12月5日、李克強総理は国務院常務会議を司会、《中華人民共和国特許法改正案(草案)》(中国語:中华人民共和国专利法修正案)を可決し、草案を2018年12月23日〜29日に開催予定の全国人民代表大会常務委員会に提出することを決定しました。
改正案では、知的財産権の侵害に対する罰則強化に焦点を当てています。国際慣行に沿って、故意侵害・模倣に対する賠償・罰金を大幅に増やし、権利侵害のコストを大幅に増加させることで、違法行為の抑止を目指しています。
さらに、権利侵害者が関連する情報を提供する責任を明確にし、ネットワーク サービス プロバイダの共同責任も明確にしています。
また、職務発明に関し、発明者・設計者が職務上創出した発明によって生まれた利益を享受できる報奨体制を奨励し、特許を受ける権利の発明者から所属する企業への承継システムを改善しています。

今回国務院を通過したこの特許法改正案には3つの注目点があります。

  1. 特許侵害に対して懲罰的損害賠償制度を導入した。
  2. 関連資料を侵害者が提供する責任があることを明確にした。
  3. ネットワーク サービス プロバイダの共同責任を明確にした。

特許侵害に対する懲罰的損害賠償制度

懲罰的損害賠償は、知的財産権を故意に侵害した場合、得られた利益を賠償するだけでなく、その上にさらに2倍~3倍の懲罰を加えることにより、故意の侵害をなくすことを目指すのもです。

現行の特許法の損害賠償規定(§65)において、特許権の侵害に対する補償額は以下の優先順位で決定するとしています。

  1. 権利侵害によって被った特許権者の実際の損失に応じて決定されます。そして、特許権者の実際の損失が立証できない場合には、
  2. 侵害者によって得られた利益に応じて決定されます。そして、特許権者の損失、侵害者の利益のどちらも立証が困難である場合は、
  3. その特許の特許ライセンス料を勘案し、その倍数を合理的に決定するとしています。特許権者の損失、侵害者の利益、特許ライセンス料のいずれも決定が困難である場合、
  4. 裁判所は、特許権の種類・侵害の性質・状況に応じて、10,000元から100万元以下で賠償額(法定損害賠償額)を決定することになっています。

実際のケースにおいては、特許権者の製品等の売上の減少は多くの要因の影響を受けるため、権利侵害に絞った売り上げの喪失を計算することは非常に困難です。また、侵害者の利益の計算は、関連する販売数量のデータに依存しますが、その正確なデータを権利者側が立証することは非常に困難です。さらに、権利侵害に関わる特許について、特許権者が第三者にライセンスを提供していな場合には、合理的なライセンス料も論争の的になります。従って、中国における特許訴訟のほとんどは、法定損害賠償の範囲内で決定されています。この結果、特許権者はしばしば、訴訟に勝利しても金銭的には損失となり、受け取った賠償額では弁護士費用を支払うにも不十分というのが現状です。

また特許侵害の損害賠償は、主に損失補填を原則としています。そのため、賠償額は損失の補償または利益を吐き出させることに留まります。しかしこの原則では、結果として、侵害者の多くが利益を上げてしまう事態を招きます。即ち、最悪でも利益を取り上げられるだけですので、競合他社が最新の製品を売り出すと、特許侵害の有無などは考えず、直ちに追随し、訴えられても裁判を長引かせる作戦に出ます。そして特許訴訟が終了する頃には関係する商品はすでに次の代に換わっているのです。タオバオやアマゾンで次々に新しい商品が生み出されていますが、多くの企業はそのようなヒット商品をウォッチしており、すぐに模倣品を投入し、訴えられるまでに少しでも稼ごうとしています。

このような状況を変えるため、改正案では特許侵害に懲罰的損害賠償制度を導入し、侵害者は故意に特許を侵害した場合には、取得した利益を大きく超える賠償を払うことになります。この制度が導入されれば、現在の「窃盗的商法」は致命的な打撃を受けることになります。多くの特許権者が損害賠償の額を少しでも高額にしようとするでしょうから、侵害が故意であったと追求することになるでしょう。特に、特許権者が関連する特許について前もって警告等の注意喚起を促していた場合には、侵害者が通常の2〜3倍の損害賠償責任を負う可能性が高くなります。

侵害者の証拠提出責任

改正案では侵害者が関連する情報を提供する責任があることを明確にしました。現在、侵害者が関連する販売データを提供しようとしない場合、特許侵害による特許権者の補償額、侵害者の利益の額等の立証は非常に難しく、多くの場合に法定損害賠償額で決着しているのが実情です。改正後は侵害者が協力して関連する証拠を提供しなければ、自己にとって不利に働くことになりますので、侵害に対する抑止力となります。

ネットワーク サービス プロバイダの共同責任

現状の関連法規を整理しておきましょう。

《侵権責任法》第三十六条第二項の規定によれば、『ネットワーク利用者がネットワーク サービスを通じて権利侵害行為を行った場合、権利者はネットワーク サービス プロバイダにその旨を通知し、削除・遮断・切断など必要な措置を講じさせる権利を有する。ネットワーク サービス プロバイダが通知を受け取った後に必要な措置を取らなかった場合、損害が拡大した部分において、ネットワーク ユーザーと共同責任を負うものとする。』としています。 

これに対して、著作権侵害の処理の規定は比較的整備されているとも言えます。《情報ネットワーク伝達権保護条例》第十四条および第十五条によれば、『権利者は、何かの作品・パフォーマンス・音声・映像が自分の情報ネットワーク伝達権に関わっているか、削除・改変されたと判断した場合、情報保存領域・検索・リンクサービスのネットワーク サービス プロバイダに書面で通知、情報やリンクの削除を要求することができる。権利者からの通知を受けた後、ネットワーク サービス プロバイダは、著作権を侵害している作品・パフォーマンス・音声・映像情報を即座に削除するか、リンクを削除し、同時に権利者からの通知を送信者に転送しなければならない。送信者の住所が不明などで転送できない場合、それをインターネット上に表示する。』としています。

つまりネットワーク サービス プロバイダは侵害の存在を知った後すぐにリンクを削除することで、免責されることになり、実際には著作権の「抜け穴」となっています。商標権侵害の条項には同じような抜け穴はないものの、タオバオに関する裁判所の判例を見ると状況は基本的に同じです。ネットワーク サービス プロバイダが侵害通報窓口を設置していれば、商標権侵害の通報後すぐにリンクを削除することで、責任を逃れることができます。

通報・確認・削除プロセスには一定の時間がかかります。そして「Pinduoduo」のような共同購入サービスにおいては、短時間で一つの製品を大量に売り切ることができるようになりました。この場合、商標権を侵害している商品へのリンク削除は、すでに意味を持ちません。商標権でこの状況であれば、特許権侵害の処理はさらに複雑であり、共同購入サービス プラットフォームは権利を侵害した違法商品にとって最も良い販売方法となっています。

今回の特許法でも、ネットワーク サービス プロバイダの即時の措置がなければ連帯責任を負うことを明確にしており、措置が遅れることで拡大した部分に対して連帯責任を持たせるとしています 。言い換えれば、特許権者がプロバイダに通報して削除させることが容易にできるようになったと言えます。

2018年5月に非臨床・臨床の試験データの保護制度に関する法案が公表されています(cFDAより)。新薬の開発が終わって販売承認がおりた後、ある一定期間中、当該新薬の開発・承認取得者に対し市場独占の権利を享受させる制度としては、先ず、特許制度が挙げられますが、それ以外にも薬事制度の下でも保護制度が構築されています。先ず、中国に於ける新薬販売の独占期間を担保する制度の全体像を探り、その上で、データ保護制度(案)の内容を検討します。

1.中国の市場独占性と法制度の整備動向

「新薬の研究開発投資の促進」と「ジェネリック薬の適時の市場参入」の両面での政策目的の実現を図りつつ、その両者の利害を調整する為に、中国では、ここ1-2年の間に、「新薬の独占販売期間」の設定に関し、特許法及び薬事法を中心に様々な制度整備が図られています。

1)特許法

(1)「特許侵害の抑止」

先発の新薬をカバーする特許の有効期間中にジェネリック薬が市場参入した場合には、特許侵害問題が発生します。中国では、今、知財保護の強化の観点から、特許侵害行為の発生を抑止する為の諸規定を盛り込んだ特許法の改正(第4次改正)作業が進んでいます。

