1.プロローグ

昨年、西アフリカでエボラ出血熱が猛威を振るい、そこから遠くに位置するアジアもその脅威に巻き込まれました。特に中国は、経済的にアフリカとの繋がりが深く、そこには100万人の中国人が住んでいると言われており、また、中国南部の広州には多くのアフリカ貿易商人が出入りしていることから、万一の場合には、アジアでは真っ先に被害が及ぶ地域であったに違いありません。上海に住んでいる私は、当時、それなりの覚悟を迫られる心理状況でした。そして、特効薬があれば、生き残りの為に、どんなことがあっても、手に入れたい!

そういった時期に日本の富山化学(富士フィルム・グループ)の開発したインフルエンザ薬の「アビガン」がエボラにも効くとの報道があり、欧州・アフリカで臨床試験がされ、今年になって、一部患者で効果が確認されつつあるとの報道が続きました。 他方で、中国では、4-5年前に中国の軍事医学科学院が見出したとされる抗エボラ・ウイルス薬JK-05について、四環医薬が技術移転を受け、同様に臨床試験の開始を予定しているとの発表がありました。その後、日本の「アビガン」と中国の「JK-05」が実は同一化学成分である可能性があり、もしそうであれば、当該成分に関して、日本の富山化学が中国で特許を有していることから、四環医薬はその特許権を侵害することになるとの報道がされました。

このような特許侵害の可能性についての報道が出た時、上海に住む一人の人間として、生命の危機に曝されるかも知れないというのに、なぜ、このようなレベルの違う話が出てくるのか、当時は、少し戸惑いました。幸い、2014年末に西アフリカのエボラ終息宣言が出され、その後、状況が安定化の方向に向かっている今、特許侵害問題を検討の上、今後の方向性について提言してみたいと思います。

2. 特許権の侵害問題

2-1) 日本での考え方:

特許権でカバーされている医薬品について、特許権者の同意を得ずに製造すれば、それは、特許侵害となります。然しながら、そのような製造が、当該特許医薬品を製造販売する為に厚労省の承認を取得する目的で開発行為の一環としてなされた場合には、原則、侵害行為には該当しないとされています。従って、開発行為の一環として臨床試験で投与される治験薬を製造する為に、第三者の特許でカバーされている医薬品(化合物)を合成・製造したとしても、それは侵害に該当しません。臨床試験が終わり、実際に当局から製造・販売承認を取得後、製造・販売を開始した時に始めて、具体的な特許権の侵害が発生します。

尚、このような考え方は、判例を積み重ねて米国で先ず法制度の整備がされましたが、それを受けて、日本でも同様の最高裁の判決がなされたことを踏まえての考え方です。

2-2) 中国での考え方:

中国では、米国同様、明確に法律に規定されています。特許法(第69条)に、特許権の効力が及ばない範囲に関する規定があり、そこには、特許権者の同意を得ずになした実施行為であったとしても、特許の侵害には当たらないとされる行為が列挙されています。その(5)に、臨床試験の実施行為についての関連条項が盛り込まれています。即ち,

「行政当局(cFDA)への承認申請の為に必要なデータを提出する目的で、特許医薬品–を製造、使用、輸入する行為、——–は、特許権の侵害行為とは見做されない。」

とされています(§69-(5))。従って、中国企業が、中国の行政当局(cFDA)から製造承認を取得する為の開発行為の一環として、エボラ薬を製造することは、上記の免責の範囲に入るので、たとえ、そのエボラ薬が日本企業の有する中国の特許権でカバーされていたとしても、特許権の侵害にはなりません。然しながら、中国企業がエボラ薬の開発に必要な範囲の量を超えて、将来の上市の準備として、在庫を積み上げる為にエボラ薬を製造した場合には、上記の免責の範囲を超えると考えられます。

3.特許権についての強制実施権の制度

中国企業がエボラ薬の事業化をすすめれば特許の侵害が不可避となる事態を迎えると考える場合には、富山化学に対して特許のライセンス許諾を求めることになると思われます。その際、富山化学がライセンスを許諾するか否かは、同社の経営判断の問題ですが、その際、下記の強制実施権の制度を念頭に入れておく必要があります。最悪、法律上、どのようになりうるかのボトム・ラインを押さえておく必要があるからです。

