新薬IND申請の迅速承認(30日)制度が正式に始動・中国薬事制度改革
中国で、特定の条件を満たす新薬の治験許可(IND)申請について、申請後30日内に審査・承認を完了するとの新たな制度が正式に始まりました。
この制度は、新薬の迅速な市場導入を目指すもので、中国の創薬力を更に高めることに繋がると見られています。これに先立ち、2025年1月~7月の間、上海・北京で30日以内の承認制度(https://www.kawamotobbp.jp/articles/2500)が試行的に実施されていました。この試行期間中の運用経験を踏まえて、薬事当局(NMPA)は正式に通知を発し、当該制度を全国的に本格導入されることになりました。
1. 新制度導入の背景
1-1. 新薬に関する行政による制度改革
中国は、長らくジェネリック医薬品大国として知られていました。しかし、2015年以降、政府は医薬品産業の構造を大きく変えるための政策転換を断行。その目的は、ジェネリック薬の品質を国際水準に引きあげると同時に、画期的な新薬の研究開発を戦略として強力に推進することでした。
過去10年に亘り、この政策は、多岐にわたる側面から包括的に実行されてきました。
1)薬事制度の抜本的改革
NMPAは、新薬承認プロセスの迅速化と質の向上を図るための改革を実施しました。旧態依然とした賄賂行政から脱却し、NMPAの審査担当者を拡充し、実質審査の能力を向上させる等、薬事当局の組織体制の強化がはかられました。また、審査基準をICH基準等、国際的なレベルに合わせ効率化を高めました。更に、臨床的価値のある新薬の研究開発を迅速化する為に、各種早期承認制度(優先審査、条件付き承認等)が導入されました。
2)資金・インフラの積極支援
新薬開発に必要なエコシステムを構築する為に、政府は資金とインフラの両面から協力支援を図ってきました。政府からのサイエンス研究費の大幅拡充、研究所等のインフラ建設を通じて研究環境の提供。また新薬の研究開発への投資環境の整備、例えば、新薬の研究開発を支えるベンチャー投資の活性化(投資銀行を通じた資金供与(投資)、上海証券取引所に開設された「科創板」の創設)の措置等が講じられてきました。
3)知的財産権の保護強化
グローバルな新薬開発競争を促進する為の法的な環境整備のために、知的財産権の保護も強化されました。特許庁での審査担当者の増員、特許審査の質の向上。特許保護期間の延長措置や、裁判所での特許侵害訴訟の場面で特許権者の権利保護を強化する改正等が講じられました。
これらの多角的な政策措置により、中国は「イノベーション大国」へと、医薬品産業のパラダイムシフトが急速に進展しているのが現状です。
1-2. 2025年上半期の新薬承認から見る中国新薬R&Dの進展
政策主導による転換を経て、今年、2025年上半期(1月~6月)の中国での新薬の上市の承認の数は57品目あり、前年度比60%増、と新薬承認ラッシュが続いています。以前は、新薬の上市の承認数は外資系の企業が大半を占めていましたが、下記の通り、中国の内資系が激増しており、逆転現象が起きています。
1. 抗腫瘍新薬
治療領域 | 薬物名称 | 企業 | 標的/タイプ | 適応症 |
乳腺癌 | ピルシロシブ | 軒竹生物 | 細胞周期蛋白キナーゼ4/6阻害剤 | – |
アベマシクリブ | 嘉和生物 | 細胞周期蛋白キナーゼ4/6阻害剤 | – | |
フルベストラント | 復星医薬 | 細胞周期蛋白キナーゼ4/6阻害剤 | – | |
カルゼガチブ | アストラゼネカ | 蛋白激酶AKT阻害剤 | HR+晩期乳腺癌 | |
イプリアナリブ | ロッシュ | 破骨細胞性アルカリホスファターゼ-3阻害剤 | 非小細胞肺癌 | |
血液癌 | タゼメトスタット | 益普生/和黄 | メチルトランスフェラーゼEZH2阻害剤 | 濾胞性リンパ腫 |
アボミニブ | ノバルティス | 脂質輸送蛋白STAMP阻害剤 | 慢性髄様白血病 | |
ジカプカブトール | 澤璟生物 | 胚発生受容体キナーゼJAKと骨形成受容体ACVR1の二重阻害剤 | 骨髄線維化 | |
CD19単抗 | 诚健华 | CD19単クローン抗体 | びまん性大細胞型B細胞リンパ腫 | |
CD38単抗 | サノフィ | CD38単クローン抗体 | 多発性骨髄腫 | |
多発性骨髄腫 | BCMA/CD3双抗 | ファイザー | B細胞成熟抗原/CD3二重特異性抗体 | – |
タゲサーダ単抗 | J&J | CD3/G蛋白共役受容体5D二重特異性抗体 | 難治性多発性骨髄腫(再発/難治性) | |
その他実体癌 | HER2双抗 | 百済神州 | 人表皮成長因子受容体2二重特異性抗体 | 胆道癌 |
フィリポリブ単抗 | 神州細胞 | プログラム細胞死リガンド1/PD-1単抗 | 頭頸部扁平上皮癌(表皮成長因子受容体/肝細胞癌) | |