(2)特許期間の延長

更には、医薬品の特許保護期間(20年)を延長する為の新制度の導入についても具体的な検討がされています。(関連記事

2)薬事法

(1)「再審査期間」

日本の新薬に関する再審査期間に該当するのが、中国では、「監測期間」と呼ばれているものです。先発品としての新薬が承認された後、この期間中は、ジェネリックに対して承認が与えられない制度です。従来から各分類毎に、例えば新薬(新規薬効成分NCE)について5年、その他新製剤・新投与ルートについても夫々の期間が付与されていました。2016年3月に「低分子化合物医薬の分類改正」が行われ、NCE、新製剤・新投与ルート等の類を組み換えた上、夫々の類別に承認日から3〜5年の期間を設定し、その間、ジェネリックの承認が付与されないという制度が敷かれています。

(2)「Patent Linkage」

Patent Linkageの制度導入が検討されています。即ち、① 新薬の販売承認の申請者に当該新薬をカバーする特許情報の提出を求め、cFDAが当該特許情報を公開することを前提に、ジェネリック申請者が、当該特許が無効である等の理由がある場合には、当該事情を説明・表明することにより、特許の有効期間中であってもジェネリック申請が可能となり(「特許チャレンジ薬」の申請)、② 当該説明・声明がなされた場合、特許権者に回覧され、特許権者に対して裁判所に特許侵害訴訟を提起する機会が与えられ、他方、訴訟が提起されない等の場合には、ジェネリックに承認が付与されるとの新制度の導入検討がされています。検討中の案については、2017年5月のcFDAからの通知によって概要が示されています。

(3)「データ保護」

新薬の販売承認の申請者が自分で実施した試験から取得した臨床・非臨床の試験データについては、これを承認申請時に提出した範囲で、当該データの第三者による使用が禁止されるという「データ保護」制度の具体化が検討されています。

新薬の開発者は上記の特許法上及び薬事法上の保護制度を重層的に活用して、より長い市場独占を図ることが必要となってきます。

2.データ保護制度

現行の薬事関連法(「薬品管理実施条例」及び、「薬品登録管理弁法」)には、非臨床・臨床の試験データ保護に関する規定が存在していますが、その具体的な実施に関する細則が制定されていなかったことから、法律上はデータ保護がうたわれているにも拘らず、実際には試験データに対して保護が付与されていませんでした。日本では馴染みのない制度ですが、中国がWTOに加盟するに際して、TRIPS協定を順守する必要があり、その39条3項に、加盟国は新規化合物を含有する医薬品に対して販売承認申請に用いられたデータを保護の為の施策をとる必要があると規定されていることから、中国が、上記の薬事関連法に盛り込んだ経緯があります。

従来、データ保護は、絵に描いた餅の状態だったのですが、昨年(2017年)10月に中国の党中央・国務院が「医薬品・医療機器の承認申請制度の改革の強化及びイノベーションの推進に関する政策」を公表し、その中でデータ保護制度の構築(第18条)が宣言されたことを踏まえ、今年(2018年)5月にcFDAが「薬品試験データ保護の実施弁法(暫定)」(「データ保護弁法(案)」)として草案を公表し、パブリックコメントを求めました。その内容に基づき、近い将来、正式に細則が定められ、実質的に具体的なデータ保護が与えられることになるとされています。未だ、案の段階ですが、次にその概要を見て行きたいと思います。

1)保護の対象となる「医薬品」及び「試験データ」(「データ保護弁法(案)」§3、4)

新薬(NCE)、バイオ新薬、オーファンドラック、小児用薬及び「特許チャレンジ薬」について、自己が実施した試験によって取得した臨床・非臨床の試験データであって、承認申請にあたって申請データとして用いられた有効性等に関する未公開データに対して保護が与えられます。尚、安全性に関するデータについては、保護対象外とされています。

尚、今後、データ保護制度の細則を決めて行く段階で詰めなければならない点としては、
① 医薬品の申請データに関し、日本の情報公開法、米国のFOI法の下で、政府当局による公表の対象外となっているCMCデータの一部を含む商業機密データに対する保護をどの範囲で与えて行くのか。
②「特許チャレンジ薬」については、前記の通り、ジェネリック申請者が、先発品の特許が有効期間中に、当該特許が無効である等の主張(チャレンジ)をして、これが認められて、販売承認が付与されるジェネリック薬ですが、特許無効が最終的に裁判所で認定される必要があるのか否かも含めて、その条件は、Patent Linkage制度に関する細則の制定とセットで処理されることになります。

2)データ保護の保護内容(「データ保護弁法(案)」§8)

データ保護を受けている事業者(先発品の先発企業)の事前の同意を得ずに第三者(ジェネリック・企業を含む)が保護対象となっている試験データを使用して申請した場合、cFDAは当該ジェネリック申請に対して、下記の「保護期間」中は承認を与えない、との趣旨で規定されていることから、その範囲で、試験データに対して保護が与えられることになります。ここでいう試験データに対する保護の意味ですが、比較の意味で、例えば、不正競争防止法の下では、価値ある秘密データに対して保護が与えられますが、具体的には、秘密データの保有者は、第三者に対して、その不正使用があった場合には、裁判所に訴訟を提起することによって、その差止を求め及び損害の賠償を請求できるということです。他方、薬事関連法の下では、保護が与えられた「試験データ」をジェネリック企業が勝手に使用して、「保護期間中」にジェネリック申請をした場合、当該申請は承認されないという意味での保護が与えられます。

3)保護期間(「データ保護弁法(案)」§5)

新規有効成分含有(NCE)の新薬に対しては、当該新薬の試験データに対して、販売承認日から6年間のデータ保護期間が与えらます。これも含め、リスト化すると下記の通りとなります。

類別 保護期間 条文番号
NCE新薬 6年 §5
バイオ新薬 以下の場合を除く 12年 §5
① 中国が参加した国際共同治験の試験データであって、中国での申請が他国より遅れた場合(6年以上遅延の場合、保護は与えられない) 1〜5年
② 中国で実施した臨床試験データを用いず、海外の試験データのみを用いて申請の場合 上記期間の1/4
③ 中国の臨床試験データを補充して申請の場合 上記期間の1/2
オーファンドラッグ 6年 §6
小児薬 6年 §6

尚、「特許チャレンジ薬」については、今回の法案では「保護期間」について明示されておらず、Patent Linkageの制度と並行して、その「保護期間」が検討されていると思われます。

4)データ保護を求める申請手続き(「データ保護弁法(案)」§9,10,11)

データ保護を求める為には、対象の医薬品の承認申請時に、同時に、当該医薬品の試験データについて保護を求める理由及び求める「保護期間」を記載の上、データ保護の申請をする必要があります。CDE(審査機関)は、対象医薬品の承認審査と並行して、データ保護の審査を実施し、承認の付与時に、データ保護についての結果を通知します。「保護期間」等の情報は、公示されます。

5)保護されるデータの公表(「データ保護弁法(案)」§17)

データ保護を認められた者(即ち、新薬等の承認取得者)は、自主的に、保護対象となったデータを公開する必要があるとされています。これは、公表させることによって、公衆の監督監視下に置き、データの捏造等の不正行為を未然に防ぐとともに、試験の重複実施による資源の浪費を回避するのが目的とされています。

6)第三者による「保護データ」の使用(「データ保護弁法(案)」§14、17)

「保護期間」中であっても、ジェネリック企業等の第三者は、自分で試験を実施して、データを取得した場合、又は、「データ保護」を受けている先発の企業から同意を得た場合は、当該データを用いて、承認申請することが出来ます。

第三者から当該申請があった場合には、cFDAは、「データ保護」を受けている先発の企業に通知をして、異議を申し立てる機会を与えます。尚、かかる紛争は、最終的に行政訴訟によって、解決されるとされています。

前記の通り、当局は、今年5月に上記の制度案を公表し、パブリック・コメントを求めました。各団体等から出された意見・コメントを踏まえて、当局が検討中と思われます。本件につき、動きがあり次第、報告の予定です。
以上

中国、薬の特許期間を延長 5年間、先進国並みに」とのタイトルで「中国が5月から医薬品の特許期間を今の20年から最長25年間に延長し、先進国と足並みをそろえた」との報道がありました。(日本経済新聞、5月15日)

医薬品業界にとりましては、インパクトのあるニュースですので、本件の関連情報も含めて状況を報告いたします。

 

国務院(内閣)常務会議における重要決定項目

2018年4月12日に開かれた国務院常務会議にて、医薬品に関連したいくつかの重要な政策が李克強(首相)により発表されました。
① 5月1日より、抗がん剤の輸入関税をなくす(関連記事はこちら
② 抗がん剤を政府によって調達することにより、中間のコストをなくす(関連記事はこちら
③ 輸入新薬の上市を早めるため、臨床試験開始のためのIND申請制度、および医薬品輸入手続き制度の改正
④ 新薬に最長6年のデータ保護期間、中国と海外で同時上市の新薬について、最長5年の特許保護期間の補充
今回は項目④を取り上げます。