そこで、この強制実施権制度ですが、特許を含む知的財産権に関する国際条約である、パリ条約及び TRIPS 協定に基づいて、日本を含め加盟国の各国とも該当する制度を整えています。即ち、ある特定の状況が発生し、必要な条件が満たされる場合には、特許権者の同意を得ずに、政府が自己の判断で第三者に特許の実施権(ライセンス)を付与することが出来る制度です。この制度の下では、政府が強制的に第三者に実施権を付与することが出来ることから、「強制実施権」の制度と呼ばれています。

3-1)日本の「強制実施権」制度:

ある特許権についてビジネス化を希望する企業がその特許権を有する者にライセンス許諾を申し入れ、協議したけれども、不調に終わってしまったとしましょう。ここで、第三者にライセンスを許諾するか否かは特許権者の権限ですので、協議が不調になれば、原則、それで終わりということになります。然しながら、上記の条約上の要請もあり、日本でも、制度上、ある限られた場合にのみ、政府が介入して強制実施権が付与されうる枠組みが用意されています(未だ、発動はされていません)。

① 特許権者の不実施(特許法§83 条):

特許権者が特許成立から 3 年以内(出願から 4 年以内)に日本で特許を十分に実施しない場合。例えば、エボラ薬について、日本で厚労省から販売承認が得られていることを前提に、特許が成立しているにも関わらず、その後、3 年内に、特許権者が日本で製造・販売を開始しないような場合には、第三者が請求すれば、制度上、発動される可能性があります。

② 公共の利益の為(特許法§93 条):

公共の利益を優先する必要性がある場合。例えば、エボラが日本で流行し、日本社会が脅威に曝されているような状況であるにも拘らず、特許権者が十分な量のエボラ薬を製造し、日本社会に対して供給できないような場合に、上記と同様に、日本で日本特許権に対して強制実施権が発動される可能性があります。

③ 利用関係にある発明の実施(特許法§92 条):

二つの利用関係にある特許が異なる企業によって所有されており、一方の実施が他方の特許(日本特許)の侵害になってしまうような場合に、その実施を日本で実現させる必要性がある場合。例えば、A 社が、エボラ薬の化合物について日本で物質特許を有していたとしましょう。然しながら、製造コストが高く、医薬品として販売することができないような背景があると仮定し、その後、第三者がそのエボラ薬の革新的が製造方法を発明し、その製法発明について日本特許を取得の上、廉価で供給できるようになったような場合です。そのような場合、第三者がエボラ薬を製造しようとした場合、物質特許の侵害になりますので、製造はできない。他方、物質特許権者(A 社)は、商品化を実現する為にそのような画期的な製造方法を実施しようとしても、当該第三者の有する特許権の侵害になるので、実現できない。そのような事態を打開する為に、両者間で、協議不調の場合に、政府が強制的に実施を許諾し、製品の製造・供給を可能とする制度です。

3-2)中国の「強制実施権」制度:

中国でも上記の日本と同様の趣旨の制度が整備されています。これらの制度は、前述の通り、知的財産に関する国際条約の下で、制度の整備が許容されているという背景があります。中国国内では、未だ、強制実施権が発動されたケースはないようですが、それが将来、万一あるとすれば、医薬品分野、特に感染症治療薬は、その一つの候補になりうるであろうと考えられています。制度の概観を見た上で、エボラ薬について、どのように処理されることになるのか考えてみたいと思います。

① 不実施の場合(中国特許法§48-1):

中国で富山化学の特許が成立しているが、その成立後 3 年以内に十分な実施をしていないような場合に、中国企業が富山化学に対しライセンス許諾の申し入れをしたにも拘らず、協議が不調となってしまったような場合、中国特許庁に必要な書類を整えて申請すれば、制度上、当局は、強制実施権の許諾の判断をすることになりえます。ところが、エボラ薬を中国で販売する為には、中国国内で臨床試験を実施して、cFDA の承認を取得する必要があるので、そのような承認の取得に時間が掛かるような場合、特許成立後、3 年以内に製造・販売を開始することは不可能ですので、そのような場合には、3 年以内にそれがされていなかったとしても、直ぐに強制実施権の許諾をするという判断にはなりえないと考えられます。然しながら、エボラ薬を中国社会が必要としているような状況にあるにも拘らず、中国で cFDA の承認を取るために、それに向けた必要な臨床試験等の開発行為を始めていないような場合に、中国企業が中国特許庁に強制実施権の許諾を求めた場合、議論の俎上には、乗りうる状況になると思われます。