エマバブ単抗 | J&J | 表皮成長因子受容体/肝細胞増殖因子受容体二重特異性抗体 | 非小細胞肺癌(表皮成長因子受容体20番エクソン挿入変異) | |
リカセチニブ | 奕康/信达 | 第三世代表皮成長因子受容体キナーゼ阻害剤 | 非小細胞肺癌 | |
ルマケラス | 加科思/艾力 | KRAS G12C変異阻害剤 | 非小細胞肺癌 | |
法米替尼 | 恒瑞医薬 | 多標的チロシンキナーゼ阻害剤 | 盲腸癌 | |
セラフリブ | 赛沃薬业 | 腺癌二次リン酸化酵素複合阻害剤 | 卵巣上皮癌 | |
新世代AR拮抗剤 | 海創薬業 | ステロイド酵素受容体雄性ホルモン受容体阻害剤 | 去勢抵抗性前立腺癌 | |
ダリザチニブ | J&J | 線維芽細胞成長因子受容体阻害剤 | 尿路上皮癌 |
2. 非腫瘍領域新薬
疾患領域 | 薬物名称 | 企業 | 標的/タイプ | 適応症 |
自己免疫疾患 | エマキゲチニブ | 恒瑞医薬 | 選択的経口Janusキナーゼ1阻害剤 | 強直性脊椎炎/アトピー性皮膚炎/関節リウマチ/乾癬 |
イソキマブ単抗 | 康方生物 | インターロイキン12/インターロイキン23単クローン抗体 | 中等度から重度の尋常性乾癬 | |
フィンゴリモド単抗 | アッヴィ | インターロイキン23阻害剤 | 中等度から重度の活動性クローン病(国内で全身投与薬として初) | |
代謝疾患 | マズデュタイド | 信達生物 | グルカゴン様ペプチド-1受容体/グルカゴン受容体二重作動薬 | 減量(BMI≧28または≧24+合併症) |
イコパルナグロチド | 银诺医薬 | 長時間作用型グルカゴン様ペプチド-1受容体作動薬 | 成人2型糖尿病 | |
パエロン成長ホルモン | 特宝生物 | 長時間作用型成長ホルモン | 小児成長ホルモン欠損症 | |
替那帕ロ | 復星医薬 | ナトリウム交換蛋白3 | 慢性腎臓病による高リン血症 | |
DPP4阻害剤 | 石薬集団 | ジペプチジルペプチダーゼ4阻害剤 | 2型糖尿病 | |
稀少疾患 | ジスプラマブニ | 復星医薬 | 絹糸腺原繊維化蛋白阻害剤 | 稀少疾患 |
ヴォンダズールディ | 信念医薬/武田中国 | 遺伝子治療薬 | 中等度血友病B | |
トリウラカブ単抗 | アストラゼネカ | 補体C5単クローン抗体 | 稀少疾患 | |
ウィラテスプロ | 北海康成 | 酵素代替療法 | 粘多糖症 VI型 | |
神経系疾患 | スボレキサント | エーザイ | オレキシン受容体1/2拮抗薬 | 不眠症 |
ダリドレキサント | 先声薬业 | オレキシン受容体1/2拮抗薬 | 不眠症 | |
感染性疾患 | バロキサビル | 众生药业 | RNA聚合酶PB2サブユニット抑制剤 | 成人単純性A型インフルエンザ |
心血管系 | トルバプタン | 泰诺麦博 | 重組ヒトC-反応性蛋白単クローン抗体 | 破傷風予防 |
中国における「初」のブレイクスルー(国産新薬)
薬物名称 | 企業 | ブレイクスルーの意義 |
エラミトール | 鉑生卓越 | 国内初の幹細胞療法薬(ホルモン療法に失敗した急性移植片対宿主病) |
アンドレフス | 海思科 | 世界初の選択的経口κアヘン受容体作動薬による鎮痛薬 |
ウィラテスプロβ | 北海康成 | 国内初の粘多糖症 VI型酵素代替療法薬 |
ヴォンダズールディ | 信念医薬/武田中国 | 中国初の血友病B遺伝子治療薬 |
バロキサビル | 众生药业 | 世界初のPB2標的抑制剤(A型インフルエンザ) |
フィリポリブ単抗 | 神州細胞 | 国内初の頭頸部扁平上皮癌PD-1単抗 |
マズデュタイド | 信達生物 | 世界初のグルカゴン/グルカゴン様ペプチド-1受容体二重作動型減量薬 |
多国籍製薬企業による「世界初」の新薬
薬物名称 | 企業 | ブレイクスルーの意義 |
カルゼガチブ | アストラゼネカ | 世界初の蛋白激酶B抑制剤(ホルモン受容体陽性晩期乳癌用) |
タゲサーダ単抗 | J&J | 世界初のCD3/GPRC5D二重特異性抗体(再発/難治性多発性骨髄腫用) |
エマバブ単抗 | J&J | 世界初の表皮成長因子受容体/肝細胞増殖因子受容体二重特異性抗体(非小細胞肺癌表皮成長因子受容体20番エクソン挿入変異用) |
アボミニブ | ノバルティス | 世界初のSTAMPメカニズム阻害剤(慢性髄様白血病) |
2. 新薬IND申請の迅速承認(30日)制度