 

新薬に最長6年のデータ保護期間

新薬の販売申請にあたり、申請人は当局に当該新薬について動物試験、CMC、臨床試験などの様々なデータを提出します。このデータの保護期間を最長6年間認めるとしており、この間、cFDAはジェネリック申請に対し、新薬のオリジネーターが提出したデータの引用を認めないというものです。従って当該期間中は、ジェネリック申請に対して承認が与えられないということになります。
この案は昨年5月および10月に出された国務院の意見書に既に示されており、今回はさらに具体化され発表されたものです。しかし施行に当たっては各法律を調整する必要があります。実際、4月25日に国家薬品監督管理局は「薬品試験データ保護に関する実施弁法」の法案を公開し、パブリックコメントを求めています。(関連記事

 

最長5年の特許保護期間の補充

新薬NDA申請、上市を中国の国内外で同時に行なう場合、当該新薬に対して最大5年間の特許保護期間を補充するとしています。
中国は従来、先進国と比較すると医薬品承認審査の時間が比較的長く、開発者にとって経済的損失がありましたが、これを補償するものとなります。
こちらも試行するにあたっては法整備が必要ですが、具体的な動きは確認できておりません。5月から実施されたと日本では報道されましたが、誤報と思われます。前述の4月の発表の冒頭に「5月1日から」とありますが、これは第一項にかかるものであり、他の項目はこの限りではありません。現在、特許法の年内改正に向けて作業が進んでいますが、当該改正法の中で特許期間の補充制度が盛り込まれると見込まれます。

 

考察

データ保護期間の延長も、特許保護期間の延長も、中国政府がジェネリック開発よりも新薬開発を協力に後押しするとの意図の現れです。
しかし、中国の医薬品開発はいまだにジェネリックが多くを占めているという現実があります。このように早いタイミングで知的財産権の保護強化を首相の立場から明言したのにはどのような理由があるのでしょうか。特に特許保護期間の延長はこれまで当局から言及はされていたものの、首相によりいきなりの発表となったのは、それなりの理由があります。

3月1日、トランプ大統領がアルミ輸入制限を発動すると表明して以来、中国とアメリカの間で貿易戦争が始まりそうな状況にありました。しかし中国は輸出に依存した経済であるため、貿易戦争が無用に拡大することは避けたいとの立場です。そこでアメリカをある程度納得させるため、国内事情的にはやや時期尚早な政策を打ち出したのでしょう。
しかしこれだけでは国民の不満が高まることになります。中国医薬品メーカーの開発対象はまだまだジェネリックの割合が高く、ジェネリックの上市時期が遅くなることは医療費の負担として国民にも影響があるからです。そのため、抗がん剤の関税撤廃(関連記事はこちら)や政府調達による薬価低減も同時に打ち出したとみられます。

確かに今回の報道は、各国関係者にサプライズをもって歓迎されました。今後新薬を最初に上市する国として、必ず中国を含めるという流れになっていくはずです。
またデータ保護の推進によって、中国における新薬開発を大きく後押しすることにもなります。この点は関連記事「新薬に最長6-12年のデータ保護期間を与える法案が公開(執筆中)」をご覧ください。

 

関連記事

1. 改正の方向性とその準備状況:

1-1) 改正の方向性 / 特許権の強化

昨年 2015 年 4 月に中国特許庁より公表され、パブリックコメントを募った改正法案に基づき、その改正の方向性について、中国特許法の第四次改正案(前半)にて説明致しました。近年、中国の政府及び国内企業が研究開発の投資を積極化していることを受けて、中国国内の研究機関に於いて、自主技術、自主知財の蓄積が大幅に進んでいます。更には、中国経済が「新常態」に入り、従来の労働・資源集約型の重厚長大産業を中心とした産業構造からの脱却、その為のイノベーションの推進政策に力点が移されています。そのような中国の経済環境の大きな変革の下、特許法の改正準備作業が進んでいると言えます。

このように中国の国内に於ける、自主イノベーション創出の能力が一定水準に達しつつあることから、前回の論説では、中国の国内で生まれたイノベーション・発明の保護を強化する必要性があるとして、主として、知財保護の強化策の具体的な改正の内容について説明致しました。従来、特に、特許の侵害訴訟の局面で、原告の特許権者にとっては、訴訟に時間とコストがかかり、また、侵害・損害の立証に多大なる重荷が背負わされているにも拘らず、裁判所で認定される損害賠償額が低いこと等の問題点がありました。そのような問題点があることから、特許の侵害行為が絶えないといった社会を形成してしまったとも言えることから、これらを改善し、特許の保護レベルを引き上げることにより特許権者の権益を守ることが大きな改正のポイントであるとされています。

1-2) 改正の準備状況

その後、前記のパブリックコメントを求めた法案に基づく議論を踏まえ、更に、修正が加えられ法案が 2015 年 12 年 2 日、再度、バプリックコメントにかけられ、改正法案成立の為の最終プロセスに入っています。尚、昨年末に公表された法案では、前回説明した法律改正の方向性については、大きな変更点はありません。

1-3) 改正の方向性 / 権利の濫用

さて、特許法の改正により特許権の強化が図られれば、イノベーションを促進する効果が期待されますが、他方、特許権の強化による負の効果として、特許権者による特許権の濫用行為が出現することにも備えていく必要があります。日本での事例ですが、筆者は、医薬品の先端技術について、米国企業が日本で有する特許権に基づき、日本企業に対し、特許権の濫用ともいえるライセンス・ビジネス行為が行ったことから、その対応に苦慮し、非常に苦い思いをした経験があります。これは、ある特定の技術分野に関し、日米間に技術格差が存在しており、その格差の実態に直面したことを意味するわけですが、中国と日米欧の間には、それを遥かに超えたレベルで広い範囲において格差が存在しており、特に、知的財産の蓄積の程度については、大きな隔たりがあるとも言えます。中国では、先端技術分野に於いて、多国籍企業がその圧倒的な優位性を生かして、特許権の濫用とも言える行為が過去から数多くあったとされています。それへの対応として、特許のすり抜け行為、重複する侵害行為がなされてきたという面も否定できないようにも思われます。また、前述の通り、中国の国内企業等のイノベーション力がある一定レベルに達し、知財保護強化が必要な社会情勢になっているという背景がある一方で、中国の国内企業同士による特許侵害の訴訟合戦も多発するようになりました。このことは、社会コストの浪費につながります。このような背景の下で、改正法案では、特許権者が特許権の濫用に該当する行為をなすことを禁止する規定が追加されました。

知財強化を図ると同時に、その負の側面としての特許権者による特許権の濫用に該当する行為を、特許法上、明確に禁止することにより、両者のバランスを図ろうとしていると言えると思います。

2. 特許権の濫用とは:

特許権の濫用とは、特許制度の趣旨、即ち、科学技術・イノベーションの推進という制度の趣旨を逸脱して、特許権に基づいて、特許権者が不公正な権利行使をすることです。一般論として言えば、例えば、本来は無効であるような特許権に基づいて特許権の権利行使をすること、パテントトロール(特許侵害訴訟を提起すると脅して、許諾料・ロイヤルティーを漁る行為)、自己は実施しないにも拘らず、第三者がライセンスの許諾を求めてきた時にこれを拒絶する行為、更には、ライセンス契約において、特許権者が優越的な地位をむさぼって、ライセンシーに不公正な契約条件を押し付けること(グラントバック、最低ロイヤルティー支払い義務等)、特許独占(基本特許をベースに広範な特許網を取得・買い漁る)行為等が挙げられます。

では、具体的にどのような要件を満たせば、特許権の濫用に該当して、その場合、どのような法的な効果をもたらすのかについて、先ず、日本の制度と比較しながら現行の中国の法律(特許法の改正前)の全体構成を見ていきたいと思います。

3. 特許権の濫用に関する中国の現行の法的枠組み:

特許権の濫用を規制している法律としては、契約法、独禁法、特許法がありますが、夫々、どの様な観点から規制しているのかを見ていきたいと思います。

3-1) 契約法

「不法に技術を独占し、技術の進歩を阻害- – – – – する技術契約は無効」(契約法§329)としており、具体的に、どのような契約条項が「不法に技術を独占し、技術の進歩を阻害する」に該当するのかは、「技術契約の紛争の審理に関する司法解釈」§10 に、六類型が挙げられており、グラントバック、競合技術の採用制限、不合理な生産量・価格等の制限、原料購入義務、不争義務等が含まれます。

