質向上、コスト圧縮を果たした中国のジェネリック薬は、海外への輸出と同時に国内での集中買付での入札・落札の「双循環」の流れに向かっています。

中国が導入を予定しているパテントリンケージ制度をシリーズで説明します。<前回の記事はこちら
いまだ、制度の規則・弁法の最終化がされていない状況に鑑み、第二回目は、中国における制度導入前の新薬特許の無効問題について。

パテントリンケージ 制度 – 特許無効 / 新薬企業 vs ジェネリック企業、それぞれのアメ

パテントリンケージシステムは、研究開発により新薬を見出し最初の承認を取得し上市した「新薬企業」の立場に立てば下記の様なメリットがあります。

i) 新薬企業は、ジェネリック薬に対して薬事当局(NMPA)での上市の申請段階で当該ジェネリック薬が特許の権利範囲内に入ると判断する場合には、それを専門機関(裁判所又は特許庁)に申立てて、審理(ジェネリック申請段階の特許侵害審理)を求めることが可能となります。

ii) もしその申立てが認められれば、新薬特許が満了するまでジェネリック薬は上市の承認が与えられず、したがって市場に出現しません。

中国は新薬の研究開発を推進するための様々な施策を打っており、国内に新薬の研究開発型の企業が勃興しています。しかしながら、いまだにジェネリック薬が医薬品市場でガリバーの地位を占めています。ただし、ジェネリック薬市場の競争はますます激しくなり、淘汰の時代に入っており、ジェネリック企業の産業環境は厳しいものになって来ています。

そういった中で、 パテントリンケージ制度の導入にあたって、ジェネリック企業に対してアメを与えています。新薬の特許が満了する前に、当該新薬特許は無効であると主張してジェネリック薬の上市の承認を求める申請(ジェネリック申請)を行い、実際に上記の「ジェネリック申請段階の特許侵害審理」で特許無効の主張が認められ、かつNMPAでの審査でジェネリック申請が認められて「最初」の上市の許可が付与された場合、当該「最初」のジェネリック薬に対して、1年間の独占販売権が与えられます(2020年9月、NMPA及び特許庁の連名による「医薬品の特許紛争の早期解決システムの実施規則(パテントリンケージ システムの実施規則)(試行)」(案)§11)。したがって、この1年の独占期間中は新薬と最初に承認されたジェネリック薬の二剤のみしか市場に出ないことになり、最初のジェネリック薬に営業上大きなメリットをもたらします。この機会を求めて、中国のジェネリック企業は特許部門を強化して、熾烈なる競争に勝とうと動いています。

アメリカのPatent Linkage制度では、特許無効を主張してこれが認められた最初のジェネリック薬に対しては、半年の独占権が与えられます。これに対して、中国では1年の独占権が与えられることが予定されており、特にジェネリック薬も含めて政府による一括集中買付制度が進んでいる中で、最初の一社となって相当期間の独占権が与えられるのは、その一社にとっては大きなメリットとなりえます。

新薬特許の無効の申立 / 特許庁

前記の通りPatent Linkage制度の下では、新薬特許の有効期間中に当該新薬特許が無効である等の主張をして上市のための許可申請をし、それが認められた場合にはジェネリック薬が承認されるわけです。そこで、従来(Patent Linkage制度が導入される以前)の中国では、特許庁での審査によって付与された新薬特許に対してジェネリック企業が新薬特許の無効を特許庁・裁判所に申立てた場合に、どの程度無効と認定されたかを見てみたいと思います。