前述のような中国の新薬研究開発の進展状況の背景下、昨年(2024年)7月にNMPAは、上海・北京等の特定地域で、IND申請後30日以内の審査・承認のプロセスと完了させる制度(「IND 30日新制度」)の実験的な取り組みを期間限定で実施すると公表しました。<記事参照:https://www.kawamotobbp.jp/articles/2500> この実験的な期間が2025年7月に満了したことを受けて、今回、NMPAは、正式に全国で「IND 30日新制度」の運用を開始すると発表しました。<臨床試験開始の為の承認審査の最適化に関する公告 / 国家药监局关于优化创新药临床试验审评审批有关事项的公告(2025年第86号)>
この「IND 30日新制度」の適用を受けるためには、2つの要件、即ち、所定の要件を満たす新薬であることと、試験実施機関で臨床試験開始の為の手続きが開始されていることの要件を満たしている必要があります。
2-1. 特定の新薬の要件:
全ての新薬が「IND 30日新制度」の対象となるわけではなく、当該新薬(一類に分類される低分子医薬・バイオ医薬・漢方薬)が下記の何れかの条件を満たしている必要があります。(尚、一類とは、中国で上市の為の承認申請する際に海外で未承認・未上市であることを意味します。)
- 国が開発推奨する対象となっている薬剤であって、顕著な臨床価値を持つ重点的な新薬:
- 抗癌剤・伝染病等の重大疾患に関する新薬、RNA医薬・二重特異性抗体等の新薬を意味しています。
- CDE(医薬品審査センター)が公表した条件に適合する小児・希少疾患の新薬:
- 既存の抗がん剤の小児への適用拡大であってCDEが指定する(星光計画の下で)小児がんの新薬、CDEが指定する(関愛計画の下で)86の希少疾患に対応する新薬を意味しています。
- グローバル同時開発品。グローバル同時開発品のPh I・Ph II試験、中国の臨床試験機関の主要研究者が主導または共同主導で実施するPhⅢ国際多施設臨床試験の対象の新薬:
- 中国国内だけの開発上市を目指す新薬でなく、グローバル開発を目指す新薬を意味しています。
上記のように限定はありますが、日本企業も含めた外資が中国で臨床開発をする場合は、上記の3に該当する新薬も少なからずあると思われ、その場合には「IND 30日新制度」の対象となります。
2-2. 臨床試験実施機関に関する要件:
「IND 30日新制度」の適用を受ける為には、当該新薬の臨床試験を実施する機関(病院等)に関して、下記の二つの要件を満たしている必要があります。
- IND申請前に、実施施設として適正であることを確認した臨床実施機関で、試験実施の内部手続きが開始されており、倫理員会での検討がIND申請と並行して実施されていること。
- IND承認から12週間(3か月)以内に臨床実施機関で具体的に臨床試験が開始する(被治験者の同意書が成立する)こと。
- IND申請の前に臨床実施機関での作業を進めていること、特に重要であるのは、当該機関の倫理委員会で審査が開始されていることです。
尚、上記の要件を満たさず「IND 30日新制度」の適用を受けることのできない新薬は、従来の「60日黙示許可」制度、即ち、IND申請から60日以内に当局から応答のない場合は承認されたと見なされる制度の下で、処理されます。
3. 今後
上記1で示したように今、中国で承認されている新薬の数は激増しており、その前段の臨床試験のIND申請の数も同様に増えている背景下、NMPA当局としては、審査リソースが限られている中で、全てのIND申請を同じ扱いで処理するのでなく、選別して、重要な新薬については、優先順位を付けて「IND 30日新制度」の下で、開発をスピードアップさせる、というスタンスを取っていると思われます。
審査体制としては、CMCの審査レベルは高いとされますが、米国FDAの審査レベルに近づくためには、臨床関係の審査員のレベル向上を図る必要があるといわれています。今回のように試験実施施設の倫理委員会での評価・検討を前提条件にすることにより、試験実施機関の質のレベル向上が期待されますが、それと同時に、NMPA自身、その面での組織強化も同時並行的に進められていくと思われます。
以上
Author Profile
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弁理士 (川本バイオビジネス弁理士事務所(日本)所長、大邦律師事務所(上海)高級顧問)
藤沢薬品(現アステラス製薬)で知財の権利化・侵害問題処理、国際ビジネス法務分野で25年間(この間、3年の米国駐在)勤務。2005年に独立し、川本バイオビジネス弁理士事務所を開設(東京)。バイオベンチャーの知財政策の立案、ビジネス交渉代理(ビジネススキームの構築、契約条件交渉、契約書等の起案を含む)を主業務。また3社の社外役員として経営にも参画。2012年より、上海大邦律師事務所の高級顧問。現在、日中間のライフサイエンス分野でのビジネスの構築・交渉代理を専門。仕事・生活のベースは中国が主体、日本には年間2-3か月滞在。
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