特許権者がその優越的な地位を乱用して、特許ライセンス契約に前記のような不公正な条項を盛り込み、ライセンシーにその履行を求めることは、特許権の濫用の一形態として捉えられますが、そのような契約は無効であり、特許権者は当該ライセンス契約で取得したロイヤルティーの返還義務を負い、また、過失ある場合には、損害賠償の責めを負います(契約法§58)。

3-2) 独禁法

「知的財産権を濫用して、競争を排除・制限する行為には、独禁法が適用される」(独禁法§55)として、特許権の濫用については、濫用行為の内、競争を排除・制限に至る行為についてのみが、独禁法の適用対象に入ってくるとしています。具体的には、「独禁法ガイドライン」に、上記で説明した契約法の下で無効とされている契約条項、行為の類型以外に、ライセンス拒絶、抱き合わせ、競争を排除するパテントプール・技術標準等について、ある一定の要件を満たした場合には、該当行為にあたるとして、当局による、停止命令、罰金刑の処罰の対象になるとしています。(詳しくは、日中の視点 / 知的財産権法 No.10 参照)尚、日本でも独禁法のガイドラインの下で、これに相当する考え方が示されています。

3-3) 特許法
① 独占行為と強制実施権

独禁法の下で、特許権の濫用であって、独占行為の対象と認定された特許権については、中国の特許庁は、特許法の規定に従って、第三者の請求に基づいて、強制実施権を設定することが出来るとされています(中国特許法§49)。従って、上記の独禁法の項で述べたように、特許権を濫用し、そのことによって競争を排除・制限する行為の基礎となった特許権については、第三者は、特許庁に申し立てることにより、特許権者の意向に拘らず、合理的なロイヤルティーを支払う等を条件としてライセンスが許諾されることを求めることが出来ます。中国では、この規定に基づいて、強制実施権が特許庁によって発動された事例はないとされますが、特許権者による特許権の濫用行為に対する法的制裁措置が準備されていると言えます。尚、日本の特許法上には、このような規定はありません。

② 特許権の効力が及ばない範囲

中国特許法§69 には、特許権の効力が及ばない範囲が示されています。
例えば、特許権者が中国国外で販売した製品が中国国内に入って来た場合、当該製品(並行輸入品)に対しては、中国特許権の効力は及ばないと規定されています(中国特許法§69-1)。更には、試験研究行為、ジェネリック品の医薬品としての許認可を取得する為に開発行為に対しても同様に特許権の効力が及ばないとされています。概念的には、このような特許権の効力が及ばないとされる範囲に入っているにも拘らず、特許権者がそれに対して特許権を行使したような場合には、特許権の濫用行為に該当することになるとも言えます。尚、日本の特許法においても、特許権の効力が及ばない範囲についての規定があり、更には、最高裁の判例に基づいて、中国特許法に列挙される該当行為については、特許権の効力が及ばないとされています。

③ 無効の特許権に基づく権利行使

日本では、無効であることが明らかな特許権に基づいて、特許権者が第三者に対し特許侵害訴訟を提起するような場合、被告側の当該第三者は、裁判所で特許が無効である旨の抗弁を主張することが出来ます(日本特許法§104の三)。権利の濫用は許さないという考え方が基本にあります。一方、中国では、裁判所でそのような主張をすることは許されず、被告は特許庁に対して、特許の無効審判を申し立てする必要があります。そのような場合、裁判所では、特許庁での無効審判の結果が出るまで、裁判官の裁量で審理の中止の決定が可能です。尚、被告側は、特許権の無効を主張(例えば、当該特許の出願時に特許発明は既に公知であったとして特許の無効を主張)できない代わりに、自己の実施している技術が当該特許の出願時に既に公知であった技術であることを証明することによって、侵害の成立を免れることは可能です(中国特許法§62)。

また、ある特許権に基づいて、侵害訴訟を提起する等の権利行使がされ、その後、特許庁(最終的には裁判所)によって当該特許の無効が確定したような場合、特許権者に悪意がある場合には、特許権者は損害賠償義務を負わねばならないとされています(中国特許法§47)。

4. 特許権の濫用に関する特許法改正後の法的な枠組み

上記で述べた通り、特許権の濫用については、既に、契約法及び独占禁止の下で、要件は異なるものの、夫々、該当契約は無効であること及び濫用行為の停止命令等の対象になるとされています。他方、特許法には、特許権者が特許権の濫用に該当する行為をしたような場合には、特許庁が強制実施権を設定できる等の措置を講じることが出来ますが、直接的にこれを禁止する原則的な規定はありませんでした。

今回、特許法の改正法案の§14 には新設規定として、下記が盛り込まれています。

「特許の申請、特許権の権利行使は、信義誠実の原則に基づかねばならない。特許権を濫用し、公共の利益を損なうこと、または、不合理に競争を排除・制限してはならない。」

独占権としての特許権に基づいて特許権者が権利行使する場合には、たとえ、それが特許権の権利範囲に入っていたとしても、どの様な場合にも権利行使が出来るというわけではありません。自ずと、制限がかかります。改正法では、特許権の権利行使は、信義誠実の原則に基づかなければならない、そして、特許権を濫用することによって、公共の利益を損なう行為、更には、特許権を濫用することによって不合理に競争を排除・制限することは禁止すると、その大原則が規定されています。

法改正後は、例えば、特許侵害訴訟の場面に於いても、被告側は、侵害の成立を免れるために、§14 に基づく抗弁を主張することが可能となります。ここで、特許権の濫用であって、§14 の要件を満たす特許権者の行為とは、具体的にはどのような行為をさすのかが問題となります。少なくとも、上記3で説明した行為が含まれることになると思いますが、更にどの範囲まで拡張されうるのか、現時点では定かではありません。但し、ここで注意が必要なことは、この抗弁が成立する為には、「特許権の濫用」だけでは要件を満たさず、条文にある通り、「公共の利益を損なう」こと、または、「不合理に競争を排除・制限する」ことの要件を満たす必要があります。その意味では、被告が§14 に基づく抗弁が認められるためのハードルは低くはないとも言えます。

尚、昨年末、国務院は、「知的財産権の濫用に関する独禁法ガイドライン」(案)を公表して、パブリックコメントを求める手続きに入っています。このガイドライン(案)では、独禁法の観点で、知的財産権の濫用(特許権の濫用を含む)について、特に、競合関係にある企業間に於ける共同研究の実施・パテントプール、技術標準、及び競合関係にない企業間でのライセンス契約に含まれる不当な契約条件等(グラントバック、不争義務等)に関連しこのように、特許法の改正により、特許権の強化を図る為の政策が推進されている一方で、それに並行して、特許権の権利行使に対して、社会公共の利益を確保し、また、市場での各技術間の競争が損なわれないよう、特許権の濫用を防止する為の施策も打ち出されてきており、制度面で権利強化との間で両者間のバランスを図ろうとしていると言えます。

以上

1.実施行為(特許侵害)と研究開発行為

特許権者は特許発明を「実施」する権利を占有する、という日本特許法の規定(§68)、これをどう理解するのか、僕の特許の売り買いの仕事の中では、一番重要な事です。ここで、「実施」とは、ですが、特許発明が新規の医薬品であれば、その新規特許医薬品を製造、「使用」、販売、輸出・輸入—-することを指します(§2③)。この実施行為の一つに挙げられている「使用」とは、広い概念であって、新規特許医薬品を使用すること、即ち、新規医薬品を用いて研究すること、開発することが含まれています。一方で、特にアカデミア・サイドの研究を企業の特許の権利行使から保護する為に、特許法は、特許権の効力の及ばない範囲の規定の中に、特許権は試験研究の実施には及ばない、と盛り込んでいます(§69①)。即ち、原則、所謂、研究による「使用」は、非侵害行為とされます。

2.医薬品の臨床開発行為と特許侵害

次に、開発(臨床開発を含む)による「使用」ですが、例えば、ジェネリック企業が第三者の有する特許でカバーされる新規特許医薬品をその有効期間中に開発(実施)することは、特許権者の特許発明を「実施」する権利を侵害することになるのか? これについては、米国では、特許法271(e)(Bokar条項)により、非侵害行為、日本では、特許法に明文の規定はないものの最高裁の判例により非侵害行為と考えられています。 そして、この非侵害のコンセプトは、特許権者には一方的に不利に働くので、新医薬品の特許期間の延長(20年を25年間に延長)規定とセットで制度に導入された経緯があります。さて、中国では。