多国籍企業(MNC)等を含む新薬企業が中国で新薬の臨床試験を終え、NMPAで新薬承認を取得して上市するまでには、その研究開始から10数年を経過しているのが一般的です。当該新薬をカバーしている特許(新薬特許)は、研究開始の数年後に特許出願を終えているので、当該新薬の中国での上市時にはすでに特許として成立しています。そのような新薬特許に対して、ジェネリック企業は特許満了日を睨みながらジェネリック薬の開発を始めて、先発の新薬とのBE同等性の臨床試験を終えてからジェネリック申請をします。 ただし、新薬特許を無効にすることができるような事由がある場合には、ジェネリック企業は自己のジェネリック申請に先立って新薬特許の無効を特許庁に申立てます(特許法§45)。特許が無効となれば、ジェネリック薬は特許侵害問題を起こさずに市場に出ることができるからです。なお、特許の無効の申立てはジェネリック企業に限らず、何人も申立てることができます(特許法§45)。

新薬特許の無効リスク

パテントリンケージ制度の導入前の数字を見てみましょう。2017年~2019年の間に中国のジェネリック企業が新薬特許の無効を特許庁に申立てた件数は、60件です。この60件は、36品目の新薬に対するもので、対応する特許権は53件です(一つの新薬をカバーしており係争になり得る特許は、物質、結晶型、用途等を含めて複数ありうる)。無効審判の対象になった特許に対応する新薬を疾患別に分類すると、そのトップ3は、下記の通りです。

・糖尿病薬:7品目の新薬

・抗ウイルス薬:5品目の新薬

・抗がん剤:5品目の新薬

そして、特許庁での無効審判の結果は、特許が全部無効と判断されたのが55%(33件)、部分無効が33%(20件)、特許の有効性を認める特許維持決定は7件です。年度別の統計は下記の通りです。

2017年~2019年の3年間の実績は下記の通りです。

かなりの高い確率で、新薬の特許が特許庁の段階で無効と判断されていると言えます。ただし、新薬企業は特許無効の判断が不服の場合は、裁判所(北京知財法院)に訴えることが可能です。そこで覆るケースも当然あります。無効とされた特許類型の内訳(物質、用途、結晶型、製剤等)については、上記の数字からは不明ですが、重要な物質特許については無効とされた特許の10%程度であり、多くは用途等の特許であるとされています。

特許無効の決定によるジェネリック参入の具体例

(1)ファイザー / 新薬 tofacitinib(JAK阻害剤/抗リウマチ薬)

中国のジェネリック企業2社、正大天晴と齐鲁は、2018年-2019年に新薬をカバーする2件の特許(物質特許及び結晶型特許)に対して無効の申立てをしました。特許庁は2018年8月に物質特許の無効、2019年11月には結晶型特許の無効を決定しました。その後、2019年後半にNMPAは、ジェネリック2社に対して上市の承認を付与しました。

(2)アステラス / 新薬 enzalutamide(癌免疫)

ジェネリック企業の2社、海納と复星は、新薬特許の無効を申立てました。海納は2018年3月に「特許明細書の開示が不十分・不明確」を理由に申立て。これに対し特許権者はクレームを修正することによって対抗し、特許庁はこれを認めて、2018年9月に「特許維持」が決定されました(無効の申立ては認められず)。

复星は2017年12月に「進歩性なし」を理由に申立て、特許庁はこれを認めて、2018年10月に全部無効の決定をしました。この新薬は中国へのNMPAへの申請が遅れたことから、先発品の新薬の上市の承認は、特許の無効の決定後の2019年になってからでした。

(3)アストラゼネカ / ticagrelor(血小板凝縮阻害剤)

アストラゼネカの新薬特許の3件は物質特許が2019年12月に満了、結晶型特許及び中間体特許が2021年5月に満了でした。2017-2018年、信立泰が特許庁に特許無効の申立てをします。特許庁はそれを認めて、3件とも全て無効との決定を下しました。アストラゼネカはこの無効の決定を不服として、一番目の特許については2018年1月に北京知財法院に提訴するも認められず。さらにこれを不服として2018年8月に第二審の北京高裁に訴え出て、アストラゼネカの主張(特許は有効)が認められ、特許庁に差し戻し判決を下しました。並行してアストラゼネカは、2番目の特許についての特許庁の無効の決定に対して、今最高裁で争っています。