② 緊急・非常事態、公共の利益の場合(§49):

次に、「緊急・非常事態」の場合、又は「公共の利益」を目的として、強制実施権が付与される制度設計がされています。先ず、「緊急・非常事態」の典型例として、中国で 2003 年に SARS が流行し危機に陥った時の例が挙げられます(もっとも、当時、このことを理由として、特許薬に強制実施権が与えられたというわけではありません)。本件で言えば、例えば、将来、中国でエボラが大流行し、緊急事態を迎えた状況下、エボラに対し有効な他の薬剤がなく、富山化学のエボラ薬を投与すれば、エボラの流行を抑えることが出来るような場合には、中国政府の担当部門が中国特許庁に申請することにより、富山化学の特許権に対し、強制実施権の付与の可否が検討されうる状況になると考えられます。然しながら、現在のところ(2015 年 3 月)、WHO からエボラの終息宣言がなされた後、特に、状況が悪化しているといったようなこともなく、また、薬剤の有効性について、明確な実証が未だ得られていない状況では、「緊急・非常事態」の要件を満しているとは言えないと考えられます。従って、現状では、強制実施権の付与は難しい状況だと思われます。

次に、「公共の利益」ですが、エネルギーの効率的生産・利用、環境汚染の処理等に関する技術に特許が成立しているような場合に、強制実施権が付与される枠組みですが、それ以外にも、流行病の予防・治療に関する技術は対象の範疇に入ってくるとされています。これも、現状では、薬剤の有効性について明確な実証が得られていない状況では、発動は難しいように思われます。

③ 利用関係の場合(§51):

エボラ薬の製造販売を希望する中国企業がそのエボラ薬に関する何らかの発明について、中国で特許権を有しており、当該発明の価値が経済的な意味で、顕著・重大な技術的な効果を有するような場合に、利用関係の強制実施権が発動されえます。即ち、当該中国企業が富山化学の特許権がカバーするエボラ薬の製造・販売を希望し、該社に対しライセンスの協議を申し入れたにも拘らず、それが不調に終わってしまったような場合、中国特許庁への申請によって、強制実施権の付与の可否が当局にて検討されることになりえます。経済的に顕著な重大な進歩があるような発明とは、例えば、前記の日本での例で説明したように、富山のエボラ薬の製造が非常にコスト高であって、中国国内で広く薬剤を投与することが難しいような状況にあると仮定して、中国企業が画期的な製造方法を見出し、廉価で広く一般に供給できるようになるといった場合であって、中国企業が当該製法特許について中国で特許を取得しているにも拘らず、富山化学との協議が不調に終わり、当該特許権を実施できないような場合には、強制実施権の発動の可能性が検討されうる状況になります。製造方法に限らず、中国企業が、エボラ薬の製剤技術又はその用途の面で突出した技術革新をなし、且つ、特許を取得したような場合にも適用されえます。万一、法律上の要件を満たしているとして、富山化学の特許権に対して、中国企業に強制実施権が付与された場合には、富山化学は、中国企業のそのような突出した技術を利用することを希望する場合、中国企業からその製法等に関する特許権についてクロス・ライセンスを受けることができる仕組みになっています。

④ 特許医薬品の海外への輸出の為の製造ライセンス(§50):

中国特許法の下では、知的財産の国際条約 TRIPS 協定の 2003 年理事会決議(2007 年 TRIP 協定の修正議定書)に基づく、特許医薬品の海外への輸出の為の製造についての強制実施権の制度が整備されています。尚、日本は、この修正議定書を批准していないので、日本での認識は薄いので、注意が必要です。

この TRIPS 協定の制度の下では、医薬品の製造能力のある国が、製造能力のない国での流行病治療の為に、治療薬を製造し、当該国に輸出することが出来る強制実施権を付与することが可能となっています。中国は、上記の修正議定書を批准し、特許法の 2008 年改正時、かかる強制実施権に関する規定を盛り込んでいます。即ち、

「公共の健康維持の為に、中国で特許が付与されている医薬品について、中国特許庁は、当該特許薬を中国で製造し、TRIPS 協定の規定に従って、特定国に輸出する為の強制実施権を付与することが出来る」

とされています(中国特許法§50)。

TRIPS 協定上は、諸々の条件を満たすことを前提にして、同協定の加盟国の中国が、同協定の他の加盟国への輸出が可能であると、されています。然しながら、この制度を利用して、特許医薬品の輸入が必要な国は、TRIPS協定に参加出来ていないような開発途上国、最貧国であることから、中国では、人道的な見地から、同協定の趣旨に鑑み、輸出先は、TRIPS 協定に未加盟の国も含まれうる、との議論もされています。