中国では、特許発明の「実施」行為の範囲については、専利法§11に規定されており、日本のそれと同じと考えて問題ないです。そして、日本と条文番号が全く同じなのですが、専利法§69に、特許権の効力が及ばない範囲の規定があり、非侵害行為が列挙されており、その(5)に、Bolar条項が盛り込まれています。即ち

「行政当局への承認申請の為に必要なデータを提出する目的で、特許医薬品–を製造、使用、輸入する行為、及び専ら、その為に特許医薬品–を製造し、輸入する行為は、特許権の侵害行為とはみなされない。」

後段の所で、特許医薬品の治験薬等の製造行為自体が非侵害行為であると明記していますので、製造受託企業(CMO)は、申請目的である限り、ジェネリック企業からの製造受託を請け負っても侵害問題は発生しないことになります。
前記の通り、米日では、このボーラー条項は特許期間の延長とセットで制度に組み込まれましたが、中国では、前者だけの導入であり、片手落ちの状況です。現時点では、新規医薬品の特許権者は殆どが外資ですが、今、中国の内資による特許出願が急速に膨張していますので、特許期間の延長制度がいつかは議論の俎上に挙がってきてもいいよう思います。ただ、日米と違って、ジェネリックがこれだけ市場を押さえている現状はそう早くは変わらないでしょうから、中国国内の両グループのせめぎ合い、日米とはまったく違った視点からの解決にならざるを得ないように思います。

日本ではこの7月に特許法の改正が公布されました。
会社の研究所等でその研究者によってなされた発明(職務発明)の権利帰属について、従来は「発明者である研究者に帰属する」としていたのを、改正法の下では、原則、直接「会社に帰属させる」ことになりました。目的は、イノベーションを推進する為とされています。
会社人にとりましては、当たり前の結果になったとも言えますが(私は会社時代が長かったので、強い遺伝子の刻印があります)、他方、新発明の創出にあたって、強烈な個による牽引が求められるような場合には、組織が個に大きく覆いかぶさる結果となる今回の改正は、様々な組織形態からなる日本全体のイノベーションの創出にどのような影響を与えるのか、我々が選択した方向性ですが、疑問を持たれる方もいらっしゃるかも知れません。

さて、一方中国ですが、今、第4次の特許法の改正に向けて議論が盛んです。

1. 特許法の改正:

前回の第3次の改正は、2009年になされました。その改正では、中国の特許の質、ひいては、発明の質を高めるべく、特許付与の為の要件のバーを引き上げました(新規性の要件を国際レベルにまで引き上げる)。加えて、中国の特殊性を主張するような改正、例えば、中国国内の遺伝資源を使った発明について中国の利権を主張する為の条項も盛り込まれました。
それから6年が経過し、この間、特許の出願数では世界一に躍り出たように、中国の企業・研究機関の発明の創出に向けた投資熱が高まりましたが、他方、新たに生まれた発明について、それを事業化にまで持って行く為には、更に、強力な後押しが必要な情勢です。既に中国で武器となる特許権を有し、中国国内で積極投資の上、事業活動をしている外資系の企業は、権利者として、特許権でカバーされた製品の市場での独占権を確実にするために、特許権を更に強化し、その適正な保護がなされること主張しています。
特許侵害訴訟の局面では、中国の内資同志の係争も増えておりますが、制度上の不備も指摘されています。中国で自主イノベーションの能力がある一定の水準に達しつつある今、イノベーションを軸に経済構造の展開を図らなければならない中国にとって、イノベーションを更に推進する為に特許制度の見直しが必須の情勢であるという社会的な背景があります。

2. 日本企業から見た中国特許法改正(オープン・イノベーションに関連する範囲で)

日本企業が中国企業とライセンス契約及び共同研究契約等に基づく提携関係に入る際には、日本側から様々な懸念点が挙げられます。
ライセンス形態による提携の場合、日本企業が中国で有する特許権がその商品の中国市場に於ける独占権を確保するに際して、侵害者に対し、どれだけ抑止力を有しているのか。これは、中国では知財の保護が十分でないといった印象が本質にあります。
共同研究による連携の場合でも、そもそも中国の企業の研究開発力は連携するにたるレベルにあるのか。そして、共同研究から生まれてくる発明の保護が日米欧では問題ないとしても、中国においてキッチリと権利化されるのか、権利化されたとして、前者の問題点同様、特許権の保護は十分に保障されるのか。そういった懸念点が挙げられています。

中国では、低コストでの製造からイノベーションを駆動とする経済構造への転換の必要性と同時に叫ばれているのが、人治から「法治社会」への転換です。特に、現政権がスタートしてから事あるごとに法治社会の構築の必要性が強調されています。
一度締結した契約を、中国企業が日本企業同様に、キッチリと履行するのであろうか?
万一、履行されない場合には、適正な解決を図れる仕組みが存在するのか?
更には、中国で付与された特許権は、適正な範囲で保護される(侵害者に対し、抑止力として働く)のか、即ち、特許侵害が発生した場合、特許侵害者を排除できる仕組みが適正に働くのであろうか?
そういった日本企業が抱く懸念点の払拭を目指すことにも繋がるのが、この「法治社会」への転換です。

上記の様な懸念点に関連して、今回の特許法の改正は、中国の研究開発レベルを上げること、特許権の質の向上、特許の保護レベルを上げること等について、制度改善が試みられています。

2-1) 特許の保護レベルの引き上げ

中国の特許侵害訴訟の局面において、特許権者にとっては、訴訟に時間とコストがかかるだけでなく、侵害・損害の立証に多大なる重荷が背負わされているにも拘らず、認定される賠償額が低いこと等、問題点が指摘されてきました。その結果として、特許の侵害行為が絶えないといった社会を形成してきたとも言えます。
今回の改正では、下記の制度を取ることにより、特許の保護レベルの引き上げを図るとしています。

① 損害額の立証の負担軽減:

特許権者が侵害者による侵害品の販売等の特許侵害の行為によって被った損害については、裁判で損害賠償を請求することになりますが、侵害品の販売高等の数字の立証が困難なために、損害額の認定が低く抑えられてしまう傾向にあります。そこで、特許侵害訴訟に於ける被告である侵害者に対し、裁判所がその帳簿・関連資料の提出を求めることが出来るようにするとしています。

② 懲罰的な賠償金額の認定:

モグラたたきという表現で説明されますが、例えば、一旦、終息したかに見えた侵害行為が、関連会社によって再開される等、繰り返し侵害行為が再開されるケースがあります。
そのような場合、故意侵害として、裁判で損害額として認定された額の2〜3倍の額を懲罰的な意味で、裁判所は侵害者に支払い命令することが出来るとしています。

③ 行政機関による救済システムの強化:

特許侵害の救済システムとして、日本では、裁判所に侵害行為の差止と損害賠償の請求をすることができますが、中国では、そのような裁判所への訴えに加えて、中国特有の制度として、行政機関に対し、同様の申し出をすることが出来ます。
行政機関は、企業等の事業に関する許認可権を含め、企業に対して日本の行政に比べ絶大な権力を握っていますが、特許権者がその行政機関に対し、第三者の特許侵害の際に救済を求めることが出来る制度です。今回の改正では、その行政機関に対し、更に強力な権限を与えるとしています。
行政機関が審理の上、特許侵害行為の差止(中止)の決定をした場合、従来、侵害者は一旦侵害行為を停止した場合であっても、ほとぼりがさめると侵害行為を再開するといったこともありました。それを封じるために、差止の決定に際して行政機関に対し、侵害品の製造の設備、原材料・工具等を没収する、更には罰金の支払い等の行政処罰を課す権限を与えるとしています。
従来、行政機関に対して特許権者が損害賠償の請求をする場合、行政機関は裁判所のように判決によって損害賠償の支払いを命令する権限はなく、特許権者と侵害者の間で損害賠償の支払いの話し合いの調停をする権限しか与えられていませんでした。従って、侵害者が調停で合意した損害額を支払わないような場合、特許権者は再度裁判所に訴えることが必要となっていました。このように調停の内容の拘束力が弱いといった問題点がありました。今回更にそれを改善すべく、損害賠償額についての行政の調停による決定について、裁判所で確認し、強制執行を可能とすることとしています。

④ インターネット販売業者の侵害責任の明確化:

中国では、日本の楽天等のようなインターネットによる販売システムが急速に広がっており、大都市では日本よりも普及度が高くなりつつあります。侵害品がインターネット販売のチャンネルで流通した場合、従来は、「侵害責任法」の下で救済が図られていましたが、侵害品の排除が十分ではないとされていました。特許法の改正により、そのようなインターネットの販売業者に対し、侵害品の製造業者と同様に侵害者として明確な責任を負わせることとしています。