(4) ノバルティス / imatinib /グリベック

ノバルティスは、画期的な白血病薬を2001年に米国において、翌2002年に中国において上市。中国ではこのグリベックのジェネリックをインドから輸入した患者家族が薬事法違反で摘発された事件が映画化(我不是药神(邦題:薬の神じゃない!))され、2018年に上映されて大ヒットしました。そして、中国のジェネリック薬の質向上、新薬の研究開発の推進の政策的推進の起爆剤となりました。このグリベックの中国の新薬特許は、物質特許が2013年に満了、その後数年にわたって用途特許が存続していました。この物質特許の満了時には、豪森、正大天晴、石薬等がジェネリック承認を取得。その時点で存続していた用途特許について、正大天春はノバルティスと和解しましたが、これを拒否した豪森は2014年9月に用途特許に対して無効の申立てをします。特許庁は当該用途特許は新規性の要件は満たしているが、進歩性がないことを理由に無効と判断。ノバルティスは北京の知財法院に訴えるも却下、更に2017年に北京高等法院に訴えるも特許庁の無効判断が維持されました。2016年以降8社が開発に参入しています。

新薬特許と日本企業の対応

新薬企業は研究段階で新薬の種が見つかると特許を世界各国に出願し、特許の成立を図りますが、その中でも実際に上市にまで辿り着ける新薬をカバーする特許はほんの一部です。しかしながら、たとえ上市に至る新薬をカバーする特許が成立したとしても、ジェネリックから特許無効の攻撃を受け、特許庁・裁判所で争った結果として当該特許は有効であるとの特許維持の審決・判決を獲得していくことは、そう並大抵のことではありません。アメリカでもPatent Linkage制度の下、ジェネリックに対するANDA訴訟やそれに伴う和解では、物質特許はまだしも、それ以外の結晶型、用途特許のジェネリック排除力は万全とは言えないのが現実です。 

中国では、一旦成立した物質特許ですら特許庁の審理(審判)で無効とされるケースも出てきています。その要因として、現状では中国の人口14億人の内、高薬価の新薬が処方されうる生活水準にあるのは一部の人達のみ(それが1億人以上はいらっしゃる?)で、大部分の人達には抗癌剤等の命に係わる薬剤についても手が出ないのが実情でした。したがって、ジェネリック業界が社会の中でいまだ無視できない力を有しているといった背景が影響していると言えます。

他方、新薬市場は従来から欧米が中心でしたから、当然の帰結として、新薬企業側は欧米での権利化、および訴訟防衛を最優先に考えて明細書等を構成し、権利化を図っていき、訴訟を追行していく社内体制にあると思います。特許関連の業務の専門家の方々は、日欧米の特許制度を熟知された上で、新薬特許の権利化のストーリーを描き英語で文書を作成し実務を進めて行くといった環境で仕事を進められているのが現場感覚だと思います。中国特許制度を熟知し、中国語の特許明細書を作成できる人材はまだまだ非常に少ないのが現状です。将来的に中国の新薬市場が世界の中で重要な一角を占めて行く中で、従来のように特許関連業務を欧米流、英語で進めて行くという仕事のやり方を見つめなおす必要があるのではないでしょうか。今後は、徐々に人材・言語も含めて専門的に中国対応ができる体制を作って行く必要があるように思われます。

このシリーズの次号は、中国のパテントリンケージ制度の具体的な規則・弁法等の最終案が公表され次第、解説する予定です。

中国が導入を予定しているpatent linkage制度をシリーズで説明します。第一回目は、背景、全体像の流れについて。

新薬特許とジェネリック参入 / パテントリンケージ制度の必要性

中国のサイエンス技術面での躍進は目を見張るものがあります。火星探索を可能にした宇宙技術、米国から圧力を受けるまでになっているHuawei等の技術力。中国では国家戦略として新技術開発を推進しており、火星・Huaweiに関連する「宇宙開発」、「AI/IT通信」を含む8つの重点領域が柱となっています。そして、「バイオ・新薬」の領域もその内の一つです。ところが、「バイオ・新薬」に関連して、中国の医薬品ビジネスでは過去にはジェネリックが圧倒的な市場支配力を持っていました。「バイオ・新薬」の新技術は海外で発展し、欧米の多国籍の医薬品企業(MNC)が中国で新薬市場を開拓してきた歴史があります。

