中国における創薬技術の曙


最終更新日: 2021/06/13

今から18年も前の話になるが、投資会社でコンサルタントをしていた私は、上海のベンチャー企業の訪問を受けた。当時の手帳にWuxi Pharm Ge Liとだけあって特に注記はない。そのGe Li氏は今や中国発グローバル企業に成長したWuXi AppTechの創業者である。米コロンビア大学で化学のPhDを取得して中国に帰って起業したと知り、驚いたというより感心したものである。当時の中国に対する日本の見方はその程度で、その後の躍進は思いもよらなかった。今や中国は科学技術分野のどの指標をとっても米国に次ぐ位置を占め、日本は遠く及ばない。医薬産業統計を見てみると、その成長は2010年頃から始まって、ここ数年は正にうなぎ登りで、それを裏付ける中国の急速な経済発展と1980〜1990年の米国留学ブームによるGe Liさんのような海亀族*1 の活躍がある。翻って、日本の医薬品産業の過去を思い返してみると高成長の端緒は1960年の国民皆保険制度の発足で、それまでの輸入医薬品の販売から自社製品の研究開発に舵を切って大きく収益力を上げた。以降1970年頃から、日本独自の医薬品が相次いで世界市場に投入され、1990年半ばには米に次ぐ世界第二位の座を占めることになる。以来20年余を経て両国の状況は一変した。
中国の医薬品産業のここ数年の急成長はかつてのJAPAN as No.1を思わせ、2019年には初めてのグローバル製品であるBTK阻害薬を世界市場に投入した*2。実は2003年に世界に先駆けて中国発の遺伝子治療薬Gendicineを開発したが当時は大きな話題にならなかった。但し、これが技術基盤となって最近話題のCAR-T細胞療法の開発が活況を呈している。一方、これまで製薬産業を牽引してきた新規低分子医薬品(NCE;New Chemical Entity)の開発は国内市場中心であり必ずしも世界的レベルにあるとは言えない。つまり創薬イノベーションに関しては発展途上ということである。今や抗体医薬や細胞治療、遺伝子治療等、様々な治療モダリティの開発が盛んで、抗体医薬に限ってもブロックバスターの半数を占めるようになった。とはいえNCEは製薬産業のコメであり製薬企業がその研究開発から手を引くことはあり得ない。それでは、なぜ大躍進中の中国で創薬イノベーションが少ないのだろうか。創薬という言葉は日本の命名で、西欧ではクスリのタネ探しの難しさを「藁の中に針を探す」と表現するが日本では総力を挙げて「創り上げる」ものだと捉える。コンピュータ科学を駆使したタネ探しの技術は飛躍的に発展したが、タネを医薬品に育てるには企業での経験に基づいた医薬化学が必須である。中国では伝承医薬の歴史が長く、いわゆる西洋医薬の導入が遅れたため未だ創薬技術の発展段階にあると言える。但し海亀族に代表される人材の豊富さは世界的にも類を見ず、近い将来、世界の創薬エンジンになることは疑いがない。創薬技術に長い経験と実績を持つ日本と豊富な人材と世界を牽引する経済力を誇る中国との組み合わせが今後の世界の医薬品産業にインパクトを与えることは、20年前とは異なり、容易に想像できる。

*1 「海亀族」:海外の有名大学で学び、優秀な学術上・事業上の成績を残した後中国に帰国する人材のこと。留学から帰国した人を「海帰(ハイグイ)」と呼ぶが、この発音が海亀の発音と同じなのでそう呼ぶようになった。

*2 この画期的新薬については「BEIGENEの新薬が中国発の抗がん剤では初めてFDA画期的治療薬に」を参照

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本間 靖
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