そのような考え方に従うならば、更には、TRIPS 協定上その他の問題が発生しないのであれば、中国政府の監督の下、中国企業がエボラ薬を製造し、アフリカの国々(TRIPS 協定の未加盟国)に輸出する為に、富山化学の有する中国の特許権について、TRIPS 協定上の要求される様々な条件を付けた上で、中国企業に強制実施権を付与することが可能となりえます。また、富山化学がアフリカの対象となる国々においてエボラ薬の特許権を有しているような場合には、そのような国に中国で製造したエボラ薬を輸入して、当該国で使用することは、当該国の特許侵害となりえます。然しながら、上記の中国での「緊急・非常事態」の強制実施権に対応する当該国での同様の制度の下で、当該国のエボラ薬の特許に対して強制実施権が付与されれば、そのような問題も回避されうることになります。このように輸出国側(中国)と輸入国側(例えば、アフリカの国)の両方の特許権に対して、強制実施権の付与が可能となるシステム設計になっています。但し、ここでも、上記②で述べたのと同様の理由で、現時点(2015 年 3 月)では、強制実施権の発動し難い情勢と考えられます。

⑤ 独占禁止法上、問題となる行為(§48-2):

日中の視点・知財 No.10 で説明したように、特許権の権利行使が独占禁止法違反と認定された場合、請求人の申請に基づいて、中国特許庁は、当該特許権について強制実施権を付与することが出来るとされています(中国特許法§48(2))。この独占禁止法違反となりうる特許権の権利行使の一類型として、「ライセンス拒絶」が挙げられます。さて、中国企業が富山化学の特許権の侵害を回避する為に、富山化学に対しライセンス許諾の申し込みをしたにも拘らず、それが受け入れられず、ライセンスが成立しなかった場合、外形上、特許権者による「ライセンス拒絶」と見られ得るので、ここで、少し、押さえておく必要があります。

過去の日中の視点・知財で採りあげた通り、中国では、独禁法/知的財産のガイドラインが現在、起草(工商総局:2014 年 2 月に第五版が公表)中ですが、その第 17 条に「ライセンス拒絶」に関する独禁法上の基本的な考え方が述べられています。特許権者がライセンス拒絶することは、それに条件を付けずに、且つ第三者との関係で差別的でないような場合には、原則として、独禁法上、違反行為として認定されることはないとしています。然しながら、市場で支配的な地位にある特許権者が、非独占的に数社にライセンスをしておきながら、それを差別的に、ある特定の企業にのみライセンスを許諾しないような場合等については、問題となりうる行為であると位置づけしています。 尚、ここでは、特許権者の有する技術が業界の技術スタンダードに関するような技術であり、当該業界で少なからずの企業が事業を推進する際に関わりがある技術であることが前提となっています。

今回の中国のエボラ薬の場合は、対象となる特許権は、ある特定の医薬品をカバーする特許権であって、それに対して中国のある一社の企業がライセンスの申し出をする場合を想定しており、たとえ、両者間でライセンスが成立しなかったとしても、それは、上記で述べた、原則論の範疇に入る行為であって、問題となりうる「ライセンス拒絶」には該当しないと考えられます。

⑥ 強制実施権とロイヤルティー支払い義務(§57):

強制実施権制度の下で、万一、ライセンスが中国企業に付与されたような場合、当該企業は、特許権者に合理的なロイヤルティーを支払う必要があります(特許法§57)。このロイヤルティーの額は、両者が協議によって決めるのが原則ですが、合意に至らなかった場合には、中国特許庁が裁定した額とされています(同条上)。

4.方向性のまとめ:

地球上のどの国も、エボラのみならずインフルエンザ等の致死性の高いとされる感染症の脅威に曝されうることには例外がないと思います。然しながら、その脅威の最前線に曝されている国々の多くは発展途上国であって、医薬品の製造能力はない国が殆どです。中国は、SARS の事件、鳥インフルエンザの予兆等、自身が感染症の脅威の最前線にある一方で、エボラで問題となったアフリカ諸国とも非常に結びつきが強いといった特殊な立場にあります。その中国は、医薬品の製造・品質管理能力は先進諸国に近いレベルまで達しています。従って、感染症からの自国防衛の為に、更には、友好国から援助が求められた場合の対応の為に、必要な医薬品は自国で何時でも製造して準備できる技術的な意味での能力は備えていると言えます。

