1. 改正の方向性とその準備状況:

1-1) 改正の方向性 / 特許権の強化

昨年 2015 年 4 月に中国特許庁より公表され、パブリックコメントを募った改正法案に基づき、その改正の方向性について、中国特許法の第四次改正案(前半)にて説明致しました。近年、中国の政府及び国内企業が研究開発の投資を積極化していることを受けて、中国国内の研究機関に於いて、自主技術、自主知財の蓄積が大幅に進んでいます。更には、中国経済が「新常態」に入り、従来の労働・資源集約型の重厚長大産業を中心とした産業構造からの脱却、その為のイノベーションの推進政策に力点が移されています。そのような中国の経済環境の大きな変革の下、特許法の改正準備作業が進んでいると言えます。

このように中国の国内に於ける、自主イノベーション創出の能力が一定水準に達しつつあることから、前回の論説では、中国の国内で生まれたイノベーション・発明の保護を強化する必要性があるとして、主として、知財保護の強化策の具体的な改正の内容について説明致しました。従来、特に、特許の侵害訴訟の局面で、原告の特許権者にとっては、訴訟に時間とコストがかかり、また、侵害・損害の立証に多大なる重荷が背負わされているにも拘らず、裁判所で認定される損害賠償額が低いこと等の問題点がありました。そのような問題点があることから、特許の侵害行為が絶えないといった社会を形成してしまったとも言えることから、これらを改善し、特許の保護レベルを引き上げることにより特許権者の権益を守ることが大きな改正のポイントであるとされています。

1-2) 改正の準備状況

その後、前記のパブリックコメントを求めた法案に基づく議論を踏まえ、更に、修正が加えられ法案が 2015 年 12 年 2 日、再度、バプリックコメントにかけられ、改正法案成立の為の最終プロセスに入っています。尚、昨年末に公表された法案では、前回説明した法律改正の方向性については、大きな変更点はありません。

1-3) 改正の方向性 / 権利の濫用

さて、特許法の改正により特許権の強化が図られれば、イノベーションを促進する効果が期待されますが、他方、特許権の強化による負の効果として、特許権者による特許権の濫用行為が出現することにも備えていく必要があります。日本での事例ですが、筆者は、医薬品の先端技術について、米国企業が日本で有する特許権に基づき、日本企業に対し、特許権の濫用ともいえるライセンス・ビジネス行為が行ったことから、その対応に苦慮し、非常に苦い思いをした経験があります。これは、ある特定の技術分野に関し、日米間に技術格差が存在しており、その格差の実態に直面したことを意味するわけですが、中国と日米欧の間には、それを遥かに超えたレベルで広い範囲において格差が存在しており、特に、知的財産の蓄積の程度については、大きな隔たりがあるとも言えます。中国では、先端技術分野に於いて、多国籍企業がその圧倒的な優位性を生かして、特許権の濫用とも言える行為が過去から数多くあったとされています。それへの対応として、特許のすり抜け行為、重複する侵害行為がなされてきたという面も否定できないようにも思われます。また、前述の通り、中国の国内企業等のイノベーション力がある一定レベルに達し、知財保護強化が必要な社会情勢になっているという背景がある一方で、中国の国内企業同士による特許侵害の訴訟合戦も多発するようになりました。このことは、社会コストの浪費につながります。このような背景の下で、改正法案では、特許権者が特許権の濫用に該当する行為をなすことを禁止する規定が追加されました。

知財強化を図ると同時に、その負の側面としての特許権者による特許権の濫用に該当する行為を、特許法上、明確に禁止することにより、両者のバランスを図ろうとしていると言えると思います。

2. 特許権の濫用とは:

特許権の濫用とは、特許制度の趣旨、即ち、科学技術・イノベーションの推進という制度の趣旨を逸脱して、特許権に基づいて、特許権者が不公正な権利行使をすることです。一般論として言えば、例えば、本来は無効であるような特許権に基づいて特許権の権利行使をすること、パテントトロール(特許侵害訴訟を提起すると脅して、許諾料・ロイヤルティーを漁る行為)、自己は実施しないにも拘らず、第三者がライセンスの許諾を求めてきた時にこれを拒絶する行為、更には、ライセンス契約において、特許権者が優越的な地位をむさぼって、ライセンシーに不公正な契約条件を押し付けること(グラントバック、最低ロイヤルティー支払い義務等)、特許独占(基本特許をベースに広範な特許網を取得・買い漁る)行為等が挙げられます。

