遺伝資源と中国特許法

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最終更新日: 2019/01/8

会社時代(藤沢薬品、今のアステラス)、天然物の研究者の片腕?の役割で東南アジアのある国から新規医薬品の種となりうる微生物を豊富に富む土壌を入手する仕事を一緒にさせて頂いたことがあります。当時、友人であるその研究者が、中国のベトナム国境近く、雲南省の微生物が欲しいと呟かれて、では、次は雲南から、と思っていたのですが、それは実現せず、お蔵入り。先月、ウイグル族のテロ事件があった省都の昆明のはるか南の山岳地帯、神秘に包まれている?

手に入りにくいと、チャレンジ精神が掻き立てられる?のかもしれませんが、今回は、手に入りにくい背景、関連する特許法の枠組み・構成について、説明したいと思います。

中国では、国から給付対象となる(全額、自己負担とはならない)医薬品を掲載している国家基本医薬品リストの全品目のうち、漢方薬が4割を占めており、医薬品として存在感たるや、日本とは違ったものがあります。その漢方薬の多くは天然の植物由来です。また、新薬のR&Dの側面では、低分子化合物の医薬品については、日米欧に大幅に遅れをとっていることから、医薬品国家五か年計画等でも、バイオ医薬に力点が置かれており、漢方薬、植物抽出成分を対象とした研究開発もその柱の一つ、戦略分野に指定されています。

一方で、このような微生物や植物は、人類に新しい医薬品等の製品をもたらす「遺伝資源」として捉えて、これらの「遺伝資源」を保護するための国際的な条約があります。生物多様性条約(CBD)と呼ばれている国際条約がそれで、日本も中国も締約国になっています。このCBDの基本原則は、一として、「遺伝資源」に対し、その存在している国に「主権」を認めること、二として、その遺伝資源を採取・取得するには、事前に主権を有する国の機関等の「同意」を取っておくこと、三として、その遺伝資源を利用して儲かった場合、当該資源の主権を有する国に「利益を配分」することです。日本は、利用して、儲ける側の国ですから、CBDの下でも、三原則の順守については、原則の範囲内で消極的な立場を取っています。これに対して、アジア諸国は、資源の主権を有する国ですから、微生物や植物を含む遺伝資源の海外への持ち出しについては、様々な制限をかけており、CBDの下で積極的にその権利を主張しています。中国は、漢方薬のメッカであるように、遺伝資源の主権を有する国であると同時に、その利用国でもあり、二つの帽子を被っています。

その中国の特許法は、遺伝資源の「主権」を有する国の立場を鮮明にしています。2008年の中国特許法の改正の際、日米は強硬に反対の立場だったのですが、中国は遺伝資源を利用した発明について新たに二つの条文を盛り込みました。先ず、遺伝資源を利用した発明については、特許出願の明細書に、その採取場所等の由来を記載すること(特許法26条5項)、そして、CBDの原則の考え方を反映して、中国国内の遺伝資源に基づく発明については、その取得・利用の段階で、中国の法規制に違反して取得・利用した遺伝資源をもとに完成した発明は、特許が付与されない旨(同5条2項)、規定しています。前者の規定は、当該遺伝資源の由来が中国の国内であろうが国外であろうが、関係なく、特許出願の明細書にその由来の記載が必要で、その記載がされていない出願は拒絶されます。他方、後者の規定は、当該遺伝資源の由来が中国国内である場合のみが対象であり、中国国外に由来する遺伝資源には適用されませんが、その違反は、審査の段階で拒絶理由となり、特許されないばかりか、たとえ、特許として成立したとしても、あとで違反が発覚した場合には、特許が無効となります。従って、中国が主権を有する遺伝資源(例えば中国産の漢方植物や微生物)について、中国の法規制が定める手続きを踏まずに、勝手に採取・取得して国外に持ち出し、それを用いて研究し、そのことによって生まれた発明について、中国に特許を出願したとしても、特許は認められません。また、たとえ特許が成立したとしても、爾後に、遺伝資源の採取・取得に関し、中国の法規制が定める手続きを取っていなかったことが発覚した場合には、特許は無効となります。

僕は、資源の拠出国と事前にきちんと話し合って、手続きを踏んだ上で、しかも、利益配分も合意をした上で、R&Dを開始すべきとのスタンス、そうすることによって、資源国から遺伝資源の入手をしやすくすべき、との立場なので、中国の特許法の構成については、違和感はあまりないのですが、ここは議論のある所だと思います。

中国特許法は全体で僅か76条しかないのですが、その中に、販売段階での不正行為、例えば、特許品でもないのに特許品として販売する等の特許の偽称行為について、行政機関の調査権限、及びその処罰に関し事細かに定めている規定が存在しています(63条、64条)。遺伝資源の不正入手に関する規定は、いわば、R&D段階での不正行為について、これを特許の無効理由としているとも捉えることが出来るように思います。日本的にはとても考えにくい低いレベルの不正行為が販売段階に限らず、横行している、といった背景があり、それを如何に、変えていくか、特に、中国がR&D投資に傾斜しだした今、正に、分岐点にあるように思います。

Author Profile

川本 敬二
弁理士 (川本バイオビジネス弁理士事務所(日本)所長、大邦律師事務所(上海)高級顧問)

藤沢薬品(現アステラス製薬)で知財の権利化・侵害問題処理、国際ビジネス法務分野で25年間(この間、3年の米国駐在)勤務。2005年に独立し、川本バイオビジネス弁理士事務所を開設(東京)。バイオベンチャーの知財政策の立案、ビジネス交渉代理(ビジネススキームの構築、契約条件交渉、契約書等の起案を含む)を主業務。また3社の社外役員として経営にも参画。2012年より、上海大邦律師事務所の高級顧問。現在、日中間のライフサイエンス分野でのビジネスの構築・交渉代理を専門。仕事・生活のベースは中国が主体、日本には年間2-3か月滞在。
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