今回のエボラ薬については、報道によれば、日本の医薬品企業が中国で対応の特許権を有しているとされており、日本企業は営利企業である以上、過去のR&D 費用の回収、更には将来に向けた R&D の継続の為に、エボラ薬の中国ビジネスにおいても、最大限の利益を回収する為のビジネスの枠組みを作っていく必要があります。また、日本列島に住んでいる日本人の立場から言えば、中国大陸がアフリカとの関係で万一、エボラに浸食されたら、その隣国としての日本への波及は必至でありますので、中国との共同戦線を張ることが自国の防衛を図るための先手になるとも言えます。

他方、中国は、今、自国の医薬新産業の R&D 強化を国策にしています。その大前提として、法治による知財立国、その一つの方向性が特許権の強化です。上記の「強制実施権」制度は、中国も加盟している国際条約の下で整備されている制度ですが、それは特許権に風穴を開けることに繋がる、即ち、特許権を弱体化させるといった側面を有しています。中国に於いても、制度は準備されていても、過去、強制実施権が発動されたことはなく、また、実際に、特許の係争が発生したような場合には、日本と同様、先ずは、当事者による協議によって解決を最優先に考えるというスタンスをとっています。その意味からも、この時期に中国の「強制実施権」制度を検討するのは机上の空論に近いといってもいいかもしれません。

このような背景をベースに、一つは、エボラ薬という特殊性に鑑み、国の安全・公衆衛生にも関することであり、従って、国とのかかわりが強いビジネスであることから、中国に於いては、中国企業との連携によりビジネスを進めた方が、日本が見出した医薬品によって中国およびその関連諸国でより広範囲に貢献することが可能になると思わること。二つめは、中国企業と連携する場合の提携・ライセンス等の経済条件等については、上記の強制実施権の枠組みがボトム・ラインとなりえますが、その何れもが、現時点(2015 年 3 月)では、要件を満たしていないと言えることから、そのようなボトム・ラインに縛られない交渉が可能となりえるので、出来るだけ早く真剣な交渉を開始すべきこと。そして最後に、知財立国の先輩国としての日本の考え方を強く主張した上で、特に医薬品の R&D の将来の推進を強く視野に入れて、経済条件を含め、決着すべきと考えます。

尚、上記で挙げた要因以外に、成立した特許の有効性、特許の残存期間、中国企業による先使用権の成立性等、諸々の事項について検討の上、提携交渉がなされる必要があることを付言します。
以上

1.中国での特許侵害と裁判所

第三者が自社の特許(以下、実用新案権、意匠権も概念として含める)を侵害する製品を製造・販売している等の侵害行為をしている場合、その救済を求めるに当たり、中国では2つのルートがあることを2月度のメモで紹介致しました。特許侵害の救済については、日本では特許法第100条以下に定められていますが、中国では、特許法第60条以下に規定されています。この第60条の構成ですが、法は先ず、①当事者の協議による解決を求めています。①の協議を望まない、又は不成立の場合に、②司法ルート及び③行政ルートで救済を求めることが出来るとしています。②の司法ルートは、日本と同様の制度で、裁判所での解決を図る手法です。日本では、特許侵害事件については、東日本は東京地裁、西日本は大阪地裁が夫々管轄しています。一方、中国では、第一審は原則として、全国に70以上ある中級法院の管轄となりますが(省の数は22、自治区は5、直轄市は4)、訴額が大きい(30億円相当以上)場合には、第一審は高級人民法院となります。中国の特徴的なところとして、2審制が挙げられます。第一審の中級の判決に不服の場合は高級人民法院に、第一審が高級人民放任の場合は、最高人民法院(北京)に上訴し、其々、第二審でも事実審理がなされ、最終審となります。上海について言えば、2つの中級人民法院があり、例えば、被告として上海の浦東にあるハイテク・パーク(張江ハイテク・パーク)内の企業を訴える場合には、上海第一中級人民法院に訴え出ることができます。その判決に不服の場合、上海市高級人民法院に上訴し、そこが最終審となり、上海市内での裁判で完結することになります。裁判では、「侵害行為の差し止め(製造、販売の禁止)」、「損害賠償」の救済が得られますが、日本で認められる「信用回復」の措置(新聞紙上への謝罪広告等)(日本特許法106条)は認められません。