では、具体的にどのような要件を満たせば、特許権の濫用に該当して、その場合、どのような法的な効果をもたらすのかについて、先ず、日本の制度と比較しながら現行の中国の法律(特許法の改正前)の全体構成を見ていきたいと思います。

3. 特許権の濫用に関する中国の現行の法的枠組み:

特許権の濫用を規制している法律としては、契約法、独禁法、特許法がありますが、夫々、どの様な観点から規制しているのかを見ていきたいと思います。

3-1) 契約法

「不法に技術を独占し、技術の進歩を阻害- – – – – する技術契約は無効」(契約法§329)としており、具体的に、どのような契約条項が「不法に技術を独占し、技術の進歩を阻害する」に該当するのかは、「技術契約の紛争の審理に関する司法解釈」§10 に、六類型が挙げられており、グラントバック、競合技術の採用制限、不合理な生産量・価格等の制限、原料購入義務、不争義務等が含まれます。

特許権者がその優越的な地位を乱用して、特許ライセンス契約に前記のような不公正な条項を盛り込み、ライセンシーにその履行を求めることは、特許権の濫用の一形態として捉えられますが、そのような契約は無効であり、特許権者は当該ライセンス契約で取得したロイヤルティーの返還義務を負い、また、過失ある場合には、損害賠償の責めを負います(契約法§58)。

3-2) 独禁法

「知的財産権を濫用して、競争を排除・制限する行為には、独禁法が適用される」(独禁法§55)として、特許権の濫用については、濫用行為の内、競争を排除・制限に至る行為についてのみが、独禁法の適用対象に入ってくるとしています。具体的には、「独禁法ガイドライン」に、上記で説明した契約法の下で無効とされている契約条項、行為の類型以外に、ライセンス拒絶、抱き合わせ、競争を排除するパテントプール・技術標準等について、ある一定の要件を満たした場合には、該当行為にあたるとして、当局による、停止命令、罰金刑の処罰の対象になるとしています。(詳しくは、日中の視点 / 知的財産権法 No.10 参照)尚、日本でも独禁法のガイドラインの下で、これに相当する考え方が示されています。

3-3) 特許法
① 独占行為と強制実施権

独禁法の下で、特許権の濫用であって、独占行為の対象と認定された特許権については、中国の特許庁は、特許法の規定に従って、第三者の請求に基づいて、強制実施権を設定することが出来るとされています(中国特許法§49)。従って、上記の独禁法の項で述べたように、特許権を濫用し、そのことによって競争を排除・制限する行為の基礎となった特許権については、第三者は、特許庁に申し立てることにより、特許権者の意向に拘らず、合理的なロイヤルティーを支払う等を条件としてライセンスが許諾されることを求めることが出来ます。中国では、この規定に基づいて、強制実施権が特許庁によって発動された事例はないとされますが、特許権者による特許権の濫用行為に対する法的制裁措置が準備されていると言えます。尚、日本の特許法上には、このような規定はありません。

② 特許権の効力が及ばない範囲

中国特許法§69 には、特許権の効力が及ばない範囲が示されています。
例えば、特許権者が中国国外で販売した製品が中国国内に入って来た場合、当該製品(並行輸入品)に対しては、中国特許権の効力は及ばないと規定されています(中国特許法§69-1)。更には、試験研究行為、ジェネリック品の医薬品としての許認可を取得する為に開発行為に対しても同様に特許権の効力が及ばないとされています。概念的には、このような特許権の効力が及ばないとされる範囲に入っているにも拘らず、特許権者がそれに対して特許権を行使したような場合には、特許権の濫用行為に該当することになるとも言えます。尚、日本の特許法においても、特許権の効力が及ばない範囲についての規定があり、更には、最高裁の判例に基づいて、中国特許法に列挙される該当行為については、特許権の効力が及ばないとされています。