MNCは自社で開発した新薬について中国で臨床試験を実施し、承認申請、中国の薬事当局(NMPA)の審査を経て、販売承認が付与され、そして上市へ。その後、時が経って当該新薬の特許が満了すれば、ジェネリック薬が場合によっては数十のジェネリックが一度に市場に参入していました。ただ、新薬をカバーする特許といっても様々な特許がありえて、物質特許に留まらず、用途、製剤、製法等々、そしてそれらが時の経過とともに五月雨式に満了して行きます。従来、中国の薬事法上は、先に承認を受けて市場に出ている先発新薬の特許満了後、ジェネリック薬に対して承認を付与するとのルールが存在していました。しかしながら、先発新薬の特許と言っても前記の通り、様々な類型の特許があり五月雨式に満了して行く、更には特許庁が誤って付与した特許(無効原因を含む特許)等もあります。そのような特許の満了が近づいてくると、申請されたジェネリック薬に対して上市の承認を付与するのか否か、そして、承認するとした場合にもいつ承認するのか、この点に対して、NMPAに様々な圧力がかかっていたのは想像に難くありません。MNCにとってはジェネリックが一旦出現すると新薬の利益に大きな影響を受けますし、ジェネリック企業は、新薬に対していち早く上市することができれば、大きな利益を手にすることができます。特にそれがブロックバスター新薬であれば、ジェネリック薬への承認の付与に対して、大きな注目が集まります、様々な類型の「特許」の満了日との関係においてもそうです。

中国でのパテントリンケージ制度の導入

そういった背景の下、先発の新薬をカバーする特許(一般に当該新薬を開発した企業が所有する特許:新薬特許)の満了後、NMPAはジェネリック薬に承認を与えるという原則の下、NMPAの審査・判断により透明性を持たせ、さらには「新薬特許」の特許権者、ジェネリック薬の申請者等の間で「新薬特許」の有効性、侵害・非侵害について争いのある場合に、どのようなルールの下で係争を処理するかについての制度設計が進んでいます。ジェネリックが承認され市場に出てくるまでに特許の侵害・非侵害の問題を早期に解決しようという趣旨です。侵害する(ジェネリック薬が新薬特許の権利範囲に含まれる)と判断された場合には承認がおりず、したがってジェネリック品は上市しないことになります。日本にはこのような明確な制度はないと言えますが、米国ではPatent Linkage制度の下でANDA訴訟により処理されています。

パテントリンケージ制度導入の経緯

「特許情報プラットフォーム」を利用した試行

中国で新薬の開発が終わり、NMPAに承認申請をする際、新薬の開発を行った企業(新薬企業)が当該新薬をカバーする特許(新薬特許)を特許情報プラットフォームに入力し、その特許情報が公衆に公開されます。そして、ジェネリック企業は「新薬特許」の満了日を睨みながらジェネリック薬の開発を進めることになります。しかしながら、ジェネリック企業は「新薬特許」の満了に先立って、「新薬特許」は無効であるとか、ジェネリック薬は新薬特許を侵害しないと主張(声明)し、NMPAに対してジェネリック薬を承認申請することが可能です。この「声明」も同時に「特許情報プラットフォーム」に掲載されます。