2.特許侵害と行政救済

さて、中国の特徴的な制度として、③行政ルートがあります。2月号で説明したように、特許侵害行為を取り締まる権限を有する地方政府内の特許事務管理部門に対して、事件処理の申し立てをすることが出来る制度です。上海では、例えば、前期のハイテク・パーク内の企業を対象とする場合には、上海市内にある「上海市知的財産局」に申し立てることになります。当該地方の知的財産局は、事実認定を踏まえて、侵害が成立する場合には、製造・販売等の差し止めの命令を発することができます。当事者が当該処理判断に不服の場合は、人民法院に行政訴訟を提起することが出来ます、また、行政ルートでの解決が不十分な場合、別途、裁判所に侵害訴訟を提起することも可能です。損害賠償については、行政ルートでは、その判断・裁定がなされませんが、当事者の求めがあった場合、賠償額について両当事者間の同意を促す調停を行うことができます。当該調停が成立しない場合には、当事者は、民事訴訟を提起することが可能です。

商標の場合は、中国商標法第53条以下に侵害に関する規定が置かれています。全体のコンセプトとしては、上記の特許侵害事件と同様ですが、行政ルートのところが、少し、異なります。特許の場合は、地方政府の知的財産局に処理を求めますが、商標は、商工行政管理局が担当します。また、そこでの審理の結果、発せられる命令の内容として、侵害の停止命令に加えて、罰金を課すことが可能です。尚、損害賠償額の調停については、特許と同様です。

行政ルートについては、即効性、柔軟性の利点が挙げられます。展示会を例に挙げて説明しますと、上海にも巨大な国際展示場が複数あり、様々な展示会が行われ、賑わっていますが、例えば、その展示会場で他人の意匠(デザイン)を勝手に使用して宣伝している等、知的財産の侵害(販売の申し出)がなされていた場合、権利者は、上海の知的財産局に処理の申し立てをすることが出来ます。意匠、商標等、その侵害が比較的明らかなような案件の場合、柔軟な対応により短期間で差止の処分が行われうる等、即効性が期待できます。上海は、海外に開かれた大都市で海外の企業に対しても比較的に公平な判断がされうる土壌にあると言われていますが、これに対し、地方都市の場合は、地方保護主義の存在に注意する必要があります。侵害者の地元を管轄する政府は、地元企業を保護する傾向にあり、行政ルートでの侵害処理にも海外の権利者にとっては難しい面があると言われています。また、地方での裁判ルートも同様で、裁判官が当該地方の人民代表大会の常務委員会によって任命されることから、更には、二審制により、多くの場合、当該省内の裁判所で裁判が完結することから、地方政府、人脈の影響を受けやすく、地方保護主義の影響が強いと言われています。

以上

日本側の声として、中国企業とライセンス契約を締結して、特許・ノウハウ技術のライセンスを許諾したけれど、一向に契約通りに履行してくれない。ライセンス契約上、中国企業(ライセンシー)から支払われる契約金(upfront money)も日本側の銀行に入金されるまで、果たして支払ってくれるのか否か、読めない、そういった不審の念を抱かれている方も多いと思います。然しながら、そもそも、契約の締結に至るまでに、日本側から契約条件の一方的な押し付けといったようなことは無かったでしょうか? 中国の法制度をきちっと理解した上で、契約交渉がなされたでしょうか? それを知っていれば、同じ条件を別角度から契約に落とし込んでいったかも知れません。今回は、先ず、中国企業とのライセンス契約に適用される中国法の概観、及び、契約登録制度について説明した上で、次回以降のテーマに繋げて、中国企業がキッチリと履行できるような契約の締結する為の道筋を探っていきたいと思います。
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会社時代(藤沢薬品、今のアステラス)、天然物の研究者の片腕?の役割で東南アジアのある国から新規医薬品の種となりうる微生物を豊富に富む土壌を入手する仕事を一緒にさせて頂いたことがあります。当時、友人であるその研究者が、中国のベトナム国境近く、雲南省の微生物が欲しいと呟かれて、では、次は雲南から、と思っていたのですが、それは実現せず、お蔵入り。先月、ウイグル族のテロ事件があった省都の昆明のはるか南の山岳地帯、神秘に包まれている?