③ 無効の特許権に基づく権利行使

日本では、無効であることが明らかな特許権に基づいて、特許権者が第三者に対し特許侵害訴訟を提起するような場合、被告側の当該第三者は、裁判所で特許が無効である旨の抗弁を主張することが出来ます(日本特許法§104の三)。権利の濫用は許さないという考え方が基本にあります。一方、中国では、裁判所でそのような主張をすることは許されず、被告は特許庁に対して、特許の無効審判を申し立てする必要があります。そのような場合、裁判所では、特許庁での無効審判の結果が出るまで、裁判官の裁量で審理の中止の決定が可能です。尚、被告側は、特許権の無効を主張(例えば、当該特許の出願時に特許発明は既に公知であったとして特許の無効を主張)できない代わりに、自己の実施している技術が当該特許の出願時に既に公知であった技術であることを証明することによって、侵害の成立を免れることは可能です(中国特許法§62)。

また、ある特許権に基づいて、侵害訴訟を提起する等の権利行使がされ、その後、特許庁(最終的には裁判所)によって当該特許の無効が確定したような場合、特許権者に悪意がある場合には、特許権者は損害賠償義務を負わねばならないとされています(中国特許法§47)。

4. 特許権の濫用に関する特許法改正後の法的な枠組み

上記で述べた通り、特許権の濫用については、既に、契約法及び独占禁止の下で、要件は異なるものの、夫々、該当契約は無効であること及び濫用行為の停止命令等の対象になるとされています。他方、特許法には、特許権者が特許権の濫用に該当する行為をしたような場合には、特許庁が強制実施権を設定できる等の措置を講じることが出来ますが、直接的にこれを禁止する原則的な規定はありませんでした。

今回、特許法の改正法案の§14 には新設規定として、下記が盛り込まれています。

「特許の申請、特許権の権利行使は、信義誠実の原則に基づかねばならない。特許権を濫用し、公共の利益を損なうこと、または、不合理に競争を排除・制限してはならない。」

独占権としての特許権に基づいて特許権者が権利行使する場合には、たとえ、それが特許権の権利範囲に入っていたとしても、どの様な場合にも権利行使が出来るというわけではありません。自ずと、制限がかかります。改正法では、特許権の権利行使は、信義誠実の原則に基づかなければならない、そして、特許権を濫用することによって、公共の利益を損なう行為、更には、特許権を濫用することによって不合理に競争を排除・制限することは禁止すると、その大原則が規定されています。

法改正後は、例えば、特許侵害訴訟の場面に於いても、被告側は、侵害の成立を免れるために、§14 に基づく抗弁を主張することが可能となります。ここで、特許権の濫用であって、§14 の要件を満たす特許権者の行為とは、具体的にはどのような行為をさすのかが問題となります。少なくとも、上記3で説明した行為が含まれることになると思いますが、更にどの範囲まで拡張されうるのか、現時点では定かではありません。但し、ここで注意が必要なことは、この抗弁が成立する為には、「特許権の濫用」だけでは要件を満たさず、条文にある通り、「公共の利益を損なう」こと、または、「不合理に競争を排除・制限する」ことの要件を満たす必要があります。その意味では、被告が§14 に基づく抗弁が認められるためのハードルは低くはないとも言えます。

尚、昨年末、国務院は、「知的財産権の濫用に関する独禁法ガイドライン」(案)を公表して、パブリックコメントを求める手続きに入っています。このガイドライン(案)では、独禁法の観点で、知的財産権の濫用(特許権の濫用を含む)について、特に、競合関係にある企業間に於ける共同研究の実施・パテントプール、技術標準、及び競合関係にない企業間でのライセンス契約に含まれる不当な契約条件等(グラントバック、不争義務等)に関連しこのように、特許法の改正により、特許権の強化を図る為の政策が推進されている一方で、それに並行して、特許権の権利行使に対して、社会公共の利益を確保し、また、市場での各技術間の競争が損なわれないよう、特許権の濫用を防止する為の施策も打ち出されてきており、制度面で権利強化との間で両者間のバランスを図ろうとしていると言えます。

以上

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