中国の国内情勢

patent linkage制度は、MNC等の欧米企業の圧力が契機となって、中国で制度設計が進められ、そして「米中貿易協議」において導入がコミットされました。他方中国では、「バイオ・新薬」領域の科学技術を重点領域として推進する政策の下、新薬の研究開発が大きな進歩を遂げてきています。従来は海外のMNC等が新薬を開発し、NMPAに新薬申請して上市するというのが全てであったのが、最近はそこに中国内資が自主技術で研究開発した新薬がNMPAに新薬申請され、上市という事例が増えてきました。このような情勢の下、新薬の知的財産保護については外資のMNCの利益だけでなく、研究開発を実施している中国内資の利益を守るという強い必要性も生まれてきています。このように米国からの外圧、更には中国国内の新薬の研究開発の趨勢等を背景に、今、制度が立ち上がろうとしています。

なお、patent linkage制度の具体的詳細は、上記の「医薬品の特許紛争の早期解決(Patent Linkage)システムの実施規則」(最終版)等の関連規則が最終化され次第、速報いたします。

1.医薬品の知財制度の改革の全体像

1)改革の背景

「過去の中国」では「化学工場」から出荷されたジェネリック品が「賄賂に満ちた流通網」を経て、病院、患者さんに届けられるという流れの中で、知財保護は出来るだけ狭く・弱くという考え方でした。中国の医薬品産業に対しては、日本の業界人の多くの方々の脳裏には、そういった過去の印象が深く刻印されているように思います。

日本的な感覚に立てば、我々の過去2‐30年の流れを振り返りますと、旧利権を壊して、新しい経済社会を作って行くというのは考えづらい事ですので、今、中国で、進んでいる変化を想像するのも容易ではないと言えるかもしれません。 一般論として、世界のサプライチェーンにおける中国のビジネスモデルは、外国企業が研究開発・設計した商品を中国で“製造”、そして海外へ“輸出”、国内の消費市場へ“販売”する、というモデルでした。しかしながら、それは、環境に負荷がかかり過ぎ、且つ、利幅の薄いビジネスでした。 

今、現在において、米中間で、通信・ITの先端技術の覇権が政治問題化していることから見て取れるように、中国は、重点産業分野において、「研究開発」による新技術の開拓・獲得、そういった方向への「舵切」が明確にされており、経済社会が大きく変革しています。そういった中で、医薬品の研究開発は重点分野の一つですが、今回のコロナウイスルで直面している状況が、中国による医薬品の「研究開発力」の強化への政策転換を更に、強く後押ししており、現に中国国内では新薬の研究開発型の企業が勃興してきており成果が上がりつつあります。かかる背景の下で、研究開発の促進の為の制度として、知財の強化が叫ばれています。

医薬品の分野が、米中間で政治問題化している通信・IT分野と異なっている所は、中国が医療分野で大きな国内問題を抱えていており、その制度改革と表裏一体の関係にあることです。医薬品の流通、薬価、保険、製品の品質等の問題がそれです。研究開発の成果はグローバルにインパクトを与えますし、その成果を保護する知財制度の整備は日本がかつて歩んできた道ですので、日本人にも分かりやすい筈ですが、研究開発の成果としての新薬の知財保護は、同時並行的にすすんでいる流通等の国内問題の解決の為の制度改革・法改正とも密接にかかわっていることから、問題が複雑化しており、分かりにくくなっていると思います。特に、これまで中国の医薬品産業のガリバーだったジェネリック企業が自己の存続をかけて利益主張をしている中、過去数年にわたる欧米から「外圧」が加わり、そして、今、米中協議の渦中にあればそれは尚更です。

上記では、医薬品の知財を「研究開発」の推進という発想で捉えましたが、新薬の研究開発型の企業の立場に立てば、自社が投資した成果として得られる新薬が市場に於いて安価なジェネリック薬からの攻撃に立ち向かっていくに際して、中国の知財制度は、どのように保護してくれるのか、といった視点で捉えていくことになると思います。