手に入りにくいと、チャレンジ精神が掻き立てられる?のかもしれませんが、今回は、手に入りにくい背景、関連する特許法の枠組み・構成について、説明したいと思います。

中国では、国から給付対象となる(全額、自己負担とはならない)医薬品を掲載している国家基本医薬品リストの全品目のうち、漢方薬が4割を占めており、医薬品として存在感たるや、日本とは違ったものがあります。その漢方薬の多くは天然の植物由来です。また、新薬のR&Dの側面では、低分子化合物の医薬品については、日米欧に大幅に遅れをとっていることから、医薬品国家五か年計画等でも、バイオ医薬に力点が置かれており、漢方薬、植物抽出成分を対象とした研究開発もその柱の一つ、戦略分野に指定されています。

一方で、このような微生物や植物は、人類に新しい医薬品等の製品をもたらす「遺伝資源」として捉えて、これらの「遺伝資源」を保護するための国際的な条約があります。生物多様性条約(CBD)と呼ばれている国際条約がそれで、日本も中国も締約国になっています。このCBDの基本原則は、一として、「遺伝資源」に対し、その存在している国に「主権」を認めること、二として、その遺伝資源を採取・取得するには、事前に主権を有する国の機関等の「同意」を取っておくこと、三として、その遺伝資源を利用して儲かった場合、当該資源の主権を有する国に「利益を配分」することです。日本は、利用して、儲ける側の国ですから、CBDの下でも、三原則の順守については、原則の範囲内で消極的な立場を取っています。これに対して、アジア諸国は、資源の主権を有する国ですから、微生物や植物を含む遺伝資源の海外への持ち出しについては、様々な制限をかけており、CBDの下で積極的にその権利を主張しています。中国は、漢方薬のメッカであるように、遺伝資源の主権を有する国であると同時に、その利用国でもあり、二つの帽子を被っています。

その中国の特許法は、遺伝資源の「主権」を有する国の立場を鮮明にしています。2008年の中国特許法の改正の際、日米は強硬に反対の立場だったのですが、中国は遺伝資源を利用した発明について新たに二つの条文を盛り込みました。先ず、遺伝資源を利用した発明については、特許出願の明細書に、その採取場所等の由来を記載すること(特許法26条5項)、そして、CBDの原則の考え方を反映して、中国国内の遺伝資源に基づく発明については、その取得・利用の段階で、中国の法規制に違反して取得・利用した遺伝資源をもとに完成した発明は、特許が付与されない旨(同5条2項)、規定しています。前者の規定は、当該遺伝資源の由来が中国の国内であろうが国外であろうが、関係なく、特許出願の明細書にその由来の記載が必要で、その記載がされていない出願は拒絶されます。他方、後者の規定は、当該遺伝資源の由来が中国国内である場合のみが対象であり、中国国外に由来する遺伝資源には適用されませんが、その違反は、審査の段階で拒絶理由となり、特許されないばかりか、たとえ、特許として成立したとしても、あとで違反が発覚した場合には、特許が無効となります。従って、中国が主権を有する遺伝資源(例えば中国産の漢方植物や微生物)について、中国の法規制が定める手続きを踏まずに、勝手に採取・取得して国外に持ち出し、それを用いて研究し、そのことによって生まれた発明について、中国に特許を出願したとしても、特許は認められません。また、たとえ特許が成立したとしても、爾後に、遺伝資源の採取・取得に関し、中国の法規制が定める手続きを取っていなかったことが発覚した場合には、特許は無効となります。

僕は、資源の拠出国と事前にきちんと話し合って、手続きを踏んだ上で、しかも、利益配分も合意をした上で、R&Dを開始すべきとのスタンス、そうすることによって、資源国から遺伝資源の入手をしやすくすべき、との立場なので、中国の特許法の構成については、違和感はあまりないのですが、ここは議論のある所だと思います。

中国特許法は全体で僅か76条しかないのですが、その中に、販売段階での不正行為、例えば、特許品でもないのに特許品として販売する等の特許の偽称行為について、行政機関の調査権限、及びその処罰に関し事細かに定めている規定が存在しています(63条、64条)。遺伝資源の不正入手に関する規定は、いわば、R&D段階での不正行為について、これを特許の無効理由としているとも捉えることが出来るように思います。日本的にはとても考えにくい低いレベルの不正行為が販売段階に限らず、横行している、といった背景があり、それを如何に、変えていくか、特に、中国がR&D投資に傾斜しだした今、正に、分岐点にあるように思います。