<中国特許法の第四次改正(後半)-特許権の強化 vs 特許権の濫用>に続く

ある基本技術Xについて、日本企業(ライセンサー)が中国で基本特許を有しており、当該特許に基づき、中国企業(ライセンシー)に契約地域を中国としてライセンス許諾がされることを想定してみましょう。中国企業のR&D能力が強化されつつある現状では、基本技術Xが製品であれ製造方法であれ、ライセンシーの中国企業は中国での基本特許のライセンス許諾を受けた後に、技術Xそれ自身の商品化を行うことと並行して、技術Xの技術改良に努めることも十分にありうると想定しておかなければならないでしょう。
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新製品を生み出す為に必要とされる基礎技術がより広範に、そして、より高度になってきており、これら全ての基礎技術を自社で開発・獲得し、単独で新製品の創出をしていくことは、非常に難しい時代になってきています。そこで、世界的な潮流として、オープン・イノベーションという概念が形成されています。中国は、「世界の工場」としての地位を基盤に、「世界における重要な商品・サービス市場」としての位置づけの認識が深まり、今後は、「世界の研究開発基地」としての飛躍が期待されているところです。そういった環境下、中国でも、他の会社・組織と連携しつつ新製品の創出を図る、オープン・イノベーションを積極的に図っていく必要性があると言われています。
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1.プロローグ

昨年、西アフリカでエボラ出血熱が猛威を振るい、そこから遠くに位置するアジアもその脅威に巻き込まれました。特に中国は、経済的にアフリカとの繋がりが深く、そこには100万人の中国人が住んでいると言われており、また、中国南部の広州には多くのアフリカ貿易商人が出入りしていることから、万一の場合には、アジアでは真っ先に被害が及ぶ地域であったに違いありません。上海に住んでいる私は、当時、それなりの覚悟を迫られる心理状況でした。そして、特効薬があれば、生き残りの為に、どんなことがあっても、手に入れたい!

そういった時期に日本の富山化学(富士フィルム・グループ)の開発したインフルエンザ薬の「アビガン」がエボラにも効くとの報道があり、欧州・アフリカで臨床試験がされ、今年になって、一部患者で効果が確認されつつあるとの報道が続きました。 他方で、中国では、4-5年前に中国の軍事医学科学院が見出したとされる抗エボラ・ウイルス薬JK-05について、四環医薬が技術移転を受け、同様に臨床試験の開始を予定しているとの発表がありました。その後、日本の「アビガン」と中国の「JK-05」が実は同一化学成分である可能性があり、もしそうであれば、当該成分に関して、日本の富山化学が中国で特許を有していることから、四環医薬はその特許権を侵害することになるとの報道がされました。

このような特許侵害の可能性についての報道が出た時、上海に住む一人の人間として、生命の危機に曝されるかも知れないというのに、なぜ、このようなレベルの違う話が出てくるのか、当時は、少し戸惑いました。幸い、2014年末に西アフリカのエボラ終息宣言が出され、その後、状況が安定化の方向に向かっている今、特許侵害問題を検討の上、今後の方向性について提言してみたいと思います。

2. 特許権の侵害問題

2-1) 日本での考え方:

特許権でカバーされている医薬品について、特許権者の同意を得ずに製造すれば、それは、特許侵害となります。然しながら、そのような製造が、当該特許医薬品を製造販売する為に厚労省の承認を取得する目的で開発行為の一環としてなされた場合には、原則、侵害行為には該当しないとされています。従って、開発行為の一環として臨床試験で投与される治験薬を製造する為に、第三者の特許でカバーされている医薬品(化合物)を合成・製造したとしても、それは侵害に該当しません。臨床試験が終わり、実際に当局から製造・販売承認を取得後、製造・販売を開始した時に始めて、具体的な特許権の侵害が発生します。

尚、このような考え方は、判例を積み重ねて米国で先ず法制度の整備がされましたが、それを受けて、日本でも同様の最高裁の判決がなされたことを踏まえての考え方です。

2-2) 中国での考え方:

中国では、米国同様、明確に法律に規定されています。特許法(第69条)に、特許権の効力が及ばない範囲に関する規定があり、そこには、特許権者の同意を得ずになした実施行為であったとしても、特許の侵害には当たらないとされる行為が列挙されています。その(5)に、臨床試験の実施行為についての関連条項が盛り込まれています。即ち,

「行政当局(cFDA)への承認申請の為に必要なデータを提出する目的で、特許医薬品–を製造、使用、輸入する行為、——–は、特許権の侵害行為とは見做されない。」

とされています(§69-(5))。従って、中国企業が、中国の行政当局(cFDA)から製造承認を取得する為の開発行為の一環として、エボラ薬を製造することは、上記の免責の範囲に入るので、たとえ、そのエボラ薬が日本企業の有する中国の特許権でカバーされていたとしても、特許権の侵害にはなりません。然しながら、中国企業がエボラ薬の開発に必要な範囲の量を超えて、将来の上市の準備として、在庫を積み上げる為にエボラ薬を製造した場合には、上記の免責の範囲を超えると考えられます。

3.特許権についての強制実施権の制度

中国企業がエボラ薬の事業化をすすめれば特許の侵害が不可避となる事態を迎えると考える場合には、富山化学に対して特許のライセンス許諾を求めることになると思われます。その際、富山化学がライセンスを許諾するか否かは、同社の経営判断の問題ですが、その際、下記の強制実施権の制度を念頭に入れておく必要があります。最悪、法律上、どのようになりうるかのボトム・ラインを押さえておく必要があるからです。

そこで、この強制実施権制度ですが、特許を含む知的財産権に関する国際条約である、パリ条約及び TRIPS 協定に基づいて、日本を含め加盟国の各国とも該当する制度を整えています。即ち、ある特定の状況が発生し、必要な条件が満たされる場合には、特許権者の同意を得ずに、政府が自己の判断で第三者に特許の実施権(ライセンス)を付与することが出来る制度です。この制度の下では、政府が強制的に第三者に実施権を付与することが出来ることから、「強制実施権」の制度と呼ばれています。

3-1)日本の「強制実施権」制度:

ある特許権についてビジネス化を希望する企業がその特許権を有する者にライセンス許諾を申し入れ、協議したけれども、不調に終わってしまったとしましょう。ここで、第三者にライセンスを許諾するか否かは特許権者の権限ですので、協議が不調になれば、原則、それで終わりということになります。然しながら、上記の条約上の要請もあり、日本でも、制度上、ある限られた場合にのみ、政府が介入して強制実施権が付与されうる枠組みが用意されています(未だ、発動はされていません)。

① 特許権者の不実施(特許法§83 条):

特許権者が特許成立から 3 年以内(出願から 4 年以内)に日本で特許を十分に実施しない場合。例えば、エボラ薬について、日本で厚労省から販売承認が得られていることを前提に、特許が成立しているにも関わらず、その後、3 年内に、特許権者が日本で製造・販売を開始しないような場合には、第三者が請求すれば、制度上、発動される可能性があります。

② 公共の利益の為(特許法§93 条):

公共の利益を優先する必要性がある場合。例えば、エボラが日本で流行し、日本社会が脅威に曝されているような状況であるにも拘らず、特許権者が十分な量のエボラ薬を製造し、日本社会に対して供給できないような場合に、上記と同様に、日本で日本特許権に対して強制実施権が発動される可能性があります。

③ 利用関係にある発明の実施(特許法§92 条):

二つの利用関係にある特許が異なる企業によって所有されており、一方の実施が他方の特許(日本特許)の侵害になってしまうような場合に、その実施を日本で実現させる必要性がある場合。例えば、A 社が、エボラ薬の化合物について日本で物質特許を有していたとしましょう。然しながら、製造コストが高く、医薬品として販売することができないような背景があると仮定し、その後、第三者がそのエボラ薬の革新的が製造方法を発明し、その製法発明について日本特許を取得の上、廉価で供給できるようになったような場合です。そのような場合、第三者がエボラ薬を製造しようとした場合、物質特許の侵害になりますので、製造はできない。他方、物質特許権者(A 社)は、商品化を実現する為にそのような画期的な製造方法を実施しようとしても、当該第三者の有する特許権の侵害になるので、実現できない。そのような事態を打開する為に、両者間で、協議不調の場合に、政府が強制的に実施を許諾し、製品の製造・供給を可能とする制度です。

3-2)中国の「強制実施権」制度:

中国でも上記の日本と同様の趣旨の制度が整備されています。これらの制度は、前述の通り、知的財産に関する国際条約の下で、制度の整備が許容されているという背景があります。中国国内では、未だ、強制実施権が発動されたケースはないようですが、それが将来、万一あるとすれば、医薬品分野、特に感染症治療薬は、その一つの候補になりうるであろうと考えられています。制度の概観を見た上で、エボラ薬について、どのように処理されることになるのか考えてみたいと思います。

① 不実施の場合(中国特許法§48-1):

中国で富山化学の特許が成立しているが、その成立後 3 年以内に十分な実施をしていないような場合に、中国企業が富山化学に対しライセンス許諾の申し入れをしたにも拘らず、協議が不調となってしまったような場合、中国特許庁に必要な書類を整えて申請すれば、制度上、当局は、強制実施権の許諾の判断をすることになりえます。ところが、エボラ薬を中国で販売する為には、中国国内で臨床試験を実施して、cFDA の承認を取得する必要があるので、そのような承認の取得に時間が掛かるような場合、特許成立後、3 年以内に製造・販売を開始することは不可能ですので、そのような場合には、3 年以内にそれがされていなかったとしても、直ぐに強制実施権の許諾をするという判断にはなりえないと考えられます。然しながら、エボラ薬を中国社会が必要としているような状況にあるにも拘らず、中国で cFDA の承認を取るために、それに向けた必要な臨床試験等の開発行為を始めていないような場合に、中国企業が中国特許庁に強制実施権の許諾を求めた場合、議論の俎上には、乗りうる状況になると思われます。

② 緊急・非常事態、公共の利益の場合(§49):

次に、「緊急・非常事態」の場合、又は「公共の利益」を目的として、強制実施権が付与される制度設計がされています。先ず、「緊急・非常事態」の典型例として、中国で 2003 年に SARS が流行し危機に陥った時の例が挙げられます(もっとも、当時、このことを理由として、特許薬に強制実施権が与えられたというわけではありません)。本件で言えば、例えば、将来、中国でエボラが大流行し、緊急事態を迎えた状況下、エボラに対し有効な他の薬剤がなく、富山化学のエボラ薬を投与すれば、エボラの流行を抑えることが出来るような場合には、中国政府の担当部門が中国特許庁に申請することにより、富山化学の特許権に対し、強制実施権の付与の可否が検討されうる状況になると考えられます。然しながら、現在のところ(2015 年 3 月)、WHO からエボラの終息宣言がなされた後、特に、状況が悪化しているといったようなこともなく、また、薬剤の有効性について、明確な実証が未だ得られていない状況では、「緊急・非常事態」の要件を満しているとは言えないと考えられます。従って、現状では、強制実施権の付与は難しい状況だと思われます。

次に、「公共の利益」ですが、エネルギーの効率的生産・利用、環境汚染の処理等に関する技術に特許が成立しているような場合に、強制実施権が付与される枠組みですが、それ以外にも、流行病の予防・治療に関する技術は対象の範疇に入ってくるとされています。これも、現状では、薬剤の有効性について明確な実証が得られていない状況では、発動は難しいように思われます。

③ 利用関係の場合(§51):

エボラ薬の製造販売を希望する中国企業がそのエボラ薬に関する何らかの発明について、中国で特許権を有しており、当該発明の価値が経済的な意味で、顕著・重大な技術的な効果を有するような場合に、利用関係の強制実施権が発動されえます。即ち、当該中国企業が富山化学の特許権がカバーするエボラ薬の製造・販売を希望し、該社に対しライセンスの協議を申し入れたにも拘らず、それが不調に終わってしまったような場合、中国特許庁への申請によって、強制実施権の付与の可否が当局にて検討されることになりえます。経済的に顕著な重大な進歩があるような発明とは、例えば、前記の日本での例で説明したように、富山のエボラ薬の製造が非常にコスト高であって、中国国内で広く薬剤を投与することが難しいような状況にあると仮定して、中国企業が画期的な製造方法を見出し、廉価で広く一般に供給できるようになるといった場合であって、中国企業が当該製法特許について中国で特許を取得しているにも拘らず、富山化学との協議が不調に終わり、当該特許権を実施できないような場合には、強制実施権の発動の可能性が検討されうる状況になります。製造方法に限らず、中国企業が、エボラ薬の製剤技術又はその用途の面で突出した技術革新をなし、且つ、特許を取得したような場合にも適用されえます。万一、法律上の要件を満たしているとして、富山化学の特許権に対して、中国企業に強制実施権が付与された場合には、富山化学は、中国企業のそのような突出した技術を利用することを希望する場合、中国企業からその製法等に関する特許権についてクロス・ライセンスを受けることができる仕組みになっています。

④ 特許医薬品の海外への輸出の為の製造ライセンス(§50):

中国特許法の下では、知的財産の国際条約 TRIPS 協定の 2003 年理事会決議(2007 年 TRIP 協定の修正議定書)に基づく、特許医薬品の海外への輸出の為の製造についての強制実施権の制度が整備されています。尚、日本は、この修正議定書を批准していないので、日本での認識は薄いので、注意が必要です。

この TRIPS 協定の制度の下では、医薬品の製造能力のある国が、製造能力のない国での流行病治療の為に、治療薬を製造し、当該国に輸出することが出来る強制実施権を付与することが可能となっています。中国は、上記の修正議定書を批准し、特許法の 2008 年改正時、かかる強制実施権に関する規定を盛り込んでいます。即ち、

「公共の健康維持の為に、中国で特許が付与されている医薬品について、中国特許庁は、当該特許薬を中国で製造し、TRIPS 協定の規定に従って、特定国に輸出する為の強制実施権を付与することが出来る」

とされています(中国特許法§50)。

TRIPS 協定上は、諸々の条件を満たすことを前提にして、同協定の加盟国の中国が、同協定の他の加盟国への輸出が可能であると、されています。然しながら、この制度を利用して、特許医薬品の輸入が必要な国は、TRIPS協定に参加出来ていないような開発途上国、最貧国であることから、中国では、人道的な見地から、同協定の趣旨に鑑み、輸出先は、TRIPS 協定に未加盟の国も含まれうる、との議論もされています。

そのような考え方に従うならば、更には、TRIPS 協定上その他の問題が発生しないのであれば、中国政府の監督の下、中国企業がエボラ薬を製造し、アフリカの国々(TRIPS 協定の未加盟国)に輸出する為に、富山化学の有する中国の特許権について、TRIPS 協定上の要求される様々な条件を付けた上で、中国企業に強制実施権を付与することが可能となりえます。また、富山化学がアフリカの対象となる国々においてエボラ薬の特許権を有しているような場合には、そのような国に中国で製造したエボラ薬を輸入して、当該国で使用することは、当該国の特許侵害となりえます。然しながら、上記の中国での「緊急・非常事態」の強制実施権に対応する当該国での同様の制度の下で、当該国のエボラ薬の特許に対して強制実施権が付与されれば、そのような問題も回避されうることになります。このように輸出国側(中国)と輸入国側(例えば、アフリカの国)の両方の特許権に対して、強制実施権の付与が可能となるシステム設計になっています。但し、ここでも、上記②で述べたのと同様の理由で、現時点(2015 年 3 月)では、強制実施権の発動し難い情勢と考えられます。

⑤ 独占禁止法上、問題となる行為(§48-2):

日中の視点・知財 No.10 で説明したように、特許権の権利行使が独占禁止法違反と認定された場合、請求人の申請に基づいて、中国特許庁は、当該特許権について強制実施権を付与することが出来るとされています(中国特許法§48(2))。この独占禁止法違反となりうる特許権の権利行使の一類型として、「ライセンス拒絶」が挙げられます。さて、中国企業が富山化学の特許権の侵害を回避する為に、富山化学に対しライセンス許諾の申し込みをしたにも拘らず、それが受け入れられず、ライセンスが成立しなかった場合、外形上、特許権者による「ライセンス拒絶」と見られ得るので、ここで、少し、押さえておく必要があります。

過去の日中の視点・知財で採りあげた通り、中国では、独禁法/知的財産のガイドラインが現在、起草(工商総局:2014 年 2 月に第五版が公表)中ですが、その第 17 条に「ライセンス拒絶」に関する独禁法上の基本的な考え方が述べられています。特許権者がライセンス拒絶することは、それに条件を付けずに、且つ第三者との関係で差別的でないような場合には、原則として、独禁法上、違反行為として認定されることはないとしています。然しながら、市場で支配的な地位にある特許権者が、非独占的に数社にライセンスをしておきながら、それを差別的に、ある特定の企業にのみライセンスを許諾しないような場合等については、問題となりうる行為であると位置づけしています。 尚、ここでは、特許権者の有する技術が業界の技術スタンダードに関するような技術であり、当該業界で少なからずの企業が事業を推進する際に関わりがある技術であることが前提となっています。