2)改革の方向性

(1) 外圧

過去、中国での医薬品の知財強化の進展は、自国内の医薬品企業の育成、強化という視点のみならず、中国で製造した消費財等の製品の巨大な輸出市場である欧米から、その反射として中国に対する圧力によって進められてきたと言ってもいいと思います。その典型例が、医薬品の物質特許制度の導入です。日本では1976年に導入されましたが、当時の日本は、日系の各社が中央研究所を設立し、自社研究を本格化していた時期に当たります。日本の医薬品産業の育成政策に合致するタイミングでの導入でした。他方、中国は、1992年の米国との知財保護に関する合意(米中知財保護忘備録)に基づき、同年に中国特許法が改正され、それ以前は不特許事由とされていた医薬品に初めて物質特許が認められるようになりました。ところが、この物質特許導入がされた1990年代当時、中国の国内企業で自前の新薬の研究所を持って研究開発をやっていた企業は皆無と言ってもよい時代でした。従って、当時の日米欧の外資が中国市場でジェネリック薬に対抗して新薬ビジネスの収益を上げることが出来るようにする為に物質特許が導入されたといってもよいかも知れません。中国で新薬の研究が本格的に立ち上がったのは、それから10年後の21世紀に入ってから、先ず、外資企業が上海等に研究所を設立、その後、中国の内資が追従する形で、今日に至っています。

今現在でも中国で製造した消費財等の製品の輸出先である欧米から中国に対して知財面での制度の改正圧力が続いており、今年1月に成立した米中貿易協議書の中に、後述するような中国の「医薬品」の知財制度の強化を求める条項が盛り込まれています。

(2) 医薬品の知財制度改正のポイント

そういった、背景の下で、今、新薬に関する中国の知財制度の改革は、主として次の3つのポイントに絞られています。

  1. 新薬の特許期間の延長
  2. パテントリンケージ(Patent linkage)
  3. 新薬データの保護

法律的には、上記(1)は、特許法の下で、特許庁の守備範囲、他方、上記(3)は、薬事法の下で薬事当局の守備範囲です。そして、上記(2)は、薬事当局、特許庁、裁判所の三者がlinkageによって繋がっています。

旧制度において医薬品の知財保護は、特許法の下での特許保護(出願から20年間の保護)、および薬事法の下での新薬に対する「監測期」の設定による保護でした。

特許による保護については、特許期間は現行では20年ですが、新制度の下では日米欧の制度に倣って特許期間を延長し、長い期間保護を与えるというものです。2020年7月6日に公表された「(第4次)特許法改正案」に該当条文が盛り込まれています。なお、patent linkageについても、同様に条文が新たに追加されました。

薬事法による保護については、旧制度の下で、新薬に対して5年間の「監測期」が設定されて、その間はジェネリック薬に対して承認が与えられないというものでした。しかしながら、日本の再審査制度(8年間の保護)と比べて、当該期間中であっても、ある条件を満たせば、ジェネリックが承認されるという穴抜けがありました。それを新制度の下では、ジェネリックが出現しない期間としての「監測期間」の制度を撤廃し、新たに「データ保護」制度を設けて、薬事法の下で、ある一定期間、日本の再審査期間中と同様にジェネリック承認を与えないという制度の導入が予定されています。尚、昨年末に発効した「薬事法」及び7月1日の「医薬品登録管理弁法」には、旧法下にあった「ジェネリックが出現しない期間としての監測期間」の規定が削除されましたが、他方、「データ保護」に関する新しい規定は入っていません。この「データ保護」については、「薬事法」と「医薬品登録管理弁法」の中間に位置する「医薬品管理実施条例」を含むその他の法律で規定される方向で検討されています。

本稿では、先ず、「新薬の特許期間の延長」について、解説致します。

2.「新薬の特許期間の延長」

1)新薬の特許期間の延長制度の検討経緯

(1)2017年、政策文書

特許期間の延長制度の導入の方向性が正式に公表されたのは、2017年の国務院による「医薬品等の承認審査制度の改革及び医薬品等のイノベーション推進に関する政策文書」でした。その中で、新薬のイノベーション推進の為として、「データ保護」、「patent linkage」と並んで、「特許期間の延長」制度を導入するとしていました。概念が述べられているだけで、具体的な延長の条件・期間・手続き等については、言及されていませんでした。

