知的財産権の侵害と行政救済

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最終更新日: 2021/07/7

1.中国での特許侵害と裁判所

第三者が自社の特許(以下、実用新案権、意匠権も概念として含める)を侵害する製品を製造・販売している等の侵害行為をしている場合、その救済を求めるに当たり、中国では2つのルートがあることを2月度のメモで紹介致しました。特許侵害の救済については、日本では特許法第100条以下に定められていますが、中国では、特許法第60条以下に規定されています。この第60条の構成ですが、法は先ず、①当事者の協議による解決を求めています。①の協議を望まない、又は不成立の場合に、②司法ルート及び③行政ルートで救済を求めることが出来るとしています。②の司法ルートは、日本と同様の制度で、裁判所での解決を図る手法です。日本では、特許侵害事件については、東日本は東京地裁、西日本は大阪地裁が夫々管轄しています。一方、中国では、第一審は原則として、全国に70以上ある中級法院の管轄となりますが(省の数は22、自治区は5、直轄市は4)、訴額が大きい(30億円相当以上)場合には、第一審は高級人民法院となります。中国の特徴的なところとして、2審制が挙げられます。第一審の中級の判決に不服の場合は高級人民法院に、第一審が高級人民放任の場合は、最高人民法院(北京)に上訴し、其々、第二審でも事実審理がなされ、最終審となります。上海について言えば、2つの中級人民法院があり、例えば、被告として上海の浦東にあるハイテク・パーク(張江ハイテク・パーク)内の企業を訴える場合には、上海第一中級人民法院に訴え出ることができます。その判決に不服の場合、上海市高級人民法院に上訴し、そこが最終審となり、上海市内での裁判で完結することになります。裁判では、「侵害行為の差し止め(製造、販売の禁止)」、「損害賠償」の救済が得られますが、日本で認められる「信用回復」の措置(新聞紙上への謝罪広告等)(日本特許法106条)は認められません。

2.特許侵害と行政救済

さて、中国の特徴的な制度として、③行政ルートがあります。2月号で説明したように、特許侵害行為を取り締まる権限を有する地方政府内の特許事務管理部門に対して、事件処理の申し立てをすることが出来る制度です。上海では、例えば、前期のハイテク・パーク内の企業を対象とする場合には、上海市内にある「上海市知的財産局」に申し立てることになります。当該地方の知的財産局は、事実認定を踏まえて、侵害が成立する場合には、製造・販売等の差し止めの命令を発することができます。当事者が当該処理判断に不服の場合は、人民法院に行政訴訟を提起することが出来ます、また、行政ルートでの解決が不十分な場合、別途、裁判所に侵害訴訟を提起することも可能です。損害賠償については、行政ルートでは、その判断・裁定がなされませんが、当事者の求めがあった場合、賠償額について両当事者間の同意を促す調停を行うことができます。当該調停が成立しない場合には、当事者は、民事訴訟を提起することが可能です。

商標の場合は、中国商標法第53条以下に侵害に関する規定が置かれています。全体のコンセプトとしては、上記の特許侵害事件と同様ですが、行政ルートのところが、少し、異なります。特許の場合は、地方政府の知的財産局に処理を求めますが、商標は、商工行政管理局が担当します。また、そこでの審理の結果、発せられる命令の内容として、侵害の停止命令に加えて、罰金を課すことが可能です。尚、損害賠償額の調停については、特許と同様です。

行政ルートについては、即効性、柔軟性の利点が挙げられます。展示会を例に挙げて説明しますと、上海にも巨大な国際展示場が複数あり、様々な展示会が行われ、賑わっていますが、例えば、その展示会場で他人の意匠(デザイン)を勝手に使用して宣伝している等、知的財産の侵害(販売の申し出)がなされていた場合、権利者は、上海の知的財産局に処理の申し立てをすることが出来ます。意匠、商標等、その侵害が比較的明らかなような案件の場合、柔軟な対応により短期間で差止の処分が行われうる等、即効性が期待できます。上海は、海外に開かれた大都市で海外の企業に対しても比較的に公平な判断がされうる土壌にあると言われていますが、これに対し、地方都市の場合は、地方保護主義の存在に注意する必要があります。侵害者の地元を管轄する政府は、地元企業を保護する傾向にあり、行政ルートでの侵害処理にも海外の権利者にとっては難しい面があると言われています。また、地方での裁判ルートも同様で、裁判官が当該地方の人民代表大会の常務委員会によって任命されることから、更には、二審制により、多くの場合、当該省内の裁判所で裁判が完結することから、地方政府、人脈の影響を受けやすく、地方保護主義の影響が強いと言われています。

※ この記事の内容は2015年現在の制度に基づいており、最新の状況は新しい記事をご確認ください。

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Author Profile

川本 敬二
弁理士 (川本バイオビジネス弁理士事務所(日本)所長、大邦律師事務所(上海)高級顧問)

藤沢薬品(現アステラス製薬)で知財の権利化・侵害問題処理、国際ビジネス法務分野で25年間(この間、3年の米国駐在)勤務。2005年に独立し、川本バイオビジネス弁理士事務所を開設(東京)。バイオベンチャーの知財政策の立案、ビジネス交渉代理(ビジネススキームの構築、契約条件交渉、契約書等の起案を含む)を主業務。また3社の社外役員として経営にも参画。2012年より、上海大邦律師事務所の高級顧問。現在、日中間のライフサイエンス分野でのビジネスの構築・交渉代理を専門。仕事・生活のベースは中国が主体、日本には年間2-3か月滞在。
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