今回の中国のエボラ薬の場合は、対象となる特許権は、ある特定の医薬品をカバーする特許権であって、それに対して中国のある一社の企業がライセンスの申し出をする場合を想定しており、たとえ、両者間でライセンスが成立しなかったとしても、それは、上記で述べた、原則論の範疇に入る行為であって、問題となりうる「ライセンス拒絶」には該当しないと考えられます。

⑥ 強制実施権とロイヤルティー支払い義務(§57):

強制実施権制度の下で、万一、ライセンスが中国企業に付与されたような場合、当該企業は、特許権者に合理的なロイヤルティーを支払う必要があります(特許法§57)。このロイヤルティーの額は、両者が協議によって決めるのが原則ですが、合意に至らなかった場合には、中国特許庁が裁定した額とされています(同条上)。

4.方向性のまとめ:

地球上のどの国も、エボラのみならずインフルエンザ等の致死性の高いとされる感染症の脅威に曝されうることには例外がないと思います。然しながら、その脅威の最前線に曝されている国々の多くは発展途上国であって、医薬品の製造能力はない国が殆どです。中国は、SARS の事件、鳥インフルエンザの予兆等、自身が感染症の脅威の最前線にある一方で、エボラで問題となったアフリカ諸国とも非常に結びつきが強いといった特殊な立場にあります。その中国は、医薬品の製造・品質管理能力は先進諸国に近いレベルまで達しています。従って、感染症からの自国防衛の為に、更には、友好国から援助が求められた場合の対応の為に、必要な医薬品は自国で何時でも製造して準備できる技術的な意味での能力は備えていると言えます。

今回のエボラ薬については、報道によれば、日本の医薬品企業が中国で対応の特許権を有しているとされており、日本企業は営利企業である以上、過去のR&D 費用の回収、更には将来に向けた R&D の継続の為に、エボラ薬の中国ビジネスにおいても、最大限の利益を回収する為のビジネスの枠組みを作っていく必要があります。また、日本列島に住んでいる日本人の立場から言えば、中国大陸がアフリカとの関係で万一、エボラに浸食されたら、その隣国としての日本への波及は必至でありますので、中国との共同戦線を張ることが自国の防衛を図るための先手になるとも言えます。

他方、中国は、今、自国の医薬新産業の R&D 強化を国策にしています。その大前提として、法治による知財立国、その一つの方向性が特許権の強化です。上記の「強制実施権」制度は、中国も加盟している国際条約の下で整備されている制度ですが、それは特許権に風穴を開けることに繋がる、即ち、特許権を弱体化させるといった側面を有しています。中国に於いても、制度は準備されていても、過去、強制実施権が発動されたことはなく、また、実際に、特許の係争が発生したような場合には、日本と同様、先ずは、当事者による協議によって解決を最優先に考えるというスタンスをとっています。その意味からも、この時期に中国の「強制実施権」制度を検討するのは机上の空論に近いといってもいいかもしれません。

このような背景をベースに、一つは、エボラ薬という特殊性に鑑み、国の安全・公衆衛生にも関することであり、従って、国とのかかわりが強いビジネスであることから、中国に於いては、中国企業との連携によりビジネスを進めた方が、日本が見出した医薬品によって中国およびその関連諸国でより広範囲に貢献することが可能になると思わること。二つめは、中国企業と連携する場合の提携・ライセンス等の経済条件等については、上記の強制実施権の枠組みがボトム・ラインとなりえますが、その何れもが、現時点(2015 年 3 月)では、要件を満たしていないと言えることから、そのようなボトム・ラインに縛られない交渉が可能となりえるので、出来るだけ早く真剣な交渉を開始すべきこと。そして最後に、知財立国の先輩国としての日本の考え方を強く主張した上で、特に医薬品の R&D の将来の推進を強く視野に入れて、経済条件を含め、決着すべきと考えます。

尚、上記で挙げた要因以外に、成立した特許の有効性、特許の残存期間、中国企業による先使用権の成立性等、諸々の事項について検討の上、提携交渉がなされる必要があることを付言します。
以上

1.中国での特許侵害と裁判所

第三者が自社の特許(以下、実用新案権、意匠権も概念として含める)を侵害する製品を製造・販売している等の侵害行為をしている場合、その救済を求めるに当たり、中国では2つのルートがあることを2月度のメモで紹介致しました。特許侵害の救済については、日本では特許法第100条以下に定められていますが、中国では、特許法第60条以下に規定されています。この第60条の構成ですが、法は先ず、①当事者の協議による解決を求めています。①の協議を望まない、又は不成立の場合に、②司法ルート及び③行政ルートで救済を求めることが出来るとしています。②の司法ルートは、日本と同様の制度で、裁判所での解決を図る手法です。日本では、特許侵害事件については、東日本は東京地裁、西日本は大阪地裁が夫々管轄しています。一方、中国では、第一審は原則として、全国に70以上ある中級法院の管轄となりますが(省の数は22、自治区は5、直轄市は4)、訴額が大きい(30億円相当以上)場合には、第一審は高級人民法院となります。中国の特徴的なところとして、2審制が挙げられます。第一審の中級の判決に不服の場合は高級人民法院に、第一審が高級人民放任の場合は、最高人民法院(北京)に上訴し、其々、第二審でも事実審理がなされ、最終審となります。上海について言えば、2つの中級人民法院があり、例えば、被告として上海の浦東にあるハイテク・パーク(張江ハイテク・パーク)内の企業を訴える場合には、上海第一中級人民法院に訴え出ることができます。その判決に不服の場合、上海市高級人民法院に上訴し、そこが最終審となり、上海市内での裁判で完結することになります。裁判では、「侵害行為の差し止め(製造、販売の禁止)」、「損害賠償」の救済が得られますが、日本で認められる「信用回復」の措置(新聞紙上への謝罪広告等)(日本特許法106条)は認められません。

2.特許侵害と行政救済

さて、中国の特徴的な制度として、③行政ルートがあります。2月号で説明したように、特許侵害行為を取り締まる権限を有する地方政府内の特許事務管理部門に対して、事件処理の申し立てをすることが出来る制度です。上海では、例えば、前期のハイテク・パーク内の企業を対象とする場合には、上海市内にある「上海市知的財産局」に申し立てることになります。当該地方の知的財産局は、事実認定を踏まえて、侵害が成立する場合には、製造・販売等の差し止めの命令を発することができます。当事者が当該処理判断に不服の場合は、人民法院に行政訴訟を提起することが出来ます、また、行政ルートでの解決が不十分な場合、別途、裁判所に侵害訴訟を提起することも可能です。損害賠償については、行政ルートでは、その判断・裁定がなされませんが、当事者の求めがあった場合、賠償額について両当事者間の同意を促す調停を行うことができます。当該調停が成立しない場合には、当事者は、民事訴訟を提起することが可能です。

商標の場合は、中国商標法第53条以下に侵害に関する規定が置かれています。全体のコンセプトとしては、上記の特許侵害事件と同様ですが、行政ルートのところが、少し、異なります。特許の場合は、地方政府の知的財産局に処理を求めますが、商標は、商工行政管理局が担当します。また、そこでの審理の結果、発せられる命令の内容として、侵害の停止命令に加えて、罰金を課すことが可能です。尚、損害賠償額の調停については、特許と同様です。

行政ルートについては、即効性、柔軟性の利点が挙げられます。展示会を例に挙げて説明しますと、上海にも巨大な国際展示場が複数あり、様々な展示会が行われ、賑わっていますが、例えば、その展示会場で他人の意匠(デザイン)を勝手に使用して宣伝している等、知的財産の侵害(販売の申し出)がなされていた場合、権利者は、上海の知的財産局に処理の申し立てをすることが出来ます。意匠、商標等、その侵害が比較的明らかなような案件の場合、柔軟な対応により短期間で差止の処分が行われうる等、即効性が期待できます。上海は、海外に開かれた大都市で海外の企業に対しても比較的に公平な判断がされうる土壌にあると言われていますが、これに対し、地方都市の場合は、地方保護主義の存在に注意する必要があります。侵害者の地元を管轄する政府は、地元企業を保護する傾向にあり、行政ルートでの侵害処理にも海外の権利者にとっては難しい面があると言われています。また、地方での裁判ルートも同様で、裁判官が当該地方の人民代表大会の常務委員会によって任命されることから、更には、二審制により、多くの場合、当該省内の裁判所で裁判が完結することから、地方政府、人脈の影響を受けやすく、地方保護主義の影響が強いと言われています。

以上