(2)2019年1月、特許法改正案(「2019年特許法改正案」)

特許期間の延長制度の骨格が初めて具体化したのは、特許法改正案が2019年1月に公表された時でした。その中で、「中国の国内及び国外で同時期に上市の承認申請をするイノベーション薬をカバーする特許は、その特許期間が最長5年延長される。但し、上市後の特許の存続期間は14年を越えない。」と規定していました。この案については、下記の点が議論の対象となりました。

i)「中国の国内と国外で同時期にNDA申請」

中国では経済的に中間層が厚くなり、新薬へのアクセスに対する社会的な要求も膨らんでいるなか、所謂、ドラッグラグが社会的な問題となっていました。海外企業の開発にかかる新薬が欧米に比べて、中国への上市が大幅に遅れていて、中国国内の患者に新薬のアクセルが与えられない状況が続いていました。かかる状況を踏まえ、中国政府は、「外圧」に対して、海外企業の有する中国特許の延長を認める見返りとして、延長の対象となる新薬が、中国の国内及び国外で同時期に上市の承認申請(即ち、NDA申請)をするとの条件を付けました。
ところが、この要件は、中国の国内企業の立場に立った場合、国内に加えて、海外でもNDA申請する必要性が出てくるので、国際化の進んでいない中国企業にとって不公平である。また、海外企業の立場に立った場合、中国の特許延長が認められる為には、海外と同時期に中国での開発を進めて中国でNDA申請をせねばならず、かかる要件が課されていない欧米日韓等の諸外国の制度の下で中国企業が延長の利益を享受できるのと比べて、公平性に欠けると。

ii) 「上市後の存続期間の制限」

欧米とも延長期間は最長5年ということで同じであるが、上市後の存続期間の足切りは、米国は14年であるが、他方、欧州は15年であり、その点、再検討の余地があるのではないか。

尚、具体的な、延長期間の計算式は、特許法より下のレベルの細則等で処理されることになると思われますが、日本方式(特許成立日から新薬承認日までの期間)ではなく、米国方式(臨床試験期間×50%+承認審査期間)をベースに検討がされています。

(3)2020年1月、「米中貿易協議書」

その後、米中貿易協議書が今年の1月に発効となりました。協議書は、知的財産、農産物輸出、金融サービス問題が柱となっています。その第一章が知的財産に関するもので、営業機密保護、医薬品に関する知財問題が扱われています。医薬品に関する知財問題としては、具体的には、特許期間の延長、及びpatent linkageに関連する規定が盛り込まれています。

尚、この米中貿易協議書の規定と「2019年特許法改正案」との違いのポイントは次の通りです。
i)「2019年特許法改正案」で延長の条件とされていた「中国の国内及び国外の同時期のNDA申請」との要件が米中貿易協議書には盛り込まれていないこと。
ii)特許期間延長の対象となる発明の種類について、米中貿易協議書では、上市の承認の対象となった医薬品及びその使用方法に対応する物質、用途、製造方法の発明に関する特許が延長の対象になる、と明記されていること。

この米中貿易協議書では、米国は、中国に対して医薬品の知財保護の改正を求めると同時に、米国が自国内で既に与えている知財保護のレベルは、中国に求めているレベルと同等又はそれ以上であるとの宣言もされています。その意味で、中国が米国からの外圧をベースになされる改正については、米国の制度の下で与えられる知財保護レベルが中国で与えられる保護の上限になりうるとも言えます。

2)2020年7月の特許法改正法案

先週、公表された「2020年特許法改正案」では、前回の「2019年特許法改正案」から下記の点について修正が加えられました。
i) 特許期間の延長の対象となる医薬品の範囲が、「2019年特許法改正案」では、「イノベーション新薬」をカバーする特許が延長されるとしていたのに対し、今回の改正法案では、「新薬」をカバーする特許としており、延長対象の医薬品の範囲が拡大したこと。
ii)「2020年米中協議」での合意文言を踏まえて、特許期間延長の要件とされていた「中国の国内及び国外の同時期のNDA申請」との要件が外されたこと。

