中国医療保険と医薬品企業の打開策


最終更新日: 2022/04/6

日本の健康保険組合では、従業員の賃金が頭打ちになっていることから支払われる保険料の収入が伸び悩んでいます。他方、薬剤費を含む高齢者医療への支払い等の増加により健康保険組合の財政が悪化しています。

さて中国では、医療保険の財政はどうなっているのでしょうか?

コロナに直撃された昨年2021年度の医療保険基金の残高は、15%増加して、69兆円に登っているとのこと(医療保険局の発表による)。 にもかかわらず、近年、医療保険局は、例えば薬剤費については、① 集中買付制度の下、ジェネリック薬の購入価格に大鉈を振るってカット、更には、➁ 新薬も含めた医薬品の医療保険リスト入り(リストに入れば保険が適用され自己負担比率が大幅に低くなる)に際して薬価の大幅ダウン等、その政策推進の手を緩めていません。中国は日本の後を追っての老齢化時代への突入が近未来に不可避であるとの強い認識があるからです。

 中国経済の近年の膨張を背景に保険料の収入は年率10数%で増加している中で、医療保険局が強力な医療費抑制策を推進していることから、過去2年間は保険料の「収入増」が「医療費の支出増」を上回る状況が続いています。 逆にここから、中国の医薬品企業が抱える苦悩も見えてくることになります。

1.保険の加入者の総数

医療保険の加入者の総数は、2021年末の時点で、13億6千万人となっており、全人口の95%に相当します。その医療保険は二系列からなっていて、① 都市の会社員・工員等に対するもの(「都市職工医療保険」)および➁ 都市の高齢者・子供及び農村住民等に対するもの(「都市・農民住民医療保険」)の二つです。

両保険の加入者の数ですが、前者に対する医療保険は、3億5千万人で前年比2.8%増、後者は10億1千万人で前年比0.7%減です。前者の都市部の会社員・工員等の加入者総数だけでも、日本の3倍を超える規模です。

(国家医疗保障局,中康产业资本研究中心整理より) 

居民医保:「都市・農民住民医療保険」、在職職工:「都市職工医療保険」

2.医療保険基金の残高推移

2021年、医療保険基金の「収入」55兆3千億円、「支出」46兆2千億円です。 そして、医療保険基金の「累積残高」69兆円となっています。その残高は、近年、毎年15%前後の率で増加しています(過去4年の推移は下記の表の通り)。

单位:(億元)

来源:国家医疗保障局,中康产业资本研究中心整理

3.医薬品の医療保険リストへの収載状況

医療保険基金の財政は上記の通りですが、その裏腹として薬剤費の抑制策が強力に推し進められています。

それまで政府内の各部局に分散された機能を統合した形で「医療保険局」が設立されたのが2018年でした。それ以降、医薬品の医療保険リスト収載が4回行われ、計250種の医薬品が新たにリスト入りを果たしました。 そして、リスト入りした医薬品の薬価は平均50%引き下げとなっています。これらの医薬品を服用していた患者にとってみれば、対象の医薬品の価格が下がった上、医療保険でカバーされるようになったので、大きな恩恵にあずかったことになります。

なお、2021年の医療保険リスト改定では、74種の医薬品が新たにリスト入りしており、リストに収載されている医薬品は総計2,860品目です。うち西洋薬が1,486品目、他方、漢方薬が1,374品目を占めています。 

4.まとめ

過去2年間、コロナの流行でワクチン接種・PCR検査等の費用発生により、医療保険基金から相当額が拠出されました。他方、医療保険局が推進している、集中買付制度及び薬剤の医療保険リスト入りに際しての薬価カット等の施策等が推進されています。その結果として、医療保険基金の財政業況はむしろ良くなって来ています。

かかる状況下、中国の医薬品企業は従来のジェネリック・ビジネスが上記の通り政策的に強い薬価抑制に追い込まれていることから、今後は、新薬(first in class, me better)を取り扱うことによって、集中買付制度のリスク回避を図っていくことが強く求められています。このような中国の業界ニーズの動向変化を踏まえて、日本企業は、中国市場への導出戦略・導出条件の設定を練っていく必要があると思われます。

以上

Author Profile

川本 敬二
弁理士 (川本バイオビジネス弁理士事務所(日本)所長、大邦律師事務所(上海)高級顧問)

藤沢薬品(現アステラス製薬)で知財の権利化・侵害問題処理、国際ビジネス法務分野で25年間(この間、3年の米国駐在)勤務。2005年に独立し、川本バイオビジネス弁理士事務所を開設(東京)。バイオベンチャーの知財政策の立案、ビジネス交渉代理(ビジネススキームの構築、契約条件交渉、契約書等の起案を含む)を主業務。また3社の社外役員として経営にも参画。2012年より、上海大邦律師事務所の高級顧問。現在、日中間のライフサイエンス分野でのビジネスの構築・交渉代理を専門。仕事・生活のベースは中国が主体、日本には年間2-3か月滞在。
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