上記i)の変更点の背景として、中国での医薬品の分類(新薬、ジェネリック等)が、今回の「2020年特許法改正案」の公表に先立って、中国の薬事法の下で施行される「医薬品登録管理弁法」(7月1日)の改正によって、分類の編成替えがなされ、下記の通りとなりました。この分類の趣旨ですが、NDA承認申請の対象の医薬品がどの範疇に分類されるかによって、申請するに際して必要とされるデータ・資料の範囲が決定されます。

第1分類:イノベーション薬(国内外未上市の新薬)
第2分類:改良型新薬(新製剤、新適用症等の新薬)
第3分類:海外で上市されているが中国で未上市の医薬品のジェネリックを中国で製造する医薬品
第4分類:ジェネリック薬
第5分類:海外で上市されているが中国で未上市の医薬品のオリジナルメーカーが中国へ輸入若しくは中国で製造する医薬品。

上記i)の特許延長の対象となる医薬品の範囲が拡大したというのは、「2019年特許法改正案」では、第1分類の医薬品が対象であったのが、今回の「2020年特許法改正案」では、第2分類も明確にその範疇に入ったということです。なお、日本の医薬品企業が日本で上市済の製品を中国に導入する場合、日本での上市の承認取得前に中国でNDA申請すれば、第1分類となりますが、そうでない場合には、第5分類の範疇に入ってきます(尚、第5分類の場合、NDA申請時に必要とされるデータ・資料は少なくて済むようになる)。その場合に「医薬品登録管理弁法」上は「新薬」の扱いにはなりませんので、そのような医薬品が延長の対象になるか疑問が残ります。しかしながら、そもそも、「2019年特許法改正案」の延長要件とされていた「中国の国内及び国外の同時期のNDA申請」における「同時期」とは、海外で上市の承認がされてから1-2年内に中国でNDA申請することを意味するとされていたので、多少の余地がありそうな状況です。 尚、今後、特許法の下で、公表される細則等の中で、「新薬」の範囲が規定されて行くことになる見込みです。また、上記で述べた、延長の計算式、延長の対象となる発明の種類等についても同様です。

3) 日本企業の検討課題

新薬の中国特許の期間延長を得る為の要件として、「2020年特許法改正案」では、「2019年特許法改正案」で規定されていた「中国内及び国外の同時期のNDA申請」との要件が外されました。しかしながら「新薬」であるとの要件が残っており、その「新薬」の範疇に入る為に、前記のような形を変えた同様の「要件」が課されることが想定されます。

欧米の多国籍企業は、中国の医薬品市場の将来の規模拡大を見据えて、15年以上前から上海、北京等の主要都市に研究開発施設を開設し、数千人の研究開発要員を抱えているところもあります。それらの企業の多くは、自社の新薬の開発については、欧米との同時開発体制を既に敷いており、品目によっては欧米に先駆けて、中国で最初に上市の承認を取得する例も出て来ています。従って、そのような多国籍企業にとっては、たとえ、特許の延長が得られる要件に「中国の国内及び国外の同時期のNDA申請」が加わったとしても、彼らの現状のビジネス・開発モデルから大きく逸脱することにはならないとも言えます。

これに対して、日系の医薬品企業各社は、欧米の多国籍企業と比べると、将来の中国市場の成長に対する考え方が異なっているからだと思いますが、中国でのグローバル同時開発体制については、出遅れ感は否めないとも言えます。そういった現状を踏まえ、自社の中国での開発体制を整えるのと同時に、中国への巨額の開発投資(インフラ整備も含め)を短期間で実行に移すことが難しい場合には、開発の早期の段階から、信頼できる中国企業との連繫も視野に入れて行くべき時代に入ってきていると思います。

(つづく)